表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の仕事は悪役です。  作者: 朝丘ひよこ
第一章 悪役ノスタルジー
PR
9/26

作戦終了、あとはよろしく

かなり間が空きました。申し訳ありません!

 足元に闇を絡ませて、人の頭ほどの太さにになった蔦に飛び乗る。バド・ディプレッションのニューセンスは植物の成長その他全てを操る事ができ、コンクリートで固められた街のど真ん中であろうと樹海に変貌させる事が可能なのだ。試験管の中には彼女特製の種子と成長促進剤が詰まっており、一分以内に樹海を作り出せる。幹部らしく派手で分かりやすいニューセンスだ。


「戦え墨かぶり野郎!」


 光を乱反射させながら空中に飛び上がった剣姫が、目の間のビルを蹴り眼前に迫る。無名を構え光撃を塞き止めた。


「戦わないっての」


 蔦を切り払い更なる足場を作って、上へ上へと逃げる。剣姫の追撃と巫女の水弾を無名で避けつつ退路を戦闘から離れた方向へ取り、木々が密集する中から離れすぎないよう気を付けながら時間を稼いだ。機動隊と戦闘員が放つ銃弾にも注意を払わなければいけない。無名から流れる闇を使って流れ弾の威力を奪い、二人にも当たらないようにする。


「本部より各員に告ぐ。作戦の終了を通達。繰り返す、作戦の終了を通達。銀行前に終結し合図を待て」


 インカムから冷たい冷静な声が流れ、銃撃の音が一層激しくなった。悪役の戦闘員が退避行動に入ったのだ。慌てず周囲を見渡し、部隊の展開具合を見定めた。少し陣形を広げすぎだ。撤収には時間がかかるかもしれない。六車線の道路は銀行を中心に約五十メートルに渡って木々が生え揃っている。高さはビル三階分は優に越しているだろう。そこまで戦線を広げてしまっては、すぐには行動出来ない。


 二人の英雄を一瞥し、無名を足元の木に刺して手放した。飛びかかろうとしていた剣姫が胡乱な顔になり、蔦を伝って登っていた巫女の動きが止まる。構わず右手を突き出して、軽く指を広げた。


「なんのつもり? 降伏しようってのならボコボコに叩き潰した後考えてあげなくもないけど? そうね、八分殺しで許してあげる」


「姫ちゃんそれじゃあ助からないよ!」


 妙な掛け合いを聞かなかった事にして、辺りを目で探る。配下の二人をすぐに見つけ、アイコンを使い時間稼ぎの策を連絡する。二人は優秀だ。俺の言葉の真意を悟り、即座に行動へ移った。気付かれないようにそれを確認し、剣姫に向き直る。いつの間にか登りきっていた巫女も手の先に捉えて、口を開いた。


「お前たちは本当に素直だな」


 剣姫が目を剥いた。隣でなぜか巫女が頬を赤らめる。


「人を疑った事はないだろう。疑心暗鬼に苛まれた事もないだろう。裏切った事もないだろう。お前たちは本当に愚直……いや素直なのだろうな」


「なにを偉そうに! あたしだって疑うぞ! 裏切るぞ! 九分殺しに格上げするぞ!」


「姫ちゃん、それなんか、違うよ」


 また息切れをしているらしい巫女も、俺に警戒することなく剣姫の方を向いて抑えている。剣姫は逆に俺へ意識を集中させ過ぎで、周りが全く見えていない。敵意や殺意など微塵もない。熱く、真っ直ぐ過ぎる思い。このまま、汚れずに育って欲しいと素直に思った。そのために、俺はいるのだから。二人のライバルのような役を、あてがわれているのだから。


 足元のはるか下、木の根元へストレンジ・ナイツが刀を振るった。微かに揺れる木々がざわっと一瞬音を立てる。俺は二人に向き直り、細く息を吐いた。


「もう少し、俺を疑え」


 なにを、と剣姫が言葉を発すると同時に、道路に乱立していた木々が、束ねた筋を千切るような軋む音を立てて大きく傾いた。剣姫が顔をヒビが入ったかのように強ばり斜め下を向く。まだなにが起きているのか分かっていない巫女は、気の抜けた高い声を上げて剣姫に抱きついた。意識が完全に俺から離れ注意が散漫になる。その瞬間を逃す訳にはいかない。


