第79話:現実逃避
どうしてそんな言葉が与瀬村の口から出てきたのかわからなかった璻は思い切って質問をした。
「とっ……とりあえず、どうして与瀬村さんは感情がない前提で話すのか教えて頂いてもよろしいですか?」
与瀬村は嬉しそうにしながら璻に言葉を返した。
「えっ〜当たり前の事だよ。今は脳内器具を入れて感情がないのが流行りじゃん?私より若い子でも効率的な判断を求められるわけだから、いちいち判断基準に感情を挟んでたら判断狂うじゃん。疑いを持つほどの暇な時間はないよぉ〜私よりおばさんはすぐ群れるしすぐ感情論になる。ほんっと無駄」
与瀬村は話しながら少し震える手を押さえていた。傍から見たら与瀬村の発言は正論を言っているようにも聞こえるだろう。しかし与瀬村の不自然な笑顔と手の震えから璻は違和感を感じていた。
……言っている事はごもっともなんだけど行動と言動がなんかこう……引っかかる……
璻がうーんと悩んでいると穂積は小さく手を挙げ与瀬村に話しかけた。
「ちっ……ちなみになんですけど。よっ……与瀬村さんは楽しい事や嬉しい事は感情って枠に入るんでしょうか?」
与瀬村は飄々と穂積に応える
「入らないよ?楽しい事や嬉しい事はモチベになるじゃん?」
璻は与瀬村の発言が理解できず頭の上に???を浮かばせた。
……どういう事?……
続けて穂積は話しかける
「だっ……だとしたら、喜楽は感情ではないもの、悲しみや怒り苦しみは感情って認識ですか?」
穂積の問いかけに与瀬村は深く頷くと応える
「当たり前じゃんっ!ポジティブは人生を素晴らしくさせるんだよ」
璻は与瀬村のその発言から引っかかる原因が何かわかった気がした。
……あっ、苦しい現実が楽しい事だって認識出来ないタイプか……
璻は与瀬村と穂積の会話に割って入る
「ちなみになんですけど。推していた人とか以前いましたか?」
与瀬村は深く頷きながら淡々と応えた。
「いたよ―!推しっていうか?貢いだ?メンズコンカフェのメロくんとかホストの餓鬼くんとか!みんな私に泣きついてきて、私と同じ境遇だったから可哀想でお金貸してあげたの?生活削って合計500万くらいかな?私ぃ〜えらくない?」
……いや、なんだその源氏名……
璻はふと与瀬村の発言に疑問を持ちはじめる。与瀬村が先ほど話していた言葉を思い出していた。
「俳優やアイドルに依存したらそのアイドルが死ぬまで一生貢ぐ事になる。依存したら色々な事をむしり取られ絶望や虚無感に襲われるんだよ」
与瀬村のその言葉から矛盾を感じていた。
……うん?さっき推し活側になりたくないから推される側になるって言ってたけど、ホストやメンズコンカフェに500万も貢ぐ事はもはや"推し活"と同じ事やってないか?……
璻は与瀬村に恐る恐る質問をする
「一様質問なのですが、ホストやメンズコンカフェに貢ぐ事とアイドルと俳優に貢ぐ事の違いってあります?与瀬村さんの認識と私たちの認識違うなっと思って?」
与瀬村は淡々と質問に応えた。
「あるよぉ〜気軽に会えるか?気軽に会えないかの差だよ!アイドルとか俳優、歌手は推し活!ホストやメンズコンカフェは貢ぎ物!って解釈だよ?」
……何が違うんだろうか?やっている事は全部同じに見えるんだが……
璻が頭を悩ませていると穂積が話に割って入る。
「あっ……あのその餓鬼さんもメロさんって人も与瀬村さんのお父様に少し似ていませんでした?」
与瀬村は穂積の話にハッとした表情を見せると納得した様子で話し始めた。
「あー確かに亡くなったパピィにめっちゃ似てたよ。いつもお金に困ってて。なんか可哀想ってなってた。だからお金出してあげたいって」
穂積は続けて与瀬村に話しかける
「なな……亡くなったお父様に出来なかった事を後悔していて。与瀬村さんがお父様に似た男性に尽くしているのかもですね」
