夜を意味する者
お待たせ致しました!
俺がその名を貰ったのは、ほんの20何年前だ。何も嫌な名とは思っていない。親から貰った名を嫌がる輩も何人か見て来たが、そこまで嫌悪する奴は数えるほどしか見ていない。
俺の名は夜を意味する名であり、中には女性扱いしてきた輩もいた。だがそんな不敬な奴らは死なない程度に屠ってきた。
だが、そんな俺も面白そうな場所を見つけた。元カノもいるが、彼女以降に相方は作っていないので不安要素はない筈、だ。
「夜は怖いぜ?だがお前らは所詮記憶だ。この忠告を聞けずに、消えていけ」
俺は1冊目の自前のグリモアに仕込んでおいた使い捨て魔法陣を展開。大量にばら撒いた。この紙には一枚一枚に強力な水魔法を仕込んである。詠唱はしなくてもいいように。
だが魔法に詠唱なんてものは本来必要ない。詠唱ってのは魔法がイメージしにくい時代に生まれた誤解だ。頭の中でイメージさえできていれば魔法を発動できる。魔法陣はそれを言語化したものに過ぎない。
さらに今回は敵の数が多い。持ってきて正解だった。
「態々俺を選んでくれてんだ。一番いいのをお見せしなけりゃならないんでな」
瞬間、魔力を体外に出して魔法陣を起動。俺の周囲に展開していた紙が破れ散ると同時に、鋭利な氷の細い氷山が現れ、敵を貫く。これは風魔法で急速に水魔法の水柱を凍らせ、敵を貫く融合魔法の一つだ。
融合魔法というと難しいイメージがあるが、さほど大変なことではない。コツさえ掴んでしまえば誰にでもできるようになる。俺の持論にすぎないかもしれないが、実際俺が教えた何人かのかつての級友は融合魔法を操れる。
難しいことなんざ何一つない。応用なんて基礎が絡まり合って生まれただけの話だ。基礎さえ出来れば、あとは同時に使うだけなんだからな。
「こんなところか。最近、腕が鈍ったからなぁ。コンマ86秒発動が遅れた。また鍛え直しか」
と、そんな後悔をしていた氷柱を破壊して兵士がこちらに来た。なるほど。氷柱の耐久性にも問題有りか。
「で、それだけで終わるかっての」
周囲に散らばり未だに残る魔法陣の紙から発動したのは、火属性の爆発魔法。威力は低めに設定したが、モヤ程度の兵士を撃退するには丁度いい。
更にそこから俺は畳み掛けるように魔法陣から魔法を連続発動する。風魔法から土魔法まで、俺が用意してきた魔法陣は全て発動させる。
10分もしない内に魔法陣を全て使い切ってしまったが、グリモアで更に攻撃を加速させる。俺が得意な火属性だけじゃなく、闇や光属性の攻撃魔法を遺跡が壊れない程度にやりまくる。
ただ、どうも戦ってばかりじゃ何も解決しない気がしてきた。初級ダンジョンの複製品にしては敵が多い。しかも終わる気がしない。
「リリス!」
俺は背後からの槍に気付けず、公爵の声と同時に一瞬腕で庇おうとした瞬間、兵士が謎の小爆発音とともに消えた。直ぐに俺のカバーに公爵が回ってきてくれたが、俺の立ち位置からして背を壁にしている状況になった。
このままだとジリ貧か。大元を潰しに行かない限り、止まる様子もない。
「公爵!あの花の前に行く!援護を頼むぜ!」
「無茶な注文だ!だが考えがあるんだろ⁈行け!」
「ありがとよ!」
公爵が自前の武器を使って兵士を撃退してくれた道を、俺は全速力で駆けて再生する兵士を掻い潜り水晶月華の前まで走る。公爵は後ろ向きになりながら兵士を撃退し、水晶月華の前まで来たところで雷のシールド魔法を展開。すんでのところで兵士どもを食い止めることに成功した。
公爵は手に持っていた武器を捨てて、さっきよりも細い形をした武器に切り替える。形状や壁に開いた穴から考えて、何かを爆発させて礫のようなものを放つ兵器か。魔術大砲を小型化したようなイメージがあるが、それにしては連射能力があまりに高すぎる。おまけに何発放っても礫を再装填するような兆しが見られない。
なるほど。これが団長が言っていた、公爵のみが使うっていう謎の武器か。面白そうじゃないか。1度は使ってみたいもんだな。
「何呆けてるんだ!考えがあるんだろ!」
「安心しろって。もう準備は整ってる」
扉を開ける方法は確かに兵士を全て倒すことだ。しかし、そんな作戦はとうの昔に捨てた。かつての仲間との間で既に、こんな時間を使うよりも早くダンジョンを突破する方法を見つけてある。
花はあくまでも警備を執行する存在に過ぎない。大元を辿れば管理する術式が必ずある。それを軽く弄れば、簡単に突破できた。
筈だったが、花の術式を開いて見た瞬間、どこかのダンジョンの複製品故に術式が滅茶苦茶になっていた。恐らく、兵士どもが消えたところで幾度も復活し、何度でも戦い続けるだろう。
だから面白い。俺はこういうのを見たことがない。術式を組み替える暇はない。おまけに早く行かなけりゃならない。
・・・最高だ。此れ程までメンドくさい条件に俺は付き合ったことがない。ゾクゾクする!
