女王の素質
運命とは時に残酷だ。非情な選択を迫る。英雄と称されたかつての英雄達はどんな選択を迫られたのだろうか。どんな感情で1ではなく10を取れたのだろうか。そこに葛藤はなかったのだろうか。
今、俺の目の前で王冠を受け取っているカレンは、若くしてあまりに辛い選択を取っているように感じた。葛藤があったはずだ。苦しみがあったはずだ。だがカレンとエリザベートの両者には己を道具としてしか見なしていない傾向が見受けられた。国に忠を尽くす。そのためならば己を業火に晒すことすら厭わないのが彼女達。今日までの滞在中、他の兄妹達も見かけるには見かけたものの、二人ほど波長が合いすぎた人間はいない。
俺は…名前を貸すことくらいしか出来なかった。何か意見できるほどの知識があるわけでもなければ、強大な力を持っているわけでもない。かと言って家族ごっこを言えるような状況でもない。今はただカレンが女王陛下として即位することを手伝い、エリザベートは自身が偽装した罪により自身を国外追放させる。そして同時に偽装工作により浮き彫りになった貴族達の横暴な罪を暴き立てる。この計画を滞りなく進めるための手助けをするのが、俺に課せられた約束だ。罪状を暴く仕組みは分からないが、エリザベート曰くこれでいいらしい。
戴冠式で行われるはずのない非難の応酬。カレンもエリザベートも何一つ言わず、これが決定事項であるのだという立場を譲らない姿勢を示した。そして次々と暴かれていく貴族達の反乱計画。その中にはエリザベートを利用して立ち回らんとする者たちさえいた。見るだけでこんなに吐き気を催したのは初めてだ。具合が悪いと言ってマリを連れてこなくて良かった。
「…帰りたい」
「無理ですよ。少なくともこの茶番が終わるまではここにいてもらいます」
「この騒ぎすらも茶番扱いか…。エリザベート。俺は君を敵に回すのが心底怖いよ」
「なら味方になって良かったと思うべきでは」
「ああ…そういえばそうだったな…」
エリザベートは淡々と述べる。目前では貴族達に加えて平民から選ばれた官僚達すらも巻き込んだ裁判がはじまり、俺から見れば手に負えない状況へと発展しつつあった。そこへ初めて喝を入れたのは、ついさっきトサエル国女王陛下となったカレンだった。
「双方止め!以降は法的処理を行う。各位、持ち場に戻れ。主犯は直ちに連行し、事情聴取せよ。エリザベート。貴方は今月の最後を以って国外追放とする。以上」
「寛大な御心に感謝致します。カレン女王陛下」
「ハインド公爵。恥ずかしいところをお見せしたことをお詫び致します。今後とも、我が国をよろしくお願いします」
「ああ。女王陛下。即位を祝福する」
「ありがとうございます」
こうしてあっさり終わるはずだった戴冠式は、混乱の様相を呈しながらも終了を迎えた。果たして最善だったかは分からないが、終わったのだからこれで良かったと思うしかない。決めるのは歴史だ。俺達じゃない。
エリザベートと2人、迎賓館へ向かう廊下を歩いていると移住の件について切り出してきた。
「ハインド公爵。急で申し訳ありません。これから私は国外追放のために亡命の書類を書かなくてはいけません。できれば公爵様のご住所とサインをいただきたいのですが、この後お時間はよろしいですか?」
「ああ。大丈夫だ。色々あったが、俺は君を歓迎するよ。入隊時は相応の待遇を約束する」
「感謝します。それでは」
静かに挨拶をすると彼女は自分の部屋へと向かっていった。俺もマリを待たせては色々言われそうだったので帰ろうとした時、ふと思い出した。エスコートの姫達が選ばれた理由。それを知りたかったんだ。そういえばルーモルトは知りたいならカレンを当たるといいと言っていたな。
ひとまず、カレンがいるであろう執務室に向かってみることにした。ガウディの中は一通り案内されていたこともあって、執務室にはすぐに辿り着くことができた。ノックをして中に入ってみると既に政務を始めているカレンがいた。
「失礼する。女王陛下」
「ハインド公爵。どうかされましたか?」
「エスコートの姫達について聞きたい。ルーモルトに聞いたら、君に聞いた方がいいと助言をもらったものでね」
