第108話:ものの見方を変えれば、見ているものが変わる
八剱は水分子を数分じっと見つめると声を出して応えた。
「共有結合している水分子が極端に少ないし、動きが鈍いですね。この水分子の動きからするに…高濃度の有機フッ素化合物で間違いないですね」
璻は八剱の顔をじっと見ると恐る恐る質問をした
「どうやって水分子の共有結合を見るんですか?」
八剱は浮いている水に対してを指を差した。
「水の中のぞいて見ます?」
璻は静かに頷くと八剱は璻の顔の目の前に浮いた水を持ってくると説明を始めた。
「水分子見えますか?」
八剱の問いかけに璻は水をじっと見つめる。水の中を覗くと水分子自体は見えるが…この水全体がなぜか解像度が低く、1つの水分子を認識するのも困難に感じる。
疑問を感じた璻は八剱に問いかけた。
「私が見てる感じだと解像度が低く、1つの水分子自体認識できませんが……」
璻の言葉を聞き八剱は目を疑う。
「じゃあ藤宮さんはどうですか?」
八剱の言葉に藤宮は璻に近づきながら八剱の言葉に応える。
「璻さんその石持ったまま、俺の近くに寄ってもらっていいですか?水見るんで」
璻は藤宮に言われた通りに藤宮が見やすいように顔の近くまで近づけた。藤宮は璻に「ありがとうございます」と言うと水の中をじっと見つめる。
少し見にくいのか?藤宮は顔を歪ませながら八剱に応えた。
「水分子見えますが、若干解像度が低くもやってますね…水分子の動きが鈍いのはわかりますよ」
八剱は藤宮の問いかけに応える
「もやってるのは多分、高濃度のフッ素化合物でしょうね。藤宮さんが見えているなら問題ないですよ」
八剱の言葉を聞きなぜか璻は落ち込んだ。自分の実力不足なのか?何か原因があるのか?璻は悩んだ末に藤宮に問いかけた。
「藤宮さんはなぜ水分子が見えるんですか?」
不自然な問いかけをする璻に藤宮は淡々と応える。
「そりゃ……経験ですかね?璻さん環境業務初めてじゃないですか?環境業務の水分子の見方は人を見る時と違うのでまずそこからですかね?」
まさかの藤宮の発言に璻は驚いた。
……どういうこと…だろうか?見方が違う?記憶を見るんじゃないんだろうか?……
璻は思わず藤宮に聞き返した。
「え?環境業務だと水分子の見方違うんですか?」
藤宮は頷きながら璻に応えた
「はい、あっ…そこ説明してなかったですね。今から説明しますよ」
璻は不服そうな表情で藤宮を見た。早く言ってくれと言わんばかりに不満が溢れそうになる。
璻は藤宮に対し不満を言いたい気持ちをグッと押し殺し軽く頭を下げた。
「お願いします……」
藤宮は申し訳なさそうにしながら璻に説明を始めた。
「まず…環境業務の水分子を見る時は自身の感情を切り離します」
璻は不意の問いかけに理解出来ず、思わず声が漏れ出る。
「はぁい?」
璻は藤宮に問いかけた。
「感情を切り離すってどういう事ですか?」
藤宮は「そうですね……」というと少し黙ると”感情を切り離す”という曖昧な感覚について説明をし始めた。
「依頼主の記憶の水分子を見る場合、基本的に自分の中の母性を引っ張り出して相手の感情を認識し理解しますが、環境業務は自分の中にある父性で物事を見るんです」
藤宮が話している言葉の意味が璻には理解出来なかった。璻は思わず聞き返した。
「父性で物事を見る?ってどうやって……」
璻の問いかけに藤宮は頭を抱えながら応える
「これ感覚なんですよね……説明が難しいんですが。環境業務を行う時は感情を切り離し、人間に一切肩入れしません。自然に重きをおきます。自然はただそこにある事を"主"としますね。植物は誰かに認められたい、好きな物に固執する、存在価値を証明したい。そんな感情は植物にはありません。その環境に適応するために少しずつ変えていくただそれだけなんです」
藤宮の言葉にはいささか共感出来る部分がある。感情がない分、植物や自然は自分の命を真っ当し潔く生きている。
今の今まで感情を切り離すという経験をした事がなかった璻は困惑していた。
……うん?言っていることはわかる。わかるけど、これを実践ってどうするんですか?……
璻の疑問は虚しく察しのいい藤宮は1ミリも届かない。藤宮は淡々と話を続けた。
