家飼いは猫のため。人のためでは、ない
「まず前提から聞きたいのです。猫は、この世界にもいるんですよね」
「はい、もちろんです。猫は不滅です。人が滅びて、猫が滅びることは決してありません」
ニーナとちびっ子魔女さん。ちびっ子魔女さんの円卓に座った猫好きの二人は、共通認識のすり合わせる。
同じく円卓に座る師匠さんとペスはあんまり興味がなさそうで、キマイラとリューの使い魔組はなぜか別納場所で戦闘訓練を始めるということで話が始まる前に違う場所にいった。どうも、自分の力のなさを痛感したらしい。健気なことだが、ほとんどの魔女は使い魔に対して戦闘力を求めてなどいないことを直視したほうがいい。特にリュー。ドラゴン形態に戻る訓練をしたほうが百倍ニーナの為である。
それはさておき、確認はとれた。
この世界に猫はいたし、いまもいる。ニーナの魂の記憶に相違はなかった。
ならばこそ、ふしぎなのだ。
「では、なぜ人々は猫を忘れてしまっているのですか」
「それは……」
あれほど偉大な存在を、人が忘却するなど不自然だ。
口ごもったものの、ちびっこ魔女はぽつぽつと数百年前に起こったことを話し始めた。
「あれは、そう……師匠が亡きあとに、私が一生懸命頑張って猫派と犬派を融和させた後に、悲劇は起こりました」
「猫派と、犬派の融和」
「はい。師匠の遺言ですから、長く争っていた犬派との融和政策に乗りだしました。意外にも犬派は、あっさりと融和に賛成してくれました。あんなクソみたいなギャル魔女がリーダーのくせに……人のこと使いパシリにしようとしていたくせに……」
「まあ、当然です」
後半の恨み言はさておき、犬派だって当然、動物好きだ。犬が好きな人は猫もかわいいと思っている人が大多数だ。
どちらかが一番かという点を論争に置くことさえしなければ、犬派と猫派は手をつなげるのだ。
だが、それこそが大きな悲劇を生んだのだ。
犬派という外敵への矛の向け先を失った猫派はどうなったか。みんな仲良くわんにゃんするか。かわいいだけの満ち足りた温かい空間が形成されるのか。
そんなことはない。魔女とはいえどしょせんは愚かなる人類であることは変わりない。人間は、自分と違う人間を駆逐するのだ。
「猫派閥の中で、内紛が始まったのです」
「内、紛?」
「はい」
ちびっ子さんは悲しげに肯定した。
「家飼い派と放し飼い派で大きな諍いが始まって……」
「バカかな?」
口を挟んだのは、特に興味もなさそうにしてペスのあごを撫でていた師匠さんだ。
当時はまだ影も形もない若い魔女である師匠さんが、心底理解できないという風に首を傾げた。
ちびっ子魔女さんは、きっと師匠さんをにらみつける。
「口を挟むなっ、犬派! 第一お前らが言えた義理かよ!! その時になぁ、私は恥を忍んで犬派に助けを求めたんだよ!」
猫派内紛には中立を保ったちびっこ魔女さんは、当時を振り返って涙目になる。
「それだって言うのにお前らときたらさぁ! 小型犬か大型犬か中型犬かとかで内紛しやがって調停する余裕はないとか! バカはお前らだよ! 大きかろうが小さかろうが中くらいだろうがぜんぶ犬じゃねーか! 何も変わらねえよバーカ!」
「変わるよ! なに一つ同じじゃないよ! そしてそれは私が決着付けたよ! 大型犬が一番だって!」
功績はペスである。ちなみに大型犬が一番というのは、大型犬が一番強いという意味であって、大型犬が一番優れているという意味ではない。大型犬のわんこが一番強いというのは、まず間違いがない。だって大きいから。動物はだいたい、大きいほうが強いのである。
「『王侯』ペスとお前の使い魔契約って禁呪じゃねえか! 自分の魂と使い魔の魂を半分にしてお互い食い合うって、発想がおかしいんだよ! 怖いんだよ!!」
「べー、知らないし。ペス、おいで」
舌を出した師匠さんはぽんぽん、と膝を二回たたく。ひょいっと自分の膝に上がってきたペスを、ぎゅーっと抱いた。
幼い頃の師匠さんと子犬の時のペス。お互い飢餓状態が極まって魂をもぐもぐした結果、ペスは師匠さんの魂は二分してそれぞれ混ざり合った。魔力供給が受けられない状態でもペスが異様に強い理由がそれである。
「ちっ。……話を戻します、ニーナちゃん。猫派のなかでは、家飼い派が勢力を拡大していきました」
「ふむふむ」
家飼い派の拡大。それ自体は、不思議なことではない。
なにせ家猫と野良猫の寿命には、隔絶した差がある。家猫の平均寿命は十五歳越え。それに比べて野良猫は五~六歳が寿命と言われている。データに基づいた、家飼いは猫のためであるという圧倒的な理論武装の強度。なんか自由にしてあげたいからというふんわりした理由の放し飼い派とは圧倒的に違うのだ。
猫を愛する人間にとって、愛する猫とともに長く過ごしたいという気持ちは当然だ。外は危険でいっぱいなのだ。
だから家飼い推進運動は、むしろ好むところにあるはずだ。
「内紛は、わかります。家飼い派の拡大も。でも、それでなぜ猫がいなくなるのです?」
「はい。私も、家飼い促進運動自体は、反対するところではなかったんです。猫の寿命がぐんと延びること喜ばしいことです。ただ、あいつらはだんだん過激になって……」
家飼い派。力をつけた猫派閥の魔女は、さらには野良猫の保護運動に乗り出し、それはあらゆる猫科を保護するという名目による捕獲行為に発展し、その果てに――
「――猫派は、幻想界隈の一区画を分捕って、新しく猫界隈を作って世界の猫科を全部その界隈に引き連れ隠遁しました。なんか、猫の理想のパラダイスを作るとか言って。わたしは止めたんですけど、誰も聞かないで……それ以来ずうっと引きこもってます」
「やっぱりバカかな?」
家猫過激派に支配された猫派は、三百年以上も引きこもっているらしい。
しかも置き土産に、混乱が起きないように猫の記憶を魔法で消していったらしい。ゆがんだ猫への独占欲が生んだ悲劇だった。
あっけらかんとした師匠さんの感想にちびっ子魔女さんは反撃する。
「うっさい! わたしだってあいつらのことは馬鹿だと思ってるよ! だから一人でこっちに残ってんだろ!? バーカバーカ!!」
「そうですね。その猫派閥は、愚かです」
ニーナもきっぱりと断言した。
「家飼いは、よいことです。でも、自然に生きる猫を、果てはネコ科そのものをまるで我がもののように捕らえるなど、傲慢無礼です。愚かにもほどがあります」
「師匠なら、師匠ならそう言ってくれると思いました……!」
「ニーナちゃんは真面目だなぁ……」
師匠さんとちびっ子魔女さんはそれぞれ違う感想を出す。猫派と犬派。事の成り行きへの興味の差である。
そしてニーナは猫派。興味しかない。
「猫界隈に、案内してください」
「はい!」
事の是非はともかく。
猫のパラダイスがあると聞いては、行ってみたいと思うのが猫好きの性だった。