「あの子が?エスコートの姫達に何かご不満がおありですか?」
「いや。カレンの政務が少し心配になってな」
「問題ありません。複数の官僚に分けて対応してもらっています。私も無理はしませんよ」
「ならいいんだ。まあ問題は他にもあるんだが…」
「他にですか?」
「…シャルロット・イスカリオテについてだ」
「彼女が何か?」
「選んだのは誰だ?彼女の身分は非常に不安定だ。下手な場面を見せればどうなるか分からないぞ」
「残念ながら私には選択権はありませんし、内部を知りたいと言われましても私が知る由はありません。ですが…。公爵のおっしゃられたいことが分からないわけではありません」
「貴方なりの見解はあると」
「はい。間違いなく、誰かが仕組んだこと。しかし私でさえ手出しは難しい範疇にあります。あの国は私達の国よりも多少厄介なので」
そう言って彼女は窓から空を見上げた。カレンの言いたいことはこうだ。今はただ黙って、下手な詮索もせずに流れに身を任せろ。目の前に存在しない事実は存在しない。ありのままの現状を見て、そこから自分のすべきことをしろ。
分かってる。だけど、目の前であまりにも大変そうになりそうな案件があるというのに、それに触れることすら許されないのは非常にもどかしいものがあった。俺だって下手な干渉をするくらいならやめたほうがいいのは分かってる。でもいざというときに誰にも助けを出せず、準備がないのもよろしくない。
だが今は感情論で動くべきじゃない。敵が動く時を待つ。スナイパーと同じく、今はただグッと我慢して相手の出方を待とう。
「貴重なお時間、ありがとうございました。カレン女王陛下」
「いえ。公爵様の不安は理解できます。私もこの祭事が滞りなく進むよう、警戒を強化します」
「よろしくお願いします」
執務室を出て再び迎賓館の方へ戻る俺。その間に思ったのがマグノリアが開発しているであろう都市のCADだった。どんなものを作るか少し楽しみな気分になりながら、一瞬で思いついたもう一つの考えを実行してみることにした。
迎賓館に帰ると、勉強が終わったマリがスヤスヤとベッドで寝ていた。ノートを見てみると間違いよりも正解が多く、自分より地頭がいいことにちょっとショックを受けつつも俺は机に座りCADを開いて、あるデータを読み込んだ。原子力潜水艦の設計データだ。だが欲しいものはそれじゃない。本当に欲しいのは…中身だ。
「えぇっと…あった。これだ」
それはSLBM。潜水艦から発射される大陸間弾道ミサイル。なぜ俺がこんなものを開いてるのかって?簡単な話だ。こいつを核弾頭から通常弾頭へと再設計するためだ。2100年までに核ミサイル抑止論は無くなっている。核ミサイルよりも強いモノが出てきたからな。だが核は非常に取り扱いが難しいことに変わりない。更にICBMの脅威も消えたわけじゃなかった。MIRV弾頭だ。2080年代では既にMIRV弾頭は高い精度で目標への再突入を可能にしていた。更にICBMに搭載されるのは核弾頭のみという暗黙のルールも存在していた。通常弾頭型MIRVなぞやってみろ。核だと勘違いして抑止論もクソもなくなる。というわけでICBMに通常弾頭型は存在していない。これはどの並行世界でも同じであった。だが今は関係ない。逆に核ミサイルなんてやるくらいなら通常弾頭型のMIRVを作り出した方が被害も少なくて済むだろう。いや、使わない方がいいのは変わらないんだが…。
いずれにせよ、我がハインド騎士団は陸空海全てにおいて、非常時においては反抗部隊として動くことを想定することにした。その第一歩としてICBMやSLBMを配備するのは何ら問題ない。文句言ってくるやつはこの世界にいないからな。
「作るだけ作ってどうするかは後で考えればいいだろ…」
そんな風に考えながらCADをいじっていたら、既に夕方になってしまっていた。本当に悪い癖だ。マグノリアにどやされてもおかしくないな。おまけに気づいてみればマリがいない。一瞬で冷や汗をかいた。身体の中の血が引いていく感じがした俺は直ぐに扉を開いて探しに行こうとした。が、開いた先にいたのはマリだった。食事を2人分持ってきてくれていた。