「闇の奔流」


 言葉が契機となり、右手から怒涛の勢いを得た闇が溢れだした。すぐに剣姫と巫女へ到達し足元の木や周りにあった蔦ごと飲み込む。手から伸びる柱のように闇はそのまま辺りのかしいだ木々を押し流して進み、剥き出しになった地面に落ちて霧散していく。すぐに足元が覚束おぼつかなくなり手を握って溢れる闇を塞ぎ止めた。少しやり過ぎたか。足に闇を絡ませて枝から飛び降り、二人の行方を探す。


 二人はビルの屋上にいた。よく見ると巫女を小脇に抱えた剣姫が仁王立ちしている。すでに巫女の目から流れていた水流は消えていて、剣姫も十字剣の方を手放している。おそらく盾に使ったのだろう。とりあえず一安心だ。剣姫の形相ぎょうそうが少し気になるが。


 戦線はすでに銀行の周りへ収束していた。見ようによっては追い詰められた獲物の群れだが、見せかけに過ぎないのは知っての通りだ。攻撃はすでに佳境へ差し掛かっていて、金庫から強奪した金銭を詰めた麻袋も放棄している。これは当然だ。金を持ったまま逃げたりなどしたら敗北とは言えないし、第一会計処理が震えるほど面倒なことになってしまう。当初の作戦通り、金は機動隊に奪い返させていた。後は撤退のみだ。


 軍人と小競り合いをしていたバド・ディプレッションが目線でこちらに合図を送った。小さく頷き、銀行周辺に陣取っていた機動隊に向かって闇を撃ち込み、後ろから抉じ開けて突入する。野太い悲鳴が消える前にさっさと飛び込んで、反撃を受ける間もなく突き進む。蔦を切り払い、部隊の前に立ち塞がった。バド・ディプレッションと共に参戦した悪役に混じって、ラフ・テンペストもストレンジ・ナイツもここにいた。英雄相手に戦ったのだろう、衣装が所々破れ、傷を負っていた。


「旦那。もう弾切れですぜ」


「まだ回収部隊は来ねえのかよ。そろそろ限界近いぞ」


「分かっている。ディプレッションが戻って来たら……」


 刹那、大量の種子が機動隊目掛けて空から降って来た。いや、降って来たと言うより撃ち込まれたに近い速度だ。高速で飛来した大粒の種子に装備を狙い打ちされ、屈強な機動隊から悲鳴が上がった。即座に二人の英雄が木々を縫って二色の火炎の防壁を展開させる。種子が蒸発する耳の奥に残る音と舐めるような熱気が代わりに降り注ぎ、煤と、灰と、轟音が場を占領する。朱色と青色とが混ざり合う火炎をすり抜けて、ドレス姿のバド・ディプレッションが落ちて来た。


「遅くなったわね」


「全くだ」


 上空を焦がしていた二色の炎が消えると、部隊は、完璧に取り囲まれていた。もう突破して逃げる隙間も、余力も、作戦もない。一時間程の戦闘は終わりへと急速に進んでいる。完封なきまでに敗北していた。木々に遮られた空を見上げると、細切れに見える青の中で、点ほどに小さい機影が回りながら地に降りている。


 最前列に立つ静かなる軍人が冷たい声で叫んだ。


「雌雄は決した! 我々の勝利だ! 英雄法第十八条一項により諸君等の人権及び主張は剥奪されるが、同条二項により投降すれば生命は保護される。武器を捨て、その場に膝まづけ!」


 軍人が手を振り上げると、機動隊が俺達に銃口を向けて攻撃の構えを取った。ため息を吐いて、隣に立つディプレッションに呟く。


「俺に英雄法の解釈の講義をするとはな、良い度胸だ。消極的尊重論で対抗してみるか?」


 うっとりと聞き惚れていたディプレッションは鈴のように幼く柔らかい声で笑うと、首を少しだけ傾けて俺を向きショールで見えないにも関わらずしならせた手で口元を隠して、ささやいた。


