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僕の仕事は悪役です。  作者: 朝丘ひよこ
第一章 悪役ノスタルジー
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英雄と悪役の違い

 先に動いたのは剣姫だった。


 右手に握り直した光剣を腰元に水平で構え、体勢を低く取り息を浅く吐くと、足元に光を凝縮させ前傾姿勢のまま両足で踏み込んだ。一瞬の閃光。髪と剣の二色の残光が俺の足元まで線を引き、息つく間もなく光剣を斜めに切り上げた。切っ先が届く前にバックステップでかわし、再度後ろに飛んで距離を取り追撃に備える。両足に光を絡ませた剣姫は一足で距離を詰め、右から切り払いを仕掛ける。雑に見える太刀筋だが速さと鋭さだけは驚異的だ。ステップでかわしながら剣姫の顔を覗き見ると、やけに弛い笑みを浮かべているのが分かった。


「逃、げ、る、な!!」


 左右にフェイントをかけ飛び上がった剣姫は、笑いを含んだ言葉と共に光速の一撃を切り下ろした。ステップではかわせず、重心を動かさず左を前に身を捩って剣の軌道から避ける。頬の横を光が走り、闇で作った髪が何本か持っていかれたがなんとか避けきり、空振った光剣は道路を深く抉って動きを止める。顔を下に向けると、こちらをまじまじと見ていた剣姫と目があった。やや明るいアンバーの瞳が、初めて見るかのような驚きで俺の顔を見ている。


「どうしたじゃじゃ馬姫。今日はもう終わりか?」


 体勢を変えず見下ろしたまま尋ねると、剣姫は突然ニヤリとピエロのような気味の悪い揶揄を含んだ笑みを浮かべ、自身の左頬を指差した。


「彼女と喧嘩かよ、色男」


 目敏めざとい。姑かお前は。


 僅かに苦笑のため息を吐き、コートを払って右足を軸に左足を膝から引き上げ肩へ蹴り下ろす。肉薄した距離にも関わらず反応した剣姫は、光剣を手放し道路を転がって避け這うように体勢を整えた。右手を上げかざすと細かい光の粒子へ分解された剣が彼女の手の中で収束し形を取り戻す。間を開けず飛び込み地を掠めながら蹴りを繰り出すが、咄嗟とっさに構えた光剣に遮られた。ブーツから硬質な感触が伝わるが構わず押し込む。


「図星か黒モヤシ野郎!」


 光剣が威嚇いかくするように瞬き、同時に弾けるように輝きを増してブーツを切り飛ばした。後ろに飛んで攻撃をいなし、剣姫から逃げる。頭を狙った追撃を伏せてかわし、左フックからの連打で距離を詰めて光剣を握る右腕を狙う。チッ、光に邪魔された。


 光剣を両手で握り直し、右足を引いてやや腕が低すぎる八相モドキに構えた剣姫は、足に纏わせた光を使い下段から攻めてきた。左横蹴りで牽制するが距離が合わない。途中で軸足を曲げ蹴りの軌道を変え、剣姫の頭を狙う。ブーツの鋲が剣姫の額を捉えた。


 甲高い硬質な金属音。腰が抜けた牽制は、十字の柄に阻まれていた。


 剣姫の幼い顔にニヒルな笑みが浮かんだ。頬に笑窪えくぼが刻まれ、金の髪が激しく白光する。後ろに飛び光剣を俺に向かって垂直に構えた剣姫は、浅く息を吐いた。


「ウォーミングアップは終わりだ、ダーク・アブソリュート」


 女子高生としてどうかと思う口調でそう言い切った剣姫は、再度息を吐き、視線を俺の後ろに向ける。


「巫女。行くよ」


「うんッ」


 息を整えた嘆く巫女が気勢を上げ、眼鏡を外し、肘を曲げて肩を優しく抱くように交差させた。パッチリした垂れ目が閉じられ、目尻に大粒の涙が溜まっていく。呼応するように大人しくなった剣姫は、光剣を右手に構え、軽く握られた左手に光を収束させていく。俺も構えを解いて二人を交互に見ながらバックステップで距離を取り、車を避けながら同時に視界に入るよう調節する。コートが風に煽られはためき、俺はゆっくりと深呼吸しながら、大分離れた銀行の方を見た。既に警察車両は見えている。ここからが本番だ。乱戦覚悟でいかなければ。


はらえ」


 たどたどしいが妙に重みのある声を発した。目を開けた巫女の目尻に溜まった涙は既に目全体を覆い、溢れないのがおかしなほど大きくなっている。瞬きをすると、零れるはずの涙は、細い水流のように宙に浮かんで彼女の手元へ伸びて行った。


