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僕の仕事は悪役です。  作者: 朝丘ひよこ
第三章 メイシックな大作戦
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秘密のキーワード


「信じられないです……そんな無謀な戦略が通ってしまうなんて」


「まだ決まったわけじゃないですよ? 秋良の戦略は最有力候補だというだけで、本格的に決定した、という訳ではありません」


 まあ、久千川さんが押しきるでしょうけどね。と、はからずもため息混じりになった呟きが聞こえたらしい秋葉さんは、神妙な面持ちで頷いた。いやいやあなた久千川さんバーブレス・ロワー知らないでしょうなどと軽口をいえる気持ちにはなれない。


 空調が効きすぎてかなり肌寒い廊下は、なんの趣向か前後一メートルにしか明かりが点いておらず、歩くのにあわせて壁上部と足元のライトが点いたり消えたりしている。パンツスーツの秋葉さんは寒くないのだろうが、薄手のシャツを着てきてしまった僕にはかなり堪える温度設定だ。そろそろ夏が始まるからと気を抜いて薄着したのが間違いだった。


「そもそも、戦略プランナーというものがよく分からないんですけど、悪役関係の方ではないのですか? その五味秋良さんという方は普通の大学生なのですよね。なぜそんな仕事を? というより……」


「センス保持者でもないのになぜ協力するのか、ですよね」


 隣を歩く秋葉さんが深く頷いた。信じられないと拒絶している、というよりかは、意図が分からず困惑しているといった方がいいだろう。いい兆候だ。なぜかと考えるのはこの業界において二番目に必要なスキルである。元々頭がいい人は、やっぱり違うね。


 話の取っ掛かりを考え、ちょうどいい所を見つけて口を開いた。


「悪役の協力者はその立場上、英雄法の裏の使い方、悪役法と呼んでいますが、その実態を知っていなければいけません。事務方の人やお偉いさんなんかは例外なく英雄庁の人たちなんですが、それ以外の人たち、例えば秋良のような戦略プランナーや、作戦時に僕らと一緒に行動する戦闘員の人たちなんかは、殆どがスカウトされた人たちなんです」


「スカウト……ですか?」


 不思議そうに首を傾げる秋葉さんをみて思わず笑みが浮かぶ。僕もこんな仕組みはありえないと思っていたが、秋良という実例を見てやっと理解できたぐらいだ。


「このスカウトも受動的パッシブ行動的アクティブかで分かれるんですけどね。行動的アクティブスカウトの場合はオペレーターや戦闘員のように比較的人数を必要とする場合です。この場合は即戦力として使える人をリストアップして、その中から精神分析や行動分析などいくつもの項目をクリアした人たちにコンタクトを取ります。聞いた話によるとバリエーションが様々あるらしいですが、大抵はあっさり引き受けます。給料はいいですしそういうことに抵抗のない人を選びますからね」


「でも、中には断る人もいるのでは?」


「そういう人はすぐに諦めて、全て忘れてもらいます。心理操作というニューセンスをもった人が綺麗サッパリ記憶を消去してしまうらしいですよ」


 少しおどけてそういうと、秋葉さんは顔を少し青くして身体を震わせた。なんとなく考えていることは分かる。多分巨大な装置を使って脳を弄くるイメージでもしているのだろう。実際のところ、僕の知っている心理操作のニューセンスを持つセンス保持者の知人は、無意識の内に効果圏内に入った人とリンクを張ってしまう傍迷惑な人だった。記憶を消すのだって瞬き一つで出来るだろう。それはそれで怖いものはあるのだけれど。


「それで……受動的パッシブスカウト、というのは一体なんですか?」


 僕が笑みを浮かべているのをはぐらかしているとでも思ったのか、秋葉さんの目付きが鋭くなった。それでも僕は、笑うのを止められない。


「さっき、悪役の協力者は悪役法の実態を知っていなければいけない、っていいましたよね。さてここで問題です。悪役法について、一般の人が気づいてしまった場合はどうすると思いますか?」


