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1話 ニート、異界化迷宮送りになる

1


「この先が異界化迷宮の入口になります」


 探索者覚醒ツアーと銘打った旗を持った案内人(ガイド)が立ち止まる。

 見上げた俺の前に広がる光景に息を飲む。

 線を引いたようにその境界を境にコンクリートの地面の先が森へと繋がっている。

 その周りには立ち入り禁止のテープが張り巡らされている。

 ひと目で分かる異常な光景。

 生まれてこの方危険とは縁遠い生活を送っていた俺の錆びた生存本能がこの先に入っては行けないと警鐘を鳴らしているのが分かった。


「では行きましょうか」


 案内人(ガイド)が俺たちの感じている感情を無視して、中に入ろうとする。

 最初からそれが目的だとしても、心の準備が――と考えていると誰かが声を上げた。


「あ、あの! やっぱり止めたいです!」


 それは顔を真っ青にしていた男だった。

 気弱そうな、線の細い――ここにいるのは同学年だけなのに、とてもそうは見えない――少年のような姿をしている。


「それは困りますねぇ」


 案内人が首を傾げながら答える。

 正直なところ俺も辞めたいが、そうはいかない。

 これは()()()()()()()()()()と呼ばれる、探索者を生み出す為の実験だ。

 対象者はいわゆる社会不適合者というやつで、ここにいる俺もまたその一人に違いない。


「どうしても中に入りたくないですか?」


 案内人の優しい声音に、少年――同い年だが――が優しい対応をしてくれるのだと安堵したような表情をした。

 そんな顔をする場面ではないと、俺たちの誰もが思った事だろう。

 その推測は正しく、近くにいた案内人の姿が忽然と消える。

 気づけば、少年の目の前にいた。


「――え」

「あなたたちには選択肢などないのですよ?」


 案内人が少年の胸元の服を掴み、その細腕からは想像もつかない膂力で少年を投げ飛ばす。

 弧を描き飛んで行った少年は、立ち入り禁止のテープを超えて境界を越える。


「うわあああ!」


 境界を越えた先にあるのは、()()()と呼ばれる現象によって、地球の環境とは隔絶した、文字通りの異界。

 そこに足を踏み入れた人間にはある現象が起きると教えられている。


「――――」


 俺たちが見守る中、こちらへ戻ろうとした少年の動きが止まる。

 バッと顔を少年が上げた瞬間に全員が息を飲んだ。


 おおよそまともとは思えない表情で、全身の血管が浮かび上がり、ボコボコと身体の各所が脈動する。

 骨が砕ける音が響き、顔の至る所から血を吹き出してこちらへ手を伸ばす。


「た、だすげ――」


 ゴボッと少年の口から大量の血液が吐き出される。

 そしてそのまま、倒れ込んだ。


 沈黙。

 誰も声を出せなかった。

 それはそうだろう。

 なぜなら、これから同じ目にあうかもしれないのだから。


「彼は残念でしたね。それでは行きましょうか。それとも、まだ行きたくない人がいますか?」


 案内人の優しい声音が、どこまでも残酷な響きで伝わってくる。

 それでも、逆らった末路を見せられたので逆らう者はいなかった。





 およそ70年前に突如出現した、謎の球体。

 後に迷宮核(ダンジョンコア)と呼ばれる事になるそれは、出現まもなく周囲の土地や資源を取り込み異界を形成した。

 そこではあらゆる常識は取り払われ、異界のルールだけが適用される事となる。

 各国が対処に当たったが、人間が異界に踏み入れた時に起こる現象によって上手くいかなかった。


 異界化した場所へ人間が踏み入れると、肉体の再構成と呼ばれる現象が起きる。

 これは多くの場合その最中に対象は命を落とすが、稀に何らかの条件を達した者だけが生き残った。

 この生き残った人物は異界の環境にある程度の抵抗力を持ち、また異界に踏み入った後と前では明らかに異なる身体能力、そして現代科学では解明できない不可思議な力――()()()()()を得ることが出来る。

 途端にファンタジーじみてくるが、この生き残りがいなければ人類の生息領域は侵食され、人が住める地がなくなるので死活問題である。

 異界の内部を探索し、迷宮核を破壊することを目的とした集団こそ、探索者と呼ばれる者たちだ。


 ――というのは数十年前の話。

 現在は異界化こそ起きているが前兆を予測出来るようになったことで避難も間に合うようになり、人の多い場所で迷宮核が現れた時には即座に破壊する事でその被害も最小限に抑える事ができるようになったという。

 無闇に探索者を用意させる為に異界の中に人を送り込むことも無くなり、一部を除いて希望者だけが事前の検査を済ませて適正の有無を調べられるようになった。


 俺たちはもちろんその除かれた一部というわけだ。

 適正検査は受けているが、その適正の有無に関わらずここへ集められた。

 つまり口減らしという訳だ。

 もちろん、その過程で探索者が生まれれば万歳、ダメで元々という事である。

 こんな事を世間が知れば怒る……か?

 世間を知らねぇから分からないや。


 まぁいい。

 ともかく俺は今日、多分死ぬ。

 あの少年みたいに血を吹き出して死ぬのはごめんだが、どうにもならないらしい。

 哀れ俺。

 生まれ変われたらこんなクソみたいな世界以外にしてくださ――「おめでとう」


 辞世の句を考えていた俺に、案内人の声が届く。

 恐る恐る片目を開くと、微笑む案内人の姿があった。

 何事かと思ったが、足元の土を見て気づく。


 どうやら俺は生き残ったらしい。


 


 


  


 

 

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