序章 第一話 地球人 勇者になる!
タイトル《泣き虫ぼっち勇者は甘やかされたい》
オレの味方でいてくれるのは、ヒューマンの姫でもドワーフの王女でも、ましてやエルフの巫女でも無い。
角の生えた太陽のような金の瞳の割烹着の女性だったんだ。
あれは、ボク盾持勇努が、まだ地球人だった頃。
つまらない学校が終わったら、すぐ家に帰る毎日を送る高校生。
ボクにとっては、勉強や食事や友人よりも、自分の部屋にある物の方が何よりも大切だった。
それは、父さんが遺した数え切れないほどの古い洋画や特撮映画、そして自分のお小遣いで買ったゲーム機。
母さんはボクを育てる為に、一日のほとんどを仕事に費やしていて、家はいつも一人暮らしのように静か。
そんな生活を小学生から続けたボクの親友といえば、部屋にある映画やゲームの事だ。
その日も父さんの録画したビデオを見る。
十年以上壊れる事のないビデオデッキにセットすると、もう何百回と聞いたのに聞き飽きる事のないナレーションが再生される。
『地球が異星人や怪獣に襲われた時、銀の巨人が現れるその名は……銀河の戦士ギャラクティカマン!』
これを聞くといつも気分が高揚して、学校での嫌な事なんかどうでもよくなってくるから不思議なんだ。
ギャラクティカマン。今から五十年も前の特撮ドラマだ。
けれど、その魅力は今も明けの明星のように輝いている。
シリーズは何作もあり、今も新作が放映されていて、更には海外でもシリーズ展開がされているほどの人気作品なんだ。
テレビで流れているのはボクが一番大好きな最終話。
ギャラクティカマンが宇宙から飛来した宇宙船を破壊している間に、地上に怪獣が現れる。
実は宇宙人が用意した怪獣で、ギャラクティカマンが地球に戻って来る頃には、共に地球を守っていた防衛隊本部は炎に包まれていた。
ギャラクティカマンは宇宙怪獣と死闘を繰り広げる。
けれど、全ての攻撃はバリアーに阻まれ満身創痍のギャラクティカマン。
このままじゃ負ける。
誰もがそう思った時に、戦火を逃れた防衛隊が秘密兵器で宇宙怪獣のバリアーを破り、ギャラクティカマンの最終必殺技が炸裂――する筈が、
突然目の前が停電したかのように闇に包まれてしまった。
「えっ? うそ、ブレーカー落ちた?」
そんな……後ちょっとでギャラクティカマンが宇宙に帰る感動のラストなのに!
ボクはブレーカーを確認しようとしたのだけど、ある恐ろしいことに気がついた。
「んん?」
いつまでたっても暗いんだ。普通なら目が慣れて輪郭がボンヤリと見えて来るはずなのに。
異常が出たのはブレーカーじゃなくて、ボクの身体?
目の前に手を持ってきても、視界は黒く染まったまま。自分の掌を眼球に触れるくらいまで近づけているはずなのに何も映らない。
嘘……突然失明? 何かの病気? そんな考えが鎌首をもたげた途端、心臓が異常にバクバクと暴れ出し、全身が凍える程の冷たい汗が噴き出してきた。
嫌だ。こんなの嫌だ……。
「……努、勇努」
突然の女性の声が頭の中に染み込んだ途端、不思議な事に不安の波が一気に収まっていくのを感じた。
「だ、誰?」
左手側から声がしたので、見えるはずもないのに、無意識に首を動かしてしまった。
驚く事にボクの墨汁に染まった視界の中に、その人の姿だけが見える。
柔らかな後光を放つ女の人が、こちらを警戒させないためか、ゆっくりと歩いて近づいてきた。
小麦色の身体に白い布を巻きつけたような服を着ていて、隙間から覗く胸はとても大きく、動くたびにこちらを挑発するかのように揺れている。
ボクは自分が大変な事態に陥っていることも一瞬忘れて、その胸に目が釘付けになっていた。
「勇努」
胸に固定されていたボクの視界に、その持ち主の顔が入ってくる。
「どぅわぁ!」
突然女の人の顔が間近に来てビックリして変な声が出てしまった。
「ごめんなさい胸なんて見てませんすみません!」
ボクは無実を証明するために両手で目を覆う。
「胸? ああ、これのせいで集中できないのですね。なら……この姿ならどうだ?」
ん? 女性の声が途中から野太くなった? 口調も男みたいだけど。
いやまさかなと思いながら、恐る恐る手を退けて見ると……。
「やっとこっちを見たな勇努」
ボクの目の前にまるで彫刻のように上半身ムキムキの男が、胸の前で腕を組んで立っている。
一目見て、ボクじゃ一生掛かっても手に入らないと確信するほどの、山のように大きい筋肉だった。
「えっと……」
筋肉の迫力に負けて言葉が詰まってしまった。
「初めまして勇努」
映画に出てくる人間兵器のような男はボクに右手を差し出した。
「あなたはいったい誰ですか?」
「おっと名乗るのを忘れていた。何せヒトに名乗るのは久しぶりでな。最後に名乗ったのはいつの頃だったか」
「何言って……」
何言ってるんですかと口を開こうとしたら、その後の言葉の衝撃が大きすぎて、口を紡ぐことになってしまう。
「俺は神、全ての世界の神だ」
「カミ? 神様ってあの神様?」
「うむ、その通り。なんだその顔は?」
「その顔って?」
自分の顔を触ってみるが、そもそも、見えないので分かるはずもない。
「まるっきり俺の言った事を信用してない顔だ」
あっそういう顔。
「そりゃ、いきなり現れて自分のこと神だって名乗る人なんて信用できません。それにこれ夢かもしれないし」
夢だ。自分で口に出してやっと気づいた。そうだよ夢だ。
きっとテレビ見てたら途中でうっかり寝ちゃったんだ。そうだ。それしか考えられない。
今すぐ目を覚ます方法はひとつだけ。
「……い。聞いてるのか?」
うるさい。ボクに話しかけるな。集中できない。
集中して、集中力を最大限に高めたら……こうする!