 それまで動き続けていた秋葉さんの足が中途半端な位置でぴたりと止まった。眉間にシワがグッとより、ゆっくりと僕のほうを見る。


「あるかもしれないとは思っていました……けど、もしかして、その人たちを?」


「そうです。済崩なしくずし的にね」


 そう。天才秋良はあろう事か自分一人の力で英雄と亜悪、英雄庁と悪役の関係に気がつき、しかも何をどう調べたら分かったのか、悪役の拠点があることを調べ上げ、更に英華基地の入り口が地下駐車場であると分かると直接乗り込んできたのだ。その時秋良は十四歳。まだ中学生だった。


「本当は親族に悪役、もしくは悪役協力者がいてそこから悪役法に気がついた人を取り込むための制度だったんですけど、時々こういう馬鹿みたいな天才が現れるので変則的に使われているんです。五年に一人いるかいないかくらいですけど、今でもこうしてスカウトされているんですよ」


 秋葉さんは言葉が詰まったように口を閉じて息を止めていたが、がっくりと肩を落としため息ともつかない息を吐いた。国内トップクラスの東中大主席卒としては、世の中に自分より遥か上の天才がいることに色々と思うところがあるらしい。


 そろそろ寒くなってきたので、また歩き始める。やっぱり何か着てくればよかった。肌寒いを通り越して悪寒すら感じてきた。指先をこすり合わせて、さりげなく配置されている監視カメラを見上げる。秋葉さんを連れてったらどんな反応をするのか、と想像して噴き出しそうになった。絶対面白いことになる。


 そんな事を考えていたせいだと思う。


「どうして五月祭典に悪役は必ず乱入するんですか?」


 秋葉さんのこの言葉に、身体を止めてしまったのは。


 少し先へ行ってしまった秋葉さんが怪訝そうな顔で振り返る。まずい、何も出てこない。嘘でもいいから何かいえばよかったのに、こんな反応したら何かあるといっているようなものだ。数瞬遅れて誤魔化そうと口を開いた瞬間、秋葉さんが手のひらを向けて僕に突き出した。またピクッと止まる。


「……なにか隠しているとは気がついていましたけど、突破口がこんな所にあるとは思いませんでした。驚きの喜びです。それでもちろん――」


 話して頂けますよね? と睨まれ、音を震わさなかった息が、ヒュッと肺から出て行った。



――――――――



 空調の音が鳴り続ける。


 無言が続く。


 秋葉さんの目は僕から離さない。


 数秒、不可視の剣戟が飛び交い、空を裂いて首元へ振り下ろされた。それが切っ掛けだった。


 ため息を吐いて目を閉じ俯いた。秋葉さんがぐっと迫ってきたので仰け反り、逃げるために再度歩きだした。僕はどこから説明していいのか、というかどこを端折ろうかと思案する。思わずため息をつくと、ふっと秋葉さんの目付きが鋭くなった。言外に飛ばさないでくださいねと釘を刺され、視線が泳いだ。


 こういう感の鋭さは案外困るものだな、と改めて気がついた。胸中でため息をついて、ずっと引き伸ばしていたことを話すことにした。悪役の歴史は、初めから知らないと分からない。


 壁から生える監視カメラをみて、またため息をついた。


HumanヒューマンMinorityマイノリティ、という言葉を聞いたことはありますか?」


「……ヒューマン・マイノリティ、ですか? 歴史の勉強をしたときに聞いたことがある気がしますが……」


「それはおそらくminority(マイノリティ)raceレイス、つまり少数民族のことでしょう。戦前のかなり前まであった山村集落のことです。僕が言ったのは人類少数者ヒューマン・マイノリティです。あれだけの資料を読んだんですから、どこかで見た記憶はありませんか?」


