事前準備2.5日目
友人達の何人かが気絶するほどの殺気。これだけのものを出せるのはモンスターか、或いは先程の客人が伯爵に憤慨し何かしらの行動を起こした。
普通ならこう考える。だが俺が装備品を揃え急いでロビーに向かった時、俺が見たのは頭から血を流し仰向けに気絶した伯爵と大剣を杖のように自身の支えにして先ほどよりかなりの傷を負っている客人。そして背中に弓矢を背負っている見覚えのある鎧。
「ハーッハーッ・・・」
「何なの?まだ私に反抗するつもり?」
「落ち着けっ!お前はここで何をしているのか分かってやっているのか⁈」
「・・・私は帰る場所を守りたいだけ。それ以外に理由はない」
「ならやめるんだ!俺は君の家を破壊するつもりなどない!」
「またあの時みたいに奪うつもり?させない。私をCランクだからって油断しないで」
「アリス!アリス・クランシー!」
彼女はこちらに振り向くが雰囲気がまるで違う。ハンターとして会った時の彼女はもっと明るく自分を謙遜していた。
だが言葉使いが若干違う。自身をCランクだからといって舐めるなと言ったりあのツンデレっぽい言い方が消えてしまっている。アリスであってアリスでない。そんな感じがした。
「貴方は誰?」
「は?」
「貴方は誰?」
「・・・ハインド。ハインド・ウォッカ」
「ハインド?あぁ。あの変な人ね。何でここにいるの?」
「そんなことを言うならアリス。お前は何でここにいる?」
「ここ・・・?ここは私の家?あれ?私って誰だっけ?私のお家はどこ?」
アリスの様子が違う。自分の事を聞かれ過ぎたせいでゲシュタルト崩壊したか?
もしそうだったとしても反応が通常と違う。自身のことがわからないほど脳を使ったとは思えないし何より何故ここにいるかと聞いただけでこんな錯乱すること自体がおかしい。
ならちょっと聞いてみるか。
「なあアリス。お前の名前はなんだ?」
「わた・・しの・・・?名・・・前・・・は・・・リ・・・ア」
リア?リアって言ったか?本名はリア、或いはリアなんたらってところか。
だけど何故アリスなんて偽名を使う必要があったんだ?というか本当にこの屋敷がこいつの家なのか?伯爵を気絶させているところから見て強盗にしか見えないんだけどな。
再び質問しようとしたが彼女は何か言おうとした瞬間立ったまま気絶してしまい脚の力が抜けてその場に倒れこんだ。
そして全員が全員俺に次の指示を頼んできた。
そこでまずは伯爵を別室へ運び回復魔法を使える人を4人派遣。アリスと倒れた友人達は近くのソファに寝かせ客人に対して回復魔法が使える6人チームを結成して治療するよう指示。あと目撃者の聴取をし全てに1時間かけて事態は何とか収まった。
スチムソンさんが呼んだ医者によると伯爵が気絶から戻るまで時間がかかるそうので友人達を広間に召集。椅子に座って貰い現状把握のための会議を開いた。
「えー、とりあえずこの屋敷の指揮権を俺に移すから皆従ってくれ。ジュリアさんは?」
「ジュリア様は今日同窓会があり出かけております。帰ってくるのは遅くだと聞いています」
「分かった。では次に目撃者の証言や人物をまとめる」
目撃者はかなりの人が同時に見ていたので確証はある。みんなが嘘をついていなければの話だが。
まずアリスについてだ。アリスは伯爵とジュリアさんの間に産まれた一人娘らしいが出て行った理由は分からない。本名はロア・グロムメント。
次に客人の名前はコレン・シュロ。ランクSのハンターで俺の騎士団に入る為にわざわざ来てくれた熱血系。騎士団の仕組みは未だに分からないが入れてあげよう。中々面白いやつみたいだ。
「で、今コレンはどうしてる?」
「ロア様から受けた傷が深いので現在治癒魔法を交代交代でかけています。もうじき終わるかと」
「そうか・・・彼に騎士団入団について確定と考えてるとでも伝えておいてくれ。その方が下手に緊張するよりいいだろう」
「承知しました」
「では次にロアについて分かる者はいるか?」
「わ、私なら分かりましゃ!」
手を挙げ噛みながら立ち上がったのは小さなメイド少女。俺がいた世界なら腐るほど需要がある存在だがそんなことを考えてはならない。
何故なら俺は合衆国大統りょ・・・じゃなくてロリコンではないからだ。
