第13話 虚無の最奥
鼻を突く酸の匂いとカビ臭い通路を抜けた先──。
虚無の洞窟の最深部は、外の狂乱インフレ世界が嘘のように静まり返っていた。
部屋の中央、古びた石の台座の上に、それは鎮座していた。
一切の錆を持たず、微かな光すらも神々しく反射する白銀の装甲。いかなる厄災も寄せ付けないという伝説の防具――【全反射の聖盾】である。
「おお……これだ……っ!」
ゼニマルは震える足取りで、吸い寄せられるように歩み寄った。血走り、疲労困憊だった彼の両目に、再び眩しく『G』のマークが灯る。
「これさえあれば、もう二度と俺のHPは削られない。防具の修理費もかからない。維持費ゼロ、減価償却の概念すら超越した、価値が絶対に落ちない『究極の安全資産(黄金のポートフォリオ)』だ! これまでの天文学的な赤字が、一気に黒字転換するぞ!」
「へぇ、あれが盾? なんかすごく分厚くて重そうだね。持ち歩くの絶対肩こるよ。僕ならナイルで『全自動・浮遊式バリア発生機』を月額レンタルするけどな」
「黙れ! 買い切りの一括購入こそが最強の節約なんだよ! ランニングコストを垂れ流すお前には一生わからん美学だ!」
ゼニマルが歓喜の涙を浮かべ、聖盾に手をかけようとした、その瞬間だった。
――ゴゴゴゴォォォォッ!!
洞窟全体が激しく揺れ、台座の影の空間が不気味に歪んだ。漆黒の靄が集束し、巨大な『虚無の守護兵』が姿を現す。
「ギ……侵入者……資産ノ強奪ハ……排除スル……」
それは魔力だけで編まれた、実体のない靄の鎧。
手にした大剣が一振りされるだけで、洞窟の岩肌が音もなく抉り取られる。明らかに物理攻撃が通じない、最悪の初見殺しだ。
「ヒィッ!? 霊体型だと!? 物理無効ってことは、無料の『重力落下・銅の剣攻撃』が通用しないじゃないか!」
「うわ、ホコリっぽくて嫌な敵だね。えーっと、ナイルで『対霊体用・高純度聖水噴霧器』でも注文しようか。……あ、あった。でもこれ、『初回お試し価格:1億G(※ただし最低12ヶ月の定期購入縛りあり・途中解約は違約金5億G)』って書いてあるよ? 注文する?」
「1億……!? しかも途中解約不可の縛り……だと……!?」
ゼニマルの心臓がキュッと音を立てて止まりかける。
1億ゴールド。それは彼が一生かけてスライムの核を拾い続け、ツノウサギを血抜き解体し続けても絶対に届かない、天文学的な搾取システムだ。
「……ふざけるな。そんな『極悪サブスクリプション契約』に頼って世界が救えるか! お前が払うにしても、俺の精神衛生上絶対に許さん! 俺が……俺が、手持ちの無料の資源でなんとかしてやる!」
ゼニマルは、服のポケットから丁寧に包まれた布を取り出した。中に入っているのは、先ほどの戦闘で命がけで回収した『スライム消化液まみれの高級岩塩(少々)』だ。
「くらえ! 高純度スライム消化液ミックス・プレミアムソルトォォ!!」
バッ、と投げつけられたドロドロの塩が、守護兵の魔力回路を形成する靄にべったりと付着する。
瞬間、強酸と深海のミネラルが化学反応を起こし、守護兵の体からパチパチと青白い火花が散った。
「……っ!? ゼニマル、今のゴミ投げ攻撃、効果があるのかい?」
「当たり前だ! スライムの消化液はあらゆる物質と魔力を分解する。そこにリッチーが買った無駄に純度の高い深海の塩が『高効率な電解液』として機能し、奴の魔力抵抗を激減させたんだ! 実質タダの産業廃棄物を利用した、最強の『弱体化アイテム』だよ!」
「ギ……ア……ガガガッ……魔力……低下……!」
苦しむ守護兵。しかし、実体を持たない巨体は崩れない。むしろ怒りに任せ、大剣をゼニマルに向けて大きく振りかぶった。
「まだだ! リッチーに買わされて、意地で持ち歩いていたこの『純金の縄』の出番だ!」
ゼニマルは肩に食い込ませていた純度100%の金の縄を投げ縄のように振るい、守護兵の巨体にぐるぐると巻き付けた。そして、もう片方の端を、洞窟の壁面をチョロチョロと流れる地下水へと叩き込み「接地」を取る。
「リッチー! 仕上げだ! お前が買い直した、その『超高輝度魔導ランタン(軽量版)』を、最大出力にして奴の足元に投げろ!」
「えっ、 壊れちゃうよ!?」
「いいから投げろ! お前の金なら痛くない! あれの動力源は高出力の魔力電池だ! 過負荷で破裂させれば、この金の縄を伝って守護兵の魔力回路にショートが起きる! 電気ショックだ!!」
リッチーは「もったいないなぁ。ゼニマルってば他人の物には容赦ないんだから」とぼやきながらも、眩い光を放つランタンをぽいっと守護兵の足元へ放り投げた。
「銅剣は使わない! ランタンの購入費はリッチー持ち! 電解液は廃物利用!
