いま明かされる真実
恐怖に屈したキマイラの案内により、ニーナたちは次元のゆがんだよくわからないぐにゃぐにゃな通路を進んでいた。
次元の隔たりを抜けた先に、キマイラのご主人様がいるのだという。
一行の内容は、キマイラにまたがったニーナとその横をてこてこと歩くペス、そして不満げな顔のリューである。
「マスター。敵地への討ち入りだ。ここは、我がマスターを肩車する場面ではないのか?」
「別に、そんな場面ではないです」
理屈をつけたリューが肩車を要求してきたが、あっさり却下した。
ニーナにとってリューに肩車をされるより、キマイラにまたがるほうが楽しいからだ。おっきい動物にはまたがりたくなるのは人間の本能である。のっしのしと進む動物には、なぜか乗りたくなる魅力がある。
ただし、大型犬とはいえ犬にまたがっていけない。ニーナはただいま十歳。子供だが、それでも犬にまたがってはその腰に多大な負担をかける。下手をすれば、犬の一生に関わるけがを負わせてしまう。犬に子供をまたがらせてはだめ、絶対である。
「というか、お前はウェイトレスのバイトはいいのですか? 夕方、シフトに入ってませんでした?」
「安心してくれ、マスター。あいつの店はいまそれどころではないからな」
屋根をぶっ壊された王都の人気店ヒューの料理屋は、この際改築しようという結論に至って、二週間ほど店を閉めることになっていた。
それを聞いたニーナは、踏むと頷く。
「つまり、お前はまたしばらく何もすることがないというわけなのですね」
「ちょ!? 我、ウェイトレスが本業ではないからな! マスターの使い魔が本懐だ!」
「そうなんですか……?」
「そうだよ! あ、今度、従僕契約から使い魔契約に切り換えてくれ、マスター」
「えー……」
別に人型の使い魔なんていらないんだけどなぁとひどいことを思いながらも通路を突き進んでいく。
そうしてたどり着いた先では、ぼろぼろになった三角帽子をかぶってぶすっとした顔で給仕をしているちっちゃい魔女と、その魔女さんからご飯を支給されて片端から食べている女性がいた。
「あ、ニーナちゃん、いらっしゃーい!」
手を振られて名前を呼ばれたニーナは一瞬だけ「誰だっけあいつ」と首をかしげてから思い出す。
いつもはお行儀のよいペスがたたたっと走ってその女性のもとにじゃれついたのを見てわかった。そう、ぺスの飼い主さんだ。名前は知らない。
「えっと……師匠」
代名詞というものは便利なもので、その中でも尊称というものは素晴らしい機能を備えている。名前を憶えてなくてもとりあえず「師匠」と読んでおけば相手にばれないうえに相手の尊厳をくすぐることができるという圧倒的な利点がある。
「えへへ。久しぶりー、我が親愛なる弟子よ! ペスも! 元気してた?」
ずいぶん久しぶりにニーナから師匠と呼ばれた師匠さんは、ペスをわしゃわしゃしてから機嫌よくニーナをぎゅーっとする。
ちなみにニーナの場合、名前を覚える以前に名前を知らない。ツェーなんとかということだけは通信魔法教育で目にしたのでぎりぎり記憶にあるのだが、結びの文句はいつもぼわっと燃やしていたので知らないのだ。
しかしなんで師匠さんがここにいるのか。師匠さんに親愛固めをされながらもニーナは考える。
もしや自分のもとに偽猫という原罪よりも罪深きものを送り込んだのは師匠さんだったのか。グーパンチ二回目か? ニーナが冷静にちっちゃな手をグーにしていると、がしゃんと落ちる音がした。
「し、師匠……?」
初めて目にするちびっこ魔女に『師匠』と呼ばれたニーナはきょとんとする。
師匠さんに負けた罰ゲームで給仕をやらされていたちびっ子魔女は、水晶越しではわからなかったニーナの魂を見てうるうると瞳を濡らしていた。
「誰ですか、こいつ?」
「ちびっ子さん。そこそこ長生きの、ぼっちの魔女だよ」
「へえ?」
今度は正真正銘初対面である。忌憚のないニーナの言葉だったが、ちびっ子魔女さんの感涙は収まらない。
「そっか、記憶はないんですね。でもあれから四百年。とうとう、師匠の魂が転生したんですね……ぐすっ。まさか師匠が、人間に転生するとは思いませんでした。てっきり来世は猫になるものだとばっかり思っていたのに、ちゃんと人の形をした師匠とまた出会えるなんて……」
「はあ……」
なにを言っているのか分からずに、ニーナはあいまいな返答しかできない。
とはいえ死んだら猫に転生したいよなぁとはニーナも常々思っていたことだった。人間に生まれ育ったのなら、汚れきった人間社会に疲れる定めの人間に転生したいなんて思うはずがないので、猫に転生したいと思うのは普通のことだろうとニーナは思っていた。
「で、なに? ちびっこさん、うちの子と知り合いなの?」
「そうだよ。前世、わたしの師匠の生まれ変わりだよ。なんでよりによってお前の弟子になるんだよ……」
「いや、ニーナちゃんから弟子になりたいって言ってきたんだもん」
ごしごしと涙を拭いたちびっ子さんが魂が同一なのだから間違いないと保証する。
空気を読んで話の流れを掴んだニーナはちびっ子さんにそっと近づく。
「あなたは、猫のことを知っていますね」
「はい、師匠……いえ、いまはニーナちゃん、でしたか」
「はい。ニーナです」
よくわからないが、自分と同い年くらいの外見をしたこのちびっこ魔女は自分の前世の弟子らしい。
ならばその立場を利用しようと、ニーナは問いかける。
「私は、猫のことを探しています」
「あはは、さすがです。他の何を差し置いても、猫のことは覚えてるんですね」
「はい。ですが、この世界に猫はいないように思えます」
「それは……」
言葉を詰まらせたちびっ子さんが、唇を噛む。そして深々と頭を下げた。
「すいません。残されたわたしが、だらしなかったばっかりに……!」
「何があったか、聞かせてくれますか。猫は、一体どこへ行ってしまったのですか」
「はい……」
ニーナの促しに、ちびっ子魔女さんはぽつぽつと語りはじめた。
「あれは、そう。師匠が死んでから、百年ぐらい経った時の話です――」
語られるのは、この世界から猫がいなくなってしまった、大きな争いの歴史だった。




