フロンティア
さて。俺は今、とある問題に直面している。要塞都市開発計画はマグノリアに任せてある。他の技術実証も進んでいないわけじゃない。マリとの関係も良好だ。では何が問題なのか?
実は技術実証中、軍用秘匿暗号回線として俺の持つ量子コンピュータか、それ以上の未知のCPUでない限り突破不可能なRSA-D・RNA暗号という独自の暗号に置き換えることで西暦7000年代以降の技術でも突破可能かどうかというレベルの暗号回線の開発に成功した。
これは通常の2000年代で使われている基礎的なRSA暗号の技術に量子コンピュータ用の量子暗号、更にDNA暗号を独自に重ね合わせたものだ。傍受された瞬間に鍵が無効になる量子暗号。そこにRSA暗号を組み込む。そのRSA暗号の内部には 独自に作り出したD・RNA暗号が隠されている。仮に量子暗号を突破し、RSA暗号を全て読み取れたとしても出てきたD・RNA暗号は10万もの独自言語に加えて指定の組み合わせも多い。しかし組み合わせが解読できたとしても転写を数十万回繰り返すという途方も無い手順を踏まなければならない。おまけに転写したとしても組み合わせ一つ一つにダミーとして膨大な情報量が仕込まれており下手すれば読み込もうとした瞬間に大抵のCPUは全て処理不能になる。
だがこんな素晴らしいものを開発したというのに、俺は単純な一つのことに気がつかなかった。
「異世界に人工衛星なんてねぇじゃねぇか!」
そうだ。この世界に人工衛星なんてものはない。エヴィロイドと通信できたのは量子コンピュータ那由多をサーバーとし、伯爵に秘密で屋敷の一部に夜中につけておいた通信機の出力を極力高めて強制的に繋げただけだ。故に電波曝露も洒落にならない。ファローズに渡した機器は対策を立てておいたものの、毎度毎度そんなことをしていてはどうなるか分かったもんじゃない。那由多をサーバーとして使うにはもう無理がある。基地を造るまで俺の居候部屋のみが通信施設というのも酷い話だ。これから先、騎士団に人が増えて軍事回線が必要になる時が必ず来る。その時に通信施設が何もないなど、許されることではない。
下準備として3日間かけてドローンによる成層圏の確認や太陽光の到達高度、星のデータなど今利用可能な技術で精査したところ、この星はまさに地球、いや銀河自体が太陽系をそのままコピーしたかのような形をしていることが分かった。驚いたことに木星まで存在していた。つまり、スーパーアースがあると言うこと。この地球?が今まで彗星やら何やらで破壊されてこなかったのも頷ける。
だが関心してる場合じゃない。天体が太陽系に酷似し、更にこの星が地球と似た形になっていると言うことは、無闇に人工衛星を打ち上げることはできない。下手すれば重力の関係で打ち上げロケットごと落ちかねないからだ。もし打ち上げるならばこの星の赤道近くに行かなければならない。だが赤道など調べあげたところで行くまでの時間がかかるだろう。それに俺としては行きたくない。これが8割を占めている。
仮に打ち上げに成功したところで修理はどうするのか、という問題にも激突する。俺が開発したものは老朽化しても魔力補充により新品になる素晴らしいシステム付きではある。この前のフォリエトリウム…折角だからFクリスタルとでも呼ぼう。これで魔力の問題は解消した。だがなんでもかんでも俺が管理していたらキリがない。それに一々衛星を打ち上げるというのも面倒な話だ。そんなんだったら必要な機材のみ積んで俺が宇宙に行けば…
「その手があるじゃないかッ…!何故…何故…!気がつかなかった…!」
そこから準備は早かった。赤道に行かなければならないのは重い荷物を運ばなければならない時だけ。俺一人だけなら問題ない。
ロケットの発射台基地は簡単なものを設計し、ついでに国際宇宙ステーションの設計図をそのまま流用・各所改造してハインド騎士団専用の宇宙軍事基地を軽く作った。
次にFクリスタルの仕組みを解析機関を使って更に解析。新たな動力源としてFCジェネレーターを開発した。これで魔力を電力に変換可能となった。ロスは少々あるものの、そもそもの魔力生成量が途轍もなく高いためロスを気にしなくても大丈夫なレベルだったりする。正確な魔力生成量は不可思議でシミュレートしたがもはや数値化不能だったので無視。とりあえずこれで宇宙ステーションの動力源は完成した。
