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モリアハ  作者: Bitternectar
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第1話 鈴の音

挿絵(By みてみん)****


「もう、こんな狭いアパートでどこに隠れたっていうのよ」


女の子の柔らかい声が、うんざりしたようにぼやいた。


「クローゼットは見た?」


男の子が困った声で聞く。


「見たに決まってるでしょ!」


寝室から出てきた別の女の子が、不機嫌に言った。


「最初に見た場所だよ」

「トイレ、風呂場、寝室、リビング、キッチン……もう全部ひっくり返したって」

「チッ。だからあいつとかくれんぼするの嫌いなのよ。こっちを馬鹿にしてるみたいで、むかつく」

「でも、消えたわけじゃないだろ……」

「なあ、あいつが言ってた扉ってさ……本当にあるんじゃないか?」


男の子が、おそるおそる言った。


俺は洗濯機の裏で、体を変な形に折り曲げたまま笑いをこらえていた。


古くてうるさい洗濯機は、いつも壁から少しだけ離れていた。その隙間をちょっと広げてやれば、暗がりではほとんど分からない。俺みたいなガリガリのガキなら、そこへ潜り込んで、古代爬虫類の化石みたいな格好で固まることができた。考古学者が掘り返したものの、面倒になってその場に放置した、あれだ。


「ふん。またあの馬鹿の妄想でしょ」


女の子が吐き捨てる。


ったく。だからこいつが一緒に遊ぶのは嫌いなんだ。いつも何かに文句を言っている。しかも、こいつに何かを信じさせるのは難しい。特に、説得しようとしているのが俺の場合は。


