迎賓館
用事もあって10月は2話のみです…
荷物などは併設されているという別の宿泊施設へ運ばれるらしいので俺達はカレンに案内に従うことになった。まずは隠居しているという元国王のいる部屋まで案内される。
「バレンディ国王。例年通り、アルスより大祭の補佐が来国されました」
「…入れ」
扉の先には数人の従者に囲まれて、大きなベッドの上で横たわる老人の姿があった。見た目で判断していけないのは分かっているが、やはりどう見てもまともに執政できるような状態ではない。かなりのご老体だ。
立憲君主制の王族とはいえ、その仕事は多岐に渡る。様々な問題を抱える以外にも公務も欠かせない。我が日本ですら天皇陛下の仕事は多く、80歳というかなりの御高齢にも関わらず天皇という仕事に定年なんてモノはない。まあテニスするくらいには元気なのだろうが。
「全く…このような無様な姿を晒すことになるとはな…。時の流れには勝てぬか…」
ベッドからなんとか半身を起き上がらせてこちらに顔を向ける国王。老けているが、それでも十分に目の光は失われていない。
「アルスからの使者…だったか。新任だと向こうからも聞いている。名前は何と申すか?」
「ハインド・ウォッカと申します。こちらは自分の妻で…」
「マリー…です」
「今回が初めてかもしれんが…よろしく頼むぞ」
「はい」
「では、使用人が迎賓館へ御案内致します。私はこれで」
「カレン代表。案内御苦労様です」
「ありがとうございました!」
「お気になさらず…」
使用人に案内され、国王のいる部屋から迎賓館へと向かって歩いていく俺達。ただ、迎賓館へは少し歩きでは長そうだった。折角なので使用人のメイドに政府の状況を聞いてみることにした。断られること前提だったが、これがあっさりと教えてくれた。
まず君主となるであろうカレンの後に正式に継ぐはずの御令嬢とやらは…本気で継ぐ気は一切ないらしい。なぜならカレンが代表として動いた方が全体的に円滑に動くのだとか。理由はメイドにも分からない。嫌がらせの類ではないのがまた不思議だ。とりあえず変なことに首を突っ込む形にならなくてよかった。またそんなことをしたらマリに心配をかけてしまうからな。
と、いきなりマリが立ち止まって天井付近へと向かう階段を見ていた。
「…?」
「マリ?どうした?行くぞ?」
「うん…?」
俺も階段を見るが、そこには何もいない。せいぜい綺麗な装飾くらいしか目に入ってくるものはなかった。
「何か感じたのか?」
「多分気のせいだと思う…うん」
確実にそこにいた。それなのに何も見えない。何も無かったかのように消えていた。ケイ君と比べて私の探知範囲は広くて感度がいいはず。ていうか、ケイ君は多分私みたいに警戒はしてない。悲しいかな。これは延命処置される前に培った経験だった。
昔のことは忘れたくても役に立ってくれることもあるから捨てられない。もうこの世にはいない私の、この世界のおばあちゃん。ありがとう。きっと幸せになってみせるよ…。
「でもやっぱり気になるなぁ…何だったんだろ…」
やはりマリがずっと気にしている。ただ、物証もないのだから気にしても仕方ない。仮に暗殺仕掛けられたところで死なないし、というか暗殺されるような要素が全くない。俺に恨みを持つ人間が…いないわけではないと思う。が、こんなところまで来てどうすんだ、という結果になる。結論から言えば気にしたところでしょうがないってだけだ。
「マリ。行くぞ」
「うん」
数分ほど歩かされてたどり着いたのは、これまた豪華な装飾や高級ベッドなどがところ狭しと配置された中規模な部屋だった。迎賓としてはバッチリといっても過言じゃない。荷物もしっかりと運び込まれている。仕事ぶりについては伯爵の家よりもいい。というか、使用人のレベルが伯爵の家は通常より高い気がしなくもない。砕けた態度で接しているとはいえ、実際的な統率力はこことさして変わらない。だがこちらは国だからな。数も多い分統率は大切なのだろう。
マリはホテルっぽいベッドを初めて見たような目をしてゴロゴロし始めた。なんだ。ただの可愛い妻か。
「さぁて…明日からどうすんのかがよく分からないからな…」
「特別ないならゆっくりしてもいいんじゃない?」
「まあそれで十分なんだけどな」
「…ケイ君」
「どうした?」
「扉外、後方12m。さっきの…何かが来る」
「マリ。イーグルは持ってるな?」
マリは無言で頷き、腰のホルスターからイーグルを取り出してアモをセット、セーフティーを解除する。その顔は、俺が今まで見てきた甘えん坊なものではなく容赦を感じさせない顔つきをしていた。理由は分からないが…。俺は腰のホルスターに差しておいたレイジングブルのセーフティーを解除して扉に向ける。マリが警戒するレベルということは、それなりに殺気丸出しだと言うことに近い。マリも中途半端とはいえ守護龍。その探知力も常人よかよほど高い。やけに背後を気にするのは、かつて封印される前に追っ手から逃げていたからかもしれない。俺も少しマリを見習った方がいいな。
