8話 ニート、ニートになる
嫌な予感が止まらない。
この先へ行ってはいけないと俺の錆び付いた生存本能が警鐘を鳴らしている。
だが無情にも北見さんは先に進んでしまい、俺も着いて行かざるを得ない。
「何もいないわね」
俺の不安を他所に、道中魔物に襲われることは無かった。
最初にいたゴブリンたちは偶然入口近くに居たのだろうか。
そう思っていると、妙に周囲が赤い景色が目に入った。
続いて、異臭が鼻につく。
血の匂いだ。
「これは……」
この場所はただでさえ木々の葉がやたらとカラフルだが、真っ赤に染まったこの場所は異様だった。
近づけば分かる。
血の匂いの正体は、バラバラに引き裂かれたゴブリンの死体だった。
「ゴブリン同士の争いかしら」
それにしては凄惨にすぎる光景だ。
ゴブリンとハイゴブリンを殺したが、この光景には吐き気がする。
というか、どれ程の力があればこんな事が可能なんだ?
嫌な予感の事といい、何かがおかしい。
「一度戻りましょう。何かおかしいわ」
北見さんも同意見なのか、撤退の提案をして振り返る。
その体が不自然に止まった。
「――逃げて!!」
今までの北見さんからは想像も出来ない大声を掛けられる。
だが身体は動かなかった。
ぼとりと、何かが落ちる。
落ちているのは、視界だった。
あぁ、これ。
オレノクビダ――――。
【スキル:⬛️⬛️が発動しました】
「こちらが探索者IDカードになります。再発行にはお金が必要なので気をつけてくださいね」
感じのいい受け付けに渡されたカードには、俺の顔写真と名前、あと番号が割り振られていた。
――おかしい。
俺は訓練場へ向かった。
訓練場の係員が声を掛けてくるが、無視して武器の陳列棚を見る。
そこには、武器を吟味している北見さんの姿があった。
俺は駆け寄り、声を掛ける。
何があったのか、どうなったのか反射的に訊ねた。
「……」
死ぬ程おかしな奴を見る目をされた。
こちらの言うことは何一つ理解されていない。
完全に変なやつ扱いをされた。
――――――。
気付けば俺は家にいた。
何が起きたか分からない。
断片的に覚えているのは、北見さんと異界化迷宮へ向かったこと。
俺の首が落ちる感覚。
それを思い出し、背筋が凍る。
何が起きたかは分からない。
だが俺は死んで、戻ったのだ。
家に帰ると、両親にかなり心配された。
俺は何も言えずに部屋に引きこもった。
外に出ようとは思わなかった。
痛みこそなかったが、あの感覚は二度も味わいたいものではなかった。
幸いな事に、両親は無理に連れ出そうとはしなかった。
昔からそういう両親だった。
そしてあっという間に俺が探索者になってから二ヶ月が経った。
その間に何度か探索者協会から異界化迷宮へ行けと連絡が来たが、無視した。
「ぐっ、あぁ! があああ!」
その日の夜、俺は突然の激痛に苛まれていた。
体の内側から、何かが喪われる感覚と、言葉に出来ない苦痛。
部屋の中で悶え苦しむ俺の元へ、足音が近づいてきた。
両親の足音ではない。
落ち着いた、軽い足取り。
「――苦しいだろう」
低い男の声だった。
誰かは分からない。
だが、俺がこうなった理由を分かっているようだった。
「探索者になった者が二ヶ月に一度異界化迷宮へ行けと言われるのは、そうなるからだ。それは魔力欠乏症。探索者の身体は魔力に適応するが、逆にいえば魔力がなくては生きて行けなくなる。ま、酸素みたいなもんだな」
そんな事が……。
言葉は出ない。
ただただ苦しみだけあった。
「全く協会もこの事を新人に伝えないのは意地が悪いよな。まぁ、お前は助からないが気にするな。探索者の身体ってのは死んでからも価値があるからな。俺はその回収係だ」
視界がぼやけ、前が見えない。
助けを求めて手を伸ばす。
男が手を伸ばすことは無かった。
「ま、せいぜい上手く使ってやるから安心しな」
ふざけるな。
言葉を発しようとするが出るのは嗚咽のようなものだけだった。
そして――。
【スキル:⬛️⬛️が発動しました】
「こちらが探索者IDカードになります。再発行にはお金が必要なので気をつけてくださいね」
俺はまたしてもこの場面にいた。
……これは一体何度目だ?
何も分からない。
繰り返し……タイムリープ?
話に聞く分には面白いが、自分が体験するとろくでもないのが分かる。
とりあえず、1度家に帰って状況を整理しよう。
真っ直ぐに帰宅し、家に帰る。
二ヶ月前のあの日と同じ対応を両親にされた。
ただ、顔色が悪いらしく心配された。
部屋に帰り状況の整理を行う。
俺はどうやら、死ぬ事であの探索者IDカードを受け取った場面に戻るようだ。
覚えている限り、回数は二回……三回か?
死因は首をなにかに切られたのと、魔力欠乏症だったか。
多分あと一回あったはずだ。
それが一度目だろうか。
原因は不明。
探索者なら誰でもという訳ではないだろう。
もしそうなら今頃似たようなやつで溢れてる。
俺だけがそうなった理由が、一度目にあるのかもしれない。
となると、スキルが原因の可能性も高そうだ。
二度目の時、やたらと長剣の扱いが上手かったのはスキルは持ち越しか?
俺には他人の情報を知れる力があった。
これは恐らく一度目の持ち越しスキルだろう。
鑑定とでもいうべきものだ。
俺の情報がバグってるのはループの原因が理由か。
ループと言ったが、そうなると恐らく脱出の方法がある。
死なない事は前提に、何かあるはずだ。
二度目に死んだ事と関係があるか?
唐突すぎて二度目になぜ死んだか分からない。
――北見さんはあの時逃げてと叫んだ。
つまりあの場に何かがいたのだ。
俺を一瞬で殺せる何かが。
ゴブリンを虐殺した何かが。
いいぞ、意外と纏まってきた。
だが分からないことが多い。
俺は次、どうするべきだろうか。




