松山くんの恋復活
ガタン…ゴトン…
ガタン…ゴトン…
人がまだ多い電車で吊り革を持ち、揺れに体を任せながらぼんやりしてた。暗い外で鏡の様になった窓ガラスに移る私の疲れた顔が疲れている。
ガタン…ゴトン…
ガタン…ゴトン…
今週は色々な事もあり、仕事も忙しく週末の今日も残業だった。今も体も怠く腰が重痛くて暖房と人の密集が少し気持ち悪い。
ガタン…ゴトン…
ガタン…ゴトン…
この駅の次だ。もうすぐ電車は止まる。
明日は休みだし早く帰って、着替えもして暖かいお布団に入って横になって丸まりたい…。
ガタン…ゴトン…
ガタンゴトンキキーキー…ガダダン
電車が駅に止まるブレーキで車内が揺れ体も大きく揺れる時、突然視界に違和感を感じた。
「あ…」
パキッ
「え?」
小さく聞こえた硬い音に、嫌な予感がして隣のサラリーマンの綺麗な靴を見つめる。隣のサラリーマンも自分の靴を少し上げ、状況が分かったみたいだ。
私の顔を見てる気がして、恥ずかしくなり下を向いたまま壊れた眼鏡を外した。
降りる予定だった次の駅の寒いホームでお互いに頭を下げる男と女。女は私。
「あの…すみませんでした。」
「いえ。こちらこそ踏ん張れずすみませんでした。」
電車の揺れと同時にたまたま眼鏡のネジが外れてレンズ落ち、隣のサラリーマンに踏まれレンズはあっさり割れてしまった。
本当に今週はとことんついてないと、ぼんやりした頭でフラフラしながら思った。
サラリーマンが、ぼやけた視界に割れたレンズを包んだハンカチを差し出す。久しぶりの裸眼視力に慣れないけれど、幸いレンズは片方無事だ。周りは暗いし家に帰ろうと思っていた。
「眼鏡、弁償させて下さい」
「いや。けどそれは申し訳ないです」
「割ったのは私ですから。さぁ、今からならまだ店にも間に合います。少し歩くのは大丈夫ですか?」
何でもサラリーマンの降りる駅もここだそうだ。顔はよく見えないけれど、背が高く細身の体にスーツを着ている。
慣れた駅だし立ち止まるサラリーマン後ろをゆっくりとついて歩いた。
「ここで待っていて下さい。」
サラリーマンは、そう言い残しどこかに行った。人気もまばらになった住宅街近くの駅前で一人残され辺りを見回す。
ここで一人で待ってまで弁償してもらいたくない。寒さが染み入ってくる。よし、帰ろう。ゆっくり歩き始めた時、私の横で一台の車が止まった。
運転席のドアが開き誰か降りて急ぎ足で近寄ってくる。顔は分からないけど多分サラリーマンだ。
「お待たせしてしまってすみません。」
助手席のドアを開けながら低く声をかけられ、何事も無かったかのように背中に手を添えられて車に乗せられた。
表情もよく分からず声で感情の判断は不安も大きく気を使う。
面倒だ。とか思っているのかもしれない。それはそうだ。サラリーマンは悪くない。サラリーマンと私の運が悪かっただけ。
けれど乗ってしまった。こんな簡単に見ず知らずの人の車に乗ったいいのか?とも思ったが暖かい車中が疲れた私にはとても居心地良い。
人の足元を見るっていうし、片方レンズで見えた靴が綺麗だから大丈夫な人だろう。
用意してくれた車に乗って、今更帰るとも言えないないので、よく意味も分からず自分を無理矢理納得させた。
そんな自惚れるような自分じゃないしと安心もさせた。
ぼんやりしていたらサラリーマンが車に乗り緩やかに車を発進させながら、ショッピングモールに眼鏡店があるから、そこに行くと言われた。
もう、眼鏡なんて今日じゃなくても自分で何とかする。帰らせてほしい。
どうでもよくなっていたが、相手は初対面の親切なサラリーマン。
「すみません。わざわざありがとうございます。よろしくお願いします」
頭を下げた私は頑張ってると思う。
ショッピングモールの眼鏡店まで見えにくいだろうと子供のように手を引かれ無言で連れて歩かれた。帰りたい。
部屋にはコンタクトレンズもあるんだ。とにかく早く帰りたい。
眼鏡店につき、レンズだけ頼もうとしたらサラリーマン止められた。正直、レンズだけで良かったのに色々とフレームをかけさせられ一式選んでくれた。
私は度数が高いので出来上がったら電話をくれるらしい。その時支払いもあるので一緒にくるそうだ。体も腰もどんどん怠く重くなり、頭は少し頭痛までしてきてぼんやりする。
そんなサラリーマンの親切も失礼な事にうっとうしく感じるくらい疲れてきた。