 突然の話題転換に一瞬驚いた秋葉さんだったか、すぐに追いつき、額に手を当て考え始めた。ぶつぶつと何かを呟き、数秒で顔を上げた。が、表情は晴れない。


「……十九年前の戦略プランに関する蓄積資料の中に一度だけ、出てきたと思います。確か首都の第1特別警戒区域で行われた大規模戦闘の戦略プランで、名前は……」


「The holiday of the end、終末の休日ですね。あれは様々な利権や確執から解けなくなったしがらみを断ち切るための作戦だった、と僕の師匠から聞いたことがあります。三日三晩戦闘が行われ、英雄悪役ともに死傷者を大勢出した、最悪の戦略でした。そのときに持ち出されたのがプライド・オブ・ヒューマン・マイノリティ、人類少数者の誇りという言葉です。長年悪役をやっているセンス保持者にとって、その言葉は簡単に無視できない言葉なんですよ」


 なぜか知りたいですか? と聞きかけて、この聞き方は間違いだと気づき寸前で言葉を飲み込んだ。秋葉さんの今の原動力は好奇心だといってもいい。そんな人に煽るような聞き方をすれば絶対に意地を張る。出来れば興味を持ってほしくない、聞いてほしくない話でもあるので、触りだけで終わらせたい。


 頭の中で、悟られないように嫌な部分を飛ばしながら話の流れを組み立てる。


「ヒューマン・マイノリティとはつまり僕たちセンス保持者の事を指します。いまでは全くといっていいほど使われないのは、言葉には恐ろしいほどの侮蔑の意味が込められているからです。それこそ、悪役を亜悪と呼ぶ事なんて目じゃないほどに。一番最初にこう呼んだのは第二次大戦後の米国で、それがこの国にも輸入され、当然のように使われ始めました。一種の迫害のためにです。元々亜悪はセンス保持者の犯罪者、悪人の事だっていうのは前にも話しましたよね? 当時、第1特別警戒区域の最高責任者だった人は亜悪が悪人から悪役に転換した時の実情を知っていました。だからヒューマン・マイノリティという言葉に反応したんです。それが、あの結果に」


 戦略『終末の休日』が終わった後、街が一つ地図から消えたとまでいわれている。そこまで過激化した原因がたった一つの言葉を使ったからだ、と知っている人はこの世に何人いるのだろうか。僕にも想像できない。


「五月祭典も同じです。何十年前から始まったのかは覚えていませんが、元々五月祭典は『英子スグンコ祭り』という名前でした。英子とは、優れた幼子という古い方言なのですが、ヒューマン・マイノリティが使われ始めてから、ニューセンスを持たない普通の人、という意味が加えられました。それを悪人が襲ったのが事の顛末の始まりです。英雄が配置され警備が厳重になっても悪人たちは毎年決まって襲い、それが、悪役となった今でも続いているんです。ひどい伝統もあったものですよね」


 こつん、こつん、と二人分の足音だけが響く中、僕は秋葉さんを肩越しに振り返った。案の定、眉間に力を込め嫌悪感をあらわにしていて、されど青臭い感情を隠そうと俯き顔を背けている。聞かなければ良かったと後悔しているのかもしれない。それでもいいと思う。また甘いといわれるかもしれないけど、悪役でもまったく知らない人がいるのだから、秋葉さんが知らなくてはいけないわけではない。好奇心は使いようによっては死に到る毒だ。今ここで秋葉さんを引きずり込むわけにはいかない。


「ですが、いまではそんなことを知っている人はまったくといっていいほどいません。ですので秋葉さんがそこまで深く知る必要もな」


「おかしいです」


「いわけで……え?」


 足を止めてまた振り向いた。秋葉さんが歯を食いしばり拳を握って僕を睨んでる。え?


「それだけでは全然説明になってません。ヒューマン・マイノリティ? そんな言葉があるならなぜ現在では使われていないんですか。そもそもセンス保持者が迫害されている理由は? 英雄はなぜその対象外になったんですか? 悪人はいつまでいたんですか? いつ悪役に? それだけでは説明として不十分です。納得のいくよう説明してくださいっ!」


