仮面屋
屋敷から車で約10分。そこは王都という割には何にもない平屋ばかりが続く場所。道は広いというわけでもないのだが、路地裏というほど狭くもない。いわゆる郊外ってやつだ。
店を構えても売れる試算があるならいいんだろうけど、こんなところに建てて採算が合うのか?
「止めてください。ここです」
停車したのは、小さい壁掛けの看板に『仮面何でも作ります』と書かれている小さな店。日本の商店街でいうテナントだな。
73式小型トラックのエンジンを切り、白金貨の入っている麻袋を手に取る。鍵をかけて店の中に入ると、そこには所狭しと仮面がズラリと並んでいた。
ただその仮面のほとんどが動物やモンスターのもので、祭りで売れるような仮面は何一つない。
誰もいないのに違和感を感じた使用人が、俺よりも奥に入ってドアを開けたりして探す。が、いない。
「あれ、おかしいな・・・。おやっさぁん!」
「ルセェッ!誰だ!」
彼が開けてないドアの奥から出てきたのは禿げたジイさん。シワのある職人気質な手は年季を感じさせる。服装は作業しやすい服で、毛皮のようなものを羽織っている。貧乏な服を着ているわけではないから、生活に困らない程度には稼いでいるのかもしれない。
シラルといいココといい、日本と違って逞しく生きてるもんだよな。
「おやっさん。客連れてきたよ。客」
「あ?誰だってんだ?」
使用人の肩からジイさんが俺を覗いてきたので、とりあえず公爵の勲章を出して自己証明をすることにした。
「アルス王国公爵。ハインド・ウォッカといいます。よろしくお願いします」
「でぇ?そんなお偉いさんが、こぉんなよぉ。ひなびた仮面屋に何の用っつうんだ?」
「仮面を、作って欲しいんです」
「何に使うんだ?舞踏会か?祭りか?生憎俺ぁそういうの嫌いなんだが」
「祭りです。それも、デカイ」
ジイさんに俺の計画を話すと、ジイさんはただ仏頂面で目を閉じたまま動かない。
目を開くと、机の上の羽ペンを持ち、紙に何やら色々と書くと飾っている仮面を触り始める。良さげだと思ったものを見ているのか、よく分かりはしないが、更に紙に書いて奥に戻る。
程なくして戻ってくると、紙を俺に渡してきた。
紙には俺が用途に必要であろう材料の性質、制作期間、制作コストなどが事細かく書かれている。
材料は向こう側で何とかできるみたいで制作期間もうまくいけば今日、明日で出来る。コストは仮面の材料の関係で割高だが、俺の給料に比べたら甘っちょろい。
ただ、法外に値段を吊り上げられている可能性も否めない。カマをかけてみるか。
「これはどこで作っても同じ値段か?」
「さぁね。俺ぁ自分が仕入れから制作までやると、それだってだけの話でぃ。そこから安い高いなんざ、知ったこったねぇ。無理なら断るのも有りさね。ま、選ぶなぁアンタの仕事だ。勝手にしろ」
ここまできても客自身に選ばせるんだ。値段を吊り上げているとは思えない。もし吊り上げられていたら、騙されたとでも考えればいい。俺の給料とか使った覚えがない。
今度伯爵に下宿代として渡しておくか。タダで泊まり続けるというのはあまり良く思われないだろうし。とりあえず、俺の生活資金程度は払わないとな。
「代金はそこから魔石の代金を追加して銀貨80枚だ。どうする?」
「ああ。頼みたい。ただし、この金額でな」
麻袋から白金貨を一枚取り出すと、ジイさんの目の前にポンと置いた。ジイさんは眉間にしわを寄せて白金貨を見つめる。
「偽モンじゃねぇだろうな?」
「当たり前だろおやっさん!公爵様だぜ?」
「・・・ふん。で?白金貨なんぞを受け取った俺はどうすればいいってんでぃ?」
「口止め料とデザインの追加料金分とでも考えておいてくれ」
俺は紙に仮面のデザインを描いた。
頭は白いヘルメットとサイレン機が合体したようなもの、目の形はまん丸で、口は半月のように笑っているような感じにして、目の部分は普通より覗き窓を大きくしてもらうことにした。
実際、俺が書いてるデザインは明らかにピ◯サルだけどギリギリ違う感じがするから大丈夫。きっと大丈夫だ。うん。
デザインから仮面の制作期間は1日。明後日に取りに来いと言われた。
「じゃあおやっさん。身体に気をつけてな!」
「テメェの世話くらいテメェでする。俺を年寄り扱いするか。このべらぼうめ」
「悪かったって!じゃあな!」
使用人は俺に外で待ってますと一言だけ言い残すと、店から出てトラックの近くによっかかった。
すると座っていたジイさんが俺の近くに寄ってきて、一つの仮面を手渡してきた。その仮面はドラゴンを模したもので、口に大きな魔石を咥えている。
話によると、彼はここで働いていたらしいのだが兄弟を養う為に給料の高い伯爵の使用人に転職したという。ジイさんが心配だったのか、辞めてからも時々来ていて彼が連れてきた客第一号が俺らしい。
「アイツを頼んます。あの馬鹿は手先が器用なくせに、他のことはてんで駄目なんで」
「分かりました。あとはお願いします」
俺はトラックの鍵を開け乗り込むとエンジンをスタートさせ、屋敷への帰路に着いた。
仮面屋のジイさんはいい人だった。険しい顔しか出来ないように見えたけど、根はやっぱ優しいんだよなぁ。ああいう人は。
そんなことを考えながらトラックを運転する俺。その隣で彼が涙を流していたのは、胸の内にしまっておこう。
そして仮面屋のジイさんは・・・
「久しぶりに腕をならさせてもらう時を貰えるたぁ・・・。人生の幕引きに十分な舞台でぇい!」
己の仮面屋の人生の最後の舞台として、ハインドの究極の仮面制作に取り掛かり始めた。
次の投稿は1月15日を予定しています!
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