婚姻
最後のです。
王と面会してから5日後、伯爵やジュリアさんに加えてお節介好きな使用人達がとてつもないスピードで準備を終わらせたおかげで婚姻の儀が開催されることとなった。場所は勿論伯爵の屋敷。開催費用は俺持ちだったが、規模に対して費用はさほどかかっていなかった。ジュリアさん曰く、伯爵が様々な人に掛け合って費用を抑えてくれたらしい。
一番気にしていた点である様式は、異世界の婚姻の儀とはいえども方式は現世でいう洋式とさほど変わりなかった。ただ、牧師という存在はない。代わりに教会で働く伯爵の知り合いであるという神官が来て式を執り行うらしい。
ちなみに指輪交換も行うのだが、それは俺が空き期間の間にジュリアさんに紹介してもらったので頼んでおいた。
この日の為に、凡ゆる段階において万全な準備が施されていた。当人の一人である俺を除いて…。
「マグノリア。俺は今、かなり緊張している」
「で?」
「何とかならないか」
「まあ無理だよね」
「結婚式なんかやったことないって俺ッ…!」
「一生に一度…?しかないから気にしなくてもいいんじゃないかなぁ」
「あびゃああああ」
「あーもうめちゃくちゃだよ。ほらご主人…後ろにお嫁さんがいるよ」
振り向くと、そこには白いドレスに身を包んだ俺のマリーがいた。現世で見るような大きなドレスではなくスケールの小さい動きやすさを主眼としたもの。故に布面積が少ないので目のやり場に困ってしまう。前まではの話だが。
既に本人の裸を見てしまっている側としては…いや、むしろこれはいいな。何だこのエロさを兼ね揃えたドレスは。最高だなオイ。18禁の同人誌に出てもおかしくない。
「ケイ君…?なんだか目が怖いよ…?」
「あ、ああ。ごめんな」
「そろそろだよって、ジュリアさんが」
「そんじゃあ行きましょうかね!」
「マグノリアちゃん。一緒にお願い」
「…面白いご主人とお母さんだよ。全く」
やれやれといった顔で空中しながら俺達の後を付いてくるマグノリア。少しばかり、そんな感情を見せてくれた彼女に嬉しさを感じる。これが父親の気持ちというものなのだろうか。
準備室として貸し出されていた部屋から玄関へ出て、マリが俺と腕を組むと使用人がその大きな見慣れた扉を開く。その先に広がるは台の上に乗せられた深緑のカーペット。そして拍手をしながら迎える伯爵家一同。コレンとリリスは珍しくかっこいい騎士のような服を着ていた。
「これはこれは。立派な式にしてくれたもんだ」
「…」
「マリ?大丈夫か?」
「け、ケイ君…」
「俺も初めてだから。失敗したって誰も笑いやしないさ。もし笑わても、時間がいい思い出にしてくれる」
マリに、そして自分にも同じように言い聞かせてカーペットの上を二人で歩く。ゆっくりと一歩ずつ歩いていくごとに神官が待つ祭壇のような場所へと近づく。同時に俺の脈拍は高くなっていく。
ちらりとマリを見てみると、緊張というより恥ずかしさで顔が赤くなっている。俺も状況は似たようなものだが…。
コレンとリリスのいる地点にまで来ると、二人は指輪とブーケを持って神官の近くまで俺とマリを誘導。側に邪魔にならない位置で止まる。
「汝、この者を妻とし、良き時も悪き時も共に歩み、他の者に依らず愛を誓い、妻を想い、妻のみに添い、共に永遠なる時を過ごすことを神聖なる婚姻の契約のもとに誓うか」
「はい」
「汝、この者を夫とし、良き時も悪き時も、共に歩み、他の者に依らず愛を誓い、夫を想い夫のみに添うことを永遠なる婚姻の契約のもとに誓うか」
「はい…」
「かの者達に祝福があらんことを…」
コレンが指輪用の綺麗な台座を持って俺の近くまで持ってくる。綺麗なサファイアの指輪。俺がデザインを依頼した通りのものだ。流石はジュリアさん。こういう店の職人の選び方がうまい。
指輪交換自体は似たような形なので、俺が先にマリに指輪をはめて、そのあとにマリが俺に指輪をはめた。これで終わりだと思っていた時期が俺にもあった。最後の最後で忘れてしまっていたのだ。そう。誓いの接吻とかいうやつだ。
別に嫌なわけじゃない。ただ、情けないことに二人きりならどれだけやっても構わないが、いざ人前でやれと言われると恥ずかしいものがある。いや恥ずかしくない人っていんの?