酸素発生装置は緊急用と通常用にOGSを採用。ステーション各部に設置し、水はこちらから持っていくことにした。窒素発生装置も追加しておこう。酸素さえあれば窒素は作れるからな。
…残念だが、俺が作れるのは機械や武装のみであり食料・水は作れない。よく読んだラノベの主人公が食料とか出せることを考えると、今は羨ましく感じるな…。
宇宙服は着たことがないので進化した宇宙作業用パワードスーツの技術をそのまま使って生成。身体に装着後は背中の酸素ボンベから酸素が供給され、スーツ自体は完全な密閉状態になる。これは潜水作業にも使えるらしいので、もしかしたら海底基地なんかも作れるかもしれない。いつになるかはともかく…。
と、色々と自室でやっていたので誰かが入ってきていたのに気がつかなかった。あと既に昼時だということも全く分からなかった。
「お父さん…何をまた企んでるの?」
「あ、バレた」
「言わなくても分かるよ。宇宙に行くって正気?」
「一々衛星を打ち上げてたらキリないからな。一度ベースキャンプを築いて、そこで作業する」
「どうやって帰ってくるつもりなの?」
「量子テレポーテーションシステムは人命保証は一切できんが、インサート・コア系技術は次元を扱うことができる技術だ。ちょっとばかし弄って座標を書き込めばテレポート可能なんだぜ?」
「…本気なんだね。決行はいつ?」
「明日だ。一気に宇宙へ行く。新婚旅行までは20日間以上あるが、2日間で帰る。マリとお前にはサプライズで宇宙に行かせてやるつもりさ」
「ok。誘導と言い訳は任せて。ボクがなんとかしておくよ」
「それでこそマグノリア。俺の娘だ」
「報酬は試作5号機ね」
「お前…試作5号機についてどこまで知っている?」
「少なくとも言えるのは、妖精用に作られた《対外敵用戦略兵器》ってことかな?」
「…お前が使っても大丈夫だろ。わかった。好きに使ってくれ」
「じゃあボク仕様に再設計しても?」
「別にいいが…」
「よしっ!」
いくらマグノリアでも変なことはしないだろう。と信じたい。何せ俺の生き写し、俺の娘だ。魔法に加えて科学技術までもを習得している。変な気を起こしさえしなければ大丈夫だろう。
昼食を食べたあとは明日の打ち上げに備えてロケットの他に宇宙ステーションの改造に時間を使った。まずは宇宙ステーション自体の探査能力の拡充に加えて通信能力の強化。更にGPS機能も不完全ではあるが搭載した。また10機ずつにはなるが応急修理も可能な人工衛星用の整備施設を増設した。格納庫自体は最大で2000機は入るよう設計したが、まずそんなに使わないだろう。だが拡張性は大事だ。
飛ばす予定の人工衛星にはGPS機能に加えて強力なネットワーク機能、CG精査が可能な地形偵察機能も追加した。いきなり50機ほどを飛ばす予定だが、衝突防止プロセスを入力した簡易AIを搭載してある。いざという時は実用化にこぎつけていた量子テレポーテーションシステムにより宇宙ステーションの整備施設にテレポートする仕組みになっている。だが重要なのはこれ以外にある。
まだ実験段階であるが、30機ほどの自律移動型地上攻撃衛星をばら撒く予定だ。攻撃衛星は強力無比なレーザー兵器を搭載し、要請があれば即座に地上へ照射する。内部動力源は全てFCジェネレーターとなっている。名前はアートゥーズとつけた。ちなみに宇宙ステーションはクーガーと名付けてある。驚いたことに物質のテレポーテーション技術とレーザー兵器の技術を確立したのは日本人だったりする。さすが我らが祖国。超低予算な国柄だというのにその辺りの技術開発は淀みない。
そして丁度夕方6時頃、夕食前に自室に転送用ゲートの作成を終わらせて電源に接続。起動チェックを終わらせたところで夕食を済ませて夜中の内にマグノリアに事前の打ち合わせをし、俺は抹消迷彩を使って屋敷から出た。夕食時にマリにはまた出張だと言っておいた。仮に疑われても、宇宙に連れて行ってしっかり謝れば大丈夫だろう。
「あ、そうだった。まだ計画名を考えてなかったな…よし。記念すべき1回目の事業だ。1号計画でいいな」
画して、俺の1号計画が始まった。これは単なる思いつきではあるが、魔法中心であり気にされもしない異世界の宇宙に橋頭堡を作るという大規模な計画だ。だが、誰にも気にされないということは宇宙などという未知の存在を知らないということ。この事実は俺にとってこの上ないアドバンテージになる。この優位性を覆されることはないだろう。