「面白い案だけど、みんな眠くなっちゃうわね」


 ふっ、と力が抜けて、肩を落とした。インカムからオペレーターの声が流れる。


「本部より各員に告ぐ。SESの準備完了。通信終了十秒後に発動予定。繰り返す。通信終了十秒後に発動予定」


「終わりね。残念」


 優艶にかぶりを振り、ディプレッションは静かに歩き出し軍人に手を差し伸べた。機動隊に緊張が走り英雄達は迎撃へと構えるが、軍人がそれを制する。


「投降、するか?」


「いいえ」


 軍人の言葉に即答する。碧の貴婦人は追い詰められたとは思えぬほどゆっくりと腰を折り、優雅にお辞儀をすると、凪いだ風に揺れる柳のようなしなやかさでふわりと天を仰ぎ、滔々と透き通った声で言葉を発した。


「今日も負けてしまったわね。残念。また会える日を心待ちにしているわ」


 美しい声だった。一瞬、全ての者が聞き惚れた。だが、軍人だけがその言葉の真意を見出し、地を蹴ってディプレッションに殴りかかった。他に追随した英雄はいない。両の手に嵌められた鉛色の手甲に大気を歪ませるほど力を入れ、一撃で命を刈り取るほど高められた必殺の拳が舞い上がった。


 だが、全て遅すぎた。


 軍人の一撃がディプレッションに掠めると同時に、戦場は、煙に包まれた。



―――――――



 シャワー室から出ると、妙に緊張した秋葉さんが居心地が悪そうにそわそわしながら、廊下の隅に佇んでいた。ここの廊下には男子更衣室しかないので、多分僕を待っていたのだろうが、道行く半裸のむさ苦しい集団から避けていたら(顔が赤いから恥ずかしくて?)いつの間にか端のほうに追いやられてしまったらしい。縮こまっている姿は、やっぱり猫っぽい。もう少し眺めてようか、なんて思っていたら見つかった。駆け寄ろうとして竦む秋葉さん。慌てて近づく。


「どうかしましたか? デブリ……じゃない、報告会議はまだですよね?」


「いえ、そうではなくて……」


 なんとも形容しがたい表情を浮かべて僕を見つめる秋葉さんは、もどかしいのか、唇を噛んで、んーと顔を寄せてきた。えキス? ってんなわけないだろ。ええとああそうか。


「女子更衣室ならこっちじゃなくて一本横に入った所にありますよ。多分太刀風さんはまだそこにいると思います」


「はいっ。ありがとうございます」


 勢い良く頭を下げ、ローファーを鳴らしながら胸を張って歩き出した秋葉さんは、本部のほうへ真っ直ぐ進んでいった。実際の作戦を間近で見て、なんだか少し吹っ切れたようである。まだ受け入れられてはいないだろうが、修練室の方へ曲がった秋葉さんの背中には、恐怖やその他の負の感情は感じられなかった。根は素直なタイプなのだろう。まだ頼りない感じがあるけれど、初めての部下だしある程度の信頼は……って。修練室?


「秋葉さんちょっと待ったー!」


 慌てて秋葉さんを追い修練室へ駆け込んだ。むんっと鼻を突く熱気の中には、前張りが必要なほど殆ど全裸で筋骨隆々な男たちを前にして、顔を茹蛸の如く真っ赤に染め目を見開きフリーズする秋葉さんがいた。彼らは非番の戦闘員だ。多分格闘訓練でもしていたのだろう。秋葉さんの腕を掴みすいませんと半ば叫ぶようにしてきょとんとしている戦闘員たちに謝り、外へと引っ張りだして走った。少し遅れて修練室中から地鳴りのような唸り声(男の歓声)が聞こえて、更に足を速める。女性の極端に少ない職場なのだ。野獣の前に猫なんて放り出したらどんな目にあうか分からない。


「……ッは!! わ、わたしはなにを」


「秋葉さん……」


 記憶が飛ぶ程の衝撃だったのか。(ほぼ)全裸の男たち。


 そのまま行かせたらどこに行くのか分からないので、このまま放心状態の秋葉さんを引っ張って先導する。まだ顔はまっかっかだ。かろうじて意識はあるのか、素直に足は動いている。


