農民姫
エリザベートによる噂の作戦は、俺が思っている以上の成果を挙げていた。たった4日間で時折通りかかる大臣達は俺の顔を窺うようになり、使用人達の間でもカレンが次期女王陛下になることが確定的だという流れが強まってきていた。
一方でカレンは未だにエリザベートの説得を受けずエリザベートに全権限を委譲すると言っているらしい。かと言ってエリザベートも引き下がらずに説得を続けている。なんだか責任の押し付け合いを見ているようだが、エリザベートがもし勝てば二度とトシュメロ連邦の地は踏めなくなる。代わりに自身という火種を消し国を安定させることが可能になる。だが押し負ければカレンはそのままどこかへ。それも当て所のない道を彷徨う可能性も秘めている。
…どちらが勝っても負けても必ず何かをこの国は失う。それが良いことなのかは歴史が証明することであり、現在のところでは何とも言うことはできない。このまま行けば問題はないだろう。が、その前にやるべきことが残っていた。俺の本来の目的は国際交流。そしてここしばらくはトシュメロ連邦を回り尽くし、全ての国に挨拶と視察を済ませてきた。ただ、ファモーア王国という国に関しては皇女や皇子が何人かいる中で一人居なかったために後々、その一人がここまで挨拶に来てくれるらしい。
残るは例の守護龍祭なる祭典だけ。迎賓館から見える範囲で外の様子を見る限りでは祝日のような扱いだという。国を挙げて…というより民間で浸透しているので国はそれに乗って金回りをよくしようという話に近い。少し先に見える街でも旗やら何やら立ち始めた。まだ3週間は先だと言うのに気が早いもんだ。
そして俺の愛しい愛妻は横で何をやっているのかというと、中学3年あたりでやる数学の基礎を必死に勉強している。
「えっとここは…けいくーん!」
「はいはい。ここは…そうだな。無理矢理公式を当てはめてもいいんだが、ここはこの別の式を当てはめてやれば…」
「なるほどなるほど…ありがとケイくん。勉強って楽しいね!」
「あ、あぁ。そうだな。ははは…」
無邪気に笑うマリにはとてもつもなく申し訳無いのだが、ぶっちゃけ数学は好きじゃなかった。頑張れば数Ⅲの最初まではいけたが、結局はそこで打ち止め。数Ⅱまでは確実に理解できたものの以降はやる気が削がれてばかりで授業をサラサラ受ける気もなかった。今、マリにこうして教えられるのはスキルによる恩恵があるからだ。何千年も先の人類の技術を俺の身体は一挙に修めている。頭がパンクしないのは連携スキルや魔術原基があるからに過ぎない。まあ、仮にわからなかったとしても俺が分かる範囲で教えていたことに変わりはない。マリが前世で生きていればの話だが…。
お昼頃になり、疲れてきていたマリが伸びをしていると誰かが扉をノックする。
「どうぞ。お入り下さい」
「失礼いたします」
入ってきたのは眼鏡をかけていかにも優等生、いや厳しそうな女性教師といったイメージの令嬢。ドレスというよりも大臣が来ているような、比較的デスクワークに勤しむような服装をしている。
「挨拶が遅れてしまい、大変申し訳ございません。ファモーア王国正室息女。リリィ・ファモーアです。以後お見知り置きを」
「アルス王国第六席公爵、ハインド・ウォッカだ。よろしく頼む」
「妻のマリー・ウォッカです。よろしくね」
「よろしくお願いします」
椅子に静かに座ると、何やら本と羽ペンを取り出して俺に向かって真剣な眼差しを差し込んできた。
「公爵様。現在、貴国とは連邦単位での貿易を行なっています。しかし、私の国、ファモーア王国は違います。私達は現在、連邦単位から国単位での貿易を考えています」
「なるほど…で?」
「アルス王国との貿易の一部に我々ファモーア王国が一国単位として参入させていただきたいと考えています。もちろん、直輸入品ゆえの関税や輸送費、その他諸々の金額の増額も抑えられます。どうですか?」
言ってることは分かる。もちろんこの提案をウチの王様が受け入れてくれるかどうかは分からないが。だが最初から連邦単位から抜け出して一国単位で貿易するとなると、かなり大変になるだろうな…。連邦単位だからこそできる安定した収入は作る側にしてみれば魅力だ。だからこそ始めたばかりの国単位での貿易は出資に対してどれだけその仕組みを使う側がついてくるかが問題になる。
それに、これは連邦だからという範疇すらも超えることになる。安定した収入源以外にも、この物流集中システムの手を離れることはデメリットが大きすぎる…。だが、今まで支えられてきた本流から抜け出し、支流を作る。これが他の国にも広がれば物流システムは国単位となり連邦単位でのシステム面では更に飛躍するだろう。痛みと失敗、批判を乗り越えられればの話だがな…。
「…分かった。だがまずは個人レベルでの貿易も悪くないと思うが?」
「…詳しくお願いします」
「いきなり国単位って言っても、連邦の物流頼ってる現状じゃあ無理だ。国内の物流はどうなってるんだ?」
「ご指摘の通り、万全ではありません。ですが…!」
「野望は計画的に、ですよ?リリィさん」
珍しく口を開いたのはマリだった。時折、マリは絶好のタイミングで黒歴史名言を放ってくる。しかも俺のじゃないか…!マグノリアめ…また吹き込んだな?