とりあえず73式トラックに乗ってアルス王都を出た後はロケットの点火・打ち上げにいい場所を探す。夜とはいえそれなりに敵はいる。抹消迷彩のおかげかトラックも気取られる様子はない。何かが前を横切ったりもしたが、事故を起こすことなく森を進んでいく。
「…そういや前に俺が事件起こした場所あったな」
ふと思い出したのは、昔俺が魔法の実験に行ったゴブリン討伐。ミッションは難なくクリアしたが衝撃波装甲の餌食になった敵は全て消滅したな。
衝撃波装甲とはいうが、衝撃波や高電流で敵を弾き飛ばす他にも軍用爆発物並みの圧力変化も起きて内臓もぶっ壊す圧力変化が起こるから、ある意味で爆発物を全身に括り付けているようなもんだ。もう爆発反応装甲とでも呼ぼうか。意味は全然違うが。
だがそんな爆発を起こした場所だ。あれから少しばかり経つが、あそこの被害は植物の回復能力を大幅に超えている。おそらく誰一人として寄り付かないであろう場所になっているはずだ。
「と思ってきたわけだが…まさか本当にいないとはな」
トラックを走らせて15分。適当に走っていたわけではなく、一応ここを目指してきたわけなんだが本当に敵すらも何一つないというのは少々気味が悪い。だがここなら誰かに見られることはあっても邪魔は入らないだろう。
「さて。まずは準備から始めますか」
まずは付近に流れている川に行って水を採取。逆浸透膜浄水器を生成して100L分の飲用水を確保した。それとOGSに不可欠な二酸化炭素も発生装置を使ってタンクに充填する。
その間にパワードスーツとロケットの発射台、ロケット本体を生成。点火チェックも行なったら簡易クレーンを生成して水や二酸化炭素が入ったタンクを弾頭部に詰め込む。最後に俺が乗り込んで、ロケット発射と同時に時限式で発射台が消えるようにセットし、パワードスーツを着込めば準備は完了だ。
「点火システムは不可思議に直結完了と…。今こそ痛みを超えて飛び立つのだ!いざ行かん!人類最後のフロンティア!《宇宙》へ!イグニッション!GO!」
ガス噴進に揺れる弾頭部。本来ならこんなところには乗らないのだが、俺だけの打ち上げ故にスペースシャトルを作るより単純な弾頭部への搭乗で済ませたわけだが…これがなかなかGがかかる。宇宙飛行士になる為の耐G訓練などしていない俺にとって初体験だった。そしていつのまにか気絶していた俺が気付いた時には弾頭部が既に成層圏を超えて第2ロケットを切り離し済み。第3ロケットにより既に宇宙空間に到達していた。一応、この段階で第3ロケットは停止して切り離されて発射台や他の推進ロケットと同様に魔力の霧となって消え去る。スペースデブリは残らない仕組みにしておいてよかった。念の為に鑑定スキルで現存している自分が生成したもの一覧を確認したが、ロケットや発射台は全て消えていた。
耐圧殻で覆われていた弾頭部のエアロックを解除して外へと出る。するとそこには、名も無き無数の光が輝いて見えた。だがなによりも綺麗なのは…今住んでいるレーヴェリーア。大陸の形は違えど、地球に似て鮮やかな青が見える。
「宇宙…か…」
何も聞こえない。この世界に余計なものは何一つない。生物を拒否するこの極限の世界にあるものは、ただ命尽きるまで燃え続けるガスの塊と惑星になる素材達だけだ。だがそんな世界に敢然と戦い続ける者達がいる。俺達、知的生命体だ。全てを拒否する宇宙を最後のフロンティアと呼ぶのも俺達のような存在だけだろう。
「っと。見惚れてる場合じゃなかったな。やることがある」
設計書一覧より宇宙ステーション《クーガー》の生成を開始し、10分もしないうちに完成。俺も驚愕するほどの大きさで、設計しただけでは分からないところもいくつかあった。問題があるわけではないのだが俺としてはもう少しかっこよくしたかった。
酸素がないので無意味なエアロックを解放し、真っ暗な船内に入る。エアロックだけは予備電源としてFCジェネレーターが稼働していない場合のみ非常バッテリーが起動する仕組みになっているので開きはする。が、明かりはつかない。次から明かりがつくよう再設計しなければ…。
「ライトを再生成して設計図に従って…あークッソ。自分で設計したっつうのにわかんねぇ」
設計図と格闘しながら、なんとかFCジェネレーターがあるエンジンルームに辿り着く。
