44 闇兆
「そんな……そんなことって……こんなもの! 何が奇跡よ! 何が聖槍よ! こんな、こんなのって……ただの呪いじゃない!」
この書物は決して光などではなかった。むしろ闇だ。だが、今の状況を覆す力を秘めていたのも事実。
「でも、でも! 私がこの力を使ってもいいのだろうか。国のため、皆のためとは言え……」
私は決意したじゃないか。ベルク王国に、民に未来永劫の繁栄を、幸せを。
「ならば、私が背負えばいい……呪いも闇も、全てを私が……」
◇◇◇
「とうとう帝国が動き出しました」
ラルフの報告を受け、思うことは……やっとかだ。アルビーナの本を読み終わり、あれから三日が過ぎた。私の覚悟はあの時に決まっている。国を民を護るために帝国を、その兵士と戦うことを、そしてヴァルハラの呪いを使うことを……決意したのだから。
「ラルフ、向かい討つ準備をしてちょうだい。いい? あくまで向かい討つだけよ」
「はい……地形を利用して進軍を遅らせることに全力を尽くします」
「リーザ、私の準備を手伝って頂戴」
「姫様、やはり――」
「この三日で結論は出したはずよね? 私も前線で戦うって」
「ならば、せめて防具だけでも……」
あの本の通りならば私は当分の間は死なない。重装で身を固めるよりも身軽さの方が重要だ。何よりも騎士団が着るような鎧で戦う訓練など受けていないのだ。
「わかったわ、首と胸の急所を守るだけの軽装だけにして」
◇◇◇
ラルフと共に戦場の最前線になるであろう城門を越えた先にある関所に辿り着く。ここからの道はしばらくはなだらかな坂になっている。それに加え道幅も荷馬車が二つ並んで通れる程度。この立地がベルクが強固である要因の一つだ。
帝国があれ程の武力を持ちながら、内乱を狙って小賢しい策を弄していた一因はこれだ。数の有利を活かすことが難しい。
それともう一つ、このベルクにとって有利になることがある。それはなるべくこの国を破壊したくないと言うことだ。帝国にとってこの国は言わばただの通過点に過ぎない。見据えているのはこれより北の国々の侵略。
その重要拠点となるベルク王国を出来うる限り消耗を抑えた上、無傷で手に入れたい。北の道を火薬を使って塞いだのは、逃亡阻止による国民の混乱と他国の干渉を防ぐこと以上に、この国を手に入れた際の隙をさらさないためのものだろう。
しかし企みが失敗に終わりった以上、重い腰を上げた帝国が行うのは強行突破。策を弄されるよりもわかりやすい。そして、このヴァルハラがあるならばその中に兆しが……闇の兆しがある。