「野望は…計画的に…」
「そう!どんなにすごい野望でも、無茶をしちゃうとそれは『無謀』になってしまう…。大切なのは急ぎすぎないないこと!野望を達成するにはタイミングと根回し、加えて努力。全てが重なった時、野望は初めて希望になる!」
「なるほど…。私はどうやら急ぎすぎていたようですね。マリー公爵夫人。この助言は忘れません。ハインド公爵。私はもう一度ファモーア王国の物流やその他諸々を洗ってきます。必ずや、期待通りのお話を持ってきます」
意気揚々とリリィは俺の部屋を出て行く。一見、冷静そうに見えたがどうやらその中身は野望と強固な意志を持った熱い闘志の持ち主であるらしい。あれほど中身が熱い人間は今のところ見たことがない。エリザベートは…違った意味で国に尽くそうとしている。そういう意味では同じようで、また遠くにいる存在だ。性質は全く逆。会わせたら面白そうだが。
さて。守護龍祭の方に目を移してみよう。つい昨日だが、使用人からある手紙を受け取った。それはトシュメロ連邦にある大きな学園、ゲルンシル学園からの招待状。どうやら文化祭的なものを開催するので来て欲しいらしい。担当する姫たちが案内するので問題はないと書かれている。これか。クラセフト王国でやるとかいう祭事は。
「なんだかすごそうなお祭りだね」
「そりゃあ国一帯でやるんだから壮大だろうな。問題は何をやるのかってところか」
「学校ってことは…ケイ君が前に言ってた文化祭みたいな?」
「そんな感じだとは思うんだが…いかんせん、異世界の文化祭って全く分からないし…」
「ていうか、意外とこの世界の学校ってフレンドリーなんだね」
「…?なぜに?」
「だって、文化祭みたいなの開くってことは、要するに外の人を受け入れるってことでしょ?」
「まあ、言われてみれば」
「ね?だから不思議だなぁって」
確かに、異世界の学園と言われれば普段は閉ざされているイメージがある。むしろ現代日本のような警備機能がなければ外部の人を入れようとは思うまい。それだけ警備機能が優れているということなのか、或いは不審者を弾くシステムを構築しているのか。いずれにせよ、事件が起こらないことを祈るばかりだ。
1時間後、CADで製図している所に使用人から書類を渡された。中身を見てみると、どうやらカレンが言っていた俺達を案内してくれる姫様達の組み合わせが決まったらしい。まあせいぜい伯爵家とかそういう人達の集まりだろう…などと考えていたら、それは間違いであることを思い知らされた。
「マリ…その…組み合わせなんだが…」
「え?なになに⁈決まったの?見せてー!」
勉強そっちのけで俺に胸を当てて見始めるマリ。ああ…背中に当たるのも良き…じゃない!違う!そうじゃない!今はそんなことを言っている場合じゃない!
