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鬼灯宴  作者: 手這坂猫子
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風子と水蜜桃 2

 祖母と千彩が帰ってきたのは綺織が読書感想文を原稿用紙一枚分書き進めた頃だった。窓から差し込む西日が家の外や中を橙色に染め上げ、近くでヒグラシの澄んだ鳴き声が聞こえている。

「綺織。水蜜桃を持ってきた人がいたのですか」

 台所に置かれた水蜜桃の籠を見たのか、居間に麦茶を運んできた祖母がさっそく訊ねてきた。現在居間にいるのは綺織と祖母だけだ。千彩は昼より顔色が回復していたものの、帰ってきて早々ベッドで横になることを祖母に言われてそれに従っている。綺織は原稿用紙に向けていた顔を上げて、麦茶を受け取った。

「うん、確か二時くらいに来たと思う。九つもらったんだけど、一つは先に食べたよ。今日が食べ頃だって言われたから」

「そうですか。綺織に留守番を任せて正解でしたね。以前知り合いの方に美味しい水蜜桃を頼んでいたのだけれど、届けられる日が今日だってことをすっかり忘れていたんです。綺織がいなかったら届けにきた人が困っていましたよ」

 綺織は風子のことを祖母に訊こうとしたが、ちょうどそのとき居間に備えつけてある固定電話が音を立てた。祖母が受話器を取り、誰かと会話しているのを綺織は黙って眺めていた。受話器から漏れてくる声はどこか焦っているようで、時折謝罪の言葉が聞こえてくる。

「え? でも、それはおかしいですね。今日留守番をしていた孫が確かに受け取ったのだけれど……。はい、はい。……そうなんですか。……ええ、ちゃんとありますよ」

 祖母は不思議そうな表情でちらりと綺織を見た。やがて受話器を置くと、二枚目の原稿用紙に文字を書き始めていた綺織に声をかけた。

「綺織。あの水蜜桃は本当に届けられたものなんですよね」

「そうだけど、さっきの電話なんだったの?」

「水蜜桃を頼んだ知り合いからです。庭の湧き水で冷やしていた水蜜桃が誰かに盗まれたらしくて、届けられなくなったからと謝ってきたんですよ。おかしな話ですよね。ちゃんと届けられているのに」

「じゃあ、その盗んだ人がわざわざ届けにきてくれたんだよ」

 綺織はそう言って、敢えて風子のことは話さないことにした。あの美しい顔をした不思議な少女のことは、空き家と二人の少年と同様祖母には秘密にしておくべきだと考えたからだ。

「もしそうだとしたら、一体その盗んだ人はどうしてそんなことをわざわざしたのでしょうね」

「それはわからない。でも、ちょうど食べ頃のときに食べられるんだからいいんじゃないかな。水蜜桃なんて久しぶりに食べたけど、とても甘くて美味しかったよ」

「そうですね。なら夕食後に一つ大きいのを切りましょうか。きっと千彩も食べられるでしょうから。残りはコンポートにして保存するので、綺織も手伝ってくださいね」

「うん」

 夕食後、綺織はベッドに腰掛けて水蜜桃を食べながら千彩に風子のことを話した。案の定千彩は自分も風子に会いたかったと言い、残念そうに項垂れた。今まで人見知りだった妹がどこかしら積極的になっていることに気づき、綺織は嬉しく思う。

「それにしても、鬼灯燈ってどんなふうに作るんだろうね」

「作り方は聞かなかったからわからないけど、真紅郎と碧彦に訊けば教えてくれるんじゃないかな」

「じゃあ姉さん。今夜空き家に行ったときに聞いてきてくれる?」

「……やっぱり千彩、今夜は行けないのか」

 二人が挟むテーブルの上に置かれたガラスの皿には、祖母が食べやすい大きさに切り分けた水蜜桃がある。フォークに刺したその一つを咀嚼して、千彩は眉を下げた。

「もちろんわたしだって行きたいよ。でも、今よくなっているのに悪化させたらいけないから我慢しなきゃ」

「ああ、そうだね」

 綺織は溜め息交じりに言った。

「若い実が五つ連なったホオズキなら庭にあるし、星砂鉄も碧彦が持ってた。麻袋もすぐに見つかると思う。あとは狐火石だけか」

「狐の生息地で見つかるならあの林にもあったんだろうけど……もう誰かが全部持っていったのかな」

「んん……」

 水蜜桃の形が歪まないように唇で銜え、そのままそれを舌先で舐めつつ思案していた綺織だったが、不意に果汁の雫がぽたっと枕の上に落ちた。慌てて綺織は銜えていたものを噛み砕き、枕を手に取った。幸い無色の果汁であったため、色がつくことはなかった。

「その枕、しばらくは眠るたび甘い香りがするね」

 千彩は声を上げずに笑った。綺織は苦笑しながら枕を元の位置に戻そうとして――その手を止めた。口を噤み、沈黙したまま動かなくなった姉に千彩が怪訝そうに訊ねる。

「どうかしたの? 姉さん」

「…………なんで、今まで気がつかなかったんだ」

「え?」

「ねえ、千彩。お前はこれを林で見つけたって、言ってたよね」

 枕の下に忍ばせていた石をそっと持ち上げて、綺織は千彩に視線を向けた。

「そうだよ」

「それって何日前か覚えてる?」

「えっと――多分八日くらい前だったかな」

 それを聞いて綺織の目が見開いた。石を持った右手を握ると、その蜜色は隠れてしまう。じんわりとした錯覚のようでありながら確かな熱を手の中に感じた。千彩は姉の考えに気づいたらしく、自分のベッドから綺織のベッドへ移動した。

「でも、姉さんが会って話をした風子って人は狐火石を赤狐の毛みたいな色だって言ってたんでしょ? それに土の中にあるのに、わたしが見つけたときは木の根元に転がっていたんだよ。だったら違うんじゃないかな。こんなに綺麗な蜜色だし――」

「これは、きっと碧彦が壊した鬼灯燈に使われていた狐火石なんだと思う。一度星砂鉄で磨かれて、燈心になった。そして碧彦が壊したときにどこかへ飛んでいって、それを千彩が拾ったんだ。それなら合点がいく」

 その仮説に信憑性を感じた千彩は大きく見開いた目で姉を見つめていたが、やがてゆっくりと頷いた。

「姉さん。今夜、早いうちに空き家へ行った方がいいよ」

「……お前は行けないのに、構わないのか」

「うん。きっと真紅郎も碧彦も、その狐火石を待っているだろうから。その代わり明日の朝、話を聞かせてね」

「わかった。じゃあ、今夜行ってくるよ」

「行ってらっしゃい、姉さん。来年からは誕生日プレゼントをもっと慎重に考えることにするよ」

 綺織は千彩の頭を優しく撫で、自分の中に湧き上がる高揚感を抑えていた。


 

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