ギュウゥゥゥッ。
「痛ててて!」
「いきなり何してるんだ?」
「そんな……」
自分で自分のほっぺをつねる。そうすれば痛みで眼が覚めるって聞いたのに、相変わらず視界に映るのは暗闇と、神と名乗るマッチョな人物。
「大丈夫か」
「……大丈夫じゃない。早く夢から覚めなきゃいけないんだ。話しかけないでください!」
ボクは学校でも出したことのない大声をつい出してしまった。
突然失明して、更にはおかしな人まで見えたら、そりゃ動揺だってするよ。
早く目を覚まさないと。でないと……これが現実だって認めることになる。
そんなのは嫌だ!
「落ち着け勇努。これは夢ではない。ここに呼んだのは俺なのだ」
「あなたが?」
自称神はボクの目を見ながらゆっくりと頷く。
「じゃ、じゃあ教えて下さい。ボクの目はいったいどうしてしまったのですか? 神様なら答えられますよね⁉︎」
自分の身体の事を考えると、両目から涙が溢れるのを感じた。
「勿論だ。俺は君にある事を頼むためにここに呼んだのだ」
「ある、事?」
「そうだ。涙を拭け勇努。お前に頼みたい事はひとつ。ある世界を救ってもらいたいのだ。君にはそれができる素質がある」
なにその、まるでラノベやアニメの主人公に対して言う台詞は。
「ボクが世界を救うってどう言う意味ですか」
「そのままの意味だ。勇努に世界を救ってもらいたいのだ」
「まるで勇者みたいですね」
「その通り!」
突然の神の大声が鼓膜を震わせる。
まるで怪獣の鳴き声のようでクラクラしてくる。
「勇努、君は今日から勇者になるのだ!」
ビシッ!と、音が聞こえそうなほど鋭い勢いでこっちに指を突きつけてきた。
「ゆ、勇者なんて無理だよ! それよりも早く元の場所に戻してください」
「悪いがそれは出来ない」
「えっ」
「一刻を争う事態なのだ。冥王はすでに復活し大地を蹂躙している」
「ボクじゃそんな奴に勝てませんよ!」
そうだ。勝てるわけない。身体はヒョロヒョロで運動神経ゼロ。
眼鏡は掛けてるけどゲームばっかりしてきた所為で、決して勉強してきたからではない。
そんなもやし――には失礼だけど――みたいな身体のボクが勇者なんて大役務まるわけない。
「大丈夫だ。勇努にしか使えない冥王を倒せる武器がある。その為に君の身体も作り変えた」
「つ、作り変えた?」
神様何言ってるんだ。
「ああ、身体に異変はないか?」
ボクが失明した事を言ってるの?
「目が見えないです。けれどあなたの姿だけは映っています」
「それだ。作り変えた影響だろう。だがそれも一時的な事。これを見たまえ」
自称神は自分の足元から、姿見のようなものを取り出す。
そこに一人の少年が写っている。
歳はボクより少し下だろうか。
短く切り揃えた緑の髪にエメラルドの瞳、肌は白く華奢な身体つきだが不思議と不健康そうには感じない。
可愛い。
素直な感想が口から出そうになった。何言おうとしてるんだ同じ男だぞ。
服は青い半袖のシャツに白い半ズボン。その上に茶色のマントを羽織り、白い靴を履いている。
「誰ですか?」
「君だ」
「キミっていうんですか?」
「何言ってるんだ勇努、君の新しい姿だよ」
「えぇっ!」
目を見開いてよく見ると、姿見の世界の少年も同じように目を見開いている。
自分の顔を触ると向こうも触り、指を指したら向こうは左手で同じ所を指してきた。
「「君はボクなの」」
ボクが喋ると、鏡の世界の少年の口が動く。どうやら間違いなく僕の身体は変えられてしまったようだ。
そういえば、この顔どこかで見たことあるような……?