与瀬村は納得した様子で穂積の話を返した。
「確かに!でもぉ〜似た人もいたけど似てない人もいたよ。みんな私の事褒めてくれて必要としてくれるんだよね。みんな仲間で家族って感じ!ね?私いい子でしょ?」
与瀬村はそう笑顔で話す姿はどこか寂しそうに見えた。不思議とその姿に璻は違和感を覚える。
……私たちに褒めてもらえると思って承認欲求を求めている感じと自分の感情を認識しないよう見ないようにしている……
璻はチラッと与瀬村の様子を見ると明らかに褒めてもらえるかもとしれない期待が入り混じり嬉しそうにソワソワしていた。
璻は与瀬村の言葉を頭に思い浮かべ冷静に考えていた。
……待て待て。てか、明らかに相手にせびられているのに「私はいい事している!」とかしょうもない善意が見えるし、承認欲求が会話の節々からちょいちょい感じるんだが……
璻は与瀬村を見ながらどう話せば与瀬村がきちんと理解できるのか?心に響くのかあれこれ考えていた。すると穂積は引き続き与瀬村に話しかける。
「なっ……なんかそれ、よよ与瀬村さんの気持ちすり減ってませんか?じじ……自分がアイドルや俳優に貢ぎたくないって言っているのに、気軽に会えるホストやメンズコンカフェに貢ぎ、自分はアイドルや俳優とやっている事は変わっていない。その事に与瀬村さんは気づいていますか?」
与瀬村は思わず声が漏れでる
「へっ?」
璻は穂積の質問に対して関心をしながら聞いていた。
……きょうちゃんいい問いかけ!ナイスっ!!……
与瀬村は穂積に不満そうに言葉を返した。
「だってそうしないと"なんで私生きているの?"ってなるじゃん。なんのためにお金を稼いでいるのか?お金が私を通して幸せにしてくれるでしょ。寂しいオジからお金もらって、イケメンに貢いで嬉しそうにする私も嬉しいし相手もハッピーでしょ。そういう相互依存の世の中じゃん」
穂積は確信をついた言葉を与瀬村に話す。
「みっ……貢いで幸せになれるなら、あなたもう十分幸せのはずですよね?なぜおじさまからお金を稼いでいる時に虚無感を感じるんでしょうか。その時の自分の感情に向き合って深く考えた事あります?」
与瀬村は穂積の言葉に対して深く考えはじめる。ボソッと与瀬村は呟いた。
「私の……感情」
与瀬村は頭の中で幼い記憶を掘り起こした。
まるで映画館のシアター席にちょこんと座り幼い与瀬村がポップコーンを持ち食べていた。
映像を映し出す姿を頭の中で思い浮かべる。顔が黒く塗られ母の顔が見えない映像が目の前に広がっていた。
シアター席にポツンと見ている与瀬村はその映像を見てもなんの感情も沸かなかった。
……たしかに私生まれてから実のお母さんの記憶がない。愛されていたのかもわからなかった……
映像が切り替わり次の映像が写りはじめる
与瀬村の父親が幼い与瀬村と手を繋ぐ様子だった。父親の手は大きく温かく感じた。映像が切り替わり今度は自宅にいる様子が見えた。ソファに座っている与瀬村の父親は通帳やアプリで残高を確認しては隣に座っている幼い与瀬村に残高を見せながら笑っていた。
「お金がなっ……でも好きな人にお金をかけれるって幸せな事だから」
そんな事を父親がよく言っていた記憶の映像が流れている。まるで父親自身がその言葉を自分に言い聞かせるように与瀬村に話していた。与瀬村から見た父親はなぜか幸せそうに見えた。幼い与瀬村はその父親の姿や言葉を信じ疑いすらなかった。
映像がまた切り替わりなぜか暗転すると先程、穂積に言われた言葉が映像にパッと現れた。黒い画面に白い文字で言葉が浮き上がる。
「みっ……貢いで幸せになれるなら、あなたもう十分幸せのはずですよね?なぜおじさまからお金を稼いでいる時に虚無感を感じるんでしょうか。その時の自分の感情に向き合って深く考えた事あります?」