「光剣、双条そうじょう


 剣姫が空を切るように左手を振ると、手元に凝縮された光が一瞬粒子へバラけ、十字剣とは比べ物にならないほど華やかな飾りの付いたレイピアが形成された。細いイバラのような柄が左手を覆い、チェーンのように手首に巻き付く。


 本格的に戦闘体勢を取った二人は、視線を合わせる事なく俺に近づいてくる。放置車両を避けながら、耳障りな爆音に近い音を発していた車の集団が遂に到着し、装甲車から武装した機動隊を吐き出した。先頭に立っているのは陸自払い下げのジャケットを着た長身の男で、凍えるほど鋭い矢のような視線を俺に向けている。両手は鉛色の手甲に覆われており、無骨な雰囲気が恐ろしい。この男こそ東ブロックの英雄を束ねる小隊長、静かなる軍人である。サイレンが止められ、辺りに緊迫した奇妙な静けさが漂う。


 ふと空を見上げ、秋葉杏音との会話を思い出した。目だけで辺りの建物を探り、顔を覗かせている彼女を見つける。目立たないだけで、よくよく見れば結構な数の野次馬がいる。この街の一番の災難であり、娯楽であり、目玉となっているのが、俺達悪役と英雄の戦闘だ。


 役者はまだ揃わない。秋葉にもよく聞こえるよう、俺は声を張り上げる。


「英雄達よ。舞台の幕は上がった」


 両手を左右に突き出した。漆黒のコートが風に煽られ重たく乾いた音をたて、晴れの日の水溜まりのように薄く滲んだ足元の影が朧気おぼろげに揺れる。闇を司る俺はまさしく日陰者だ。こんな快晴は似合わない。薄い闇が溢れだし色を濃くしていく手を合わせ、あるべき形を思い描いた。


「俺の名はダーク・アブソリュート。お前らを闇色の絶望に染めてやろう!!」


 その言葉を契機に、道路は、戦場へと姿を変えた。



―――――――



「それっておかしくないですか?」


 サーバーへ伸ばした手が空を切り、体勢を崩してイスから転げ落ちそうになった。眉をひそめてフリーズしていた秋葉さんが再起動して顔を上げる。猫の目が、間抜けな形で動きを止めた上司の姿を捉え鋭く細くなった。


「えーとなにがですか?」


 改めてサーバーを取り、温くなったコーヒーをマグカップに注ぐ。啜るように少し飲んでうっとりとする。


「全部です。なにからなにまで全部おかしいです。悪役も英雄も同じそのセンス保持者? だと言うのなら、どうして七緒さんやその他の悪役の方は悪役をしているんですか。英雄と同じ力なら英雄になれば良いじゃないですか。どうして悪役なんて事をしているんですか」


 コーヒーを飲み干し、ほっと息を吐く。ラッキーストライクを取りだし秋葉さんに見せると、大丈夫です、と天の一声があったので遠慮なく吸わせてもらう。換気扇なんてつけなくても空調がガンガン効いているので煙は届かないと思うし。一本抜き買い置きしてあったライターで火を点けた。安堵。


「英雄はいつ英雄になるか知ってますか?」


 灰を落としながら聞いてみると、はぐらかされたのかと思ったのか、鋭く睨まれた。なんか唸りそう。


「……よく耳にするのが、生まれた時からだと言う話です。でもそんなの根拠も」


「実はその通りなんですよねー」


「無いただの噂……て、え?」


 勢いを無くした秋葉さんの言葉が細く途切れて床に落ちる。僕は静かに煙を吐き、静かに言葉を繋げていく。


「センス保持者は、先天的にニューセンスを持っている者と後天的に目覚める者の二つのタイプがいます。ニューセンスを調べるには脳波と血液検査が必要なんですが、何十年か前から学校とか会社に入る時に身体検査が必須になりましたよね? 実は、その検査の中にニューセンスを調べる項目も入っているんです。産科でもその検査するので、先天的タイプは胎児の時点で発見されるんですよ。赤ちゃんは普通にニューセンス使っちゃいますからね。早めに分からないとちょっと危ないんですよ。もう分かりますよね? この先天的タイプだけが英雄になる資格を持っているんですよ」


