53 昨晩は随分とおたのしみでしたね
「――っは!」
体が突然びくっと跳ねた。これはあれだ、すやすや寝てる時に急に体だけが反応する筋肉運動的な。
「あ、森田さん起きた」
その様子を見ていたのか、陽気な少女の声が僕の名前を呼んだ。
「おはよう、森田さん」
「……おはようございます、由宇さん」
ヘラっとした見慣れた笑い顔が僕の顔を覗き込んでいた。
「……という訳で、私たちの旅は続くのですねぇ!」
「へーなるほど、って何も理解出来ませんけど」
僕は目覚めてまずはじめに、ことの顛末を確認するため、由宇さんにその説明を求めた。
「なのにだ。なのに、一体何が『という訳で』なんですか! そんな雑なまとめ方ってあります? 説明になってないでしょう、説明に」
久々に声を出したような喉の痛みを押し殺し、僕は渾身のツッコミを入れた。これが小説か何かなら、色々端折って全てを聞いた感じになって話が進むのだろう。でもこれは普通の会話だから。いきなり『という訳』って説明されても、行間を読むことも、巻き戻しをして確認することも出来ないから。
「おっかしいなぁ。結構これでなんでもアリなところあると思うんだけどなぁ」
おかしいのは貴女の頭だろう。
「ナシですから。だからちゃんと自分の言葉で説明してください。僕が寝てる間に一体何があったのか。どうして僕は今、船に揺られて海の上を漂っているのか」
目覚めたここは、少女の住まう高級なお屋敷のベッドのうえではなく、深く考えると吐き気をもよおしてしまいそうなぐらぐらと揺れる船の中だった。
「えーっ、どうしよっかなぁ」
「は、なんですか、それは焦らしてるつもりですか」
無意味にくねくねする彼女を目の前に、当然のごとく僕は不快感を覚えた。これはとても、とても嫌な予感がする。
「聞いてるんですか、由宇さ……」
「うるせえ」
机を叩いて意見しようとした僕の目の前を一筋の銀の線が通った。
「声がでけえんだよ、カイワレ」
壁に突き刺さったナイフ状の物質の反対側に、短髪つり目の柄の悪いヤンキー風の男が立っていた。
「あー……タクトさん。おはようございます」
相変わらず怖い顔をしてこちらを睨むタクトに僕は菩薩のような微笑みを返した。タクトは面倒臭そうに刺したナイフを取りに僕らの元へと歩み寄り、そうして一言告げた。
「お前が寝てる間に、あの屋敷から色々貰えるもの貰って出てきただけだっつーの」
やっぱりか。
僕はあれほど嫌だと言ったのに。
むしろ、だからこそこうしてこのタイミングで目覚めることになったのだろう。
「返品しに戻ろうなんて言っても聞いてもらえませんよね」
「は? 当たり前だろ」
「あれから結構経っちゃっているからねぇ。でも安心して。幼女ちゃんは森田さんにとても感謝をしていたよ」
そう言ってにこっと彼女は笑った。
「……」
「応援してるってさ、私たちの旅」
「……」
「いやー森田さんは羨ましいな、幼女ちゃんに好かれて。あ。『森田さん、あなたはとんでもないものを盗みました。幼女ちゃんのココロです!』なんて」
「……由宇さん」
「はい?」
「うるさいです」
悔しかった。結局、僕は何も思い通りにならないまま、周りの状況に流されて、なんだかんだでここにいる。そんな僕の存在価値は年下の女の子よりもずっと低いのだろう。
でもいつか。
この世界から脱出する少し前には、僕も何かが出来るようになりたいと、そんな主人公みたいなことを柄にもなく思い浮かべてしまった。
「次は」
「ん?」
「次はどうするんですか、僕たち」
「ああ、それは」
ニヤリと由宇さんのポケットから取り出されたそれは携帯電話だった。
「これを、充電出来る充電器を探しに旅に出ようと思います」
「……」
「だってほら、これが無いと、激熱な瞬間を保管できないじゃないですか。いつ何時、どこに美少年、美少女が転がっているか分からないんですよ! やっぱり貴重なのは……」
僕はそっと瞼を閉じた。
僕たちの旅はまだまだ続く。まるで打ち切り漫画のようなセリフが脳内をよぎった。
オタクの友人のせいでファンタジー世界に来てしまった僕はまだまだ現実世界には帰れないらしかった。