 五分ほどふらふらした秋葉さんの手を引いて歩き、女子更衣室のすぐに目の前に着いた。流石にこの先までついていくことは出来ないので立ち止まると、ようやく回復したのか、険しい表情を取り戻した秋葉さんが唇を噛んで更衣室を睨んでいた。小さく首を振る。ちょっと思い詰めてるみたいだ。まあ戦場で戦うラフ・テンペストの姿を見た後に怒らせた事をわざわざ掘り返して謝るのだから、それなりの緊張感や恐怖があるのだろう。特に太刀風さんは普段から恐いからな。感情が高ぶるとすぐ犬歯見えるし。


「ここまでで良いですか?」


 なんとなく聞いてみてから、あまりに過保護過ぎたか、と後悔する。年上なんだし気にかけすぎか。


「出来れば来て頂けると助かります」


 あれ? おかしいな。僕の耳変になった? 女子更衣室に着いてきてって言ったよね今。


 シャワーの音が微かに聞こえる更衣室に歩き出そうとして、慌てて引き留める。


「ちょっと待って下さい。本気ですか? 僕に着いていけと?」


「駄目ですか? 更衣室は共有の設備ですし、特段許可を得る必要はないと思いますが」


「駄目ですよ! あそこ女子更衣室でしょ! 僕は男ですよ!?」


 はっ、と明らかに今気が付いたような顔になり、目を見開いて、未だ僕の手を握ったままの自分の手に視線を落とした。冷たい沈黙が少しの間流れる。徐々に頬を赤く染めいく秋葉さんは、ぎこちなく顔を上げ、さも分かっていたかのように口を開いた。


「か、関係ありません」


「そこで変な意地張らないで下さい!」


「……なに騒いでんだよ明日輝」


 秋葉さんと同時に飛び上がり、振り替えると、黒のタンクトップ姿の太刀風さんが更衣室の入口にあきれ顔で立っていた。髪からはまだ水が垂れていて頬も僅かに上気している。シャワーを浴びてすぐなのだろう。いくら凹凸が少ないからと言っても、流石に目のやり場に困る。すぐに表情を険しくさせた秋葉さんは僕の手を離して直立不動になり、意を決して歩み寄った。


「あの……太刀風さん」


「んあ? なんだよ高慢女」


 不機嫌な顔をつくり太刀風さんは壁に寄りかかり腕を組んだ。古傷の目立つ肌は細くとも厚い筋肉に覆われていて、特に肩から肘にかけて青いアザや生傷が目立つ。上背のある太刀風さんと僕と同じぐらいしかない秋葉さんが並ぶと、その差は歴然だ。圧倒されたらしい秋葉さんだったが、ゆっくりと視線を上げ目を合わせた。


「……いえ。先程は失礼な事を申し上げて、本当にすいま」


「うるせえ謝んな」


「……え?」


 苦そうな口調で言葉を遮った。首を傾げる秋葉さんに、太刀風さんは苛立ったように犬歯をつきだし、顔を背ける。


「謝んなっつってんだ。あん時のことはもう忘れろ。あれはあたしも悪かった。……あんたが謝ったら、あたしも謝んなきゃいけなくなんだろうが」


 恥ずかしいのか、それとも照れ臭いのか、太刀風さんは舌打ちをし、更衣室の中を覗き込むようにして顔を隠してしまった。


 少しの間黙っていた秋葉さんは、なにかをさっしたようで、小さく返事をして、深く頭を下げた。なんだか上手くいきそうで良かった。ほっとした。


「……あー、そうだった。明日輝。やよの奴が呼んでたぞ」


 首が赤くなって来た太刀風さんは、再度舌打ちをし、顔を隠したまま言った。慣れない事をして居心地が悪いらしい。欲を言えばもう少し親しくなって欲しいので、あとは任せることにした。


「うん。分かった。じゃあー秋葉さんの事あとはよろしくね」


 呆気にとられた二人が僕を一斉に見る。あ、ちょっと恐い。なにかを言われる前に、僕は急いで立ち去った。裏切り者、と誰かから叫ばれた気がするけど、気にせず角を曲がって全力で逃げ出すことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