「その事を前提に考えながら見るんですよ。そうすると水分子が見れるので、もう一回やってみましょうか?」
そういうと藤宮は少し璻から離れた。藤宮は期待しているような表情で璻をじっと見つめていた。
藤宮の視線を感じつつ璻は藤宮の指示通りに浮いている水に顔を近づけた。
藤宮の言葉を頭の中で思い浮かべる。
……感情をなくし人間に一切肩入れしない。感情をなくし、人間に一切肩入れしない。感情をなくし、人間に一切肩入れしない……
そう繰り返しじっと水の中を見てみた。するとなぜか水の解像度がより酷くなり余計見にくくなっていくのがわかった。璻は浮いている水から顔を離すと藤宮と八剱に問いかける。
「だぁっっっ!もうっ!出来るかぁ!さっき見た時より解像度が酷くなってます!なんですか!」
璻の反応に藤宮は戸惑いながら言葉を返した。
「えっ…えっ?俺はそれで見えたんですけどね」
苦戦する璻に八剱はクスッと笑いながら藤宮と璻に言葉をかけた。
「藤宮さんは"男性"だからそれが出来るんですよ。龍後さんは女性ですからね?それは身体の性質上合ってない考え方だと思います。この場合は”一旦自分の中で受け入れてから選別する”という考え方のほうが龍後さんには合っているんじゃないすか?」
八剱の自信満々な態度はどこから来るのか?璻はそんな事を考えながら八剱に問いかけた。
「教えてもらってもいいですか?」
八剱は璻に説明を始めた。
「とりあえず、5回深呼吸してもらっていいですか?吐く時は息を長めに吐いてください」
八剱の指示に従いながら璻は息を長めに吐く深呼吸を5回行った。璻の中で焦燥感が少し落ちついていくのがわかる。
璻の深呼吸が終わったのを確認すると八剱は次の指示を出した。
「はい。俺の後に言葉唱えて柏手を打ってもらえますか?」
璻は八剱に返事を返した。
「はい」
八剱は目をつぶって言葉を唱える
「一切衆生の罪穢れの衣を脱ぎ去らしめ給いて鏡の如く写したまえ」
その言葉の後に八剱は両手でパンッと柏手を打った。
璻も八剱の言動を観察し同じように目をつぶって真似を始めた。
「一切衆生の罪穢れの衣を脱ぎ去らしめ給いて鏡の如く写したまえ」
同じように両手でパンッと柏手を打つ。
八剱は璻に言葉をかけた。
「はい、じゃあ目の前の水見てくださいな」
璻は八剱の指示に従い浮いた水を覗き込んだ。
先程よりも解像度が上がり水分子が見えている。水分子を単体で認識する事が出来ているが水分子の外側が少しぼかしがかかったように、もやっとして見える。
璻は嬉しそうにしながら八剱に聞き返した。
「みっ!見えましたよ。単体で水分子が!あっ……でも若干もやってます」
八剱は璻の問いかけに嬉しそうに応えた。
「見えたんですね。よかったぁ…これで話が通じますね。そのぼかしは有機フッ素化合物だと思いますので気にしないでください」
藤宮は納得したのか八剱に言葉をかけた
「そうか……璻さんの場合は言葉に出して認識が変わるタイプなんですね」
八剱は頷きながら応える。
「そう、先程龍後さんは自分の認識した気持ちを話してくれていたから……まさかって思って試したんですよね?いけちゃいました」
藤宮は八剱に軽く頭を下げた
「ありがとうございます。俺だと気づけなかったですよ」
藤宮と八剱が話している中で璻はなぜ自分が見えているのか理解ができなかった。
……祝詞一つでこうも見方は変わるものなの?どうしてだろうか……
自分で考えても一向に答えがわからなかった璻は八剱に質問をした。
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・環境業務の水分子を見る時は自身の感情を切り離す
自然の水分子を見るときにはそこに見る本人の感情がフラットに物事を見なければ見えません。依頼主を見る際は自分の中にある母性を引っ張り出し寄り添いながら感情の動きを観察しますが、環境業務の場合、自然との対話がほとんどです。ここで必要となるのが父性です。感情で判断せず合理的に実行できる能力を持って水分子が見えるようになります。
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