「で、では、後天的タイプが悪役に?」


「その通りです。不公平だと思うでしょう。実際その通りですからね。なれるものなら英雄になりたいと皆思ってますよ」


「じゃあどうして!」


 気勢を上げ、悲しそうに叫びを上げる秋葉さん。そんな彼女に現実を教えるのは、とても辛いことだ。だが、既に秋葉さんも当事者だ。いくらむごかろうと現実から逃げることは出来ない。僕は煙を深く吸い込み、天井に向かって細く吐いた。薄く途切れて消える紫煙。


「相手がいないじゃないですか」


「……相手?」


「そう相手。つまり正義に対する悪です。英雄と言う確固たる正義の味方が世の中に必要とされるには、世の中の敵となる悪役がいないと成立しないんですよ。生まれた時からニューセンスを持っている先天的センス保持者は、悪役になるには幼すぎます。何も知らない純真無垢な子供がどちらの立場に相応しいかは、秋葉さんにも分かりますよね。彼らには無理なんです。普通の人にはない能力を、一般的な普通を知る前から持っている英雄達は必ず葛藤します。なぜ自分はこんな力を持っているのか、ってね。その疑問にきちんとした答えを出さなければいけないんです。でなければ子供は堕落します。力を悪用して本物の悪人になってしまうんです。英雄法が制定する前、第二次大戦後、悪人が世の中に大勢現れました。これが亜悪の起源なんですよ。だから僕達は、自分達の事を悪役と自称しているんです。本物の悪人ではなく、ただ悪を演じているだけ。ほとんどの後天的センス保持者は平均して十八から二十二歳前後でニューセンスに目覚めます。大人の一歩手前。荒波に揉まれている訳ではないですが、常識ぐらいはありますからね。悪役を演じるなら誰でもそちらが相応しいと思うでしょう? 悪人にならないよう再教育するにも、そちらの方が楽ですからね」


 言葉を止めると、冷たい沈黙が僕と秋葉さんの間に垂れ込めた。秋葉さんの黒い葛藤が手に取るように分かる。しばらくの間唇を噛んで黙っていた秋葉さんは、ゆっくりと震える息を吸った。


「……ずいぶん、割りきっているんですね。七緒さんは。人生が、人の一生が変わってしまうというのに、私は、そんなに簡単に受け入れられません……」


「そりゃあそうですよ。簡単に受け入れてもらったら逆に怖いです。まだ初日ですよ? 今日一日で全部理解する必要はありません。ゆっくり受け入れてもらえればいいんですよ。これからどんどん悩んで下さい。悩んで、苦しんで、哀しんで、葛藤して、挫折して、苦辛して、倒れて、立ち上がって、挫けてもらいます」


「何気に酷い……」


「そ、そんな事ありません。僕にとっても初めての部下ですから、全力でサポートします。実際に戦場に立つのはまだまだ先ですから、一緒に頑張りましょう!」


「頑張れる気がしないんですが……それに初めてって」


「だ、大丈夫ですよ! なんとかなりますから!」


 結局、僕と秋葉さんは打ち解けられたのだろうか。謎である。



―――――――



 日野区中央道は木々が鬱蒼うっそうと茂る魔境のジャングルへと姿を変えていた。


 Hat in the Rabbitの具体的な作戦内容はこうだ。まず俺を含むダーク1とバド2が銀行を占拠する。しかし、いかに悪役と言えども対亜悪用金庫を破れる訳がない。そもそも対亜悪シリーズのコンセプトは防御ではなく遅滞なのだ。手間を掛けさせて英雄が来るまでの時間稼ぎをするのが目的であり、完璧に守る気など初めから無い。金庫の前で立ち往生している間に英雄機動隊が周辺を包囲して、あっと言う間にジ・エンド、と言うシナリオである。つまり籠の中の鳥、いやオーディエンスに取り囲まれたマジシャンとでも呼ぶべき状態になる訳だ。


 この作戦はそこを逆手に取る。


 英雄機動隊オーディエンスに追い詰められた俺達マジシャンは、適度に反撃しながらも銀行へと追い詰められていく。さっさと突入すれば良いものを、警戒する英雄機動隊はじわりじわりと包囲網を狭めていき、滅多に考えもしない俺達の捕獲を計画するのだ。そこを狙い、別動隊ラビットど真ん中ハットから派手に登場、強襲する。ほとんど古典に近い使い古された作戦だが、これが中々効果的なのだ。面白いように引っ掛かる。


 ものの数分で原型を留めないほどに変わり果てた街で、俺は激戦に巻き込まれないよう隅の方で静かに煙草を吸っている。時折足元のコンクリートを突き破って生えてくる鮮やかな緑の植物に場所を明け渡す以外ほとんど動かない。地面に突き立てた自身の武器を支点に、ちょこまかと避け回りながら、遠目に戦闘の中心を眺めた。


