55.それでも勇者は立ち向かう
低木のざわつきが収まると、女の低い声がした。
「おやまあ」
例の女シーフだ。
モモコは、直ぐさま振り返り、女の顔を睨み付ける。
(こいつに、二度も仲間が殺された! 絶対に許せねぇ!!)
突然、彼の心に火が付いて、怒りが爆発した。
全身の血が煮えたぎり、体が武者震いする。髪の毛が逆立ってくる感覚になる。
「何度も出てくるんじゃねぇ!! 弱いからって嘗めんじゃねえぞ!!」
「初対面なのに、なんのことやらさっぱり――」
「どうせ、『弱い勇者さんを筆頭に』って言うんだろう!?」
「ほう。人の心を読めるのかい、そこの勇者さんは」
モモコはすっくと立ち上がり、体の正面を女に向けて剣を構える。
「そして『素人に毛が生えたみたいなパーティかと思いきや』とかなんとか、ぬかすんだろうが!」
「おお、怖い……。ズバリ、心を読むねぇ。これは用心しないと」
後ろに回った女の両手が、何かを確認するように動いている。モモコは、振り返らずに仲間へ指示をした。
「全員、俺の後ろに回れ! そして、背後に気をつけろ! 奴に背後を取られたら、首を狩られるからな!」
「――っ!」
「俺が奴をやる! アルバンは、みんなを守れ! こいつは動きが速いから、瞬きをするなよ!」
「ほう。なるほど。
これは、一度ここで死んでいるな。
心を読んでいるんじゃない。経験したことを語っているだけだ。そうだろう?
ならば――」
女は後ろから短剣を取りだした。
「違う動きをしたら、どうするかな? 例えば――」
と、突然、女の姿が消えた。
モモコは、急いで振り返った。誰かの背後に女がいないかを確認するためだ。
ところが、みんなが自分を見ているだけで、背後に女の姿はない。
(――しまった!!)
モモコが慌てて正面を向く。と同時に、剣を振りかぶった女が突進してくるのが見えた。
だが、その女の顔に何かが飛びついた。
「ギャアアアアアッ!」
叫び声を上げた女は、手をめちゃくちゃに振り回して後ずさりした。飛びついたのはエスカだった。
モモコは、この好機を利用する。左手を大きく振りかぶって、女の腹に強烈なストレートパンチを繰り出した。
これには、さすがの女も倒れると思いきや、エスカを払いのけて後ろに跳び、平然としている。
「それがLV3の攻撃? 利かないねぇ。
……おっと、LV7の奴が動き出した。危ない危ない」
女はそう言うと、フッと姿を消した。
肩で息をするモモコは、エスカに「サンキュ」と言葉をかける。
「礼は、奴を倒してから言ってくれ」
「ああ、そうだな。でも、助かったぜ」
「一人で格好つけんなよ」
「……わりぃ」
まだ女が潜んでいる可能性があるので、全員で周囲を入念に見渡す。念のため、フェムトの魔法で付近の生体反応を調べてもらったが、誰もいなかった。
「アルバン。奴を倒すには、どうすればいい?」
少しの間下を向いていたアルバンが、顔を上げた。
「動きを封じるしかなかろう」
「それが出来たら、苦労しないぜ。
おっと、ここでセーブしておかないと」
モモコは、現時点の状態をセーブした。そうしないと、今度死んだら、すぐに女が現れる時点に戻るからだ。これでは、死のループになりかねない。
「なあ。動きを封じるって簡単に言ってくれるけど、本当にどうすればいいんだ?」
「急に、何、弱気になっている?」
「なってねえし……」
「一発勝負に賭けるしかあるまい」
「何、その一発勝負って?」
「オーバークロックだ」
「ああ、あれか。確かに、一発勝負だな」
「スピードにはスピードで立ち向かうしかない」
「それもいいけど、アルバンが倒す方が早くねえか? LV7とLV4だぜ。
勇者を渡すから――」
「ならぬ!」
珍しくアルバンが怒りの表情を見せた。
「勇者が弱気になると、仲間が迷惑だ!
何もしないでレベルが上がった結果、魔王の前で逃げ出す、心の弱い勇者を見てきた!
モモコは、そのような勇者になってもらっては困るのだ!」
「そっか……。経験済みなんだな」
「ここに来るまでの苦労を水の泡にしたくば、今から開拓民にでもなって、どこへでも行け!」
「わかったわかった。俺が悪かった。
どんな困難にも立ち向かう勇者になってみせるから」
「…………」
「なら、誓おう!
今度あの女に遭遇したら、必ず、オーバークロックで倒してみせる!」
「それで良い」
アルバンは、モモコにクルッと背中を向けてスタスタと歩いて行った。
その姿をいつまでも見ていたモモコは、自分が最後に取り残されたことに気づき、急いで仲間の後を追った。