「でも、本当にどこにもいないよ。まるで消えたみたい」

「だからって、あいつの作り話の『月の扉』を通ったってことにはならないでしょ。もうキッチンに戻ろうよ。飽きたら勝手に出てきて、どこに隠れてたか言うでしょ」

「はあ。そうだな。俺も腹減ってきたし」


子供たちの声は、開いてすぐ閉まったキッチンの扉の向こう、誕生日の騒がしさに呑み込まれていった。


しばらく俺は洗濯機の裏で動かなかった。本当にこいつら、あっさりゲームを捨てやがったのか。そう思って信じられずにいた。


けれど数分もすると分かった。これ以上隠れていても意味がない。


俺は洗濯機に胸を押しつけ、足で壁を蹴りながら、音を立てないように少しずつずらした。それから這い出して、自分の部屋へ向かった。


ソファに座り、床のカーペットのよく分からない模様を見つめていると、急に胸の奥へ沈むものがあった。


どうして最後まで遊ばないんだよ。


俺はみんなを楽しませようとしただけなのに。


誕生日くらい、俺と俺のアイデアに少しぐらい付き合ってくれてもいいだろ。


皮膚の下から冷たい波が這い上がるように、鳥肌が立った。


いつもこうだ。自分が人にとって大して面白くないと分かった瞬間、悲しみがやってくる。


卑怯なやつだ。隣にそっと座って、内側から少しずつ食い始める。まるでそれが自分の誕生日ケーキだとでもいうみたいに。


「いいよ、別に」


俺はつぶやいた。


「意地でもここに座っててやる。あいつらが自分から来るまで」


それから二十分ほど経った。


悲しみは苛立ちに変わっていた。


いや、違う。


あいつらが自分から見に来ないなら、こっちから振り向かせてやる。


俺は、変で大きな音が出せるものを探して部屋を見回した。落ち着かない視線が、上の棚に置かれた飾りに止まる。


熊の形をしたクリスタルと、金属の棒が何本もぶら下がった飾り。赤ん坊の頃、ベッドの上に吊られていたやつだ。今は埃をかぶって棚の上で死んでいる。


「うん。これだ」


俺は飾りを手に取り、廊下に出て、思いきり揺らした。


金属の棒がぶつかり合い、深い音を鳴らす。何十もの小さな鈴が一斉に鳴っているみたいだった。


すぐに部屋へ戻り、飾りを元の場所に置き、ベッドに腰を下ろす。笑みを浮かべたまま、反応を待った。


キッチンの扉が開く音。


誕生日の食卓のざわめきが大きくなる。


子供たちの足音。


ドアの向こうに、驚いた目がいくつも現れた。


「おい、こっち来いよ!」


男の子が言った。


「どこにいたんだよ? どこにもいなかったぞ。どこに隠れてたんだ?」

「自分で考えてみたら?」


俺はにやりと笑って答えた。


「まさか……本当にモリアに?」

「お前も聞いただろ。閉じる門の音を」


くすっと笑う声がした。


「ねえ、せめて名前くらい自分で考えられなかったの? 『月の扉』もそうだけど、映画から丸パクリじゃん」


あの女の子が、ドアのところに現れて、馬鹿にするように言った。


俺は少し顔が熱くなった。


「何の映……」

「本当にモリアに行ったんだ。月の扉を通って」


俺は男の子の言葉を遮った。顔がさらに熱くなる。


「向こうでは、俺は偉大な王として敬われてる。こっちの世界と違ってな」

「はいはい。あんた、いつもそうやって変な話を作るよね。この前の女の頭の話とか」

「違う! 嘘じゃない。体のない頭を見たんだ。どこの女か分からない頭じゃない。あれは……母さんの頭だった」


苛立ちを隠せずに言い返した。


「悪い夢を見たからって、それが本当になるわけ――」


「みんなー!」


女の人の声がした。


「キッチンに来なさい。ケーキを出すわよ。あなたも来なさい」


俺はその人を見て、答えた。


「うん、母さん……」


****


息苦しさとキーボードを叩く音で、頭がおかしくなりそうだった。


椅子にもたれ、首を後ろに倒して、壁の時計の秒針を眺める。会社の時計の針は、家にある時計より何倍も遅く動く。特に朝はそうだ。ベッドから起き上がる気力を集めようとして、ただ針を見つめている時間は、拷問に近い。


神様。帰りたい。帰り道で煙草を吸って、あとはソファに沈みたい。


俺の憂鬱など、同僚たちには一ミリも感染しなかった。


連中は元気に喋り、笑っている。話が盛り上がると、こいつらの世界から秒針どころか時計そのものが消えるらしい。


「……でさ、あいつそのまま女と舌まで絡め始めたんだよ。そしたら女が今度は俺の方を向いて、俺とも続けて、最後に言うわけ。『あんたら、ほんと最低。あんたは妻子持ちで、あんたは彼女持ちでしょ』って」

「はは。本人だって家で息子が待ってんだろ。離婚経験あるなら、何が原因でそうなるか分かってるだろうに」

「まあな」

「だから今日あいつ会社にいないのか? 嫁に速攻でバレたとか? だって人の体まさぐって――」


昨日の飲み会の話題で、職場はずいぶん賑やかだった。


俺には、心底どうでもよくて、しかも不快だった。


たぶん、俺がその出来事にちゃんと参加していなかったからだろう。


本当は混ざりたかったのか?


混ざりたかったのかもしれない。


ただ、昨日の俺は、ビールを片手に一人で座って、同僚たちの馬鹿みたいな盛り上がりを眺めていただけだった。


そもそも、平日の仕事終わりに会社の飲み会なんて、正気じゃない。何か積極的にやろうという気力を根こそぎ奪ってくる。


どうにか六時まで耐え、俺は毎朝なぜか取り出しては一日中使わないノートとペンをリュックに放り込んだ。パソコンをロックし、誰に向けたのか分からない「お疲れさまです」を小さく投げ、足早にエレベーターへ向かった。


外では小雨が降り始めていた。


俺は煙草を取り出して火をつける。すぐに分かった。吸いたいという欲求のほうが、吸っている最中の感覚よりずっと強かった。


いつも通りだ。


駅に向かいながら、今夜は何をしようか考える。


金曜日だ。仕事の一週間を乗り切ったことくらい、祝ってもいい。俺にとっては立派な偉業だ。まるで拷問を耐えきったみたいなものだ。大げさだな。昔みたいに肉体労働をしているわけでもないのに。