メイド少女は名前を名乗るとゆっくりロアについて語り始めた。
「ろ、ロア様は私にいつも優しくて・・・私が何か壊しても怒らない方で・・・」
「んー、そういうのも大切なんだが彼女が変わったようなことをしていたかどうかを聞きたい」
「え?え、えっと・・・」
「・・・質問を変えよう。彼女の性格が変わる瞬間とかは?」
「あ、ありました。いつものロア様なら私がカップを壊したとき謝ると『仕方ないわ』と言って笑いながら許してくれました・・・」
「変わったときは?」
「変わったときは『形はいつか壊れるもの。私みたいに』って・・・」
私みたいに・・・か。
彼女の話からアリス、いやロアは人格が二つ存在していると考えているのが正しいと思う。
二重人格病でも患っているのか、それとも中二病でもやってしまったか。考えられるのは前者だ。後者ではないと考えられる理由はいくつかあるが俺みたいに馬鹿ではない。理由なんてこれだけで充分です。
引っかかるのは出て行った理由と彼女の二つ存在している人格。通常の人格は俺がアリス・クランシーとして出会ったときと変化はなさそうだからコレを主人格としよう。そうなると副人格が何処から来て何故いるのかを聞き出したい。
最後にリアとボソッと話していたから副人格をリアと名付けるか。
「全くよぉ。俺はコ◯ンじゃねぇんだぞ。なるならせめて水◯豊みたいな感じがいいんだよ」
「こ、公爵様?」
「おっと失礼。では、最後にもう一つだけ、質問をしてもよろしいでしょうか?」
「は、はい」
「彼女が変わるとき、身体にも変化があると思うのですがねぇ。何か思い当たる節はありませんか?」
「わ、わかりません・・・」
彼女の身体は外的変化の情報は不明・・・と。
駄目だ。全くにして分からない。情報があまりに繋がる場所が少な過ぎて推測する余地さえない。俺のフ◯ムで鍛えられた頭脳で下手な推測でも可能なはずなんだが状況を整理できる場所が無い。
何となく分かるのはコレンが無関係であることと伯爵の娘であることから伯爵が何らかの実験をしてあんな風になっているのか、或いはジュリアさんが鍵を握っていそうなことくらいか。どっちにしろ伯爵が目覚めるかジュリアさんが帰って来るかの二択だ。それまで待つしかない。
「皆、ご苦労だった。急にこんなことになり慌てるかもしれないが落ち着いて本来の作業に戻ってくれ。落ち着かないものは誰かハーブティーを入れてやってくれ。あとここで言えない事実があるなら俺が個別に聞く。遠慮なく部屋に来てくれ。以上だ」
広間から解散し作業に戻っていく友人達。その人混みの中を流れに逆らい二人の男性が歩いてくる。一人は大層な大剣を背中にかけた状態で跪き、もう一人は頭に包帯を巻いた状態で俺の目の前に立った。
「公爵様!どうかこのコレンを!騎士団に入れて頂けないでしょうか!」
「待てコレン。悪いが、先に今回の事件について話さなければならない。ハインド。すまなかった」
「伯爵。とりあえず俺の部屋に行きましょう。コレン。お前も来い」
「はっ!」
客人として呼ばれてから変わらない俺専用の部屋に案内し綺麗な木目のある椅子と机を出すと使用人呼び出しベルでハーブティーを持ってくるよう指示。数分経って届いたハーブティーと茶菓子を前に早速今回の事件について、まず伯爵から話を聞くことにした。
「伯爵。今回の事件について、思い当たる事があれば全て吐き出していただきたい。お願いですから下手な嘘はやめてくださいよ」
「安心してください公爵様!このコレン!相手の心理状況を見るスキルを持っていますので!」
「別に嘘など言わんよ。ただ・・・話は長くなるだろうからハーブティーのお代わりくらいは欲しいか。昼食も跨ぐかも知れんがな」
そういいハーブティーを少し啜る伯爵。ため息なのか飲んだ時に出る呼吸なのか分からない息を吐き出して神妙な顔つきで俺を見るとロアについて話し始めた。
「私がまだ伯爵になって間もない頃の話だ」
私は雷の魔術基礎を築きあげるべく、日夜ある人の元で実験に勤しんでいた。そのある人とはジュリアの父であり魔術研究者の第一人者として君臨していたウェルディ・フューリーという人物だ。