「気に入ってもらえたかな。勇努の望む身体にしたつもりなのだが」
「ボクが望んだ身体……?」
「そうだ。『こんな姿ならみんなから好かれていただろうな』と君が心に思う姿を再現したのだ」
「そんなことまで分かるんですか?」
「自分が作り出した世界のことならなんでも分かる。何故なら俺は神だからだ」
段々と説得力が出てきた。本当に夢じゃなくてボクの目の前にいるのは神様のようだ。
「さて、今着ている服の説明をしておこう」
「服の説明ですか?」
自分の服を見てみるが、肌触りが良いくらいで別段変わったところは見受けられない。
「勇努が着ている服は《絶対守護の服》といって、どんな攻撃も通さない。例え炎に焼かれようが氷漬けにされようがだ」
改めて服を見ても、そんなすごい機能が付いているようには到底思えなかった。
「それと、羽織っているフライングマントで空を飛ぶことができ、履いている靴マッハブーツは短距離だが瞬間移動が可能だ」
「この指輪にも力があるのですか」
ボクは両手の人差し指に嵌められた拳の形の指輪を見つけた。
「それはゴーリキーリング。勇努の力を何十倍にも高めてくれるぞ。それこそ家だって片手で持ち上げられるだろう」
空を飛べるマントに瞬間移動できる靴。凄い力持ちになれる指輪まであって、極め付けはどんな攻撃も通さない無敵になる服。
これはもはや……。
「チートですね」
「いかさまではないぞ。神から選ばれた勇者なのだから当然の力だ。むしろゲームやアニメの勇者は弱すぎると思うのだが?」
それは、強すぎたらつまらないからで……と言おうとしたけど、これは現実。ゲームみたいに死んでもやり直しがきく訳ではない。
じゃあこれで良いのか、と納得してしまう自分がいた。
「おっと、一番大事なものを渡すのを忘れていたな」
神の両手にあるのは金と銀のブレスレットだ。
「これを両手に付けてみてくれ」
「これを?」
ボクはブレスレットを受け取りまず左腕に通す。
かなり大きくてサイズが合わないなと思ったら、それを読まれたかのようにブレスレットが小さくなりジャストフィットする。
右腕に通すと同じようにぴったりと収まった。
「ん、あれ……」
一度嵌ったブレスレットは驚く事に接着剤で固定されたかのように取れなくなってしまった。
「あの、これ動かないんですけど」
「それはもう取れない」
「えっ! 一生ですか?」
神は首を縦に振る。
「それは冥王に唯一対抗できる武器だからな。勇努以外の人間には使えないようにした。名前は《ガントブレイド》という」
「一生取れない……」
神の口から出たその言葉は、まるで至近距離で鐘を叩かれたように頭の中で反響している。
そんなボクに、神は武器の説明を続けていた。
「二つのブレスレットは形を変えることができ、勇努が想像した武器に形を変えることができるのだ」
「ボクが想像した武器に変わる」
それを聞いたら、少しパニックが治まってくる。
自分が想像した武器になるなんて、とても心ときめく言葉だったからだ。
「何にでもなるんですか!」
ボクは鼻息荒く問い詰める。
「うむ。小さいものから大きなものまで自由に姿を変えることができるぞ」
「じゃ、じゃあ」
頭の中で思い浮かべたのはボクの大好きなヒーローの使ってた武器だ。
すると、ブレスレットをつけている所がむず痒くなる。
見ると、金と銀のブレスレットが、まるでスライムのように動きボクの手に移動していく。
「うひゃっ」
ツルツルヒンヤリとした感触が皮膚の上を移動するたびに、くすぐったくて思わず変な声が出てしまった。
その間もスライムと化したブレスレットは形を変え、ボクの両手に思い描いた形通りに収まった。
それは銃だ。アメリカを舞台にしたギャラクティカマンのスピンオフ《ギャラクティガンマン》が愛用するオートマチックの二丁拳銃ギャラクシーガンだ。
小さなボクの手にもピッタリな大きさで、グリップも吸い付くみたいに収まる。
先細りのバレルに、後端にあるライフルのようなボルト。全長は長くてスリムな双子の銃だ。
左手は金、右手は銀で原作より派手だけど、これはこれでファンタジーの銃という感じがしてカッコいい。
「これを使うにはある呪文があってな……」
え、それを口に出して唱えるなんて、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど。
「その嬉しそうな顔を見る限り、世界を救う相棒として認めてもらえたようだな」
「はい……じゃなくて、ボクが世界を救うことなんてできるのですか?」
危ない危ない。これじゃおもちゃをもらって機嫌が良くなった子供と同じだよ。
「何故だ。冥王を律する力を持っているのに、なぜ躊躇う」
「だって、ボクみたいな一般人に世界を救うなんて、怖くてできっこないですよ!」
「怖がる必要はない。神器はお前を護り、すべての敵を滅する力だ」
「それはそうですけど……」
神の方が正論すぎて、だんだんと言い返せなくなってしまう。
そしてトドメの一撃がボクの胸に突き刺さる。
「いいか。勇努が冥王を倒さなければ世界は征服され、いずれ君の住む世界にも侵攻するだろう」
「日本にも来る……」
まるで怪獣映画のように、高層ビルが破壊され、逃げ惑う人々が炎に呑まれ、その中には母さんの姿が……。
力が抜け落ちる身体をなんとか膝で支える。
「最悪の想像をしてしまったようだな。顔が真っ青だぞ」
「……ボクが倒さないと、冥王は地球に行くんですね」
「そうだ。逆らう者を殺し、生き残ったものは奴隷にし、殺したものも蘇らせて奴隷にする」
「冥王が来たら、生き延びても未来はない?」
「あるのは、冥王の駒として生きていく日々だけだ」
「そんな奴を何故のさばらせておくんですか? 貴方は神なんでしょ。貴方が冥王を倒しに行けばいいんじゃないですか」