けれど、あの頃の仕事は今ほど疲れなかった。


変な話だ。


脳は多くのエネルギーを使うという。内向的な人間の脳は、たぶんその倍は食う。


考えるだけじゃない。同じクソを何度も何度も噛み直して、最後にはそれが人生の意味みたいな顔をしてくる。


どちらにせよ、飲むしかない。


今日、俺を少しでも緩めてくれるものなんて、それ以外に思いつかない。


そう考えながら、俺は近所の安酒屋へ向かった。


****


鍵を回してドアを開けた瞬間、鼻を刺す嫌な臭いと、酒焼けして煙草まで覚えた猫みたいな鳴き声が出迎えた。


「ただいま、ネコちゃん。寂しかったのか? それとも飯が欲しいだけか?」


濡れた靴を脱ぎながら、俺は皮肉っぽく言った。よろよろと近づいてくる、どこか野生を捨てきれていない猫を見下ろす。


猫はふらつきながら、いやいや俺の足元まで来て、脚に体をこすりつけるふりをした。喉からは、かすれた「にゃあ」が出る。


「一日中寝てたんだな」


俺は優しく言った。


そしてすぐ声色を変える。


「でも、クソするのは忘れなかったわけだ」


ネコちゃんは、今の俺にとって唯一の友達だった。


何かしらの関心を向けてくれる、唯一の生き物。


些細なことだが、悪くない。


俺はトイレを片づけ、餌を入れてやった。ネコちゃんはだらだらと食べ始め、食べながら喉を鳴らした。


口いっぱいに詰め込んだまま喋るようなものだ。馬鹿で、しかも失礼だと思う。


それからビールの入った袋を取りに戻り、部屋へ向かった。


着替えもしないままソファに倒れ込み、缶を開け、スマホに顔を落として飲み始める。


また戦闘のニュース。


また流行りのダンス。


また自殺。


またバラエティ番組の切り抜き。


止まらない流れ。


ビールのつまみには、まあ、これでもいい。大事なのは脳を逸らすことだ。情報のゴミと不幸と笑いの霧で、頭を包んでしまえばいい。


ネコちゃんがソファに飛び乗り、俺の脇に丸くなって喉を鳴らした。


その猫の子守唄は、いつも俺によく効いた。


その日も例外ではなかった。まぶたが重くなっていく。


俺は眠りに落ちた。


****


眠りの向こうで、寒さを感じた。


次に、妙に澄んだ音。


それから痛み。


どうにか目を開け、暗闇の中で自分の手を確かめようとした。猫の爪で引っかかれたらしい。


音は……何か壊したのか?


「くそ、ネコちゃん……」


猫を探して顔を動かす。


ネコちゃんは左側、壁際、俺の頭のすぐ近くにいた。けれど様子がおかしい。


毛が逆立ち、体は強張り、目は飛び出しそうに見開かれている。その視線はソファの端へ向けられていた。


「何見て……」


また音が鳴った。


知っている音。


十個くらいの鈴が、同時に鳴るような音。


俺は猫の見ている方、ソファの端へ顔を向けた。


音はその下から聞こえていた。しかも、だんだんはっきりしてくる。


目を細める。


動いた。


ソファの端の下から、黒っぽいものがゆっくり、滑るように持ち上がってくる。


毛に見えた。


いや……髪か。


ネコちゃんが、腹の底から低い声を漏らした。


鳥肌が全身を走る。眠気は一瞬で吹き飛んだ。俺は毛布を体に引き寄せ、猫の真似をするように壁へ張りついた。


もう疑いようがなかった。


髪だった。


次に、額が見えた。


動きが止まる。


俺は髪と額を見つめていた。女のものだった。月明かりがそれを照らし、壁にはソファの影と……頭の輪郭が揺れていた。


鈴の音が、少し速くなる。


頭がまた上へ這い上がった。


目が見えた。


不自然に細められた目。


まるで、顔はすでに笑っているのに、口だけがまだ見えていないみたいだった。


喉から声にならない呻きが漏れた。


体が縮み上がる。目が痛いほど見開かれていく。それなのに、閉じることができない。


ようやく、笑みが現れた。


上へ。


滑らかに。


あまりにも滑らかに。


その動きが、人間ではない口を露わにした。


大きく裂けた口。汚れた歯の列。笑みは生きた人間ではありえないほど広がっていく。むしろ、死化粧師に余計な自由を与えて、最後に誰も仕上がりを確認しなかった結果みたいだった。


