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無能と呼ばれた聖女、魔王軍の生贄になるはずが、魔王の専属料理人(謙婚約者)に指名されました  作者: 輝久実


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9/9

世界一美味しい新婚旅行

「陛下! またいらっしゃらない! 執務室に書き置きが……『究極の卵を探しに行く。探すな』だと!? また新婚旅行の続きかー!」


魔王城にフェンリスの悲鳴が響き渡る中、当の本人たちは、遥か南の「浮遊島」にある絶壁のふもとにいた。


「……リリア、あそこだ。千年に一度しか産まれないという『虹色極楽鳥』の巣は」


「わあ、本当に虹色に光ってる! 陛下、あれでオムレツを作ったら、きっと飛び上がるほど美味しいですよ!」


ゼノンは、かつて世界を滅ぼすと恐れられた魔力を使って、ひょいと絶壁を飛び越え、至高の卵を手に入れる。呪いから解放された彼の魔力は、今やリリアの料理をサポートするための「便利な道具」と化していた。


その夜、二人は誰もいない美しい海岸線でキャンプを張った。


波の音を聞きながら、リリアはさっそく手に入れた卵と、道中で見つけた幻のキノコを使って調理を始める。


「陛下、火加減をお願いできますか?」


「ああ。……これくらいか?」


指先から繊細な火魔法を操る魔王。かつて周囲を焼き尽くしていた破壊の炎は、今やリリアのフライパンを完璧な温度で温めている。


「……リリア。こうして二人で旅をしていると、時々不思議に思う」


「何をですか?」


「あの日、貴様が死ぬ気で作ったあの蜂蜜パイがなければ。……私は今も、あの暗い部屋で一人、空腹に耐えながら世界を憎んでいただろう」


ゼノンはリリアの隣に座り、その細い肩を抱き寄せた。


「貴様が私を『食べられる体』にしてくれた。……感謝している」


「……。……陛下、急に素直にならないでください。照れて味が変わっちゃいます」


出来上がったのは、黄金色に輝くふわふわのオムレツ。


二人は一つの皿を突き合いながら、笑い合う。


「あーん、陛下。熱いですよ?」


「……。……美味い。だが、やはり貴様の作る蜂蜜パイには敵わんな」


「ふふ、じゃあ明日は美味しい蜂蜜を探しに行きましょうか」


ゼノンはリリアの唇についたソースを指で拭うと、そのまま彼女を引き寄せ、深いくちづけを交わした。


もはや、触れても何も壊れない。そこにあるのは、互いを慈しむ確かな体温だけだ。


「どこへでも行こう。貴様が『作りたい』と言い、私が『食べたい』と思う物がある限り」


二人の旅は終わらない。


魔王城へ戻れば、お腹を空かせたフェンリスやカミラたちが待っているだろう。


人間界でも、リリアの料理に憧れた料理人たちが、新しい食の文化を築き始めている。


けれど、ゼノンにとっての「世界一の聖域」は、リリアが隣で鍋を振るい、鼻歌を歌っているこの場所だけだ。


「陛下、次は何を食べたいですか?」


「……決まっているだろう。貴様が、笑顔で差し出すものなら何でもだ」


空には満天の星。


元生贄の聖女と、元孤独の魔王の物語は、これからも美味しい香りと共に続いていく。

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