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01 不老の転生令嬢、自由を掴む

「人生の伴侶としての情熱が感じられない?」


 エリス・ファインは目の前で深々と頭を下げる元婚約者、アルヘート・ノイマン侯爵子息に一瞬だけ感情をなくしたように瞬きをした。


(やった!これでやっと、面倒な貴族のしがらみから解放される!やったやった)


 内心で飛び跳ねる歓喜を完璧な淑女の微笑みの下に隠した。しんなりと相手へ切実に見えるように笑う。


「ええ、アルヘート様。あなた様の正直なお気持ち、承知いたしました。貴族としての義務を果たすことばかりに囚われ、情熱に応えられなかったことに心からお詫び申し上げます」


 アルヘートは顔を上げ、エリスのあまりにも対応に少し面食らったようだったが整った顔には安堵の色が浮かんでいた。不愉快感がちょっと湧き上がる。もっと悲しい顔をすれば相手も罪悪感を抱いたかもしれない。


「理解してくれてありがとうエリス。婚約破棄は全て私に責任がある。君の今後の生活のため、それ相応の慰謝料とファイン家への迷惑料は……」


 手を上げ言葉を遮った。長い、話が長い。


「慰謝料は譲り受ける予定だった王都近郊の土地ではなく、王都から遠く離れた海沿いの小さな町のセレーネにある廃墟の館を私名義で譲っていただきたいです。館の修繕費と今後一切のファイン家との金銭的な繋がりを断つための資金を」


 アルヘートは怪訝な顔をしたが、望みが意外にも王都での地位や名誉に関わるものではなかったことにホッとした様子で、全ての要求を二つ返事で受け入れた。


 自分は不老。前世の記憶を思い出した十歳のあの日から体は成長を止めている。貴族の女性として生きるにはいつか訪れるであろう夫や周囲の人々の死を、永遠に十歳の姿で看取らなければならない。そんな人生は前世でオタクとして生きたアリスには耐えられなかった。


 エリス・ファインは王都の華やかな屋敷を出て、馬車に揺られること三日。親は傷物になったからか、気味悪がっているのか親心なのかわからないけどすんなり送り出した。どちらでもいい。


 港町セレーネの薄曇りの空の下に降り立った。潮風が運ぶ磯と、わずかに焦げたパンの香りが混ざった匂い。王都の香水と石鹸の匂いに慣れていたとって新鮮な自由の匂いだ。自由は最高。

 馬車から降りたエリスを出迎えたのは、アルヘートから派遣された代理人ではなく町の港湾組合の組合長を務める、屈強な体躯の初老の男性。


「あなたが新しい館の主かい?ご丁寧に。ワイはゲイルだ。町ではちょっとした顔役でね。あんたの荷運びを手伝ってくれと頼まれている」


「ご丁寧にゲイル様。エリス・ファインと申します」


 貴族の作法で深くお辞儀をしたらゲイルは少し面食らったが、すぐに大らかに笑った。


「そいつはご遠慮いきたいね、お嬢さん。ここでは肩書きなんざ魚の骨と一緒だ。気楽にやってくれ」


 ゲイルはエリスを小さな荷馬車に乗せ、町のはずれにある目的地へと向かった。セレーネの街は石畳が敷かれた坂道が多く、カラフルな屋根の家々が港を見下ろすように密集している、活気ある港町。辿り着いた館は賑わいの中心から外れていた。


「随分と趣のある建物なのですね」


 思わず口を開いた。目の前にあるのは蔦が絡まり放題で窓ガラスの半分が割れ、屋根瓦が何枚も剥がれ落ちた絵に描いたような廃墟。

 裕福な商人の屋敷だったという建物は周囲を高い石壁に囲まれ、外界を拒絶しているかのようだ。


「趣、ね。王都のお嬢さんは言葉遣いが優雅だ。みんなは幽霊屋敷と呼んでいるが。前の持ち主は館の地下に秘密の部屋があるとかで、最後は気が触れてしまったと聞いている」


 ゲイルは肩をすくめたがエリスの瞳は輝いていた。


「最高です」


 顔を上げ、満面の笑みを浮かべたらゲイルは心底驚いた顔をした。


「ここは自由です。誰の目も気にせず、好きなように空間をデザインできる。庭をどうにかすれば素晴らしい景色が広がるでしょう」


(前世で憧れていたDIYで古民家カフェを再生する動画が現実になったんだ。不老の体とたっぷりある時間、潤沢な資金。あとは情熱)


 元婚約者に欠けていると言われた情熱を廃墟の館に注ぎ込めると、翌日からエリスの館再生計画が始まった。

 持参した荷物の中から特別な道具を取り出した。貴族時代に趣味として密かに学んでいた初歩的な生活魔法の道具だ。

 不老の体と共に手に入れたもう一つの才能は創造魔法への高い適性。

 魔法の才能は貴族でさえ稀有だが才能は特異点のようなもの。物質の生成や変化を伴う創造系魔法が得意なのだ。


(建材を一つ一つ運ぶなんて時間が勿体ない。基本の再生から)


 庭の苔むした石畳に手をかざし、魔力を流し込んだ。割れた石、朽ちた木材、ひびが入った壁。触れた場所から淡い光が立ち上がり、時間の巻き戻しが始まったかのように全てが修繕されていく。完璧に再生することはしなかった。あえて古さを残す。


「すべてピカピカにしてしまっては、アンティークな味わいが失われる。目指すは、使い込まれた温かさがある、シックで落ち着く空間にしよう」


 天井の梁はあえて焦げた色を残し、壁紙は淡いアイボリー。家具は最低限、庭から切り出した古木を生成の魔法で削り出したら磨き上げてテーブルと椅子を作った。

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