頭は止まった。


細められた目が俺をまっすぐ見ている。


固まった笑み。


整った女の髪。


月明かりに照らされた青白い肌。


緊張しすぎて、視界の端が暗くなり始めた。


その瞬間、鈴の音が爆ぜた。


頭が俺に飛びかかってきた。


俺は叫び、腕で顔をかばい、壁にめり込むほど体を押しつけようとした。


だが、背中にあるはずの支えがなかった。


落ちた。


目を開けると、俺は落下していた。


上では長方形の穴が急速に遠ざかっていく。その中には俺のソファと、その上にいるネコちゃんが残っていた。


重く鈍い衝撃。


何かが砕ける音。


俺の意識はそこで途切れた。


****


「プハハハ。この犬っころ、まだ息してやがる」


荒い男の声が聞こえた。


「つまり……本当に生き残ったのか」


彼らはロシア語で話していなかった。


なぜそう分かったのかは知らない。


けれど一つ一つの言葉が、痛みと一緒に頭へ刻み込まれるみたいにはっきり分かった。


脇腹に鋭い痛みが走り、俺は叫びながら目を開けた。


「お前の傷はもう膿んでた。放っておいても死ぬはずだった。あのクズどもにも、処置の用意をしておけって伝えてあったんだがな」

「その汚い手をどけろ」


別の声が言った。


何かが俺の脇腹に押しつけられている。痛みで足が痙攣した。


俺は目を見開いた。


「くそ……何だよ、これ……」


かすれた声が出た。


俺の隣に、人間が座っていた。


ほとんど人間だった。


ただし、普通の手の代わりに、毛に覆われた獣の腕があった。汚れた黄色い爪は、ところどころ折れている。歯は折れた牙の柵みたいに並び、目は黄色く、瞳孔は縦に裂けていた。


そして頭には、耳。


狼のようでもあり、猫のようでもある。


「もう一度、俺に向かって声を荒らしてみろ。その腹に穴を増やしてやる」


そいつは右手の恐ろしい爪を見せつけながら唸った。


俺は何も言えなかった。


俺たちは、幌をかぶせられた金属の檻の中にいた。サーカスの熊を運ぶ檻みたいなやつだ。檻は動いていた。全体が揺れ、軋み、道の石を拾うたびに跳ねる。奥の隅にはもう一つ影があったが、よく見えない。


自分の体を見下ろす。


俺は分厚い布の汚れた灰色のチュニックを着て、編まれた縄で腰を縛られていた。右の脇腹には、乾いた血の跡が黒く固まっている。そこから嫌な臭いがした。


腐敗と、汗と、俺の許可もなく死ぬ準備を始めた他人の体の臭い。


傷に触れようとしたところで、視線が手に引っかかった。


痩せている。


傷だらけだ。


爪は汚れ、いくつかは剥がれていた。


そして何より――それは俺の手ではなかった。


俺がその手のひらを見開いた目で凝視していると、奥の影が口を開いた。


「よせ、マルト。分かるだろう。そいつは死の淵から帰ってきて、自分の幸運をまだ信じられないんだ。はは」

「ふん。堕ちた騎士よ。お前の気まぐれでこいつを向こう側へ送りかけたのに、今度はその気色悪い笑みか」


暗い影が動いた。


鍛えられたずんぐりした体が前へ傾き、幌の穴から差し込む細い光が、荒い男の顔を照らした。


傷だらけの顔。濃い白髪混じりの髭。固まった髪。


その顔が、笑みの形に伸びる。


「おや。タウレア人は、我が神を侮辱した罰の味を、十分すぎるほど味わっただけだ」


男の分厚い手は血に汚れていた。


彼の血ではない。


俺は反射的に自分の顔へ手を伸ばした。


ここで何が起きたのかは分からない。だが、一つだけははっきりしていた。


こいつらを怒らせてはいけない。


落ち着け。


まだ生きているなら、痛みは後回しにできる。今は何が起きているのか、どうしてここにいるのかを知る必要がある。


「あの……もし俺が何か失礼なことを言ったり、侮辱したりしていたなら謝ります。ただ、正直なところ、俺は何も覚えていなくて……」

「『ただ』の前に言うことは、たいてい全部クソの役にも立たない」


堕ちた騎士が、少し眉をひそめて遮った。


「すみません。本当に何も覚えていないんです」

「は。あいつの手はほとんど大槌だからな。お前と同じのを二、三発食らえば、俺でも何も覚えていないだろうよ」


獣人が笑った。


男はまた闇の中へ戻り、檻の鉄格子に体を預けた。檻がかすかに軋む。


うわ。猪かよ。


「ここがどこなのか、どうして檻に入れられているのか、それから――」

「ここはモリアハだ」

「すみません、どこですか?」

「聖なる山の大陸だ」


檻を乗せた荷車が石に乗り上げて跳ねた。幌の一部がめくれ、夕焼けの下に広がる果てのない森と、遠くの巨大な山が見えた。


その山は景色の一部ではなかった。


まるで、この世界を空に打ちつけるための釘だった。


くそ。


これで確定だ。


俺は詰んだ。


ここは俺の世界じゃない。もう疑いようがなかった。


クソ。どうすりゃいい?