勿論だがFCジェネレーターはフォリエトリウムことFクリスタルを埋め込まないと作動すらしない。要するに車にエンジンがあってもガソリンが無ければ走り出さないのと同じだ。
「大きさは10cmほどの六角形で設計したから同じくらいの大きさ…出せるか?」
とりあえずイメージして右手の掌を上にすると、パワードスーツを着ているにも関わらず鉱石がいきなり出てきて最初は水晶型だったものが少しずつ整形されていって綺麗な六角形を形成した。左手で取ろうとしたらあっさりとれたので一つ目を嵌める。もう一つ作り出したら二つ目の穴に嵌め込み予備電源で共振装置を起動。すると2つのFクリスタルが緑色に光り始め、魔力の生成を始めた。同時に電力変換機能によって電力に変換され、クーガーの艦内電源が入り完全に明かりがついた。これで照明は完璧だ。あとはその隣に設計した演算室にあるスーパー量子コンピューター《極》を起動して初期設定を終わらせて各区間のセキュリティーシステムに繋いだ。これさえしておけば、異常時に直ぐに警報が鳴るし離れた場所からでもトラブルシューティングが可能になる。
次に外に放置していた弾頭部にある水100Lと二酸化炭素をクーガーになんとか持ち込み、弾頭部は消去。エアロックを閉じて水と二酸化炭素のタンクを各OGSにもっていき手動で起動。なんとか酸素の供給源を確保した。全てのOGSにサバティーエを搭載しているから水素を出す必要はなく再利用できる。だが、次からは水を自動的に配分できる輸送システムを構築しておこう。10箇所もあるOGSに水をわざわざ持っていくのは流石に応える…。窒素発生装置に優先的に酸素を送るよう設定したが、いくら未来の技術でも完全な空気がクーガーに充填されるのは時間がかかる。そこはゆっくり待たせてもらうさ。
さて次は衛星の整備兼格納庫だ。衛星は全て同じ規格でユニット方式を採用している為、格納庫でレーザー衛星を単なるGPS式に換装することもできれば逆もまた然り。これから先、このユニット規格に合わせて様々なバリエーションを作れるように拡張性をもたせてある。
格納庫の修理用マニピュレーターの動作確認を行い、電磁カタパルトの通電状態を確認したあとは規定の数だけ通常用の偵察通信衛星と攻撃衛星アートゥーズを生成。スーパー量子コンピュータ《極》により軌道計算を行い電磁カタパルトで特定の時間に衛星が射出されるよう設定した。それまでは全て格納庫行きになっているので、放置しておいて大丈夫だろう。
「大体の初期セッティングは終わったな。あとは酸素状況だが…いい感じになったか?」
何も考えずにパワードスーツの気密構造のヘルメットを外して空気を吸う。一瞬何やってんだ俺!と考えたが、そんなことより空気を吸えたことに一番感動した。とりあえずパワードスーツを脱いで初の無重力状態を味わってみたが…これが意外にも楽しくてしょうがない。先程持ってきた水のタンクを開けて少しだけ出して水が丸くなっただけで楽しめて、30分は時間が過ぎた。防水、防塵対策は万全にしてあるがもったいないので一応飲んだ。
楽しんだあとは展望デッキに行って異常がないかを確認した後、転送ゲートを起動して座標を入力。検索結果に照らし合わせて自分の部屋に作った転送ゲートと直結させた。だがその時に宇宙飛行士について頭をよぎる。
「あー…そういや宇宙貧血なんかあったな。重力発生装置ってだから同じ技術体系にあったのか」
設計段階で完全に見落としていた。とりあえず、クーガーの設計図を鑑定スキルで開いてささっと再設計。コンパクト化した重力発生装置を設置して管理システムを《極》に直結。いくつか数値を調整して低重力を作り出した。数値的なイメージとしては月の重力より少しばかり弱いくらいだ。あまり無重力を楽しめないのも問題だからな。
と、色々とやっていたらいつのまにか1日が過ぎて2日目に突入しようとしていた。そんなに活動したとは思えないのだが、極の設定はかなり時間がかかったし仕方ない。
「そんじゃあ帰りましょうかねぇ。地上に」
俺はゲートに入り、地上へと無事に転送されたことを自分の身体で確認。ついた場所はしっかり自分の部屋になっていた。そんな俺の目の前には何故かマリとすまなかったと言いたげな顔をしたマグノリアがいたのであった。
今回は2話のみとなります。また頑張って執筆しますので、よろしくお願いします。