「えっと?カレンさんにエリザベートさん。ルーモルトさんにシャルロットさん。アヴァロンさんにルンレイさん。で、最後にリリィさん、と。ねぇケイ君。これって」
「会ってる人達だよ…。しかも全員…」
濃いって。キャラが濃いよ。こんな場所に入れられたら俺なんて霞んでいくぐらいの人間だよ。えぇ…。ま、まあ物は考えようだ。カレンはガウディにいるわけだし担当官でもあるから話しやすい。エリザベートは今後の計画について話すことがあるからヨシ。ルーモルトはスレイヴについて色々あるから…うん。アヴァロンとルンレイは警護の目的も兼ねてるかもしれない。リリィも分かる。俺に商談を打診して色々やりたいんだろう。きっと働きかけたに違いない。
だが最大の疑問点。何故と突きつけたい人物がいる。シャルロットだ。何者かさえ分からず、公的機関の検死書がある人物なのに俺達をエスコートする姫様の中に含まれている。誰が入れた⁈
「えっと…シャルロットさんって、もしかしてこの前ルーちゃんが連れてきた…」
「死んだ筈の人間。この世に本来いない人間だ。ルーモルトか?」
「誰がこんなこと…」
「ルーモルトに連絡するか。少しでも真相が知りたい」
不可思議から衛星通信をかけ、スレイヴにかけてみる。するとあっさりルーモルトがモニターに出てきた。
《はーい!どちら様…っていうか、この通信魔法はハインドさんにしか繋がらないんでしたね》
「まあそんなところだ。ルーモルト。正直に答えて欲しい。…エスコートの選抜について何かしたか?」
《エスコート…ああ!届いたんですね!誰と行動でした⁈》
《君とアヴァロン、ルンレイ、リリィ、カレン、エリザベート…》
《うわぁかなり豪華…って言うか私⁈私選ばれたんですか⁈やったあ!》
「そしてシャルロットだ」
《…シャルちゃん。ああ…やっぱりそうだったんだ》
「何を知っている?全て話してくれ》
《実は…》
ルーモルトは淡々と話した。シャルロットは…死を偽装されたイスカリオテの姫だったらしい。判明したのは最近。しかも正室。ちなみに母親の正室は何かしらの事故により死亡したらしい。正室の姫がどれだけ火種になるのかは分かる。エリザベートという前例がいたからな。皇室としては探していたが今まで死んでいるものばかりとして捜索はあまりその気ではなかったらしい。だが正室が死んだ時期より前に働いていた老齢の騎士が遂に辺境の村で農民として農作業をしているところを発見。報告した結果、様々な鑑定を経て本物と発覚した。その後は宮殿に迎えられたものの正室の部屋は改装のため無くなっており、現在はひとまず別の宮に入ったらしい。
《と…まあこんな顛末です》
「助けた時は知らなかったのか?」
《当たり前ですよ!知ってたら今頃もっとハインドさんに誇張するレベルで助けを求めてましたよ!》
「知ったのはいつだ?」
《つい先日です。お母様から聞きました。まさかシャルちゃんが正室のお姫様だったなんて…。泥だらけで農作業しながら笑ってたのが懐かしいです…》
「農民だった頃の母親とはどうしてるんだ?」
《シャルちゃんとは一応手紙で連絡をとってるらしいです。今後どうなるか分かりませんが…》
「そうか…。悪かったな。作業中だったんだろう?君も泥だらけだ」
《あ、分かります?また補強工事やってたんですよ》
「ルーちゃん!久しぶり〜!」
《マリさん!お久しぶりですー!》
「ねぇルーちゃん。このエスコートしてくれるお姫様達を選抜する人達は誰なのか分かる?」
《どうなんですかね?連邦政府の仕事はあくまでも全体の経済管理とか軍備であってこう言った祭事は国ごとの考えって聞いたことはありますけど。それこそカレンさんとかに聞いてみては?》
「そうだね。ありがとう!またねルーちゃん!」
《はい!ではハインドさん!またエスコート当日に!》
「ああ。ありがとう。よろしく頼む」
スレイヴとの通信が切れ、俺は静かに深く座り直して考えてみた。シャルロットが正室の姫だったというだけでも驚きだが、今は置いておく。そんなことよりエスコートに選抜された理由だ。彼女が正室の姫だから…とは思えない。あのルンレイ達の親バカの父親…ならぬクラセフト王国皇帝が言っていた通り、俺達は楽しめばいいだけかもしれない。しかし体裁上は外交として、互いの文化交流としての場だ。それも選ばれた爵位の高い人間のみがエスコートとして選抜される。まさかとは思うが、シャルロットを潰す気か?
「…いやぁ。まさかな!ハハハ!まさかまさか!んなバカなわけないよな!」
「ケイ君?」
「ごめんごめん。あまりにも俺の単細胞ぶりが」
「単細胞ぶり…?」
「或いは考えすぎ。んなバカなことが…」
「不安なら相談に乗るよ?」
「マリ。選抜にシャルロットが選ばれた理由が失態を見せて潰すつもりだとしたらどう思う?」
「もしかして、もしかする?」
「だったりして?」
「「あははは…」」
乾いた笑いが部屋に消えていった。そしてマリは静かにシリアスな雰囲気を出す。
「無くはないよケイ君。間接的な理由だけど似たような例なら私がいるよ」
「なんですよねぇ…」
結局、マリと二人で話し合いひとまずこの件は保留にして本当に何かしらの事件が発生したら自分達が介入するということにした。マリの意見としては、もしも選抜エスコート姫達の中に協力者がいた場合、間違いなく自分達のいないところで事態が進行して手に負えなくなる可能性がある。だからここは様子見が正しい、というものだった。一方で俺はエスコートの姫達にあえて虚実織り交ぜて話し合いをし、協力を仰ぐというものだった。この互いの意見は単にパッシブかアクティブかの違いしかないが、どちらも問題があるために介入する余地だけは残そうといった方向で決着がついた。
本当の波乱が起こらないことを祈りつつ、俺は再びマリの勉強に付き合うのだった。
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