息を吐け。落ち着け。パニックは何の役にも立たない。落ち着け。


情報を集めるんだ。


そうしないと、俺の人生はこのタウレア人と同じように終わる。


いや、そもそもこいつは本当に死んだのか?


檻で運ばれている以上、俺は何かの目的地へ連れて行かれている。そして現在の立場は、どん底よりまだ少し下だ。


最低でも、どこへ向かっているのか、なぜ俺がこんな状態なのかくらいは知るべきだ。


こいつらがどうして同じ檻にいるのかまで聞いていいのかは分からない。


まずは、このネコちゃんと話してみよう。


あの大男を余計な質問で刺激したくない。何かの拍子に、また神を侮辱するかもしれないしな。


「あ、あの……マルト、で合ってるか?」

「よくできたな、異教徒。俺がマルトだ。その名を長く覚え、崇めろ」


猫野郎が答えた。


「俺をそんなに見下してるのは、俺が異教徒だからか?」

「俺も異教徒だ、犬っころ。だが、お前と違って他人の神を侮辱したりはしない。はは」


マルトが笑う。


こいつ、何なんだ。


質問に答えたようで、まるで答えていない。もう一度聞くべきか。そう考えた瞬間、マルトは続けた。


「信仰なんてどうでもいい。俺はそもそも嫌いなんだよ。人間がな。俺の一族を殺して回るのと同じ熱で、俺はお前らを憎んでいる」


相変わらず笑みを浮かべたまま、彼は唸った。


そうか?


あの大男に対しては、そこまで勇ましく見えなかったけどな。


俺はこっそり檻の隅の男へ視線を向けた。


その次の瞬間には、顎を殴られていた。


衝撃で視界が二重にぶれる。俺は体を折り、痛みと一緒に前歯を吐き出した。


人に歯を折られる感覚なんて、生まれて初めてだった。


歯は俺のものではなかった。


痛みは俺のものだった。


馬鹿みたいに理不尽だ。


「ははは、犬っころ。お前は今、俺が堕ちた騎士を恐れていると思ったな? そして自分は殴るための玩具だと? つまりお前は、本物の戦士同士にある敬意というものを知らない。まして、あいつの汚れた手が触れたのは俺の一族ではないからな……」

「その口を閉じろ、マルト」


隅から静かな声がした。


マルトはにやりと笑い、幌の裂け目の方へ向き直って外を見始めた。


俺は殴られた衝撃から戻ろうとしていた。視界の二重は収まったが、代わりにめまいと頭痛が来る。


なんでこの体、こんな傷と暴力に耐えてるんだよ。


一つ分かった。


こいつと分かり合うのは無理だ。やめた方がいい。


俺の立場は、この檻の中で最下層。ここでは力のあるやつが、身分の高さを決める。


気をつけろ。


猫野郎は表情や感情に敏い。猫耳は飾りじゃないらしい。こっちの顔色まで拾ってくる。


ただ、荷車がどこへ向かっているのかは、結局聞けなかった。


****


長いあいだ、俺たちは沈黙の中を運ばれた。


時折聞こえる大男の歌とも唸りともつかない声と、マルトの含み笑いを除けば、だが。


「……朝の光が、汝の眼を照らす。

その眼は、死人のように暗かった。

惜しむべきは、刃が……」


どこかの土地の歌らしい。


時間は伸び続けた。数時間だったのか、十数時間だったのかも分からない。


正直に言えば、この待ち時間は会社に似ていた。


ただし、気分は「少し」違う。会社では、少なくとも歯は口の中にあった。


たいていは。


突然、荷車が止まった。


外で誰かが柔らかく地面に飛び降りる音がする。檻の端の幌が、ゆっくりと持ち上げられた。


俺は初めて、自分たちを運んでいた者たちを見た。


人間に見えた。


あるいは、人間に近い何かに。


痩せていて、不自然に縦へ伸びている。背丈は二メートル近いかもしれない。顔には、笑みと細めた目の形に切れ目が入った仮面。頭には厚い暗色の布のフード。体には鉄の肩当てがついた革の制服。


