70 粗末
「お話しが早くて助かります。それではこのネズミはお返ししましょう。ブリュンヒルド王よ、こちらへ」
躊躇も迷いもなく歩み出す。指揮官の顔が下卑た笑みに変わっていく。
「おっと! その不気味な槍は置いてください。こちらに敵意はございませんのでご安心ください」
私はヴァルハラを地面に突き立てた。
「これでよろしいか?」
「結構でございます」
再び歩みを進め、リーザの顔がよく見える距離まで近づいた。
「申し訳……ございません……姫……様」
普段の彼女とはうって変わって弱弱しく、かすれ声での謝罪は私の心の臓を締め付けた。
「ほら、いけ」
ドンと背中を押され、よろめきながらリーザが私の胸の中に飛び込んでくる。それをしっかりと受け止め、抱きしめる。その後ろで下卑た笑みのまま、腰に携えた豪奢な装飾が施された剣を引き抜く指揮官の姿がみえる。
咄嗟に体を捻り、リーザに覆いかぶさり盾になるように背中を見せる。
「うぐ!」
背中を横断するように鋭く尖った熱さが駆け巡る。だが踏み込みが浅く、致命傷は回避した。
「姫様!」
心配するリーザに、問題ないと目配せする。後ろに控える腰の剣に手をかけ、今にも飛び出しそうなラルフにも目線を向け、待てと軽く手を上げ指示する。
「私少々欲深なものでしてね。英雄の首を取ったとその女の首を手土産に本国で申し開きをするつもりだったのですが……ここに王の首があるなら、それも欲しくなってしまいました」
こいつの狙いはこれだ。勝てて当然の小国との争いに撤退を余儀なくされたのだ。指揮官であるこの男にお咎めがないはずはない。その厳罰を逃れるために立てた浅ましい策。自分自身の保身のためだけに動く下種。
「それにしては……お粗末な剣筋だな」
背中の痛みを我慢し、精一杯の罵倒を浴びせる。
「クソ、生意気な小娘め!」
背中から再び剣を振り上げる気配がする。私はリーザと共に駆け出し、ヴァルハラを手にする。ラルフのもとにリーザを送り出し、振り向きヴァルハラを突き出す。おおよそで放った突きは指揮官の立派な髭を削り、頬を掠っただけだった。
「ひ! ひぃ!」
よろよろと後ずさり、脚の力が抜けたように尻餅をつく。手甲越しに頬をさすり、小刻みに震わせながら目の前に運ぶ。
「血! 血ぃぃぃぃぃぃ! 馬鹿者ども! 私を守らないか役立たずども!」
器用に体を動かし、尻餅をついた体勢で後ろに下がり、黒塗りの鎧の間に隠れる。帝国軍兵士は腰の剣を引き抜き構えを取る。





