真美の彼女心4
フルメイクに高田さんに笑う悪魔の匠に人の視線、放課後だけで物凄く疲れた気がした。
「夜まで、誰も居ないから先に行ってて。」
匠にそう言われて部屋に通された時には、あんなに来たくなかったのに気が抜けてへたりこむように座りローテーブルに突っ伏しまう。
「寒いだろ。」
しばらくしてドアを開けて部屋に入るなり、匠がエアコンを入れて制服の上着を脱ぎはじめた。
私も、匠との間に流れる空気を変えたくて途中で寄ったコンビニで買った、ジュースやお菓子をガサガサ袋から出してテーブルに並べていた。
コンビニであれこれ一緒に選ぶうちに匠の機嫌も直ったのか、いつもの匠になって安心した。
匠の方を見たら裸の大きな背中があった。鍛えられて筋肉がついているからか、たくましい。
空手かな…バイトかな。やっぱり男の子だな。
私と違い無駄な脂肪のない身体つきをぼんやり見ていた。
カチャっと軽い音がして、匠が振り返った。匠の綺麗な顔の切れ長の目を見つめてしまう。
「まぁちゃん…。」
「…ん?」
気が抜けたように、そのまま答える。
「このまま…しちゃう?」
は?
「これからズボンも脱ぐし…。まぁちゃんの視線も熱いし。」
からかうような口調でニヤリと笑う匠。
ポンッと赤くなった私。
「だって、初めてまぁちゃんの前で着替えてるのに何も言わずに、俺の裸を背中に視線感じるくらい見られたらさ…。俺の見たんだから、まぁちゃんも見せてくれる?」
立ち上がって真っ赤な顔のまま、口をパクパクさせる私に、意地悪そうなまま近付いて来る匠に後ずさると壁まで追い詰められた。匠は、私を囲むように両手を壁につく。
今はもう、匠の裸を見る訳にはいかず顔しか見られない。
いつもより妖しく瞳をきらめかせ、男の欲の空気を漂よわされてドキドキしてしまう。
ゆっくり匠が近付き、私の後頭に片手を回して唇を寄せてきた。
優しく丹念に、唇を食まれ匠の舌が入り込んできた。角度を変えながら深まり舌を擦り寄せ絡められて、今までに無かった口づけに夢中になりそうになってくる。
匠の唇が一度離れてから、チュッと音をたてて口づけられた。
「まぁちゃん…。嘘だ。今日は、しないよ。奴がちゃんといなくなって、落ち着いてまぁちゃんが良いとゆうまで待つから。」
そのまま、抱き寄せられて耳元で囁かれて、耳を柔らかく食まれ背筋を何かが沢山走った。
「それとも、今から本当にしちゃう?」
しちゃう?今から?
いやいやいや。
絶対無理だ。
慌てて匠の腕をペシペシ叩いた。流されてしまいそうだった。いや、もう流されていた。
高田さんの事も終わりと思っていた。
匠が、あっさり私を解放して何事も無かったかのように着替えを探しに行く。
匠を目で追いながら、ずるずる下がって座り込んだ私の前に着替えを持ちTシャツを着た匠が膝をついた。
「まぁちゃんと別れる予定は、俺に今後一切ないと思ってくれていいから。いつかも言ったのに、まだ分かってくれてないなんて予想してたけど、当たるとは思わなかった。普通に俺だって怒るよ。
まぁちゃんが別れの予定なんてたてたら、全力で潰すから。もっと違う事の心の順番は、楽しみにしてるからね。」
穏やかに言ってくれた言葉に、またポンッと赤くなる私を見て、ニヤリと笑って匠は着替える為に出ていった。
どうやら、やっぱりあの言葉を匠は怒っていたみたいだった。
月曜の朝がきても、金曜の事が気になり学校を休みたかった。
けれど、ずる休みを親が許してくれる訳もなく玄関のドアを開けると笑顔で爽やかな匠がいる。
なんで、朝からあんなに無駄に爽やかなんだろう…。
憂鬱な私に、その笑顔の元を分けて欲しい。
休みの一日は、駅の方を避けて匠の家で会った。ずっと匠と私の距離は近かったけれど、わりと穏やかに過ごせたので余計に憂鬱になる。
いつもの様に手を繋ぎ、駅前で可愛い笑顔の桜ちゃんと合流して少し気持ちも軽くなる。
「この前はありがとう。」
「ううん。真美ちゃん頑張って言ってたよね。良かったね。
近くに皆で隠れて見てたよ。結構人に見られてたし高田さんも恥ずかしくなって、もう来られないんじゃないかな。」
なんですと?
あれを見ていた?
「私ってバレバレだった?」
「フルメイクしてたし、今日はノーメイクじゃん。雰囲気違うから大丈夫じゃない?