彼らは、自分の頭を運ぶだけで重すぎるかのように猫背だった。


手袋に包まれた長く痩せた手が、ゆっくり前へ伸び、滑らかに上へ振られる。


冷たい風が、かすかに頬を撫でた。


次の瞬間、俺の両腕は凄まじい力で上へ跳ね上げられ、檻の上の鉄格子に押しつけられた。胸から小さな呻きが漏れる。


クソ。


魔法か。


美しくもなければ、幻想的でもない。


見えない手が骨を掴み、都合のいい形に据えるだけのものだ。


視界の端で、マルトと大男の腕も同じように、不自然でぎくしゃくした動きで上へ引き上げられ、鉄格子に貼りつくのが見えた。


「我々は……まもなく喉峡こうきょうに着く……先の道の前に……食事を取ることを許可する……」


仮面の下から、ほとんど囁きのような、擦れる声が聞こえた。


喉峡?


一つだけ言える。いいことが待っている名前ではない。


どうせ俺たちが向かっているのは、「楽しい夕べとまともな結末の喉峡」ではないだろう。


背後で誰かが立ち、俺の手首に触れた。痛みの許す範囲で首をひねると、マルトのそばにも同じ長く細い手が伸び、幌の隙間から彼の手首に枷をかけているのが見えた。


それから――


匂い。


甘い。


くどい。


死体のそばに長く置かれすぎた花みたいな匂い。


頭上で金属が鳴った瞬間、見えない力が腕を離した。腕が落ちる。枷は重く、左右の腕輪をつなぐ鎖も一緒に落ちてきて、俺の頭頂部を景気よく叩いた。景気がいいのは鎖だけで、俺には一文の得もない。


俺は枷ごと、檻の床に顔から突っ込んだ。


奇妙なことに、板の床にぶつかった痛みは、さっきの殴打ほどではなかった。


どうやらこの体は、お気に入りの苦痛の種類を選び始めたらしい。


「ははは、自分で自分を殺すなよ」


マルトが笑った。


「それじゃあまりにも哀れだ」


俺は黙った。視線を上げることすらしなかった。


それがどういう結果になるか、もう学習済みだ。


俺が檻の汚れた丸太の床を睨んでいるあいだに、マルトと堕ちた騎士は外へ飛び降り、視界から消えた。


そのあとを目で追ったが、すぐに「解放者」のところで視線が止まった。


仮面の下から見られているのが分かった。


観察されている。


監視者は、ゆっくりと檻の中へ入ってきた。四つん這いで俺の方へ進んでくる。


地蜘蛛が獲物へ近づく時の動きに似ていた。見ているだけで、靴の裏に嫌な感触を想像してしまう。


ただ、その動きはぎこちなく、ところどころ切れている。背筋に震えが走る。


「ふむ……アスゴルド・トリトール……いや、もう違うのか? どちらにせよ……お前の道は変わらない」


そう言うと、監視者は滑らかに向きを変え、出口へと這って戻っていった。


彼と一緒に、甘くてくどい嫌な臭いも薄れていく。


気づけば俺は、口も目も開いたまま、その後ろ姿を見ていた。


いつからこんな顔をしていたんだ。


一人になって、ようやく息を整えることができた。


それから立ち上がり、出口へ向かう。そこには暗い森と、小さな開けた場所が見えていた。


****


檻から出ると、そこが本当に古く濃い森の中だと分かった。


もう夜だった。


大きく息を吸う。


冷えた夜気が肺に入り、少し気持ちよかった。匂いからして、針葉樹の森らしい。


少しだけ、気持ちよかった。


少しだけだ。


俺はまだ枷をつけられ、他人の血とクソにまみれている。


新世界のロマン、くそくらえ。歓迎の花束が血と糞なら、観光案内はいらない。


辺りを見回す。


数メートル先に、ほかにも荷車がいくつかあった。妙だ。俺たちの他にも誰かが一緒に走っていた音は聞こえなかった。幌のせいか?


背後で何かがぱっと光った。


振り返ると、大きな爬虫類のような獣が火を吐いていた。オオトカゲを無理やり馬ほどに大きくし、巨大な顎と、背中にまばらな硬い毛を生やしたような姿だった。


その目がぎらりと光り、口からまた濃い炎の筋が噴き出した。


焚き火に火をつけているらしい。


おそらく、俺たちの荷車を引いていたのはこいつらだ。だから蹄の音も、何かのエンジン音も聞こえなかった。


爬虫類は向きを変え、遠くの荷車の方へ歩いていった。そこでは、同じような獣が二頭、目を閉じて横たわっていた。


その時になって初めて、焚き火の周りに人がいることに気づいた。


そのうち二人は、マルトと例の騎士だと分かった。だが見知らぬ顔もある。女もいた。


俺は焚き火へ向かって歩きながら、森の縁を見回した。


おかしい。


あの気味の悪い監視者どもはどこへ行った?