「それは無理だ。俺は世界を作った神、降り立った途端、その世界は力に耐え切れずに消滅してしまう。それに神が直接世界を救うゲームなんてあったか?」
ボクには思い浮かばない。神が出てきたとしても、よくて手伝うくらいだったと思う。
「じゃあ、ボクがやらないと駄目だと」
「そうだ」
神は、大きな手でボクを立たせる。
「俺は適当に選んだわけではない。君の中にある正義感と神器を扱える力を持っているからこそ選んだのだ」
「神器を扱う力」
「うむ。君の体内にはある力がある。その名はブレイブパワー。それが神器を動かすエネルギーとなる」
「……そんな力が」
「あるからこそ君を選んだのだ。 頼む。世界を救う勇者になってくれ」
「…………」
ボクはどう答えようか迷った。ここは流れ的には「はい」と言うところだろうが、それでも一人ぼっちで知らない世界に連れて行かれることを考えると、即答は出来ない。
でも、その無言を神は肯定と捉えてしまったようだ。
「行ってこい。君が救うべき世界の名は《トゥインクルワールド》だ。頼んだぞ」
突然ボクの身体が浮いたと思った直後、下から何かに引っ張られるのを感じた。
違う。立っていた所の床がまるで切り取られたかのように円形に穴が空いている。
い、いつの間に……。
「ちょっと待ってボクはまだやるって――」
ボクは急速に遠ざかっていく神に向かって大声をあげるが、返事は返ってこず代わりにこんな言葉が聞こえてきた。
「君がいなくなっても取り乱さないように人々の記憶は操作しておく」
記憶を操作? そんなゾッとするような言葉を聞きながらボクは、穴の縁を思いっきり掴んだ。
四本の指だけで体重を支えているために長くは持ちそうにない。
「どうした。忘れ物か?」
「待って! 母さんの記憶を操作するならお願いがあります!」
「何だ?」
「父さんを、父さんを生き返らせてください!」
僕が小学生の時に外国で事故にあって死んだ父さん。
それを知った時の母さんの顔は見ていられないほど悲しみに呑まれていたのを、今も覚えている。
ここでボクが居なくなったら、母さんはどうなってしまうか。
考えただけで身体が震える。
「勇努。死者を生き返らせるなんて事が出来ると思うのか?」
「貴方は神様なんだから、それくらい簡単でしょう」
神は穴の縁でしゃがみこむ。ボクの手を引き剥がそうとするのかと思ったがそうではないようだ。
「出来ないことはないが……」
「じゃあ!」
「話を聞け。これは今まで前例がないことだ。もし仮に、勇努の願いを聞き届けて、父を蘇らせたとしよう」
神は優しく諭すように口調で説明してくる。
「本人や母は勿論、周りの環境自体にも手を加えないといけなくなる。それは、小さくても歴史を改変するということだぞ。そんな大それたことをして、責任持てるのか?」
「持てます!」
ボクは即答した。
「願いを聞いてくれて、母さんを悲しませないでくれるなら、ボクはちゃんと異世界を救ってみせます。けれどもし、神様が嘘をつくなら、ボクはこの力を貴方にも向けます」
神の目つきが一際鋭くなる。
鋭すぎて心臓に穴が空きそうだ。けれど退く気はない。
「ボクは冗談でこんなこと言っているわけではありません!」
「……全く、予想以上に面倒くさい人間を選んでしまったな」
「それじゃあ」
「分かった。勇努の願いを聞き届けようじゃないか。だからトゥインクルワールドの平和を必ず取り戻してくれよ」
「はい。ありがとうございます。それじゃボク行ってきます。父さんと母さんの事よろしくお願いします!!」
ボクは縁を掴んでいた手を自ら離した。
身体が重力と言う名の無数の手に捕まって下へ下へと落ちていく。
……けれどその世界に住む者の大半は、ある意味冥王以上にボクの事を敵視していたんだ。
半ば無理やり勇者にさせられてしまったボクが初めて見たのはある王国だった。
そこはヒューマン――地球人そっくりの種族――の王が治めていた国だ。
何故過去形なのかというと、ボクが来た時にはもう征服されていたから。
整然と家が並ぶ城下町も、王国の象徴ともいうべき美しい城も無残に破壊され焼けただれ、そこかしこを赤い液体が絵の具のようにべっとりと付着している。
ボクは水溜りの中に落ちた。
最初に感じたのは悪臭だった。鉄錆のような臭いが鼻に付く。
直ぐに、それが血の臭いだと分かる。
何故なら大通りには、沢山の人が赤い水溜りに倒れ込んでいたからだ。
死体だ。自分の身体から流れた血の海に浸かっているのだ。
それを見たボクの口から何か逆流してくるのを感じたが、必死に耐えた。
口を抑えた両手が真っ赤に染まり、強い鉄の匂いが更に胃を刺激したが、それでも耐えた。
どれぐらいそうしていただろう。少し落ち着いたのか、ある音に気づく。
それは誰かの叫びと、金属がぶつかり合う音に似ていた。
……もしかしてまだ生きている人がいる⁉︎
その考えに至った途端、全身に力が戻る。
もしかしたら、誰かを助けられるかもしれない。
ボクは走った。
音がしたのは城下町中央にあると思われる噴水広場だった。
憩いの場であった筈のそこにも何十人もの人が倒れていて、噴水も今は水ではなく、赤い血を涙のように流していた。
そこにいたのは武器を構える人々と、噴水の上で滞空している怪物だった。
怪物は真っ黒な剛毛に全身を覆われていて、背中の蝙蝠の翼が忙しなく動いている。
頭には黒い二本の角が生え、下にいる人を虫けらでも見るような目で見下していた。
怪物は傷ひとつなく元気そのものだが、それとは対照的に見上げる人々は傷だらけだ。
怪物は満身創痍の人を見下ろしたまま、鋭い爪の生えた右手を頭上に掲げる。
広げた掌に黒い炎が生まれた。
あれを投げつけるつもりか!