カツカツと聞こえる靴音。それは俺でもわかるほどの殺気と共に近づいてくる。だがもしかしたら単なる勘違いなんてこともある。イレギュラーだと断定はできない。
「マリ。発砲はするなよ。警戒だけだ」
「…分かった」
ドアノブが下がり、ゆっくりと扉が開く。その先にいたのは一人の少女。黒基調のコートを着て背中には金属製と思われる十字架を背負っている。俺は直ぐにレイジングブルをホルスターに入れて服で隠し、マリにも背中にイーグルを隠させてセーフティーをかけ、ゆっくりとホルスターにしまわせた。
「アヴァ!何やってるんですの⁈ノックしてから入るのが常識ですわ!」
「そういえば考えたことがなかった」
「全く…もう少し礼儀作法を学ぶことを知った方がいいですわ」
ドタバタと来たのは少し豪華なドレスに身を包んでいながら軽やかに動く少女。少しばかりではあるが十字架を背負っている少女と顔が似ている。
ドレスの少女はこちらに振り向くと礼儀正しくドレスを少し上げてこちらに頭を下げた。
「愚妹の非礼をお詫び申し上げますわ。わたくし、クラセフト王国皇女のルンレイと申し上げますわ」
「私はその愚姉の妹。アヴァロンです。以後よろしく」
「あ、ああ。よろしく…」
ルンレイという姫様はかなり姫って感じだが、妹のアヴァロンには全く姫といった感じはない。むしろ俺が入っていそうな特殊部隊にいそうな感じがある。装備といい、口元を隠しているあたりあまり良い組織ではなさそうだ。
だが何より分かるのは、明らかに彼女達に姉妹という言葉は似合わないということだ。むしろ互いに戦い合うライバルのような気風すら感じる。もはや言葉は不要だ、なんてセリフが一番似合うかもしれない。あと殺気は上手く隠したつもりなのだろうが少しだけ滲み出ている。特にアヴァロンから。あの殺気は俺達に向けられたものじゃなかったことだけでも良かった。
「そちらの方は…」
「俺の妻だ。名前はマリ」
「マリです。よろしくお願いします」
「こちらからもよろしく申し上げます。ハインド公爵様。お話は伺っております。クラセフト王国への訪問、心よりおまちしておりますわ」
「移動時には私達、教団監視団体『ラグエル』が随伴する予定です」
「教団…監視団体?何か物騒な名前だね…?」
「この連邦にはまだ教会の影響力が少しばかりとはいえ根付いています。教会・教団および危険団体を監視し、企みを真っ先に叩き潰す。それが我々の仕事です」
「それ公言していいのか?」
「存在を知らない者はほぼいません。が、その実態を知る者はいないに等しいでしょう」
まるで公安やFBIだ。しかしトシュメロ連邦もまだまだ安定化には程遠いということか。叩き潰すと公言してるあたり、武力制圧すらも許されているわけだ。言いようによってはゲシュタポといっても間違えてはいないだろう。
異世界は異世界でも、なんだか凄い世界だと言うことを改めて実感させられる。
「しかし一応皇女なのでは?」
「アヴァは、その才能からラグエルの司令としての役割を担ってるだけですの。わたくしと同じ皇女ですわ」
「そういうことです」
「まあ…戦闘能力はわたくしと負けず劣らずでありますが」
うん。とりあえず頼むからお互いに殺気丸出しで睨み合うのはやめてくれないだろうか、なんて言えるわけもなかった。数秒ほどたつと直ぐにルンレイは笑って挨拶をして部屋から出て行った。
なんか…濃いな。色々と。
「マリ。さっきの気配は彼女達であってたか?」
「う、うん」
「…大変になりそうだ」
「だ、大丈夫だよ!ケイ君には私がついてるもん!」
「…そうだな。俺にはマリがいるもんな」
「その通り!計算とかちょっとしかできないけど…」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと教えてやるよ」
少し自信無さげなマリに励ましの言葉を送り、荷解きを始める。いくつかの荷物は出さない方が片付けに困らないのでそのままに。一方でいくつかの通信機器については前に作ったものをマリに手渡しておいた。いわば空中に表示されるタイプのHUDだ。マリも電源をつけた時は驚いて気に入ってくれた。使い方もある程度教えておくことにしよう。
しばらくしたら夕食の時間になり、使用人に案内されて迎賓館用の食堂らしき場所でゆっくり食べさせてもらったあとは部屋に戻り、シャワーで汚れを落とし、備え付けてあった洗口液で口をゆすぐ。夜が更けたところで、いつも通りマリと二人でくっついて寝ることにした。マリの髪は、いつもとは違って柑橘系の香りがした。




