第6話 山賊襲来
「それ」は突然起こった。
街道の両脇に生い茂る茂みがガサリと揺れ、薄汚れた革鎧を纏い、下卑た笑みを浮かべた男たちが十数人、路を塞ぐように現れた。
手には赤錆の浮いた鉈や、刃こぼれした剣が握られている。
「ヒヒッ……。坊ちゃん、えらい良い身なりをしてるじゃねえか。そのいかにも高そうな服と、懐のモン、全部置いていきな」
山賊だ。
彼らの血走った目は、明らかに「極上のカモ」であるリッチーに釘付けだった。隣にいる、背中に大量の銅の剣を背負った煤け顔のゼニマルなど、ただの荷物持ちとしか思っていないらしい。
「やれやれ、治安が悪いなぁ。……ゼニマル、山賊だよ。君の出番だ。はい、これ100G。前払いね。彼らを適当に追い払ってよ」
リッチーは懐から金貨を一枚取り出すと、面倒そうにゼニマルへ放り投げた。
「ふざけるな! 山賊十数人を相手に立ち回れば、服が破れる、剣が毀れる、何より……万が一にも傷を負って俺のHPが削れるリスクがあるだろうが! たった100Gで俺の命が買えるかボケェ!」
ゼニマルは受け取った100Gを即座に懐の奥底へ厳重にしまい込みつつ、山賊よりも鋭い殺気を放つ目でリッチーを怒鳴りつけた。
「あ? なんだその黒髪の貧乏人は。お頭、こいつ『銅の剣』を山ほど背負ってますぜ。まとめて売り払えば今日の酒代くらいにはなるでしょう」
「ギャハハ! 違いねえ! まずはその金ピカの坊主から身ぐるみ剥いで、そっちのケチ男は後で身包みひん剥いてやる!」
山賊たちが一斉に奇声を上げ、武器を振りかざして襲いかかってきた。
ゼニマルは即座に「回避行動によるカロリー消費」と「防御による銅の剣の摩耗率」を脳内で計算し、最も被害の少ない岩陰へと音もなくスライディングした。
一方のリッチーは、逃げるどころか優雅に椅子に座ったまま『ナイル』の空枠ウインドウを操作していた。
「もう、ゼニマルが働かないから……。あ、もしもし『ナイル』カスタマーセンター? 今すぐ『即席・鉄壁の傭兵団』を一人、ここに転送して。ええ、一番高い特急便で。……あ、あとついでに、彼らを縛るための『最高級の金の縄』もね」
「貴様、こんなところで何を発注して……」
岩陰からゼニマルが言いかけた瞬間、リッチーの目の前の空間が激しく歪んだ。
ドゴォォォォン!!
凄まじい衝撃波と共に、太陽の光を反射して神々しく輝くフルプレートの鎧に身を包んだ巨漢の騎士が一人、空から降ってきた。
「……御呼びにより参上いたしました、お客様。これより3分間、御身をお守りいたします。……代金は、配送料込みで2,000万Gになります」
「えっ、2,000万……!? 3分で!? 1秒あたり約11万Gだと!?」
あまりの暴利に、ゼニマルが泡を吹いて倒れそうになる。
「高いけど背に腹は代えられないよ。はい、これチップね。あいつら、適当に片付けちゃって」
リッチーが1万Gの束を騎士に握らせると、騎士の兜の奥で目がギラリと光った。
「承知いたしました。カスタマー・ファーストの精神で、完膚なきまでに排除いたします!」
「な、なんだこいつ!? やっちまえ!!」
山賊たちが一斉に騎士に斬りかかる。
しかし、赤錆の剣が騎士の鎧に触れた瞬間、ガキンッ! と甲高い音を立てて次々とへし折れていった。
「うおお!? 俺の剣が!」
「フンッ! 『ロイヤル・スマッシュ』!」
騎士が巨大な戦槌を無造作に振るう。
ドゴォォォッ!!
たった一振りで生じた暴風が山賊たちをまとめて吹き飛ばし、彼らが着ていた革鎧は紙屑のように引き裂かれた。
「や、やめろぉぉぉ!!」
突如、戦場に悲痛な叫び声が響いた。山賊ではない、ゼニマルだ。
「貴様、加減をしろ! その山賊たちの剣は研ぎ直せば15G、革鎧はツギハギすれば30Gで売れる立派な『俺の戦利品(見込み)』だったんだぞ! 利益を物理的に粉砕するなァァァ!」
ゼニマルの抗議など意に介さず、騎士は「金の縄」を素早く展開すると、悲鳴を上げる山賊たちをプロの業であっという間に簀巻きにした。
――ジャスト1分後。
地面には、最高級の金の縄でぐるぐる巻きにされ、泡を吹いて気絶した山賊たちが転がっていた。
「……終わりましたな、お客様。残り2分ございますが、肩もみなどのオプションはいかがいたしましょう?」
「あ、大丈夫。もう帰っていいよ」
「では、私はこれで。またのご利用をお待ちしております」
騎士は深々と一礼すると、再び転送の光に包まれて消えていった。
静寂が戻る。
そこにあるのは、縛られた山賊と、リッチーの激減した残高。
そして、震える手で「金の縄」をまさぐっているゼニマルの姿だった。
「……純金だ。ありえない。純金は柔らかいんだぞ! こんな十数人もの大の男を縛ったら、自重で金が伸びて質量が減るだろうが! 縄の表面が擦れて金粉が落ちてるぞ! 回収しろ!!」
「えぇ……。それ、重いから捨てていこうよ。またナイルで新しいの買えばいいし」
「捨てられるかぁぁ!資産だぞ! 資源を大事にしろぉぉ!」
山賊から奪われるはずだった金額よりも、山賊を捕まえるために使った金額の方が圧倒的に多い。しかも戦利品であるはずの敵の武器防具は、味方の高額な暴力によって完全破壊されてしまった。
経済の概念が崩壊した草原の道で、ゼニマルの絶叫が虚しく響き渡った。
■贅沢勇者:リッチー
【所持金】9,975,544,520G
●本日の支出
即席・傭兵デリバリー ── 2,000万G
チップ ── 1万G
ゼニマルへの前払い ── 100G
金の縄 ──80万G
■節約勇者:ゼニマル
【HP】 9,999,999,999
【所持金】 100G
【装備】 銅の剣×99
【道具】 折れた剣の先、金の縄
【換金アイテム】合計時価総額──286G
●本日の収入
リッチーからの前払い ── 100G
金の縄 ── プライスレス
●本日の支出
無し(物理的・精神的疲労のみ)