与瀬村はその言葉を直視すると急に胸が痛くなった。周りを見渡しながらそこに与瀬村は1人しかおらず周りのシアター席には空席しかなかった。誰かに殴られたわけでもなく、胸を刺されたわけでもない。なぜ与瀬村は自分が痛い思いをしているのか理解が出来なかった。
……お金を稼ぎ使うのに感情なんてないっ!なんで私がこんな言葉でいちいち考えなくちゃいけないの!……
与瀬村はシアター席から立ち上がると振り返らず出口まで走り出した。与瀬村はハッと我に帰り今現実にいる事を認識する。穂積の顔を認識するとなぜか睨みつけ苛々しながら与瀬村は穂積に言い返した。
「なんでお金に関して使う時も稼ぐ時も深く感情を考えなきゃ…いけないのっ!なんかムカつく!私が全否定されているように聞こえるんですけど!」
穂積はその様子を見て確信したのかさらに質問をする
「よっよよ……与瀬村さんは自分の感情を常に考えられない状況に追い込んでいたんだと思います!どうしてそうなったのかきっかけがあるなら教えてください」
与瀬村は食いつくように穂積の質問に応える
「だって、死んだパピィが好きな人にお金をかけれるって幸せな事って言ってたから!パピィの言葉を信じているの!その言葉を疑うって死んだパピィを疑うって事でしょ?パピィを否定しないでっ!」
子供のように感情を剥き出し怒りを表す与瀬村に対し話を聞いた穂積と璻は言葉を失った。
璻は与瀬村あいなを苦しめているのはてっきり、育ての親の浅間由里香だと思っていた。だがその見立ては違っていたかもしれない。話を聞いていた璻はある憶測が頭の中に浮かんだ。
……これって与瀬村さんの父親が根本的な原因なのでは?……
だとするとすり合わせをした憶測を書き換え改めて話の段取りを組み替えなければ原因の因子には辿りつかない。
璻は与瀬村の様子を伺いながら次の質問を考え始めていた。
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・脳内器具を入れて感情がないのが流行り
以前施術を受けた渦見も脳内器具のCMに出ていましたが感情がない2050年では当たり前になっています。感情=古いという認識なので感情論が通じません。特にネガティブ思考(恐怖や不安の発生・持続メカニズムは、脳内の「扁桃体」と「前頭前野」の相互作用のバランス崩壊)ということが世の中に広がりネガティブ思考だとベーシックインカムももらえず健康に生きられないということがわかりました。それに対処するため脳内器具を入れ人生のあらゆる選択が可能になる!石屋がそんな広告を出し始めたことがきっかけで若者からこの思想は出来上がりました。
・だって、死んだパピィが好きな人にお金をかけれるって幸せな事って言ってたから!パピィの言葉を信じているの!その言葉を疑うって死んだパピィを疑うって事でしょ?パピィを否定しないでっ!
与瀬村の唯一感情が出たセリフですが日本にはこういう女性性が強い考え方をする人が結構いらっしゃいます。親の押し付けた幸せが必ずしも自分の幸せとは限らないのです。親や親族の恩着せがましい愛情や親の愚痴、また余計なお世話は時に自分の子供の才能を潰しカルマを作り本人を縛ります。男性性の考え方が強い人の場合、このセリフを聞いたら、「感情論で話すなよ。どうすればいいか聞いてるのに」となりがちですがそこには必ず本人のトラウマが隠れています。本当にその人を思うならその場の解決策を提示して終わりではなく、根本まで理解することが巡り巡って自分のトラウマを癒すことに繋がります。与瀬村は亡くなった親を信じて疑わなかった。与瀬村の言葉から穂積と璻は一瞬でそこに因子があると理解した一幕でした。
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