「あ…」
「ダメだよケイ君。目の前に人がいるかもしれないんだからっ!」
「ご、ごめんマリ。どこかに連れてかれたかと思って…」
「冷や汗かくくらいならちゃあんと私のこと見ててね?」
「すいませんでした…」
「さ、一緒に食べよ?」
「ああ」
マリと一緒に夕食を食べてゆっくりとシャワーを浴びた後は2人で添い寝した。
ベッドの中で背中に当たる胸がまたなんとも言えないな…最高だぁ…。吐息も感じるし…。ずっと繋いでる手も細いくて綺麗だ。振り向いてみると月明かりがマリに降っているせいなのか、いつもより色っぽく見えた。シャンプーの香りも唇も全てが輝いて見えた。ドキリとした瞬間、マリの腕が急に頭の方にいき胸へと引き寄せられた。羨ましいと思うなかれ、腕力もさることながら乳圧のせいで自分が窒息する。
「うぇひひ…。ケイ君つかまえたぁ…」
「むぐぅっ…」
「おっぱい飲みたいの…?赤ちゃんみたい…」
「むっむぅ…!」
「私のミルクいっぱい飲んでいいからね…ケイ君…」
「…ぐぅ」
それから先の記憶がない。不老不死でなかったら死んでいただろう。死因、乳圧なんて情け無いのは勘弁だ…。
そしてその一方で、ある妖精が苦労していたことを俺は知らなかった。
「ンギィィィィ‼︎」
「マグノリアが壊れた!」
「マグノリアちゃん大丈夫?飴なめる?」
「また蜂蜜よりも甘いラブコメとR-18漫画みたいな展開を感じた!ふざけんなァ!ボクがどんだけ苦労したとおもってんだァ!」
「ああ…マグノリアがどんどん狂っていく…。ミーティア。私もう見てらんないよ…」
「しょうがないよ。あんな戦いしたんだから…」
アレは私達にとって因果な戦いだった。先生不在の中、私達が手に入れられる道具だけで戦った。一度は相打ちにまで持ち込まれ、撤退せざるを得ない状況にまで追い込まれた。その瞬間を考えれば、こうなっても仕方ないのかもしれない。事実こうしてキレている。
「…たい」
「マグノリア?なに?よく聞こえない?」
「…聞きたい」
「な、何を聞きたいのマグノリアちゃん…」
「ユーロビートだよユーロビート!お父さんの記憶だけじゃもう満足できない!ああああ‼︎新曲のユーロビート聴きながら作業したいよぉぉ!」
「ゆ、ゆーろびーと?なにそれ…」
「いつか聞かせたいよ。絶対ハマる」
「音楽なの?聞かせたいとか聴きたいとか言ってるけど…」
「音楽の一種だよ。お父さんが好きだったんだ。特にボクはお父さんと記憶を一部共有してるから、趣味とか嗜好が少し似てるかもね」
「なるほど。面白いじゃない」
「ところで何作ってるの?」
「決戦要塞都市」
そう言ってコーヒーを飲んで目元にクマを浮かばせながらモニターを見つめるマグノリアちゃんは、なんだか疲れ切った私のお父さんを彷彿とさせた。一度休憩を入れたとはいえ、もうすでに怒りやすくなってる時点でいくらか疲れてしまっているんだ。私が休ませないといけない。私はこの中で唯一大きくなれるんだから!
私はすぐさま大きくなってマグノリアちゃんを無理矢理モニターの前から引き剥がした。マグノリアちゃんは暴れたけど人の子供サイズにまで大きくなった私に敵うわけもなく、布団におとなしく入ってくれた。そして1分もしないうちに寝てしまった。先生との通信時には気丈に振る舞ってたけど、戦いが終わった時点でマグノリアちゃんの体力は限界に近かった。ちょっと休んだだけじゃダメだったんだ。
「マグノリアも無理するわね」
「しょうがないよ。やりたいことが沢山あるんだよ。きっと」
「で…この決戦要塞都市ってなに?戦う気?ていうかこれ設計図?」
「…みたいだね」
「なにこれ…見ただけで頭痛くなりそうなんだけど…」
「とりあえずそのままにしとこうよ。消えたらマグノリアちゃんがまた発狂しかねない」
「そうね」
マグノリアちゃんが寝てる間、私達は私達で下の食堂に向かいゆっくりお茶をすることにしたのであった。
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