しかし、マリが目を閉じて待っている。流れてきにもいつまでも恥ずかしがってるわけにはいかない!
「ん…」
不思議な味がした。夜にしたキスした時とは全く違う。なんだろう。この感覚は…なんだか懐かしいような…。ああ…そうだ。思い出した。初キスは公園でだったな。幼いマリと俺だけで誰もいなかった。結婚ごっこだかなんだかやってたな。
全く。昔の俺に何してんだよと言いたくなる。こんな恥ずいことをよく承諾したもんだ。でも、ありがとうと伝えてもおくべきなんだろうな。
そんなことをしていなければ、この異世界で彼女に会うこともできなかっただろうから。
「参列者の皆様。新たな道を歩く御二人に祝福を」
神官がそう言うと拍手が周りから巻き起こる。みんな笑って、俺達を祝福してくれている。ありがたく受け取っておこう。これから先死なずとも俺は、俺達は共に行く。マリが俺を嫌いにならなければの話だけどな…。
「大丈夫。ケイ君を嫌いになったり、無視したりなんて絶対にしない」
「…聴こえてた?」
「ううん。ただ、そう思ったみたいだから…」
「マリ。大好きだ」
「私も…」
コソッとそんなことを話していたら、今度はマリにリリスから花束が渡された。そういえば伯爵に頼んでおいたのを忘れてたな。
この異世界でも式の終盤はブーケトスをするらしく、その意味合いも元の世界と変わりようはほぽない。ただ、受け取った人だけが幸せになるのもどうかと思って今回は面白い仕掛けをこらしてもらった。
「マリ。ブーケトスなんだけど、みんなの真上に行くように投げられる?」
「んんー…いける、かな?」
「マリを信じてる。GO!」
「えーいッ!」
マリが思い切り投げると見事にブーケはみんなの真上辺りに飛んでいった。俺は手に少しだけ雷をバチっと出してマグノリアに合図する。マグノリアは合図を見るとすぐに妖精サイズにダウンサイジングした望遠鏡を覗いて軽い雷撃をブーケに発射した。するとブーケが爆散。小規模な白い煙と共に沢山の花が全員へと散らばった。
キャーキャーと騒ぐ女性使用人達。我関せずな男性使用人達もこのマジックについてはいくらか興味を示してくれている。仕掛けを作ってくれた伯爵に感謝しないとな。
あとは色々と食事やらなにやらと楽しんだ。折角用意してくれた場で楽しまなければ意味がない。特に一番人気だったのはユアンさんによる吊るし切り的な魚の解体ショーだった。何が凄いってテレビでも見る機会が少ない巨大な魚を15分も経たない内に素早く解体し、10分で料理を提供してしまったのだ。
とりあえず凄いなぁと思いながら魚のステーキを食べていたら、食感や風味は完全にカジキのそれだった。これはマグロみたいな魚もいるかもしれない。我らが日本の最終兵器、寿司の再現も遠くないだろう。我々の勝利である。
「さぁて。これが終わればまた新しい日々がスタートか。どうなっかなぁ〜なんて、分かれば苦労もしないんだけどな」
まだ休暇はそれなりに残ってる。戦って、出会って、また戦って。それを繰り返していた日々にしばらくは別れてもいい時期だ。
そういえばあれから王からくれるといっていた褒美?らしきものが届く様子がない。よく分からんが多分忘れてるんだろうな。そう思っていると、配達馬車に乗った獣人の男が門の当たりで止まってウロウロしているのを見つけた。
「どうした?何か配達か?」
「ああ!良かった!こちらに仮住まいしておられる公爵様に直接渡せとの御依頼でして…」
「俺だけど…」
「あの…もし良ければ勲章をお見せいただけますでしょうか?」
「ああ、これな」
「大変失礼しました!こちら、国王様からの配達物です!」
「いつもご苦労さん。あぁ。ついでなんだが、これをアレックドールに届けてくれないか?」
俺はアレックドールに向けて書いたレポートを封筒に入れ、しっかりと封をして獣人の男に渡す。送り先は指示書に書かれていた住所を元に書いておいた。
「速達じゃなくていいから、普通ので」
「普通ですと、えーと…銀貨1枚ですね」
白金貨しか持ってなかった俺だが、今思えばギルドで手に入れた小銭があったのをすっかり忘れていた。数枚ある銀貨から1枚を取り出し、職員に手渡す。
「じゃ、よろしく」
「では失礼させていただきます!」
