表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/40

第29話 同じステージに立てたら

「……寝てないです」


「あ、よかったー。今日の紗雪(さゆき)ちゃんの配信、どうだった?」


 暗闇の中、アキラさんの声が近かった。開けた引き戸の向こうから、こっちを覗いているらしい。


「……まあまあ、ですかね」


「まあまあかー。私はけっこう良かったんだよねー。なんか今日サクサクいけちゃって」


「コメント欄、キレてるって盛り上がってましたよ」


「見てくれてたんだ。えへへ」


 虫の声が、窓の外で鳴っていた。暗い天井を見ている。アキラさんの顔は見えない。


「ねえ、(すばる)さん」


「はい」


「昨日のさ」


 心臓が、一つ跳ねた。


「ちょっと乱暴だったかなって。言い方」


「……」


「言ったこと自体は後悔してないんだけどね。ほんとのことだし。でも、振り回しちゃってるよね。ごめんね」


「いえ……」


「だからさ、ちゃんと話すね。ちゃんとっていうか、経緯? どうしてそうなったか、みたいなの」


 布団の中で、指が握りこまれていた。


「最初からさ、ちょっといいなとは思ってたんだよね」


「……え」


「紗雪ちゃんと初めて話したとき、声が綺麗だなって。それはほんとにただの印象なんだけど」


 アキラさんの声が、暗闇の中をゆっくり流れてくる。


「一緒に住み始めてさ、なんか、昴さんって気づいたら色々やってくれてるじゃん。コーヒーとか、洗い物とか」


「……それは、普通のことですよ」


「うん。でもさ。……あ、これだと都合のいい人みたいだね。違うの。なんだろ、昴さんといると自分のまんまでいられるっていうか。お互い秘密知ってるからってのもあるんだろうけど、それだけじゃなくて」


 声が、少しだけ柔らかくなった。


「きっかけはさ、配信してる様子を生で見たとき」


「配信……」


「うん。すごく生き生きしてた。生声オネエとか言っちゃったけど」


 (……あの時の)


 顔が熱くなった。忘れてほしい。


 アキラさんが、ふふっと笑った。暗闇の中で笑い声だけが揺れる。


紗雪(さゆき)ちゃんを通して、昴さんが見えたの。上手く言えないんだけど、大好きな紗雪ちゃんが昴さんと重なって見えて。なんだろな。好きって思った」


 天井を見ていた。目が、暗闇に慣れてきていた。でもアキラさんの顔は見えない。引き戸の向こうにいる。


「でもさ、決め手はあの話だった」


「あの話?」


「れとろの話。昴さんが言ってくれたじゃん。れとろは和太郎(わたろう)で生きてるって」


 あの夜のことだった。アキラさんが焔れとろの全部を話してくれた、あの晩の続き。


「あれ聞いたとき。ああ、この人だって思った」


 アキラさんの声が止まった。虫の声だけが残った。


「……だから、昴さんのことも、知りたい」


「……」


「VTuber同士としてはさ、お互い知ってるじゃん。紗雪ちゃんのことも、和太郎のことも。でも、それだけじゃなくて。中の人のことも、全部」


 暗闇の中で、アキラさんの声が少しだけ小さくなった。


「……私のことも、知ってほしい。欲張りなんだよ、私」


 指先が、布団の端を握っていた。


 知りたい。知ってほしい。


 その言葉が、暗闇の中で反響していた。


◇ ◇ ◇


「……俺も、少し話していいですか」


「うん」


 天井を見たまま、口を開いた。言葉が、ゆっくりしか出てこなかった。


「……ちょっと、行き詰まってた時期があって」


「うん」


「何もかも上手くいかなくて。仕事も、生活も。……それで、なんか、新しいことやりたくて」


 アキラさんは、何も言わなかった。ただ聞いていた。


「そのとき、和太郎さんの配信を見つけたんです」


「……え」


「最初はただのリスナーでした。たまたま流れてきて、見てみたら、面白くて。レトロゲーを、すごく楽しそうにやってて」


「……」


「毎回見てました。仕事が終わって、ごはん食べて、和太郎さんの配信見て寝る。それだけで、なんとなく、大丈夫だったんです」


 言葉が途切れた。少しだけ、間が空いた。


「そのうち、自分でも同じゲームやってみたりして。和太郎さんがやってたやつ」


「……」


「で、もうちょっと元気になってきたら、自分でも配信やってみたいなって思ったんです。特に何か伝えたいこととか、なかったんですけど」


「それで、美少女?」


「……なんか、ああいう技術がすごいなって思って。ボイチェンとか、トラッキングとか。せっかくやるなら、そういう挑戦してみたかったんです」


「昴さんらしいねぇ」


「まさか和太郎さんも逆だとは思ってなかったですけど」


「あっはっは。お互い様だよねぇ」


 天井の暗闇に向かって、声を出した。


「……とにかく、同じステージに立てたら……って思ったんです。和太郎さんに、もらったものを。俺も、誰かに、渡せるんじゃないかって」


 隣の部屋から、何も聞こえなかった。


 息の音すら、なかった。


「……それで、紗雪を始めました」


 長い沈黙だった。虫の声が、遠くで鳴っていた。


「……行き詰まってた、かぁ」


 アキラさんが、静かに繰り返した。


「……聞かせてくれて、ありがと。こういう話聞けるの、嬉しい」


 少しの間があった。


「……もっと、教えてね。いつか」


 俺は天井を見ていた。話したいことが、まだ胸の奥にあった。でも言葉が、そこから先に進まなかった。


 窓の外で、風が少しだけ鳴った。


 暗闇の中に、アキラさんの呼吸が聞こえていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