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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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支え

翌朝、リリア達は急いでルーヴェル王国へ戻った。


その頃、アルトシュタイン王国ではクラウスが朝からオスカーの元を訪れていた。


王立騎士団副団長執務室。


その肩書きがまだ残る部屋で、オスカーは引き継ぎの書類に目を通していた。


机の上には山積みの書類。


引き継ぎのための整理が、まだ終わっていないのが一目で分かる。


静かな部屋にノックの音が響いた。


「どうぞ」


「失礼します」


扉が開き、クラウスが静かに入ってきた。


オスカーはペンを止め顔を上げた。


「クラウス、どうしたんだ」


クラウスは少しだけ間を置いてから口を開いた。


「副団長はどうするか決めたか?」


オスカーは小さく息を吐く。


「もう副団長ではない。退任したからな」


その言葉に、わずかな区切りをつけるように笑う。


「ではオスカー様か、それともクロイツ侯爵と呼んだ方がいいか」


真剣な表情でそう言うクラウスに、オスカーは一瞬きょとんとして、それから思わず笑った。


「なんだそれ、急に距離置くなよ」


肩の力が抜けたような笑いだった。


クラウスはそんな様子を見て、小さく息を吐いた。


「そんだけ笑えるなら大丈夫だな」


クラウスは少しだけ優しい表情でオスカーを見ていた。


オスカーは椅子にもたれながら軽く息を整える。


「ありがとな。俺は大丈夫だ。ラルフにもついていくと決めた。それに子供の頃からずっと一緒だった俺以外のやつはラルフに対応できないだろ」


自信の滲む声だった。


クラウスも笑みが零れた。


「そうだな。忙しいとこ悪いんだが、少しこれからの事を相談してもいいか」


「ああ」



クラウスは昨日リリアたちと話した内容と、すでに動き出している状況をそのまま伝えた。


辺境での体制。

不足している戦力。

獣騎士の配置案。

そして、リリアが何かを思いつき、ルーヴェルへ戻ったこと。


オスカーは黙って聞いていた。


途中で口を挟むこともなく、ただ内容を整理するように。


話し終えると、クラウスが一つだけ付け加える。


「ただし、まだ確実に動ける話ではない。だから団長には伝えないでくれ。無駄に期待させると心労になる」


オスカーはゆっくり頷いた。


「わかった」


短く、確かな返事だった。


「リリアが数日で戻ってくることだけは、俺から伝えておく」


クラウスはそれを聞いて、わずかに表情を緩めた。


「ああ、そうしてくれ」


二人の間に、静かな信頼が生まれる。


言葉は多くないが、それで十分だった。


オスカーは再びペンを手に取る。


「忙しくなるな……」


ぽつりと呟く。


クラウスは扉へ向かいながら答える。


「最初からそのつもりだろ」


少しだけ皮肉を込めた声にオスカーは小さく笑った。


その笑みは、どこか楽しそうでもあった。


静かな執務室の中で。


それぞれが自分の役割を受け入れ始めていた。




同じ頃 ――


ラルフは王宮の一室で、一人書類に目を通していた。


机の上にはいくつもの報告書。


王都の被害、騎士団の再編、貴族の動き。


どれも軽く扱えるものではない。


ペンを走らせながらも、思考は止まらなかった。


(足りないな……)


静かに心の中で呟く。



人員。

戦力。

時間。

どれも圧倒的に不足している。



さらに ――


(辺境の屋敷も整え直さないといけない)


長く放置していた領地。

管理人と数名の使用人だけで維持されていた場所だ。

防衛も、生活基盤も、すべて作り直しになる。



考えることはいくらでもある。


一つ終われば、また次が浮かぶ。


(随分、面倒なことを選んだな……)


小さく息を吐くが、迷いはなかった。


自分で決めたことだ。


その責任から目を逸らすつもりもない。


ふとペンを持つ手が止まる。


頭に浮かぶのは ―― 昨日の顔ぶれ。


クラウス。

オスカー。

セドリック。

ロクス。

リリア。



(ついて来いとは言ったが……)


