26 友人
「帝国は北への勢力拡大の足掛かりにするため、ベルクを侵略する気なのでしょう」
ベルク王国を経由せず北へ向かおうとすればアウスティン山脈にぶつかる。それを越えての侵攻など誰でも忌避することだろう。
「脅威が迫っていることには違いありません。しかしご安心ください姫様。ベルクの護りは鉄壁です。左右は山々に護られ、正面の道程は狭く帝国の大軍勢は十分に機能致しません。それに現在、国王様とお妃様が北の国々の協力を得るために尽力なされております。年単位での籠城も可能でしょう」
「それじゃあ、お父様とお母様の急用って言うのは……」
「はい、国王様はいずれこうなることを危惧しておりました。案の定、ブーゼ帝国が南方統一を成し遂げた後、水面下で対策を講じていたのです。しかし、予期していたとはいえ動きが早すぎます」
きっと予期していたのはベルクだけじゃない。帝国もこちらの動きを予想していたに違いない。こちらの守護が完成する前に叩こうと言う意図を感じる。それが先程見た強行軍。リーザが言った通りベルク王国の護りは堅固であり、自然が作り出した陣地は大軍勢である利点を相殺しうる。
しかしもう一つベルクとブーゼでは大きく異なる要素がある。それは一人ひとりの練度だ。侵略を繰り返し実戦の経験を十分に積んだ帝国兵たちと、長い平和の中で訓練経験しか積んでこなかったベルクの兵たち……
しかし、リーザはそのことに一切言及しない。
「さあ姫様、身支度を致しましょう。一時の我慢でございます」
「え?」
いつも理路整然としている彼女の言葉が何も理解出来なかった。いや、したくなかった。つい先程私は決意した。この国が未来永劫に繁栄できるよう尽力すると。それを全力で応援すると言ってくれた彼女からそんな言葉が出るはずない。
「リーザ……私に逃げろと言うの……」
「逃亡ではありません。避難です」
「同じよ! 騎士たちを、国民を残して……そんなこと出来るわけないじゃない! 立派な王になるって決めたのよ! それを応援するって貴方も言ってくれたじゃない……あれは嘘だったの?」
パンッ!
徐々に熱くなる頬。リーザの平手が私の頬を打ったのだと気が付き、じんわりと痛みが広がる。突発的に飛び出した怒りが心の奥に引っ込んでいくのを感じる。
呆然とする私を抱きしめ、リーザは耳元でそっと囁く。
「これは姫様の友人としての言葉です。貴方は必ず良い王になる。でもそれは今じゃない。お願い……貴方に危険な目に遭ってほしくないの。だから大人しく言うことを聞いて、ブリュンヒルド」