けれど、このままお世話になってばかりじゃいけない。喉も渇いてきた。この視界でお茶の飲める店には私は入りたくない。普段から落ち着きがないのに絶対グラスを倒す自信がある。そんな迷惑かけられない。
店を出て手を引かれ駐車場に向かいながら考えていた。
「ここで、すみませんが飲み物いかがですか?」
「いいですよ。ちょっと喉も渇いてたし車で飲みましょう」
エレベーターを降りた所の駐車場前の自販機を見かけたので声をかけた。財布を出そうとしていた私の手を強く押さえられ、ごちそうしになってしまった。
何やってんだ、私。だめじゃん。
やっと車に着くと、また助手席のドアを開けてくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言い、車に乗ると屋内との気温差で寒いけれど、座れる事がとても嬉しかった。
知らない人と話すのは丁寧にしないといけないし気もつかう。電話で慣れていても普段の話し方が出そうになってしまう。車のシートにくたんと体を預けた。
サラリーマンも車に乗り越みエンジンをかけて、少し車の窓を開ける。
「もう少ししたら、車も暖まりますから。大丈夫ですか?」
こちらを向いて穏やかに声をかけられた。低く腰にくる声だったが、気を悪くして無いんだと安心できるだけのゆとりができた。
「あなたが悪い訳でも無いのに、何から何まですみません」
その私の言葉にサラリーマンがフッと笑いながら首を振ったようだった。
その時、私の鞄から携帯のメロディーが聞こえてきた。携帯を取り出し誰からか確認してドアに手をかける。
「すみません。少し電話していいですか?」
「私が出るのでここでどうぞ」
サラリーマンは、そう言い私を引き止めるように、肩を軽く叩きスッと出ていった。
ドアが閉まる音がしたので電話に出る。
「もしもし」
「愛?」
「香織?どうした?」
「明日から三連休でしょ。どこかで会わない?」
「そういえば三連休よね。ん〜。月曜なら大丈夫かもしれない」
「元気ない?声が疲れてるよ。どした?」
いつもの香織に張り詰めていた気が緩んでしまった。人の車だから少しだけと思ってたのに。
「昨日、傘さしてコンビニにお酒買いに行ったら、出たら傘無くなってて雨に濡れて帰った」
「結構降ってたよね。大丈夫?けど一人お酒なんて珍しい」
だんだん暖まる車内と香織に口が止まらない。
あぁ、疲れた。体も重く怠くなるばかりだ。ぼんやりした頭はあまり働かなかった。
「昨日、部屋であの人に振られたからお酒買いに行ったの。あの人が帰った後、帰る前に今月の生活費おろしてたから、コンビニ行く前に部屋に置いていこうとして財布開けたら全部無いし。もう、最悪です」
電話の向こうで香織が慌ててる。
「え?振られたってなんで?お金あの人に取られたの?」
「もともとあの人、携帯離さないし、女の人と歩いてるの二回くらい見たから聞いたの。そしたら私が浮気だった。
お金は、とるのは見てないからハッキリ言えない」
「え?え?」
香織に分かるように話すうちに段々気持ちが暗くなってきてしまう。
「あの人、指輪してないけど結婚してるんだって。私が浮気問い詰めたから面倒だから、白状したみたい。もういらないんだって。どうしよう。知らない間に不倫してた」
「わかった。けど、それは不倫じゃない。あんたは、何も悪くない。悪いのはあいつ。今から、そっちに行くよ」
香織の言葉に思い出した。ここはサラリーマンの車だ。外を見てもいるかいないか暗いし余計に分からない。
「今ね、帰りの電車で眼鏡壊れて作りに連れて来て貰ってるの。だからごめん。またね。少し話できたからスッキリした。ありがとう。体調も悪いから帰って寝るわ」
「…うん。わかった。電話待ってる。またメールするね」
電話を切ると一気に倍になって、心身の痛みや疲れが押し寄せてきた。
26にもなって何してるんだろう、私。
周りは結婚して子供がいたり、仕事のスキルをあげたり、趣味や習い事楽しんだり、彼氏と普通に付き合ったり、みんな頑張りながらやっているのに…。
私は、今の仕事とお給料で生活出来てそれで満足していた。
あの人との付き合いも一年過ぎたから結婚も考えてたのにな。もっと色々頑張らなきゃな。
少し涙がこぼれたけど、グイっとお茶を飲んでごまかした。