近づくと、俺は少し離れた場所、いちおう自分の「仲間」に近い位置に腰を下ろした。そして気づかれないように、周囲の連中を観察する。


全員が同じ服装だった。


汚れた分厚い灰色のチュニックを、編んだ縄で縛っている。全員の手には、暗い金属でできた重い枷。鋳鉄か?


男が三人。マルトと騎士は数えない。


女が三人。


だが監視者は?


女の一人は、ひどく年老いていた。あと数日で死ぬと言われても納得できるほど、病的で弱々しい。


もう一人は、まだ少女だった。十二か十三くらいだろう。


どんな罪を犯せば、こんな子供まで檻に入れられるんだ。


少女の赤い巻き毛が、風にわずかに揺れていた。焚き火の光がその髪に深い色を与えている。彼女の目は静かだった。老女の耳元で何かを囁いている。


最後の一人は若い女だった。たぶん俺と同じくらいの年だ。


まっすぐな黒髪。濃い眉とまつ毛。ふっくらした唇。


俺の視線は、勝手に下へ滑った。


綺麗だった。


不格好なチュニックでさえ、細い体つきと、その曲線を隠しきれていない。布の仕事ぶりは最悪だが、仕事をしていないからこそ厄介だった。


顔へ視線を戻すと、その女がこちらを見ていることに気づいた。


俺はすぐに目をそらした。


「俺なら、同行者をそんなふうにじろじろ見ないな」


マルトがにやついて言った。


「あいつらは理由もなくここにいるわけじゃない」

「その通りだ、タウレア人」


大男が不意に言った。


「ついでに言えば……体を洗うことを勧める。この檻の中で漏らしたのはお前だけだ」


くそ。


その体の持ち主は、お前らの檻で死にかけてたんだぞ?


しかも、どう見てもお前がその原因だろうが、騎士様。


それでも、俺は恥ずかしくなった。


変な話だ。


どうしてアスゴルド・トリトールのことで、俺が恥ずかしがらなきゃいけないんだ。


マルトがこちらをちらりと見て、笑った。どうやら暗さが、俺の表情を多少は隠してくれたらしい。


「水の入った壺は、あそこの荷車の一つにある」

「分かった。ありがとう……」


荷車の方へ振り向こうとしたところで、俺は思わず肩を跳ねさせた。


いつの間に近づいた?


黒髪の女が、すぐ隣に座っていた。


笑っている。


彼女は胡座をかくように座っていた。チュニックはそこまで伸びるように作られていないらしく、太腿が少し露わになっていた。焚き火の色が、そこだけ妙に生々しく拾っている。


肘を腿に乗せ、彼女は楽しそうに聞いてきた。


「そんなにじっと見てたよね……私の体。気に入った?」


指先が鎖骨をなぞり、胸元へゆっくり滑った。見せつけるというより、こちらの視線を首輪に変えるような動きだった。


あまりに直球で、俺は少し固まった。


「普通の男なら、自分の目と考えをいつでも制御できるわけではない」


騎士が静かに落とした。


なぜこいつが俺を助ける?


それに、この匂いだ。彼女にも分かっているはずなのに。


「名前は?」


女は騎士を無視して聞いた。


「俺は……アスゴルド」

「私はマリア。よろしくね」


彼女は明るく言った。


「で、あなたは何をして喉峡へ送られたの?」


どうしてそんなに楽しそうなんだ。


それに、あの仮面の化け物どもはどこへ消えた?


『見えていないの?』


女の声が、頭の中で反響した。


『よく見なさい。前、右、左……あなたの後ろ』


目が大きく開いた。


マリアは相変わらず笑って、俺を見ている。


読心?


いや、今は名前なんてどうでもいい。頭の中に勝手に入られている。最悪だ。


俺は周囲を見回した。


開けた森。何台かの荷車。密生した木々。


そういえば、そもそもこの荷車はどうやってここへ入ってきたんだ?


