9話 ニート、先輩について行く
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正直なところ、対策は思いついている。
つまりあの二等級異界化迷宮へ行かなければいいのだ。
そもそも、奥に行く必要も無い。
あるいはあの日よりもっと前に行けば前回とは違う展開になるだろう。
異界化迷宮も行ける場所は幾らでもある。
今や国土の三割を侵食していると言われる異界化迷宮は各所にあり、場所には困らないだろう。
そう考えると気楽になった。
危ない場所には近づかない。
それが一番だ。
それから、俺は前のように訓練場に通うことにした。
そこで前のように、大場さんと知り合いになることが出来た。
今回は北見さんに変なやつ扱いもされていない。
訓練は前回より激しめとなった。
というのも、スキルは持ち越しであると思われるが、肉体は元に戻るのだ。
つまり前々回の筋トレは無かったことになった。
かなりショックだが、ニートの頃と違い探索者の身体は鍛えればそれだけ応えてくれる。
面白いように強くなるのは悪くない。
前々回の模擬戦相手にも勝つことが出来た。
ひと月半後。
そろそろ異界化迷宮へ行こうと思った頃に事件は怒った。
俺と同じくらいの新米探索者がとある異界化迷宮で消息を絶ったのだという。
あの二等級異界化迷宮だ。
ゴブリンとハイゴブリン、そしてオーガが出るとはいえ、よほどの無理をしなければ帰ってこないなんてない場所だけに騒ぎになっていた。
探索者は数が貴重だ。
その割に扱いが雑な気がするが、二等級異界化迷宮へ調査が入ることとなったらしい。
俺は当然行かない。
そのつもりだったのに、大場さんが俺の実力を買って推薦しやがった。
あ、あのやろう……!
やりやがった!
模擬戦の相手に勝ったのが悪かったらしい。
断るに断れない状況となり、俺は調査隊の一員に編成された。
そんな話をされて三日後、俺はあの二等級異界化迷宮へ来ていた。
一緒に他の探索者も来ている。
先輩探索者は3人に、俺を含めた4人だ。
「こいつは一体……」
先輩探索者が息をのむ。
俺たちは形式上は初めての二等級迷宮であったが、俺は実質二度目だ。
だが、俺の記憶の中にある景色と、目の前の景色が一致しない。
具体的に、視界に映るほとんどの木々が薙ぎ倒されていた。
「大怪獣でも暴れたって感じだな。確かに、何かがおかしい」
原因はやはり、俺を殺した何かだろう。
それほどデカい相手だとは思わなかったが、こんなことが出来るという事は巨体だったのだろうか。
先輩探索者を先頭に、俺たちは中に侵入する。
異界化迷宮への境界を越えた瞬間、空気が切り替わったのが分かった。
それと同時に、酷い臭いが鼻をつく。
死臭、何かが腐った臭いもする。
「三等級でもこんな景色はなかったぞ。全員、気を引き締めろ」
森の中は異常な程に静寂だった。
生き物の気配がない。
「索敵を行っていますが、反応ありません」
先輩探索者の一人が答える。
名前は確か、小林さんだったか。
中肉中背の女性だ。
「分かった。このまま中層へ向かう。新人君もはぐれないように気を付けてくれ」
俺は頷いて返事する。
正直、この中にいて出来る事はなさそうだが、万が一があっても俺の場合は戻れる可能性がある。
いまだ人には相談できていない、時間を逆行する現象だ。
二度目、三度目ときて次がある保証はないが、そこを気にしても仕方ないだろう。
ここまで来た以上は、ある事を願うしかないのだ。
歩き出した先輩探索者の後ろをついて歩いていった。
少しして、ゴブリンとハイゴブリンの死体を発見する。
既に腐敗が始まっているが、傷跡から先に入った探索者によるものだと判断した。
その後も散発的に死体を発見する。
気になったのは死体の数だった。
多いのだ。
主にゴブリンの死体だが、ハイゴブリンも混じっている。
大半が虐殺みたいなもので、戦闘の形跡がなかった。
そして、探索者によるものでないと思われることが判明した。
先輩曰く、おかしい状況にある。
「何かしら? 人型だとは思うけれど、オーガにしては傷が小さいし被害が大きすぎる気がするわ」
「だがここにいるのはゴブリンとハイゴブリンとオーガだろ? ……まさか特異種か?」
彼らの会話に混じらず聞きに徹するが、特異種とはなんだろうか。
とりあえず聞いてみる。
「あぁ、特異種ってのは稀に迷宮に現れる希少な個体で、厄介な相手らしい。滅多に居ないんで俺も見た事がないんだ」
先輩の1人が答えてくれた。
そんなのがいるのか。
何でも特異種からは特別な素材が手に入り、それらを使用した武具や防具、アーティファクトには同種の素材と比べて特別な効果があり、かなり価値が高いらしい。
「本当にそうならいいわね。今月は出費が多かったから助かるわ」
「まだ決まった訳じゃないからな。取らぬ狸のなんとやらだ」
と、和やかな雰囲気のまま俺たちは行動を再開した。
なぎ倒された木々の合間に見える死体の数々を横目に、俺たちは中層への入口に着いた。
「これは……」
そこにあったのは、死体の山だった。
この森は広いが、生息しているのはゴブリンとハイゴブリン、オーガだけ。
他に動物も魔物も存在しない。
だから数が多いと言っても限りがあるはずなのに、そこにあったのは小山と言っていい大きさの積み重ねられた死体の山だった。
腐敗していているがハエの一匹も見当たらない。
腐敗はしているから微生物の類は入るのだろう。
その小山の頂上を見上げる。
――こちらを見下ろす、二つの黄色い瞳と目が合った。
『キヒッ』