第11話 はい、合流完了
昼下がり、駅まで迎えに行った。
改札を出てきた和太郎さんは、キャリーケースと、大きめの紙袋。
背中にはリュックまで背負っている。両手どころか、肩まで塞がっていた。
「紙袋、持ちますよ」
「——ありがと。これ重いから気をつけて」
紙袋を受け取った。ずっしり重い。何が入ってるかは、聞かないでおく。
◇ ◇ ◇
玄関のドアを開けた。
「おじゃましまーす」
「——じゃなくて」
一拍。
「これからしばらく、よろしくお願いします、でいいのかな?」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
俺の声は少しぎこちなかった。
和太郎さんが少しだけ笑って、靴を脱いだ。
◇ ◇ ◇
キャリーケースを開けながら、和太郎さんが中身を出していく。
着替えのポーチ。タオル類。仕事用のスーツ。
そして——
「……あれ」
出てきたのは、手のひらサイズの『ゲーム機タワー』だった。
CDユニットの上に本体、その上に拡張ユニット、コンバーターまで。
公式の再現ミニ版。
「……それが最低限なんですか」
「最低限だよ」
和太郎さんが真顔で言った。
「これ無いと落ち着かないし」
配信机の上に、慎重に置いた。
配信で熱弁してたやつだ。
キャラ作りでも配信ネタでもなく、本当に愛してる人の所作。
(……愛しくなるんだよなぁ、か)
昨夜の配信の言葉を受けたものが、今、机の上に置かれている。
◇ ◇ ◇
一段落してから、冷たいお茶を出した。
和太郎さんがソファに座って、タワーを眺めている。
ポケットから合鍵を取り出した。午前中のうちに、合鍵屋に寄っておいた。
「そういえばこれ、渡しておきます。基本的に在宅ワークがほとんどですが、外に出ることもあるので」
差し出す手が、一瞬だけ止まった。
この部屋の鍵を誰かに渡すのは、初めてのことだった。
「あ、ありがと。ルームメイトだもんね」
和太郎さんが受け取って、バッグから何かを引っ張り出した。
——ファミコンカセットだった。
本物。手のひらサイズ。表面に色褪せたシール。角に穴が開いていて、ボールチェーンが通してある。
「……え、それ本物ですか」
「うん、本物。端子は生かしてあるから、ちゃんと動くよ」
「穴、開けたんですか」
「開けた。こないだ配信で実際に使ってたのも、これ」
誇らしげだった。
(……マジで)
「ちゃんと動くんだぜ? この鍵も、カセットも」
和太郎さんの生声が、ふっとおじさんになった。
「……いい、ですね」
他に、なんて言えばいいのかわからなかった。
——膝の高さでやられる、伝説的に弱い主人公の、本物の、今も現役の、カセットに、穴を。
和太郎さんが、合鍵を取り付けようとリングに指をかけた。硬くて、なかなか開かない。
「……あ、貸してください」
俺が代わりに押し開いて、合鍵を通した。カチリ、と小さく音が鳴った。
和太郎さんが両手で受け取った。
「——わあ」
そのまま目の前に掲げて、ゆらり、と揺らしてみせる。
カセットが振り子みたいに揺れて、新しい鍵が光を拾った。
見たことのない顔だった。
歯を見せて笑っている。
目尻が下がって、自分の宝物を誰かに見せたくてたまらない人の顔。
(……こういう顔、するんだ)
「はい、合流完了」
カセットと、他の何やらと、新しい鍵が、じゃらっと音を立てた。
新しい鍵だけが、やけにピカピカだった。
寝る場所の話になった。
和太郎さんは防音室。配信のある日もない日も、ここで寝起きする。
俺は仕事部屋かリビング。
昨日言った「部屋、分けられますし」が、現実の運用になっていた。
◇ ◇ ◇
夕方、二人で買い出しに出た。
和太郎さんの布団と、足りない生活用品。
ホームセンターの売り場。和太郎さんが、低反発の枕を手に取って重さを量っている。
「和太郎さ——」
言いかけて、止まった。
結局、こぼれた。
「昭、さん。その低反発、俺も気になってたんですよね」
一拍。
振り向いた和太郎さんが、にんまりと笑った。
「配信外でも、なんなら配信でもその呼び方でいいよ〜。そういう名前だし〜」
(……配信で?)
「……ま、家の中では和太郎さんでもいいけどね?」
満足げに、枕をカゴに入れた。
帰り道、スーパーでパック寿司を二人分買った。お祝いだから、だそうだ。
◇ ◇ ◇
玄関のドアを開ける。
「ただいま〜」
——あのときの「ただいま」。
今度は、言葉で来ている。
「おかえりなさい」
出かける前のぎこちなさは、もう消えていた。
◇ ◇ ◇
寿司をテーブルに並べて、二人で食べた。
食べながら、明日からの配信の段取りを詰めた。
基本的に21時開始。紗雪は合間に差し込む。あとはその日の忙しさで適宜調整。
話もおちついたところで片付けて、お茶を出した。
和太郎さんがソファで足を投げ出している。俺はいつもの位置にいる。
——何度目かの、いつもの夜だった。
その夜、和太郎さんがあくびをしながら言った。
「明日から繁忙期かぁ。でも、配信もやるぞ〜」
穏やかに言った。大変だ、とは言わなかった。
俺は、何か返したかった。何も思いつかなかった。
ミニサイズのあのタワーが、机の上で静かに立っている。
電気を消しかけて、ふと玄関を見た。
靴箱の上に、合鍵のキーホルダーが置いてある。
自分の鍵と、並んでいた。
(……なんで、こんなに落ち着くんだろう)
仕事部屋の布団に入って、目を閉じた。
第11話、お読みくださりありがとうございます。
ついに、同居しての生活・配信とこれからなっていきます。
第一章としてはここまで、次からは第二章
二人の暮らしと配信活動の中で、距離がどんどん近づいていきます。
もし面白いと思ったら、是非☆やレビュー、ブックマークなどをお願いします!
執筆の糧となりますので、何卒!