その時、暗闇の中、古い木々の隙間に、かすかな白い仮面が見えた。


一つ。


二つ。


三つ。


六つ。


十六。


森の奥で、俺たちの野営を囲むように、監視者たちが立っていた。


長く暗い体は木の幹に似ている。


だから気づかなかったのか。


俺は振り返った。


後ろの茂みは近かった。影の中に監視者が一体立っている。ほとんど動かない。


いや、違う。


一見そう見えるだけだ。


その体は、ときどき小さく痙攣していた。傷んだフィルムに記録された映像みたいに。


背筋に鳥肌が走った。


『ははは。やっと気づいたんだ、アス・ゴルド。あなたって本当に怖がり。情けない。まともなところ、もうほとんど残ってないじゃない』


マリアの声が甘く弾んだ。


『だから楽しいのよ、アスゴルド』


彼女の目が丸く見開かれる。


固まった笑みを浮かべた人形みたいだった。


狂っているのか?


「ふん。そうか。魔女か……」


マルトが吐き捨て、興味を失ったように顔を背けた。


「それで、質問には答えてくれる?」


マリアは彼を無視して言った。


魔女?


「すまない、マリア……その話はしたくない」


彼女は同じ狂った表情のまま、黙っていた。


『残念ね、アスゴルド。あなたの過去の欠片は見えないの……』


また頭の中で声が響く。


『変なのよ。ここにいる全員が、なぜここにいるのか、私は知っているのに』


俺は不安を押し隠しながら、彼女を見つめた。


『あの優しそうなおばあさん、パイを売っていたの。もっとも、肉は特別だったけど。あの小さくて可愛い女の子は、両親を失ったのよ……自分のお腹の中でね。それから、あそこの双子の兄弟は……』


彼女が語るにつれて、焚き火の周りの人々の姿が変わっていくように見えた。


顔中に皺を刻んだ優しそうな老婆は、人間の皮をかぶった悪魔に変わる。


美しい赤毛の少女には、いつの間にか牙が生えたように見えた。


『ああ、それから、あの堕ちた騎士……女の子が大好きなの。まだ女にもなっていない子たちが、とくにね……』


『マリア、頼む。やめてくれ』


俺は目を閉じ、心の中で言った。


『アス・ゴルド。あなた、本当に情けない。やめられないわ……』


「お前たちがそれ以上続けるなら、頭を叩き割る」


低く静かな声が聞こえた。


「ふうん。経験豊富な騎士様ね」


マリアがようやく彼に反応した。


「アスゴルド、こっちへ来て。水の壺の場所を教えてあげる」


くそ。


そうだった。


俺は全身、クソまみれだった。


異世界初日の肩書きとしては、かなり完成度が高い。最悪の方向に。


『アスゴルド、あなたの助けが必要なの』


今度はずっと静かで落ち着いた声が、俺の意識に流れ込んだ。


マリアの顔が変わった。


さっきまでの笑みが薄れ、真面目になった。目にはどこか軽蔑の色が浮かんでいる。


彼女は立ち上がり、振り返って荷車の方へ歩き出した。


「さっさと行け、タウレア人」


マルトが疲れた声で吠えた。


俺は立ち上がり、夜の影に沈んだ荷車へ向かうマリアの後を追った。


「ほら。脱いで」


彼女は一番遠い荷車のそばに置かれた、水入りの陶器の壺を指して、静かに言った。


「この枷じゃ、簡単にはいかない」


俺は手を持ち上げて見せた。


マリアは俺の手首をちらりと見て、笑った。


「本当に情けないのね、アスゴルド」


彼女はほとんど体が触れる距離まで近づいた。


俺の目を見て、それから視線を落とし、チュニックの裾を掴む。


俺は固まった。


マリアは布をめくり上げ、腰の縄に引っかけて留めた。


これほど恥ずかしい思いをしたことはなかった。


だが、木々のあいだで白い仮面がぴくりと動いたのを見た瞬間、恥は消えた。


残ったのは、不安だけだった。


マリアは布を取り、水に浸してから俺の手に押し込んだ。


「向こうを向いてくれないか」


この女に、俺が体についた汚れを落とすところを見られる。その考え自体が、なぜかひどくおぞましかった。


彼女はまた笑い、背を向けた。


俺は濡れた布を握り、どうにか体を拭き始めた。


これを洗うと呼ぶのは、少し贅沢すぎる。


どちらかと言えば、屈辱の一部を別の屈辱で塗り広げているだけだった。


『アスゴルド』


俺は動きを止め、彼女へ問いかけるような視線を向けた。


『逃げたいんでしょ、アスゴルド?』


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