ほんの一瞬だけ不安がよぎる。


信じている。

あいつらなら来てくれる。


それでも ――


(来なかった場合の準備もしておくべきだな)


感情ではなく、判断として考える。


それがラルフだった。



信頼と、不安。


どちらも切り捨てない。


両方抱えたまま進む。


ラルフは椅子に深く座り直した。


机の上の書類に視線を戻す。


(やることは山ほどある)


なら、一つずつ片付けるだけだ。


ペンを走らせる音が静かな部屋に響く。


無駄な思考を切り捨てるように。


決断を重ねるように。




夕方。


扉をノックする音がした。


「入れ」


「失礼します」


オスカーが入ってくる。


ラルフは書類から目を離さないまま問いかける。


「どうした」


「リリア達が今朝ルーヴェル王国へ出立しました。何か思いついたらしく、向こうで確認を取るそうです。数日で戻る予定だと」


一瞬だけペンが止まる。


「……そうか」


それだけ言って、また書類へ戻る。



オスカーはその様子を見て、小さく息を吐いた。


そして机へ歩み寄ると、ラルフの手元の書類をまとめて取り上げた。


「……何のつもりだ」


明らかに不機嫌な声だった。


オスカーはそのまま書類を腕に抱えた。


「今日はもうやめましょう」


「ふざけるな。やることは山ほどある」


「分かってます。だから言ってるんです」


オスカーは一歩も引かない。


「詰めすぎると倒れますよ。あなたが倒れたら、全部止まります」


その言葉で空気が少しだけ変わり、ラルフは何も言わずオスカーを見た。


「それは困るんですよ、俺が」


ほんの少しだけ軽く言う。


「……余計なことをするな」


「余計じゃないです」



やがてラルフは深く息を吐いた。


「……分かった。少しだけだ」


諦めたように言う。


オスカーは満足そうに頷いた。




二人はラルフの私室へ移った。


簡単な食事と酒が用意される。


外へ出る余裕も気分でもなかった。


「先に座ってろ」


そう言ってラルフは浴室へ向かった。


シャワーを浴び、気分を入れ替えて戻ってくる。


髪を軽く拭きながら、普段よりも少しだけ楽な服装に着替えていた。


張り詰めていた空気がほんのわずかに緩む。


オスカーも隊服の襟元を開け、着崩していた。


「待たせたな」


「いいえ」


二人で和やかに食事を取り始めた。


こんな二人でゆったりした時間は久々だった気がした。


ラルフはあんまり話さないが相づちはちゃんと返してくれる。


オスカーは楽しそうに話していた。


食事を終え、ソファーへ移動し酒を飲むことにした。




オスカーの頬がほんのり赤くなっていた。


「……おい」


「大丈夫ですよ」


そう言いながら、すでに少しふらついている。


ラルフは呆れたように息を吐いた。


「全然大丈夫じゃないだろ」


オスカーはくすっと笑うと、そのままラルフに近寄り、膝枕の形で寝転んだ。


「俺だって疲れるんですよ。だからたまにはいいんです」


珍しく甘えた声だった。


ラルフは眉を寄せる。


「その癖、いつ治るんだ」


オスカーは目を閉じて眠そうにする。


「んー、いつですかね」


言葉がふわっとやけに柔らかい。


ラルフは視線を落としオスカーを見ると小さく息を吐く。


「……仕方ないな」


ラルフの大きな手が、オスカーの頭に乗り軽く撫でる。


オスカーはそれだけで満足したように微笑んだ。


「……それ、好きなんですよ」


「知っている」


呆れたように返す。


オスカーはそのまま完全に力を抜いた。


気づけば静かに寝息を立てている。


ラルフはしばらくそのまま見下ろしていた。


毛布を手に取り静かにオスカーにかけた。


「……世話が焼けるな」


小さく呟く。


だがその声に苛立ちはなかった。


ラルフはもう一度オスカーの頭を軽く撫でる。


一瞬、机の上の書類が頭をよぎる。


「……今日はもういいか」


静かにそう言って、ラルフも目を閉じた。



部屋には穏やかな静けさだけが残っていた。

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