二人の信頼
その日の夜。
ラルフは眠れず一人で酒を飲んでいた。
グラスの中の琥珀色を、ただぼんやりと見つめる。
本当はリリアと過ごしたかった。
だが昼間の話のあと、クラウスが当然のようにリリアを連れて行った。
兄としては正しい判断だ。
「……」
ラルフは小さく息を吐く。
妹を苦しめた張本人。
そう言われても否定はできない。
王族という立場も。
王位継承の可能性も。
王立騎士団団長という地位も。
すべて手放した。
残るのは ―― 辺境の領主。
自分で考えても、良い条件とは言えない。
「……ついて来る物好きがいるのか」
自嘲気味に呟く。
ラルフらしくない思考だったが、頭から離れなかった。
その時。
コンコン、と控えめなノック音が響いた。
「入れ」
短く告げる。
「失礼します」
入ってきたのはオスカーだった。
部屋に入ると、自然と視線を巡らせる。
「一人ですか?」
「ああ」
ラルフはグラスを傾けたまま答える。
「リリアならクラウスが連れていった」
オスカーは一瞬だけ納得したように頷く。
「それで一人やけ酒ですか」
ふっと笑った。
ラルフは目だけを向ける。
「悪いか」
「いえ、珍しいなと思って」
軽い調子だった。
だがよく見ている目だった。
「ちょっと待っててください」
そう言うと、オスカーはすぐに部屋を出ていった。
ラルフは止めなかった。
しばらくしてオスカーは戻ってきた。
手には簡単なつまみと酒。
「お酒だけ飲むのは身体に悪いですよ」
そう言って、机に並べる。
「これも食べてください」
自然な手つきだった。
まるで最初からここにいる人間みたいに。
オスカーはそのままラルフの向かいに座る。
ラルフはじっとその様子を見ていた。
「……お前、ほんとまめだな」
「今さら気づきました?」
オスカーは肩をすくめた。
ラルフは小さく笑う。
「そういうとこに女は惹かれるんだろうな」
「珍しく、ラルフらしくないな」
その言葉に、ラルフはグラスを軽く回した。
「……そうかもな」
短く答える。
その声には少しだけ疲れが混じっていた。
オスカーはそれ以上茶化さなかった。
ただグラスに酒を注ぐ。
「昼間の話、本気なんですよね」
「ああ」
即答だった。
迷いはない。
オスカーは少しだけ視線を落とす。
「俺も辞めさせてラルフも辞めて、全部捨てて辺境行きですか」
「捨てたわけじゃない。選んだだけだ」
その言葉に、オスカーは小さく笑った。
「そういうところですよ。だから皆、ついて行こうか悩むんです」
ラルフはオスカーを見る。
「お前はどうする」
ラルフは静かに問いかけた。
オスカーはすぐには答えなかった。
少しだけ間を置く。
グラスを揺らしながら、視線を落とす。
「俺は……」
小さく息を吐く。
「副団長職を辞めたら、何ができますかね」
自嘲のような声だった。
ラルフはその言葉を否定しなかった。
ただまっすぐオスカーを見る。
「お前には俺の補佐をしてほしい」
短く、はっきりと。
オスカーの手が止まる。
ラルフは続ける。
「辺境は王都と違って、人も物も足りない。全部一人で回せるほど、俺は万能じゃない」
ほんのわずかに苦笑が混じる。
「だから、お前が必要なんだ」
その言葉に飾り気はなかったが、重かった。
ラルフは視線を逸らさない。
「お前なら分かるだろ。俺が何をやろうとしてるか。どこが足りないかも」
オスカーは何も言わないでラルフを見ていた。
「副団長じゃなくていい。肩書きがなくても、お前の価値は変わらない。それくらいは、俺が一番分かってる」
オスカーの表情がわずかに揺れた。
「だから来い」
命令ではない。
けれど、断らせる気もない声だった。
静かな夜に、その言葉だけが重く落ちる。
オスカーはゆっくりとグラスを置いた。
そして小さく笑う。
「……ずるいな」
オスカーは息を吐く。
「そんな言い方されたら、行かない理由なくなるじゃないですか」
ラルフはそこで、ようやくわずかに口元を緩めた。