 さっきのしおらしさはどこへ行ったのか、頬を上気させ足を踏み鳴らしながらこちらへ近づいてくる。思わず迫力に中てられて後ずさりし、抑えるように手を突き出した。このままでは負ける、と直感する。このまま押されれば逃れることができない。油断をし過ぎたのだ。新任と侮っていたが秋葉さんは英雄庁の幹部候補生。頭の切れ味は並大抵のことではない。まだ一月ちょっとだと思っていたが、一月ちょっとでここまで調べられる人間が普通のはずがない。秋葉さんは優秀で有能で、なおかつ有才すぎる。この人の本質は秋良と一緒だ。好奇心と知識欲が異常な人種。それに見合った行動力と頭脳も持っている。僕の中の天秤が今、大きく傾いた。頭の中でアラームが鳴り響く。この人は危険だ――


『新人よ!! その意気やよし!!』


 張り詰めた空気をぶち壊すように、スピーカーから規格外の割れた大声が鳴り響いた。岩のような角の目立つごつごつとした声。僕と秋葉さんはびくりと身体を震わせ、頭上の小さなスピーカーと隣にあるカメラを見上げた。突然の巨大な音に耳鳴りがする。


『突然怒鳴るな咆哮! せっかく面白くなってき……ごほんごほん、闇の真理! そんな所でだらだらしてないで早く来ないか!』


 今度は若い女性の怒鳴り声がスピーカーから響いた。また身体を震わせた秋葉さんは、恐る恐るといった様子で僕へと視線を移し、口を開いた。


「あの……聞いていませんでしたが、私たちはどこへ向かって歩いていたんですか?」


「ああ、そうでしたね……」


 僕は両手で目を覆い、前髪を掴んだ。赤茶けた、錆色の髪が揺れる。ため息が漏れそうになるのを必死で堪え、口を開く。


「電子の女王、椎名やよの住処。英華基地第一セクションです」



――――――――



 そこには案の定というか、四人が揃っていた。


 花の幹部、憂いの蕾バド・ディプレッションこと琴吹ことぶき芽生めいさん。


 風の幹部、断頭台の涙ガロウズ・ティアーこと伊加利いかり妙見みょうけんさん。


 鳥の幹部、野蛮な咆哮バーブレス・ロアーこと久千川くちかわ克己かつみさん。


 諜報部特別顧問、電子の女王エレクトロニカル・クイーンこと椎名やよ。


 そして僕。月の幹部にして闇の真理ダーク・アブソリュートである七緒ななお明日輝あすき


 表裏合わせた英華市悪役の顔が勢ぞろいだ。最悪なことに。


「よう小僧っ子。仕事場で逢引か?」


「馬鹿なこといわないで下さい久千川さん。今時そんな死語誰にも伝わんないですよ」


 肩を落としてドアをくぐると、スピーカーで聞くより大きい笑い声が轟いた。後ろで秋葉さんが硬直しているのが分かっていたので、振り向いて立ち尽くす秋葉さんに手招きしてあげる。ピエロも真っ青のフリーズ中だ。仕方がないので後ろに回って背中を押してあげる。おずおず、といった様子でようやく歩き出す。


「七緒氏も地形データを所望かな」


 背中がかゆくなるようなよく分からない言葉をハスキーな声でいったのは、デスクの向かい右側に立っている伊加利さん。会議にも着ていたツーピースのダークブルーのジャケットは今は脱いでいて、高そうな(というか間違いなく高い)ベストを見せている。今はワイヤーフレームの眼鏡をかけていて、ニヒルに微笑む口元を左手で撫でている。


「まったく、真理が一番最後とはいいご身分だな。しかも廊下でだらだらと長話なんかして。さっさと来ないか」


 苛立たしげにそういうのはイスにふんぞり返って座っているやよ。風邪はすっかり良くなったらしく、真っ白な髪を丁寧にシニョンで纏め、赤みが浮き出た指を僕に向けている。デスクの上のディスプレイにはまだ監視カメラの映像が映っていた。ご丁寧にも録画モードの赤いランプが点いている。後で消しとかなきゃ。