そう言って獣人の男は配達馬車で次の配達へと向かった。とりあえず渡されたのは薄い封筒。さほど大切なものが入ってるわけではなさそうなのだが、王からの届け物ともなると…あまり乱暴に開けるのはよそう。
そっと開けて出すと、そこには3枚の紙切れ。1枚は謝辞だ。決して長くはないが社交辞令並みには書いてあった。もう2枚のうち1枚は少しだけ簡略化されているアルス全体の地図。開けた森の一部に赤いインクで丸が書かれている。そして最後の1枚は判が押された紙。そこには、とある言葉が書かれていた。
『指定する土地をハインド騎士団所有の地とす』
王は俺に、いやハインド騎士団に土地を与えたのだ。
だがこれが何を意味するかなど言わずとも分かる。この国は俺が読んできたようなラノベとは一味違う。この国の公爵は日本で言う自衛隊の幕僚長と同じだ。そこに高い地位を持つ代わりに国を守るという重大な使命が加わっただけの話。
つまり軍備の拡張を指示されたも同然。となれば敷地の大きさを確認し土地の状況を確認しなければならない。まあ、早めにやれという指示が出ているわけでもないので休暇が終わったあとでも問題はないな。
あぁ。そうだ思い出した。マリの問題が解決したんだから、エヴィロイドに連絡しないとな。
「マリ!」
「なーにー?」
「ちょっと来てくれないか?」
「?」
エヴィロイドに連絡をつけ、マリとファローズをテレビ通話で互いに会わせてやると早速ドレスについて話し始め、俺と結婚したことをマリが伝えた。10分ほどで一通り話が終わると、俺と話したいということで画面とカメラが向けられた。
《ハインド公爵。おめでとうございます。本来なら掛けつけたいところですが…復興もまだ終わっていないもので。いつかアルスに行ってみたいです》
「いつだって歓迎しようじゃあないか。ところでお兄さんの遺体は…」
《やはりありませんでした。今『天文台』についての資料を集めている最中です》
「…脱出してたりとかの可能性は?」
《理由はともかく十分にあるかと》
「そうか…」
《ハインド公爵。貴方が気を落とす必要はありません。こうなることは、昔から覚悟の上でしたから…》
「ファローズ。何かあったらいつでも頼ってくれよな。マリーもいる。いつだって助けになれるはずだ」
《感謝します。では、またいつか》
「ああ。またいつか」
これだけで通信は終わった。マリーは何故会わせたか分からないようだったが、まあ色々とご先祖様と関係があるとだけ言っておいた。今説明しても訳が分からなくなるだけだろうし。
式自体は5時間後に終わり、使用人達は後片付けに追われ始めていた。マリは俺の部屋につれてきて今日から一緒に寝ることにした。決していかがわしい理由では…ない。4割はいかがわしい理由からだが。
マグノリアはマグノリアでミーティアと外で遊んでいる。ちなみに最近は俺の部屋ではなくミーティア、つまり伯爵の別室で寝ることが多くなっていた。別に気にはしないが。
「ねぇ…ケイ君」
「ん?」
「これからずーっと一緒にいられるんだよね?」
「そうだけど…」
「ほら。私って小さい頃に死んじゃったでしょ?だから、ケイ君に会えて本当に嬉しかったの。それに…」
「それに?」
「私、やりたいことは沢山あるの!この世界が私にとっての第一歩!せっかくの元気な身体なんだから!今日からが私の本当の人生の幕開けなの!」
「お、おぉ」
「だからまずはねー…あの時を思い出して、私にもう一度チューして」
「お安い御用」
今日最後キスは大人としてではなくあの頃の、子供の頃の自分と同じ感情で。少しばかり恥ずかしがりながらのものだった。
今日からマリにとっての本当の人生が始まる。きっと辛いこともあるだろう。きっと苦しい時もあるだろう。彼女の精神年齢は死を経験しているからある程度成長しているとはいえ、そのような感情はあまり知らないはず。だが死ねなくとも傍らには俺がいる。いてやらなければならない。
不思議とこれから先、永遠に続く道のりに楽しみを感じる俺がいた。
これで溜めていたものはすべて放出しました。いかんせん執筆スピードが致命的に遅いので…
とりあえず今は1ヶ月に1、2話ほど更新できたらなぁと考えています。出来上がり次第あげることもありますので、よろしくお願いします。




