表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

123/137

消えた記憶

「リリア」


ラルフが側へ寄り、その名を呼んだ。


リリアの瞳は、薄紫色のままだった。


その瞳で、じっとラルフたちを見る。


そして、静かに口を開いた。



「あの……あなたたちは誰ですか」



その一言で、空気が凍りついた。


セドリックがリリアの顔を覗き込む。


「覚えてることはあるか」


「覚えてること……」


リリアは自分の胸元に手を当てた。


「私はリリアです。リリア……」


それ以上は、何一つ思い出せなかった。



クラウスがゆっくりと説明を始める。


「君の名は、リリア・ワーグナーだ」


「私と、この男は君の父違いの兄弟だ」


リリアは静かに見つめながら聞いていた。


クラウスは敢えて“ローゼン”の名は伏せた。



「……そちらのお二人は」


リリアはラルフとオスカーへ目を向けた。



「黒髪の男性は王立騎士団団長で、君のこんや……」


「恋人だ」


クラウスの言葉に被せるように、ラルフが言った。


「彼は騎士団副団長で、彼も君の恋人だ」


そう告げた。



クラウスとオスカーは目を見開き、ラルフを見た。



「二人も……恋人がいるんですか」


戸惑ったように、リリアが目を瞬かせた。


「私たちは仕事柄忙しいからな」


ラルフは静かに答える。


「話し合って、それでいいことになったんだ」



「……ごめんなさい。何も……思い出せなくて……」


申し訳なさそうに俯く。



「無理に思い出さなくていい」


ラルフは優しく答え、そっとその手を握った。


「あっ……」


リリアの肩が小さく揺れる。


「わっ、私……あなたのことを恋人としては……」


そこまで言って、困ったように視線を落とした。


ラルフはすぐに手を離した。


「悪かった」


小さく笑う。


「そうだな。無理に接しなくてもいい」


ラルフは優しく微笑んだ。



「私たちは仕事に戻る。またな」


ラルフが部屋を出ていった。



その後を、オスカーとクラウスが追う。



仮眠室を出て、執務室へ戻る。


ラルフがそのまま部屋を出ようとした時だった。


「団長!」


クラウスが強く呼んだ。


ラルフは扉の前で足を止める。


「なぜ婚約者と言わなかったんだ」


ラルフは少しの間、何も言わなかった。



そして、低く答える。



「言えるわけないだろ……」


声が掠れていた。


「リリアは、あの状況に耐えられず全部消したんだ。自分の意思で」


懐から一枚の書類を取り出し、クラウスへ渡した。


「これで、リリアはリリア・ワーグナーだ」


クラウスが目を落とす。


「ローゼン家からは除籍され、ワーグナーとは正式に親子認定された」


リリアを喜ばせようと、ラルフはずっと裏でクラウスと動いていたのだった。


「プレゼントだと思っていたのにな……」


自嘲気味に笑う。


「王族や貴族たちの処理は俺がする。悪いが、リリアを頼んだ」


そう言って、ラルフは部屋を出ていった。




二人は、閉まった扉を見つめていた。



「リリアは、ルーヴェル王国に行くんですか」


オスカーが静かに尋ねた。


「今は何も覚えていないんだ。こちらの国にいては、何を言われるか分からないからな……」


オスカーは拳を握り締める。


「副団長のせいではない」


「リリアには、負担が大きすぎたんだ」


その言葉に、オスカーは何も返せなかった。



ただ、小さく一礼し、部屋を後にした。




その頃。


仮眠室には、リリアとセドリックだけが残っていた。


「本当に何も覚えてないのか」


セドリックの声は冷たい。


「すみません……」


「お前は、そうやってすぐ逃げるんだな」


リリアが顔を上げる。


「周りがどう思うか、少しは考えろよ」


冷たい声で言われ、リリアは戸惑った。


「……頑張って思い出します」


小さな声で返す。


セドリックは小さく舌打ちした。



クラウスが部屋へ戻ってきた。


リリアの側へ腰を下ろした。


「体調が良さそうなら、明日にでもルーヴェル王国の自宅へ戻ろう」


「分かりました」


リリアは静かに頷く。


「こいつが一緒に行くから」


クラウスはセドリックを見る。


「言葉は悪いが、優しいやつだから心配するな」


「はい……」


不安そうにしながらも、リリアは小さく返事をした。


「今はゆっくり休め」


クラウスは優しく頭を撫でる。


「俺たちは隣の部屋にいる。何かあったら声をかけてくれ」


そう言って、クラウスはセドリックを連れて部屋を出た。


「俺は一緒には行けない。だから、お前がリリアを助けてやってくれ」


セドリックは壁にもたれたまま、視線を逸らした。


「でも、バルト団長の家に行くんだろ。俺は家には居られない」


クラウスは小さく息を吐く。


「それでも、支えることくらい出来るだろ。冷たくするなよ。分かったな」


「……分かってるよ」


セドリックはそう言った。




翌日。


マントにフードを被ったリリアとセドリックが、馬に乗る準備をしていた。


そこへラルフとオスカーが同じく馬に乗って現れる。


「私たちが護衛につく」


ラルフが静かに告げた。


リリアはラルフとオスカーを見て、思わず胸が高鳴る。


白と紺の隊服。


馬上の姿。


何も覚えていないはずなのに、かっこいいと思った。



「よろしくお願いします」


リリアは小さく頭を下げた。


ラルフは馬から降りた。


そして、ゆっくりとリリアへ近づいた。


「一度だけ、抱きしめさせてくれないか」



「えっ」


リリアは戸惑った。



その様子を見て、ラルフは軽く微笑んだ。



「言ってみただけだ。無理するな」


そう言って、リリアの肩を軽く叩いた。


そして、すぐに馬へ戻った。


オスカーはその様子を見て、胸が締め付けられた。



自分だって、リリアを抱きしめたい。


けれど――


今のラルフを見ていると、そんなことは言えなかった。




「早く乗れ」


セドリックに促され、リリアはその後ろへ乗せてもらう。



先頭にはラルフ。


後方にはオスカー。



そのまま、一行は国境へ向かった。



やがて、国境で足を止める。


「ありがとうございました」


リリアは二人へ向かって頭を下げた。


「近いうちに遊びに寄らせてもらう」


ラルフが言う。


「リリア、体調には気を付けるんだぞ」


オスカーも続けた。



リリアは静かに頷く。


そのまま、ルーヴェル王国へ向かっていく。



ラルフとオスカーは――



リリアの後ろ姿が見えなくなるまで、その場を離れることができなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