利益率10,000%のオーバーキルだ! 行けえええええ!!」
――バチィィィィィィン!!
ランタンが限界を突破して爆発した瞬間。
発生した莫大な雷属性の魔力エネルギーが、純金という最高の導電体を伝わり、塩と酸で汚染された守護兵の急所を直撃した。
水と塩分、そして金の導電性。すべてが完璧に噛み合ったコスト度外視の電撃が、無敵の守護兵を内側から完全に焼き尽くす。
「オ……ォォ……資産……崩壊……」
守護兵は断末魔と共に霧散し、後には小さな「守護兵の魔核」だけがコロンと転がった。
「……勝った……。俺の、完璧なポートフォリオの勝利だ……」
ゼニマルは煤だらけでボロボロになりながら台座へ駆け寄り、ついに【全反射の聖盾】をその腕に抱え込んだ。ひんやりとした金属の感触が、狂乱のインフレ世界で傷ついた彼の心を優しく満たしていく。
「やったねゼニマル! ついに無敵の耐久力を手に入れたね!」
「ああ……。これで、もう、一歩歩くたびに寿命を削る恐怖から解放される……俺はついに『永遠』を手に入れたんだ……!」
ゼニマルは聖盾の美しい表面を頬ずりするように撫で回した。しかし――その視線が、盾の裏側にびっしりと刻み込まれた、極小の古代文字に気づき、ピタリと止まった。
【全反射の聖盾 利用規約】
本製品は、あらゆる物理・魔法の衝撃を完全に反射し、使用者を保護します。
※ただし、衝撃を反射・無効化する際、システムの維持・保守費用(として、「一被弾あたり10,000G」を使用者の所持金から自動的に引き落とします。
※残高が不足している場合、または所持金がゼロの場合は、不足分に応じた『使用者のHP(1G=1HP換算、すなわち一回につき最大10,000HP)』を強制消費して代用決済いたします。
「……………………は?」
「あはは! なにそれ、完全な『従量課金制』の盾だったんだね! 資産だと思ったら毎秒金か命を食いつぶす最悪の負債じゃないか! さすが伝説の武具、ビジネスモデルがしっかりしてるなぁ」
「ふざけんなぁぁぁ!! 防御するたびに莫大な金が減るか、体力がごっそり削れるか選べってか!? 無敵どころか、ただの極悪マイクロトランザクション搭載の搾取ツールだろうが!! 誰がこんな悪徳商法みたいな盾を考えたんだぁぁぁ!! クーリングオフさせろぉぉぉ!!」
伝説の盾を手に入れた勇者の、この日一番の、そしてあまりにも悲痛な絶叫が、虚無の洞窟の底から空高く響き渡った。
【現在のステータス】
■贅沢勇者:リッチー
【所持金】 9,957,410,620G
●本日の支出
無し
■節約勇者:ゼニマル
【HP】 9,999,999,879
【所持金】 100G
【装備】 全反射の聖盾、銅の剣×90
【道具】 金の縄
【換金アイテム】合計時価総額──8326G
●本日の収入
守護兵の魔核 ── 500G
全反射の聖盾
●本日の支出
消化液まみれの塩