怪物の炎を喰らえば下の人達はひとたまりもないだろう。
そんな事をさせない為に、ボクは慌てて駆け寄った。
「待て――」
見上げていた人々が一斉にボクの方を見る。その視線に射竦められて一瞬動けなくなる。
同時に続く言葉も途切れてしまった。
上を見ると怪物と目が合った。
ボクを見ると口が笑みの形を作り、無造作に右手を動かす。
掌で出番を待っていた黒い火球が一瞬の後にはボクの目前へ。
どう考えても避けれなかった……。
ボクの全身に黒い炎がまとわりつく。服と皮膚を焼き、瞳は熱で破裂し、息を吸うと同時に鼻や口から入って来て肺を焼き尽くす。
その場にいる誰もがそう思っただろう。炎を放った怪物も同じ結論に達した筈。
あの少年は骨も残さず焼き尽くされた、と。
自分でもそう思ったけど、どうやら違うようだ。
「何だと?」
それを発したのは誰だろう。僕を見る人達? いや上から聞こえたから、あの怪物のようだ。
ボクは炎に包まれたままの姿で怪物と目を合わせる。
「下等生物が俺様の炎に耐えるなどありえん」
ボクは黒炎が纏わりつく左腕を持ち上げる。
炎は未だにボクの皮膚を炭化させようと必死のようだ。
「何者だ」
ボクは何も答えず、左手を真っ直ぐ怪物に向ける。
「答えろ! 貴様は何者だ!」
「ガントブレイド。チェンジバトルモード」
神から教えられたこの呪文は、最初聞いたときはとても恥ずかしかったけど、悪を倒すためと思えば、躊躇うことなく唱えることができた。
左腕の金のブレスレットが液体金属のように形を変え、僕の手の中に銃として収まる。
銃のボルトが自動で後退し、体内のブレイブパワーを弾丸に変化させた。
その光景を見て、おそらく初めて見たからだろう。周りからざわめきが聞こえてくる。
空を飛ぶ怪物にとっても見慣れない光景だったらしく、こっちを見たまま固まっていた。
ボクは怪物の胸に照準し、三日月のようなトリガーに力を込める。
トリガーは引っかかることなく、滑らかに動き弾丸を発射した。
甲高い爆発音と、緑色のマズルフラッシュの衝撃が、ボクにまとわりついていた黒い炎を吹き飛ばす。
噴水周りの人々が突然の轟音と閃光で耳と目を抑える中、放たれた弾頭は迷うことなく怪物の胸に吸い込まれた。
「ぐっ……何だこれは?」
怪物が視線を落とすと、自らの胸の中央から少し左にずれたところに穴が空いている。
こちらを見た怪物の目に怒りの炎が灯って見えた。
「俺様の体によくも傷をつけてくれたな――ぬぐぅ!」
突然怪物が胸に手を当てて苦しみだす。
「まさか、この俺様が……こんな小さな穴ひとつで……グブッ」
怪物は口から勢いよく黒い液体を吐き出す。どうやら血のようだ。
吐血した怪物は、滞空したまま体を卵のように丸めると、その全身から緑の光が溢れ出す。
「貴様、一体何なんだぁぁぁぁっ」
怪物は、破裂する風船のように全身から緑の閃光を発して大爆発を起こす。
光が収まった頃には跡形もなかった。
「ボクはユート。この世界を救う勇者だ」
この名乗りは、もう聞こえてないであろう怪物に向けてではない。
噴水の周りで、爆風から逃れるためにしゃがみ込んでいた人々に向けてだ。
この時のボクは今まで家で見てきたヒーローと一緒の足場に立てたと思い込んでいたんだ。
ボクが倒した怪物は冥王に仕える四天王の一人だったらしい。
名前は……忘れた。
生き残った人に話を聞くと、ここから北のスネークバック山脈にある山のひとつが突然噴火し、その火口から現れたらしい。
冥王はこの世界にいる全ての人に向けて宣戦布告。
同時に四天王の三体が軍勢を率いて侵攻。
大陸の東にあるドワーフの王国クロドスと、西のエルフが住む深い森アフロディは同時に征服された。
中央に位置するゼムリル王国も攻撃されたが、国王自ら軍を率いてこれを迎え撃ち撃退に成功したそうだ。
しかし代償も大きかった。国王を始め、将校は殆ど殉職し、兵士もまた大多数が命を落とす。
生き残ったドワーフやエルフはゼムリル王国に避難し、三つの種族の力を合わせ王国を要塞化して立て籠もるが、再度の攻撃で易々と突破されてしまった時に、ボクはやって来たようだ。
これからどうするか尋ねると、ゼムリル王国の赤毛の姫も、クロドス王国の身長二メートルを超える王子も、神樹アフロディに仕えるショートカットのエルフの長も口を揃えてこう答えた。
「「「このまま、王国に立て籠もる」」」
ボクは耳を疑った。
どんなゲームやアニメや物語でも、一人ぐらいは戦おうと唱える人物がいるものだ。
けど、この世界の人々はたった数日の間に住んでるところを奪われ、大切な人の死を間近で見たことで、完全に戦意という矛を砕かれてしまったようだ。
それと、みんながボクを見る目には共通した感情が見える。
あの最初に遭遇した怪物を見る時と同じ目をしていた。
