72 軍勢
目の前にいる兵士の胸を突き、兜と鎧の間に穂先を刺し入れ、石突で兜を殴打する。逃げ腰の兵士であっても容赦しない。
奪え。
最早お前たちを人とは思わない。
奪え。喰らえ。
獣に劣る畜生共め。
奪え。喰らえ。己が力にしろ。
私の意識の中に誰かが呟く気がする。命を奪えと、喰らえと、力にしろと。大切な人を傷つけられた怒りの中に紛れ込み、何者かが私の意思に潜り込もうとしているような気がする。
さぁ呼び覚ませ、不死の軍勢を。
「不死の軍勢……」
無意識に出た言葉には覚えがある。それはアルビーナの書物に書かれていた……ベルクの地を守ったヴァルハラの力。私が呪いと呼んだ忌むべき力だ。
私の言葉に呪いの聖槍が反応する。幾本も伸びる黒い影を伸ばし、転がった死体を包み込む。影が引き、ヴァルハラへと戻った直後。死体たちが自らの力で立ち上がる。転がった剣を取り、私の前へ集まり膝をついた。
「なんと目見麗しい王であろうか。貴方様にかしずくため、死者の体を借りヴァルハラより参上いたしました」
一つの死体がそう告げる。
「一体何だと言うのだ貴様は!」
やや遠巻きにこちらの様子を見ていた指揮官が叫びを上げる。生き残っている帝国兵は腰を抜かし、声も出ない様子でる。
「さぁ我らが王よ。なんなりと」
「殺せ、帝国軍を滅ぼせ」
帝国兵の死体だった彼らは立ち上がり、しっかりとした足取りで進みだす。それを見た指揮官と生き残りたちは自陣に向かって走り出した。
「待て、追わなくてもいい」
これ以上は必要ない。奴らに恐怖を叩き込んでやったのだ。精々自陣に引きこもって恐がるがいい。
「姫様!」
走り寄ってきたのはリーザだ。ボロ布が捲れ上がり、あられもない姿を晒しているが気にしている様子はない。
「ご無事でしょうか」
「リーザ……」
彼女の顏を見ることで底なしに思えた怒りが引いていく。
「リーザ……貴方こそ無事なの? こんな傷だらけで……お願いヴァルハラ、彼女を治して」
ヴァルハラの影に包まれ、何事もなかったかのような綺麗な体へと戻る。しかし、彼女に刻まれた痛みはそれだけではなく、この奇跡を使ったとしても癒えることはないであろう。
「ごめんね! ごめんねリーザ!」
私は彼女を抱きしめた。衣服を着ていない彼女の体は、少し冷たくなっているが、自分の心がじんわりと温かくなるような気がする。この時ようやく彼女が生きてもどったのだと言う実感が湧いた。
「こんな私だけど、貴方はついて来てくれるかしら?」
「勿論でございます。不肖リーザ、姫様のために全力を持ってお供いたします」
「お帰りなさい、リーザ」