 この作戦の主役は俺ではない。花の幹部、バド・ディプレッションがメインであり、ダーク・アブソリュートは引き立て役だ。配下の二人はまだ戦っているが、俺の出演は最初と最後の二ヶ所だけ。幹部二人が共闘してしまえば、流石に敗走するのはおかしくなってしまう。この作戦の結果は敗戦、つまり英雄が勝たなくてはいけない。敵に勝ったと思わせるよう負けるのは、案外気の使う作業なのである。煙草の灰を落とし、飛んできた水の刃を避けて煙を吐き出した。


 戦場の中心では、人の頭程もある太い蔓を軽々と殴り倒している軍人の姿があった。手甲が触れると蔦が弾けるように折れ、掻き消されていく。その軍人の前に立つのは、両肩がざっくりと空き広すぎるスリットの入ったエメラルドグリーンのドレスに、試験管が大量に刺さったレッグホルダーと言う、あり得ないほど戦場に似合わない女性。髪にはいばらのティアラが乗っており、顔は若葉色のショールが巻いてある。彼女がタクトのように試験管を振ると軍人へ更なる植物の攻撃が大地を割って現れる。彼女こそがバド・ディプレッション。この舞台の主役だ。優雅に自然を操る姿はまるで踊りのようである。光の斬撃を避け、インカムに話しかける。


「こちらアブソリュート。楽しそうだな、ディプレッション」


 こちらに気がついたのか、軽やかに微笑み妖艶な仕草でディプレッションが手を振った。


「もちろん。アブソリュートはどう? 少女二人じゃ物足りないかしら」


 苦笑し、吸殻を水の弾に投げて火を消した。


「まあまあだな。もう少ししたら撤退だぞ」


「残念だけど了解」


 碧の貴婦人は手をしならせて、俺にウインクを飛ばした。会釈で返すとややあからさまな態度で肩を落とされた。仕方がない。


 地に刺した直刀を抜き、飛びかかってきた剣姫の光撃を受け流す。闇と光が反発し合い、直刀が削られていく。


「なにこそこそやってんだ炭野郎! 真面目に戦え!」


 怒気を含んだ二刀を防ぎながら距離を取り、水の刃を直刀で叩き伏せた。直刀の切っ先からは細い闇が流れており、振るう度に滲んだ跡が空中に残される。


「無名」


 闇で創られた直刀の名を呼び刃引きされた刀身を撫でると、削れた部分が切っ先へと移動し自己修復していく。闇を垂れ流し常時造り直す事で、無名は常に無傷の状態を維持出来るのだ。切れ味をゼロにして防御用にする事で、英雄を傷つける事もない。対剣姫戦用に考えた俺の自信作である。最も、剣姫からしてみれば侮辱以外の何物でもないのだが。


「このやろー! 戦え! 臆病者!」


「姫ちゃん、ちょっと落ち着いて!」


「無理!!」


 少女と言うより少年だな。全く。


 無名を振り払い、闇が漏れる切っ先を二人に向ける。巫女は目から止めどなく流れる水流を身体の回りに纏わせていて、その水を使って攻撃をしている。透明な紐が宙を舞っているようであり、恐ろしいほどの泣き虫にも見えるから可哀想でもある。


「そういえば言ってなかったな。二人とも進学おめでとう。ピカピカの脳みそでよく出来たな」


「なッ!! このッ!! クソ野郎!!」


「姫ちゃん落ち着いて、ただの挑発だから。ピカピカじゃないから、ね?」


「当たり前だ! 光迅乱舞!」


 剣姫の構えた二対の光剣が激しい光を放ち、空を斬る残光が俺に向かって無尽蔵に飛来した。右手に握る十字剣は角張った三角形の光迅を、左手に握るレイピアは柔らかな放物線のような半月円の光迅を創り出し、木々を切り裂いて向かってきている。流石にふざける訳にいかず、無名を右手だけで地面と水平に構え、闇を織り上げる。


「闇の奔流」


 右手を伝い闇が無名へ送り込まれ、切っ先から深いかすみのような闇が地面へ零れていく。構えた右手を突きだし、闇を円錐の形で打ち出した。闇が光の刃をことごとく飲み込む。


「コンニャロッ!!」


 叫びを上げる剣姫。それを見てふとため息が出た。


 ……英雄にはなったが、女性にはなれないかもな。

 ……戦闘は難しい。

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