最終話:さらば呪いのコート
玉座の間に、息せき切って伝令が飛び込んで来た。
「こ、国王陛下──報告! 魔王が王都の城門前に現れました!」
ざわめきが起こる。
重臣たちの顔が一斉に蒼ざめる。
国王はゆっくりと立ち上がり、玉座の横に控えていたダイへと視線を向けた。
「……勇者よ。ついに時が来た」
ダイは静かに頷いた。
その瞳には迷いも恐れもなく、ただ燃えるような決意だけが宿っていた。
城門をくぐった先で、勇者ダイと聖女ユイを待ち受けていたのは、誰にも予想できない戦慄の光景だった。
「……は?」
ユイが、聖女にあるまじき素っ頓狂な声を上げたのも無理はない。
ラスボス──魔王。その巨躯には、恐怖の象徴たる漆黒の鎧も、血塗られた重厚なマントもなかった。
そこにあるのは、一点の曇りもない、堂々たる“全裸”であった。
「……来たか、勇者ダイ。貴様の『全裸波』の噂は、既に我が耳にも届いている。触れた者の装備を消し去り、その精神を剥き出しにする不可触の権能……。だが、最初から何も持たぬ我に、貴様の攻撃は通用せぬ!」
魔王は彫刻のように磨き上げられた肉体を誇示するように、悠然と両腕を広げた。
「服を着ているから脱がされるのだ! 隠すものがあるから暴かれるのだ! 私はすべてを捨て、この『全裸』という究極の装備で貴様と相対する!」
対するダイは、沈黙したまま、静かにこめかみを押さえた。
勝手に異世界召喚され、素っ裸にされ、呪いのコートで力を抑え込み、ようやく迎えた最終決戦。
そこに待っていたのが、自分以上の露出狂との対決であるという事実に、ダイは前世のブラック企業の深夜会議でも経験したことのない絶望を感じていた。
「ダイさん……。あいつ、ある意味でダイさんの『完成形』ですよ。……強敵です!」
ユイの【神聖魔法(極)】で、呪いのコートのベルトが解除される。
「ユイさん、そんなキラキラした目で感心しないでくれ。俺は、あんな風になりたくて脱いでいるわけじゃないんだ」
ダイは、ゆっくりとコートを脱ぎ捨てた。
その刹那──。
魔王が咆哮と共に突進した。
物理的な接触。
サトウの全裸波が激しく発動するが、相手は最初から全裸である。
消すべき服や装備が存在しない。
肉体と肉体が直接ぶつかり合い、その衝撃波が空気を、大地を激しく揺らした。
「どうした勇者! 剥ぎ取るものがなくて戸惑っているのか! 貴様の全裸は『呪い』だが、私の全裸は『意志』だ! 覚悟の重さが違うのだよ!」
魔王の拳は重かった。
一撃一撃が、社畜時代の休日出勤を通告される瞬間のような重圧となってダイを襲う。
「……認めよう。あんたの露出度は、俺を超えている。だがな、魔王」
ダイは覚悟を決めた。
「俺には、神をも欺いたとっておきの秘密があるんだよ!」
髪を引っ張り、かつらを外す。
「ブラック企業のストレスで、俺の頭はこうなっちまった。これが俺の『完全裸』だ!」
スキンヘッドになったダイの内側から、かつてない高出力のエネルギーが溢れ出した。
それは服を剥ぐための波ではない。
存在を覆う“虚飾”そのものを射抜く純粋な光。
「食らえ! 奥義――『全裸破・真』!!」
眩い光が、魔王の巨躯を飲み込んだ。
物理的な肉体は一切傷つかない。
しかし、その光は魔王の『魔王』という肩書き、塗り固められた威厳、そして肥大化した自己顕示欲を、容赦なく剥ぎ取っていく。
「……あ、あ、あああぁぁぁ……っ!」
光が収まったとき、そこに立っていたのは、畏怖すべき魔王ではなかった。
ただの、少し肩幅の広い、自信なさげな表情を浮かべた中年のおっさんであった。
「……我は、本当は……。ただ、皆にすごいと言われたかっただけなのだ。強そうな服を着て、強そうな名前を名乗れば、誰かが我を見てくれると思って……」
おじさんはその場に蹲ると、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
最後に剥き出しになったのは、救いようのない寂しさだった。
「……分かるよ。誰だって、誰かに認められたくて、強く見せたくて、足掻くものだ。お前だけが特別じゃない。……だが、そんなことのために世界を巻き込むな。あんたの負けだ。大人しく、魔界に帰るがいい」
かつて、魔王と恐れられたおじさんは、大人しくその場を去っていった。
城壁内側から歓声が上がるのが聞こえた。
「……ダイさん。終わったんですね」
ユイが歩み寄る。
彼女の目には、ダイへの深い敬意と、相変わらずの不審者を見るような警戒心が混在していた。
「ああ……」
ダイが頷いた時だった。
『……バグの特定完了。デバッグを行います……』
ダイの脳内に声が響き、足元に魔法陣が出現した。
◇◇◇
気がついた時、下野大は渋谷のスクランブル交差点に素っ裸で立っていた。
「キィヤアアアア!!!」
悲鳴が上がり、警察に通報され、SNSにデジタルタトゥーが刻まれる。
警察の取調室で事情聴取を受けるダイは言った。
「プロジェクトマッピングかと思ったら、召喚魔法陣だったんです。それが全ての始まりでしたね」
(完)