あ。でも、谷沢くんが隣にいるから一緒だね。」
「そうだよな。普段から一緒にもいるし、何をどうしてもバレバレだろ。
まぁちゃんも高田にしっかり言ってたし。」
上げて落とした小悪魔桜の毒は今日も強かったのに、匠が増幅させた。
嫌だ…。本当に帰りたい。
学校に行く事を、こんなに恥ずかしく思うとは考えてもいなかった。
「真美ちゃん、駅前辺りから谷沢くんと手を繋いで引っ張られて、うなだれて歩いてたでしょ?また、独特な頑固な勘違いでもしてたの?解決したの?」
「勘違いじゃなかったけど、解決した。」
匠が先に答えてしまったから、私は聞いてみた。
「聞こえてた?」
「話し?聞こえないよ。離れてたからね。真美ちゃんが慌てて急に元気なくしたの見えただけ。」
「大丈夫。また今度話し聞いてね。」
解決しましたとも…。そこまで見られてたなんて。信号にも沢山人がいた。
もう、嫌だ。
本当に帰りたい…。
「大丈夫?みんなが真美ちゃんの事をそんなに気にしてる訳でもないから、覚えてもいないよ。あ〜。揉めてる。なになに?って興味だよ。外では。
学校は、少し噂されるだろうけど、そのうち消えるよ。」
冷静な桜ちゃんの言葉に、少し元気が出て時間ぎりぎりに教室に着いた。
ミキさん達がいたので、鞄をもったまま近寄った。
「この前は、ありがとう。」
「見たよ〜。」
「頑張ってたじゃん。」
ミキさんの友達たちの言葉に続きミキさんが言った。
「やっぱり、あんたの事はまだ好きになれないわ。けど、メイクなら教えてあげられる事もあるかもしれない。私で良ければ聞いてね。ほら、チャイム鳴ってるわよ。じゃあね。」
チクリと胸が痛くなるけど、嬉しい事を言ってくれた。
そして、その日から噂ははじまり、放課後に高田さんも校門から少し離れた所にいた。
匠と二人で帰っていた時だった。
高田さんは私を完全無視で匠にほほ笑み、匠は高田さんを完全無視。後ろを歩く私を睨みつける高田さんに軽くお辞儀をしてやり過ごした。
そんな事があって少しした頃だった。
その日の朝は雨が降っていた。
私はお昼を済ませて一人トイレに行って、出た所で知らない三年生の女の子に呼び止められた。
学年毎に違う上靴のラインで三年生だと分かった。
「谷沢くんが体育館の倉庫で待っているから来てって。」
その人にお礼を言って、珍しい事もある物だと人気のない靴箱で雨で地面が濡れていたので、靴に履き変え体育館の方に向かった。
体育館には三つ倉庫がある。
一番よく使われるのは、体育館の中にある倉庫だ。
けれど、体育館裏の倉庫の鍵を誰かが壊して付け替えた鍵を、匠だけが持っていて秘密の場所にしていたと聞いていた。
今は寒くて使わないし、そろそろ取り壊されるとも匠から聞いていた。なので、そこに一番に向かうと鍵がかかっていた。
もう一つ、あまり使われていない倉庫もあるので一応行ったみたら扉が薄くあいていて鍵は無かった。
なんの疑いもなく扉を開き、足を進めて中に入ると勝手に扉がしまりガチャガチャ鍵をかける音までした。
私は、驚いたけだけで呆れていた。
ありがちすぎる…。
ドラマや小説での出来事が自分に降ってかかるとは思わなかった。
ドラマや小説の様にすぐに見つけてくれると思っていた。
私は、校内で携帯を持ち歩かない。
自力でなんとかなるかと、扉を開けてみようとはしたけれど開かない。窓は見つけたけれど、出るには小さすぎる。隅々まで見ても、出られそうな隙間も穴もなかった。
私が靴を履いているから、校外に行ったと思われないか心配になった。机に荷物がある事を思い出して、帰ったとは思われないから大丈夫だろうと、少し安心した。
すぐに匠がいない事に気が付いて、探してて誰かが見つけてくれるだろうと、目についたマットの埃を払い座り待つ事にした。
けれど、外から、人の声や物音や外から扉を叩く音もしないまま薄暗くなってしまった。
時折、扉を叩いてはいたけれど、明るいうちに、大声を出せば良かったかと後悔はした。
寒い事だけが辛くなってきた。
さすがに、倉庫内がも暗くなるにつれて、寒さも厳しく心細く寂しくなってくる。トイレも心配になってくる。相変わらず扉を叩いても反応はない。
窓から差し込む月明かりの中、少しでも早く見つかるように扉の前で体育座りで膝に額を乗せて丸くなった。
匠は、年末に出来た彼氏だけど昔は仲良しだった。仲良しとは言えなくなってからも、繋りが薄くなっただけで話はしてたし途切れたりしなかった。
今の繋がりは、昔の仲良しよりも濃いはず。
きっと匠は今も私を探し続けてくれている。
絶対見つけてくれる。
そう匠を信じていた。
そうして泣かずに我慢して待っていられた。