だが父とはいえジュリアの母に当たる人物とは離婚。魔術研究を恋人のようにしている人だったからな。
私はこんなことがないようジュリアに気を使い、よく様々なところに遊びに行った。その時には娘のロアも産まれていた。
そしてある日、私は娘の5歳の誕生日に研究室に連れて行った。
「だがこれは間違いだった。当時研究していたのは雷の魔術基礎なのだが、これが何をどうしたのか分からないが全く違う魔術を生み出した」
「全く違う魔術・・・?そんなものが?」
「そうだ。雷の魔術基礎の副産物と言ってもいいそれは『精霊融合』というエルフに備わる状態を人工的に作り出すものだった」
元々エルフには精霊を使役、或いはそれ以上の関係として共に戦う性質がある。そして精霊の魔力を引き出すにはエルフが居なければならない。何故ならエルフの身体に精霊の魔力を存分に引き出せるような他の動物にはない機能が存在しているからだ。
だが私達が生み出した魔術は少し違った。エルフは精霊を『使役・協力・契約』しているが我々は精霊を『契約』という名の下『強制的に対象の身体に縛り付ける』ものだ。無論、危険な魔術として、また精霊がエルフ以外に契約する時に発生する事実を我々は関連する書類ごと全て焼いた。
それに精霊は自我を持つ魔力の塊だ。魔力を供給されなければ1日ほどで消滅する。
「だからこそ早めに廃棄しなければならなかった。あの精霊を!」
私と先生が確保した実験用の一つの精霊。これを森に返そうと思っていた。だが時は既に遅かった。その精霊は瓶に入れていたのだがロアは蓋を開け、精霊を逃した。そして精霊は人間であるロアに契約を持ちかけた。年端もいかない女児だ。何も知らないロアはあっさり契約し精霊は自分から縛り付けられた。
それ以来ロアは時々おかしな言動になったり人間なら出せやしない殺気を出せるようになった。本来使えないはずの炎や土、光まで使い出した。
「ちょっと待って下さい?今、本来なら使えないって・・・」
「ロアも私達と同じ、術式解放を行わなければ魔法を使えない雷属性の使い手だ。なのに通常属性を使えるということは精霊の魔力を無意識に使用しているからだろう」
「精霊の解放はどうすれば?」
「あちら側の意識がある状態でやらなければ無理だろう。私の考察だが精霊の魔力を使い過ぎると意識コントロールを精霊側に持って行かれる。さしずめ自身の存在を消滅しないようにする為の安全装置といったところだろう」
今までの話をしてきてコレンに目をやったが彼は首を横に振り嘘はついていないと示した。
まさか雷の魔術基礎の副産物として発見された事実が危険だとは思わなかったな。こんな事に巻き込まれていたとは俺のフ◯ム脳ですら推測はできなかった。
だけどまだ分からないことはある。精霊側、つまり副人格と俺が一時的に決定した精霊リアは自分の家はどこにあると聞いてきた。捕まえたから、ではなさそうだ。伯爵は精霊を自我のある魔力の塊だと証言した。なら精霊は勝手に出てきて勝手に消滅していることになる。
「駄目だ。分からんわ」
「深く考えるだけ泥沼に嵌っていく気分です!頭が痛くなってきました!」
「まあ、逆に精霊の契約を切る方法はジュリアが知っている。そこは安心出来るかもな」
「え?何故ジュリアさんが?」
「何故も何も・・・ジュリアはエルフだからな。耳が違っただろう?」
「そう言われれば確かに・・・」
「む?話し込んでいたら昼食の時間ではないか。一旦切り上げてあとで会議を続けるとする。異論は?」
「賛成。腹減った」
「俺もです!」
一応昼食後も夕食まで会議は続いたが、これ以上の進展は無くなり解決するには精霊を出して説得するかジュリアさんに頼んで契約を解除してもらうかの二択となった。
コレンについては公爵の諸注意欄に記載されていた申請書を作り、彼の経歴を書いてハンターギルドのお墨付きを貰うべくギルドに向かうはずだったが夜も更けた頃まで会議が長引いたので明日にすることになった。居眠り運転は危険だしな。
シャワーを浴び、ベッドに潜り目を閉じるとあっという間に睡魔に襲われ眠りについた。
いつもPV・ユニーク、ありがとうございます!
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