だからボクが口を開くたびにみんながビクリと大きく身体を震わせる。
あの屈強なドワーフまでもが、ハムスターのように怯えているのだ。
失礼な話だけど滑稽な姿。とても冥王に勝てるとは思えなかった。
冥王と戦おうというのはボク一人で、周りは嵐が過ぎ去るのを待とうとしている。
ただの嵐ならそれで良いかもしれない。
けれど、世界を覆う嵐は明確な意思を持っている。
この世界の人を根絶やしにようとしているのだ。
そして蘇らせて自分の兵隊としようとしている。それを伝えても彼等はセミの抜け殻のように動こうとはしない。
膠着状態に陥って固まった会議の雰囲気を壊したのは、扉をぶち破る勢いで入って来た伝令だった。
「東と西から魔物の大群が迫っています!」
伝令はそう言って崩れ落ちた。
会議室はざわめく。二方向からの同時侵攻。
それを聞いた三つの種族は同じ表情をしている。敗北という未来しか考えられないのだろう。
エルフの長はこれから訪れる現実から目をそらすように首を振り、ドワーフの王子は目を瞑ったまま腕を組む。
寝ているわけではない。その証拠に足を小刻みに揺すっていた。
ヒューマンの姫はというと、両手を組んでそこに額を乗せて何かを呟いていた。
小さくて聞き取りづらいが、どうやら神に祈りを捧げてるみたい。
知らないんだろうな。神がやって来たらこの世界がどうなるかなんて。
でもそれを伝える気は無い。聞いたらこの場にいる全員がどうなるか容易に想像できてしまう。
ボクはこの濁った池に囚われた人を掬い上げるために口を開く。
「ボクが何とかします」
それを聞いた三つの種族の代表は何を言ってるんだ? と口に出さなくても表情で問いかけてきたのが強く印象に残っている。
今ボクは空を飛んでいる。フライングマントを発動させて、ゼムリル王国の上空に浮かんでいるのだ。
さて、どちらから叩こう。
西と東からはほぼ同じ速度で王国に迫って来ているらしい。
どちらから行っても同じ……。
考えていたボクの緑の髪がたなびく。風が吹いて来たのだ。
それは東から西へ。
世界が侵略されているとは思えないほどの爽やかな風だった。
そうだ。この風に乗って行こう。そうすれば速度も上がるはず。
ボクは西へ向かうことにした。
ゼムリル王国から数分の飛行で、エルフの森を征服した四天王の軍勢を見つける。
地面を埋め尽くすほどの醜悪な魔物達の中央にひときわ大きな怪物がいた。
それはヘドロのような汚らしい泥で作られた蛸だ。
泥色の蛸は八本の足を器用に使いながら、器用に陸地を進んでいる。
その大きさは二十メートルくらいだろうか。周りの魔物がとても小さく見えた。
こいつらが来たらゼムリル王国は津波にさらわれるように消えてしまうだろうな。
早く倒してしまおう。
ボクは少し移動して蛸の怪物の真上で止まり、両手にガントブレイドを構える。
金と銀の銃は独りでにボルトを後退させて発射準備を完了してくれた。
便利な機能。
二丁の銃口を蛸の胴体――頭だっけ?――に向けてトリガーを引き絞る。
銃弾が発射され、マズルフラッシュが煌めく。
どう見ても、大人より小さいボクが片手で銃を撃ったら反動で吹っ飛ぶ。
けれど軽い反動を感じるだけ。身体は確実に変化しているんだなと実感する。
ボクは引き金を何度も引きつづける。
一番最初に倒した四天王には一発しか撃ち込まなかったけど、今眼下にいる蛸はその何倍もの大きさだ。
恐らく一撃で仕留めきれない。
バンバンと小さな爆発が空に瞬く。下から見上げたら星が瞬きしているように見えたかもしれない。
丁度二十発撃ったところで一際大きな爆発が轟き、大地が閃光と爆風に覆われて何も見えなくなる。
蛸の姿を確認しようと射撃を中断し、煙が晴れるのを待った。
視界がクリアになると同時に敵の姿も消えていることに気づく。
逃げた? いやどうやら違うらしい。つい先程まで魔物の軍勢が歩いていた大地はまるで月のように多数のクレーターができていた。
中でも中央に出来たクレーターはとても大きい。
それを見て確信。蛸、つまり四天王の二人目を撃破。
何故だろう。ゲームと違って、敵のボスを倒しても全然嬉しくなかった。
二体目の四天王を倒したボクは、そのままゼムリル王国を飛び越えて東へ。
王国を過ぎて一時間もしないうちに見つけた。クロドス王国を滅ぼした三体目の四天王とその軍勢。
ボクはその集団の先頭に降り立つ。
魔物達は足を止める。
いきなり空から人間が降って来てとても驚いているようだ。
「ボクは勇者ユート。西にいた四天王は倒しました。このまま進むなら全員倒します」
何でこんな行動をしたのかというと、つまらなかったからだ。
四天王といっても、今まで戦った二人はボクから見てザコ以下だった。
ゲームで言えば、ステータスMAXで最強装備の主人公が最初に遭遇するモンスターと戦っているようなものだ。
