……なるほど
「田中さん」
「はい?」
振り返ると、佐々木さんが引きつった顔でこちらを見ていた。
何か言いたげだったが、小さく息を吐くと気持ちを切り替えるように切り出した。
「明日の会談に向けて、いくつか教えていただきたいことがありまして」
「あぁ、はい」
「明日は日本と異世界の国家との初めての接触となります」
佐々木さんの声が少しだけ堅くなる。
「しかし、相手国について、政府として把握している情報が全くありません。これは極めて異例なことです」
「そうですね……」
「ですから、田中さんがご存じのことを、できる限り教えていただきたいんです。明日の会談に備えるためにも」
「分かりました」
「ありがとうございます」
佐々木さんは頷き、それから申し訳なさそうに続けた。
「それと重ね重ね申し訳ないのですが、田中さんにも通訳として同席をお願いしたいのです」
「ああ」
私は頷いた。
「分かりました。私でよければ」
「ありがとうございます。助かります」
佐々木さんは安堵したように息を吐いた。
「では、あちらにお弁当を用意してますので」
「お弁当?」
「はい。もうそろそろ日も暮れますし」
佐々木さんが時計を見る。
「夜までに向こうに戻るとなるとあまり時間がありません。あ、私を含め、調査団も全員戻りますのでよろしくお願いします」
そう言って、佐々木さんが綺麗に頭を下げる。
「それとマスコミには、田中さんと調査団が今現在、日本へ戻っていることは伏せています」
「あ、そうなんですね」
「はい。話の続きはお弁当を食べながらで」
部屋の隅、机の上に数種類の弁当が大量に並べられていた。
「お好きなものを選んでください」
「じゃあ……これにします」
デミグラスハンバーグ弁当を手に取る。部屋にいる政府関係者や調査団も各々選び、それぞれ席に着く。
ご飯にハンバーグ、付け合わせの野菜にスープ。美味しそう。
「食べながらで申し訳ありませんが、お願いします」
「はい」
割り箸を割る。
「まず国の名前をお願いします」
「ドリアラ王国です」
「王国……国王が統治している?」
「はい。国王陛下が国を治めています」
「国王陛下は、どんな方ですか?」
「穏やかな方だと思います。私に何か依頼するときも、命令ではなく可能ならばという感じでした」
「……なるほど。話が分からない方ではないんですね」
「はい。少なくとも、私がお話しした限りでは」
佐々木さんは頷きながら、弁当の卵焼きを口に運ぶ。
部屋には、食事をする小さな物音だけが続いていた。
誰も口を挟まず、私たちのやり取りに耳を傾けながら、その一つ一つを頭の中で整理しているようだった。
「国の規模はどのくらいでしょう?」
「周りの国と比べるとそんなに大きくないみたいです。王都を中心にいくつも街がありますけど。あ、周りを未開拓の森と砂漠が囲ってますね」
「周辺国との関係は?」
「あーー隣国と今ちょっと微妙になってます」
「微妙、ですか?」
「はい。私も国境の防衛に一役買いました」
その瞬間、何人かの手が止まった。部屋にほんの一瞬だけ静寂が落ちる。
「……なるほど」
ハンバーグを一口食べる。美味しい。
「では、軍事力について教えて下さい」
佐々木さんの声が真剣になる。
「兵士は沢山います。騎士団もありますね」
「装備はどのような?」
「武器は剣や槍、弓。それと魔法が中心だったんですけど……最近新しい魔道具がたくさん開発されて、色々変わってきてますね」
「具体的には?」
「えーっと……多分、皆さんが想像しているより色々あると思います」
佐々木さんの表情が、さらに引き締まった。
「田中さんは、週に一度、鉱石を王国へ納めているんですよね?」
「はい。そうです」
「王国では、それを何に使うのでしょう?」
「えーー、魔道具の動力源だったり、魔法陣の触媒だったり薬品の製造だったり」
「かなり用途が広いんですね」
「そうですね。それにかなりお高いんですよ」
「高価なんですか?」
「はい。王国内ではほとんど採れないので輸入品頼りで。日本でいう石油みたいな感じでしょうか」
「石油……」
佐々木さんが少し考えるように箸を止める。周囲でもいくつか視線が交わされた。
「生活や産業に幅広く使われる、重要な資源ということですか」
「そうですね」
「しかも、それが王国内ではほとんど産出されない」
「はい」
「それを田中さんが、週に一度、王国へ納めている」
「そうですね」
佐々木さんは黙った。周囲も、誰も口を挟まない。私はお弁当の最後の一口をいただく。
しばらくして、佐々木さんが静かに頷いた。
「……なるほど。それなら、明日の会談ではまず友好的な関係を築くことを第一に考える、ということでよさそうですね」
「はい、いいと思います」
私は頷いて、箸を置いた。
「お弁当ご馳走様でした。とても美味しかったです」
思わず頬が緩む。
「向こうだと、味付けは塩が中心なんですよ。素材が良いので美味しいんですけど、日本みたいに色々な調味料があるわけじゃなくて」
「そうなんですか?」
「はい。だから日本の焼肉のタレを持っていったときなんて、町の人たちにすごく喜ばれました」
「ほう」
「もう大絶賛で」
思い出すと、少し笑ってしまう。
「……なるほど。それなら、明日の手土産にいいかもしれませんね」
「あ、いいと思います」
私は素直に頷いた。
「国王陛下も、きっと喜びますよ」
「では、至急用意します」
佐々木さんがそう言って、近くにいた人へ指示を出すと、周囲も明日の会談に向けて動き始めた。
私も調査団の皆さんと一緒に、大関さんと明日の予定を最終確認する。
「明日の午前十時に外交団をそちらへ転移させて下さい。この部屋で待機していますのでお願いします」
大関さんが手元の資料を確認しながら説明する。
「そこから、空飛ぶ……マンションで王都へ移動。正午に国王陛下との会談予定となります」
「はい」
「会談には田中さんも通訳として同席いただきます、よろしくお願いします」
「分かりました」
ではそろそろ戻ろうとしたところで、ふと思い出した。
「あ」
「どうしました?」
大関さんがこちらを見る。
「そういえば、空飛ぶソファを収納したままでした。せっかくなので、お試しで十個くらい置いていきますね」
「……」
私は収納から空飛ぶソファを取り出し、空いているスペースに十個並べていく。
「じゃあ戻ります」
調査団の皆さんと一緒に、白い光に包まれる。
次の瞬間、私たちは異世界の私の自宅に戻っていた。