「リリス⁈何してンんだ⁈」
「いや、ちょっと術式をな」
「俺一人に任せる気か⁈」
「安心しろって。『準備は出来てる』」
俺は2冊目の召喚グリモアを展開。魔力をグリモアに込めて、使い捨て魔法陣を足元に置く。
ダンジョンに転がってた死体から漁ってきたグリモアだ。懐かしい。召喚用グリモアで使い勝手もかなり良かったからそのまま貰ってきたのを今でも覚えている。
使ったことはある。呼び出すと全員一言が煩いのがアレだが、中々役に立つ野郎共だからな。今回も役に立ってもらおう。
「さて公爵。そのままシールド魔法を崩すなよ。10秒経てば、楽になる」
「信じるからな!その言葉!」
「任せろって」
このメンドくさい条件に合うのは、精々奴くらいだ。嘘が得意で、しかもその嘘を使って無駄に敵を誘導する。巧みに人間を動かして魂をもぎ取ろうとする悪魔だが、役に立ってくれるだろ。
前に一度やられかけたが、一気に契約を切ったから多分イヤイヤ来るんだろうな。
「ほんじゃ、宜しく頼んだぜ。メフィストフェレス!」
紙の使い捨て魔法陣が歪な形に歪み、魔力を産み出すと同時に爆発四散する。
煙が舞う中、出てきたのはよく見覚えがある黒いシルクハットと白い杖。更に黒い紳士服装とやけに服が決まっている。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!とでも言うと言うと思ったかい!」
「うるせぇ黙れ!」
「痛い!痛いよ召喚士!言葉は刃物だと5年前に言ったじゃないか!」
「取り敢えず、アイツら何とかしてくれよ。ネズミ並みに出てくンだ」
「無視!と、呼ばれた限りは代償が必要な筈なんだけどね?」
「そこの兵士共の魔力全部やるよ。それでどうだ?」
「珍しいね!代償を用意してくれるなんて、感激だなぁ!」
「たらふく食べてくれ。少なくとも1分以上!」
「君、僕が嘘を操る悪魔だってこと忘れてない?」
「だからだろ?」
「ははぁん?僕の嘘の塊の結界で防いでる内に、何かするってわけだ!ま、いいよ!そのくらいなら前の分もチャラにしてあげよう!」
「宜しく頼むわー。あ、次に呼ぶ時は用意しないからな」
「悪魔の使い方に慣れてるぅ!」
メフィストは公爵の前に立って、結界を展開して早速暴れ始めた。
アイツの厄介なところは、結界を展開されて中にいてしまうと奴の巧みな嘘に騙されるだけじゃなく、アイツの嘘が本当になっちまうところだ。しっかり代償を払えば何とかしてくれるんだが。
「り、リリス・・・。10秒じゃなかったのか?」
「絶対、とは言ってないぜ?」
俺はわざとニヤニヤと公爵にしてみせる。公爵は仕方なさそうな顔をして武器を背中にしまい、俺と記憶の花の前まで一緒に移動した。
俺は花から術式を引き出し、一つ一つの魔法陣をつまみ出して術式の解読を進める。ウェスター伯爵の解読教本が役に立つとはな。流石、アルスの有名学者とだけある。娘は・・・うん。頭の使い所を間違ってるな。俺が惚れただけあるが。
と、そんなことをしていたら公爵がジッと俺の事を物珍しくみていた。どうやら術式解読がそんなに珍しいらしい。何やら似たような事を公爵も出来るらしいのだが、公爵の場合は更に高度な技術なんだとか。相変わらずよく分からない上司だぜ。全く。
「あぁ?んだコレ」
「どうした?」
「術式だけじゃねぇ。基礎構造までめちゃくちゃになってる。こりゃ複製品だからって訳じゃなさそうだ」
「修復は可能なのか?」
「不可能じゃないんだが、必要な術式が全部抜き出された挙句に基礎が崩壊している。もう一度俺が命令を書き込んでやらない限り、この罠は止まらないだろうよ」
「ならこっからは俺に任せてくれ。何とかできる」
「ほんじゃ、選手交代と行こうか」
「ああ。あとは何とかする!」
次の投稿は10月14日を予定しています!
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