それがどれぐらい退屈な事か、分かる人には分かると思う。
「このまま引き返すならボクは追いかけません」
だから、恐れをなして逃げてくれればいいのにと思い、話しかけて見たのだ。
返答はなく、大量の魔物がこっちに大股で近づいてくる。
まるで餌を見つけて群がるアリの大群みたいだ。
「忠告はしました。もう容赦はしない」
ボクは他の魔物に隠れて姿の見えない四天王の元に|マッハブーツの能力を解放し文字通り駆け寄った。
醜悪で、悪臭を放つモンスターの隙間をくぐり抜けると……見つけた。
ボクは見当違いの方を見ている四天王の後頭部に銃口を押し付ける。
中央にいた四天王は可愛らしいフランス人形のような外見をしていた。
けれど全身は星の光を吸い尽くすかのように真っ黒だ。
「ボクは退いて下さいと言った筈です」
「ヒトの子供がわたくしに指図しないでくれませんこと!」
アイドルのように可愛い声だけど、すごい上から目線。
四天王はドレスから沢山の触手を取り出した。
一本一本に大きな口があり、肉を易々と引きちぎれそうな大きな牙がびっしり生えている。
少女のような外見とは裏腹に、体内にとんでもない化け物を飼っているみたい。
「自分の立場がわかってない」
ボクはトリガーを無造作に引いた。
弾丸は触手が動く前に、四天王の後頭部を貫き内部で炸裂。
本体が斃れた事で、その触手達も糸が切れたかのように力尽きていく。
ゼムリル王国に帰っても出迎えはなかった。
むしろ、最初より距離をとってボクの事を怯えた瞳で見つめてくる。
視線を感じてそちらを見ると、そそくさと家の影へ消えていく。
「ハァ〜〜」
ボクはわざとらしく大きな溜息を吐く。
正直な話、この世界のことなんて、どうでもいいやと思ってしまう自分がいた。
三つの種族の代表者がいる城に戻っても、誰一人から労いの言葉さえない。
分かっていても、心が強い力で締め付けられるようだった。
ボクはその痛みを顔に出さずに、次はどうするか尋ねる。
四天王を三体倒しても、彼等は戦おうと提案はしない。
むしろ四天王を倒した事で、その主が怒り狂って、ここを襲うのではと危惧していた。
なんて情けない人達だろう。
きっと表情にも現れたに違いない。だって顔面の筋肉が動いたのに気づいたからだ。慌てて下を向いて隠す。
……バレてないよな?
どうやら問題ないみたいので、ボクは改めて自分の考えを口に出した。
「貴方達はここに土竜のように篭っていてください。ボク一人で冥王を倒しに行きます」
ボクが背を向けても、誰も何も言ってこない。
只々槍の穂先のような視線を背中に感じるだけだった。
ボクはたった一人で北の山脈に向かった。
そこで待ち構えていた地上に這いつくばる魔物を飛び越え、空を飛んで邪魔する奴は撃ち落とす。
噴火煙一色に染まった空の下、ボクはそこで最後の四天王を退け、火口の中のマグマで出来た玉座に座った自らも炎を纏う冥王と対峙した。
流石は冥王と言ったところか。
四天王とは一味も二味も違う。
絶対守護の服を着ていても、命を落とすんじゃないかという場面は何度もあった。
それでも、ボクの方が一枚上手だったみたい。
放った弾丸が冥王の弱点――聞いてもいないのに何故か自分から教えてくれた――を撃ち貫く。
「覚えておけ勇者! 我は、我はまた必ず蘇るぞぉおおぉぉぉぉ!」
唯一の急所を貫かれた冥王は、そんな捨て台詞を残してグツグツと煮えたぎる赤いマグマに呑み込まれていった。
「……戻ってこなくていいよ」
ボクはブレイブパワーをほぼ使い果たして疲れた身体を引きずるように城に帰った。
冥王を倒しても、三つの種族のリアクションはいつも通り……ではなかった。
ヒューマン、エルフ、ドワーフ、老若男女問わずぼくを笑顔で出迎えてきたのだ。
これには面食らった。
用意されていたのは、なけなしの食材で作ったであろう豪華な食事。
ボクはそこで初めて、この世界に来てからまともな食事にありついたのだ。
美味しくって嬉しくて、ボクは何も警戒せずに食べ続け、初めてワインも飲んだ。
お腹いっぱいの心地よい苦しさの中で幸せな気分のまま。
ボクは疲労と満腹と初めて摂取したアルコールで、深い深い眠りにつく。
それがいけなかったんだ。
気づくと、ボクは知らないベッドで寝かされていた。
藁の ベッドの他には何も見当たらない。
鎧戸を開けた窓には厚いガラスがはめ込まれ、開けることさえできない。
窓から見えるのは、雪に覆われた鋭い切っ先のような山頂。
どうやら山の上の建物にいるようだ。
部屋を出ようとして、天井にあるものに目を奪われた。
蝋燭の照明が釣り下がっているのだが、今にも消えそうなほど弱々しい。
更に長い間燃えていたのか蝋燭本体はほぼ残っていない。
ここはどこ?
