01 この青年(ガキ)は、もうダメだな!
「ではではっ、斎木さんっ! オレっち、ちょっくら野暮用でぇ~~っす!」
その青年は、異世界門にほど近いボルツ原野で、突然パジェロを急停止させるとそう言った。
私(斎木茂吉)は、フロントガラスの数十メートル先にオークの雌達が数匹、……。
池で水浴びをしていることに気が付いた。
「また、……ですか?」
「止められないっす!」
私は、クロノグラフの腕時計をじっと見る。
現地の日付と時刻は、8月9日の10時25分。
そして、異世界門の先の日本の時刻は、6月9日の22時25分。
「次の次元振動のタイミングが、現地時間で本日の正午です。ほとんど時間がありませんよ?」
「あっ!? 斎木さん、オレっちにそんなこと言っちゃうワケ?」
「……」
そのよく日焼けした表情の、何ともギラついた目つき。
下手に止めでもしたら、食ってかかってきそうに思われた。
「この異世界ともこれでお別れと思ったらさぁ、……。オレッちの血が騒ぐっす! 疼くっすよ!」
私は、再びちらりと目の端で池のオークの群れを見る。
すると、うら若き雌のオークだけでなく、……。
屈強そうな大柄の雄のオークが一匹、茂みに隠れていることに気が付いた。
手斧に直射日光が刺さり、ギラリと光り輝く。
ふむ、……。
この青年に、運はあるのかな?
「20分ですよ。それ以上は待てません!」
「ほな、大きにぃ!!」
そう言って、エンジンをかけたまま車両を飛び出していく青年。
「……」
車内には、心臓にくる低く重いエンジン音のみが響いている。
私は助手席から上半身を伸ばして、エンジンキーを消した。
「ふぅ~っ。やれやれだな!」
軽く全身伸びをひとつすると、何とはなしに右手の薬指に付けた指輪をじっと見る。
これは、年齢を固定化する指輪だ。
永遠の生命を持つとされる魔女の魔力を吸った、年齢固定化の魔石が埋め込まれている。
私はその指輪をそっと外し、しばらくの間じっと眺める。
その半透明の紫色の宝石が魔石だと言われても、私にはただのアメジストに見えるのだが、……。
すると、……。
鏡に映る私を包む空気が、蜃気楼のように揺れ始めると、……。
30代の若い見ための私と実年齢90歳の私が、まるで二重写しのように明滅しながら重なって広がっていく。
「……」
動悸が非常に激しい。
私が右手の薬指にその指輪を嵌め直すや否や、再び元の30過ぎの姿に戻っていった。
思わずホッとして、コホンと咳をひとつ吐く。
そのタイミングで、車の外から先ほどの青年の叫び声が、ここまで聞こえてきた。
あぁ、この青年は、もうダメだな。
こちらが、さんざん危険だと警告したのに、……。
どうせ本能の赴くままに、オークの雌達に肉迫してしまったのだろう。
「助けてくれっ! 斎木さんっ!!」
ズボンを降ろしたまま、叫びながらこちらに駆けてくる青年。
「あのバカッ!!」
そして、オークの雄が後方から手斧を放り投げると、……。
それは鋭く回転しながら、青年の頭と胴を真っ二つに分けてしまった。
「……」
言わんこっちゃない。
最近のバブル世代の若者達は、あの狂乱の好景気のせいで気が大きくなっていた。
細心の、緻密な用心深さに欠けているヤツらばかりだ。
どうやらオマエさんも、不運と踊ってしまったようだな、……。
* *
本作は『魁!断筆姉さん!!』の姉妹作です。
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