 そのすぐ右横、半ばイスに隠れるように立っているのは芽衣さんだ。会議のときは流石に前髪をピンで分けて目を出していたけど、普段モードに戻ったのかカーテンを下ろしてしまっている。儚げに揺れているのは見慣れぬ秋葉さんがいるからだろう。手に会話用の電光文字板テキストボードを持っているので恐らく会話には参加しているのだろうが、芽衣さんは僕かやよにしか言葉を口にしないのでそれも微々たるもののはずだ。


 そして、デスクの向こう、左側に仁王立ちしてるのが久千川さん。ダントツで背が高く体格もいいので熊がツナギを着て立っているようだ。角ばった顎には無精ひげが生えており、左下には縦に傷跡が残っている。左手に持っている分厚いファイルは、恐らく印刷されたデータだろう。肉体派のアナログ人間なのでパソコンなどの電子機器が使えないから、久千川さんはいつも活字にしなければいけないのだ。


 ぎこちなく歩いていた秋葉さんは四人の前で立ち止まり、殆ど垂直に直立した状態から、深々と、殆ど八十度近くまでお辞儀した。それから、あたふたと口を開け閉めし、やっとのことで言葉を放つ。


「も、申し遅れました。私、先日配属されました秋葉杏音と申します!」


 ガッチガチに緊張しているのを見ると普段の僕への対応との差をなぜか感じてしまう。僕も一応彼らと同等の立場にいるんだけどな。バイトだけど。身分制度について考えて悲しくなってきたので、僕は当初の目的を果たすことにした。


「やよ、データ頂戴」


「ふん、それが人にものを頼む態度かね? それ相応の対応というものがあると思うのだけど」


 無言で未開封のラッキーストライクのボックスを差し出すと、ほくほく顔でUSBを渡してきた。隣で芽生さんの顔(というか口元)がすごいことになっているが、それは僕の範疇外である。


「あの、それはなんですか?」


 まだ緊張の抜けない秋葉さんだが好奇心は動くらしい。ポケットにしまったUSBを見て秋葉さんが顔を寄せて来た。説明しようか、と一瞬悩んだのを、やよが目聡めざとく発見し、代わりに口を開いた。


「それは五月病メイシックの詳しい作戦データだよ、大卒の小娘。みらいさーくる会場の地形データから環境状況、英雄の簡略的な行動範囲、当日のシミュレーションなど、事細かな情報が詰め込んであるのだよ。なにしろ予行練習など一切できないぶっつけ本番だからね。不測の事態に備える手段はいくつあってもいいのだよ」


 ぶどう色の瞳が秋葉さんを捉え、一切口を挟む間もなくいい切る。呆気にとられる秋葉さん。呼び方は大卒の小娘に決まったらしい。なんというひどい呼び方だ。というか、年齢的には秋葉さんもやよもそれほど変わらないはずだろ。


「それから、闇の真理」


「ん? なに?」


 秋葉さんをにやにやと見ていたやよが突然僕の方を見た。乳白色の人差し指と中指でちょいちょいと呼ぶので、躊躇いがちに顔を寄せる。


「エンジェルセントが呼んでいたぞ。今日の四時に来いといっていた。いつもの件らしい」


 ぴく、と身体が止まる。ポケットからスティーを取り出し画面を点けた。常に表示させている右上の時計には、17:13となっている。息が止まりかけた。


「既に遅刻じゃないか! なんでもっと早く教えてくれないんだよ!」


「私の所為ではないぞ。会議の後私の所にすぐ来ないのが悪い」


 あまりにも平然と聞き流すやよに掴みかかりそうになって、しかし時間の無駄と悟りすぐに諦めた。その代りにやよのラッキーを奪い取る。泣きそうな顔になったやよを無視してドアへ向けて走り出した。


 が、すぐに泣きそうな秋葉さんに腕を掴まれこけそうになった。


「どこに行くんですか七緒さん!! 私をここに置いて行かないでください!!」


「すいません秋葉さん! 僕は可能な限り最速で行かなければいけない用事が出来たんです! 悪いですけど離して! 僕の! 僕の明日の命がかかっているんです!」


 必死の秋葉さんを振り切り、僕は半泣きで肌寒い廊下を全力疾走した。



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