王国であてがわれた自分の部屋ではないし、窓から見えた山並みはとても日本とは思えない。
部屋を出ると、黒い石で作られた階段を見つけて降りる。
廊下は冷んやりとした空気に包まれていて、同じく黒い石の壁を手で触ると氷のように冷たい。
ボクがいたのは最上階のようで下りの階段しかない。
降りていくと、大きな浴場が見えてくる。
一度に十人以上が入れそうで、まるで銭湯みたいな広さだ。
お湯は張ってないが、別にお風呂に入る気は無いので、階段で更に下へ。
最下層はリビングとキッチン。
リビングには小さな黒い石のテーブルと四つの椅子。
奥は台所になっており、その隣には沢山の食べ物が貯蔵された保存庫がある。
流しには蛇口らしきものは見当たらない。どこかの井戸から水を汲んでこないといけなそうだ。
とりあえず喉が渇いた。吸い込んだ空気も貼りつくくらいだ。
井戸は、外にあるのだろうか?
取り敢えずキッチンを後にして、一際大きな扉へ向かう。
両開きの扉は人二人分は倒れそうだ。
隙間から微かな風を感じる。ここが玄関かな?
ボクは開けようとドアノブを動かすが、開かない。
鍵でも閉めてあるのかと思ったが、外側から鍵かけてあるなんてあり得ない。
まるで閉じ込められてるみたいじゃないか。
そんな最悪の考えが頭によぎったボクが唾を飲み込むと、初めて首の違和感に気づく。
何だ? 何か巻きついているぞ。
蛇では無い。柔らかくもなく、金属のような硬さだからだ。
首輪? まるで冥王との戦いで見たアレと同じもの?
何故ボクの首に?
取り敢えず今の状況を理解するためにボクは建物中を駆けずり回った。
どの窓もガッチリと閉じられていて開く気配すらない。
いや開ける機能がもともと無いみたいだ。
寒い廊下を走り回って汗だくになった頃、一通の手紙を自分が寝ていた部屋の床で見つける。
どうやら机の上に置いてあったのが落ちたようだ。
それを手にとって読む。
この世界の言葉は身体を作り変えられた時に理解できるようになっていた。
だから文字も同じように読んで理解することができる。
読んでいくうちに、火山の噴火のような怒りと、土砂降りの雨のような悲しみが同時に襲ってきて、全身が地震のように小刻みに震えるのを止められない。
手紙の内容はこうだ。
突然この世界にやって来たボクに、この世界の人々は恐れていた。
更に自分達が手も足も出せなかった四天王と冥王まで倒してしまった事で、恐れが彼らをある行動に駆り立てたようだ。
彼らは冥王を倒したボクを油断させて眠らせると、この首輪を付けた。
首輪はボクのブレイブパワーを封じ込める役割があるらしい。
試しにガントブレイドを発動しようとしたら、金と銀のブレスレットが醜く錆びついている。
もちろん形を変える事は出来なかった。
フライングマントもマッハブーツも使えず、窓をゴーリキーリングで叩き割ろうとしても発動せず、手を痛めるだけだった。
手紙にはこう続いていた。
『冥王を倒し、この世界を救ってくれた事には感謝する。 だが、君の力は我々にとって脅威以外のなにものでもない』
何だよこれ!
ボクは世界を救ったのに、助けた人達によって、幽閉されてしまったのだ。
最初は全部壊してやろうと思った。この世界の人間を残らず全て。
ボクは何度も扉を殴り、窓に体当たりをし続けた。それでも結果は変わらない。
外に出ることなどできず全身の痛みに顔をしかめた。
何年もここに閉じ込められているうちに復讐してやろうという考えは霧の如く霧散した。
何もしたくなくなったんだ。
フライングマントを脱ぎ、マッハブーツを蹴り捨て、ゴーリキーリングを指から外して窓に投げつけてやった。
絶対守護の服も脱ごうかと思ったが、思い留まる。
服さえ着なくなったらボクはもう人間を辞めたも同然だ。
そんなのは惨めすぎる。
何もしない日々は続く。食事も、入浴も、生理現象さえもだ。
ありがたい事に飲まず食わずでも死なない身体だったが、それすらも拷問のように感じる日々。
そしてどれぐらい時が経ったのだろう。
氷のように固まったボク、いやオレの心に温かな春の日差しのようなあの人がやって来たのは。
「初めまして私の名前はリィべ。私の事はおかあさんって呼んでね。ユーちゃん」




