入札という名の独壇場
英雄の中で一番強いのは誰か。
もし時間に余裕があったら、一度英華市民にそう尋ねてみるといい。これで君も英華市の英雄マスターだ。
英華市には現在三十五人の英雄がいる。しかし、十人に聞けば十通りの、百人に聞けば百通りの、数を集めれば集めるほど様々な意見が出てくる事になるだろう。一人として同じ意見はないと断言できる。
格闘戦なら誰それか? 空中戦ではどうだ、市街地では彼だ、乱戦なら彼女だろう、などと際限なく膨らんでいく。僕が思うに飲み会の話の種にしてはいけない話題ナンバーワンだ。なぜかというと、終わりというものがないくせに誰も持論を曲げないからである。
だがそれも、当然といえば当然の話だ。いつの時代も、自分が好きなヒーローには最強であって欲しいと願うからである。簡単に自分の信じる主張を曲げる者などいない。そもそも比べられる訳がないという至極まっとうな意見を出す事が出来るのは、英雄に全く興味のない者か、欲のない聖職者だけだろう。いや、聖職者なら自分の信じるカミサマを上げるかな。
対称的に、亜悪については意外にも殆ど議論にならない。
なぜなら、皆の意見が一致してしまうからだ。
その名は『鳥』の幹部、バーブレス・ロアー。本名を久千川克己という。生体干渉のニューセンスを持ち、自身の肉体を組み替え獣の姿になり格闘という名の肉弾戦を好む、幹部歴十二年、補佐歴七年、総悪役歴二十四年の最古参だ。
元々は別の地区で働いていたらしいのだが十二年前に英華市へ転勤になり、我らが組織、クロス・スクエアの幹部となったのである。僕の年齢以上のキャリアを持つ彼は、現場指揮権、作戦管理権、作戦立案権という三大権を併せ持つ作戦実行責任者という、現場においてのただ一人の最高責任者である。前任は松永先生なのでその凄さが分かるだろう。
彼の凄さは責任者としてだけではない。一対一の戦闘にいても彼の右に出るものはおらず、僕も組手で一度も勝ったことがない。多分本気でやったら松永先生でさえ相討ちだろう。
生体干渉というのは文字通り自分という『生体』に『干渉』するニューセンスで、世界的に多く、またこれほど見た目にはっきりと出るニューセンスはない。なにせ半人半獣に変身するのだ。その獣と変化率は人によって異なり、バーブレス・ロアーの場合は獅子に変身する。変化率とは通常の状態をゼロとして、モデルとなる獣を百とした変身の度合いである。この用語が使われるのは生体干渉のみで、つまりこのニューセンスがどれほど多いか分かるだろう。その中でいえば、彼の右どころか背中に追いつく者は世界中探してもいないかもしれない。
バーブレス・ロアーが戦っているのを見たことがある人は、決まってこういうのだ。
「最強の生命体だ」と。
そんな悪役界最強の男が、実は僕の目の前で鼻をほじりながら大口開けて欠伸をしている、ネズミ色のつなぎを着た工事現場のおっちゃんみたいな男だといっても、誰も信じてくれないかとしれない。いや、ほんとだって。
久千川さんが目尻の涙を拭きながら短く刈り揃えた頭をガシガシと掻いた。退屈なニュース番組を見ている休日のガンコ親父みたいだった。絶対本人にはいえないけど。
「次に、本作戦における有効性ですが、二方向からの奇襲による攪乱によって――」
壇上ではピッチリとしたスーツを着込んだ熊沢さんが薄っぺらい資料を三十分もかけて説明している。会議室にいる大半の人が呆れているなか、堂々としてられるのはもはや才能かもしれない。
英華基地の第3セクションにある作戦会議室では今、来る祭りの作戦プランを巡って作戦プランナー達が自身の立てた計画を披露している最中である。五月病と名付けられた作戦は、英雄庁のお偉いさん達が作った骨格しか決まっていない。
骨格とはつまり、悪役幹部の参加人数、作戦実行地点、行動時間、それに勝敗だけ。これは年度計画によって決まっており、半期ごとに新しいのが渡されている。これに作戦プランナーが肉と皮を付けるのだ。
今回の五月祭典は年に三回しかない大規模作戦の内の一つなので、いつもは内々で決まる担当作戦プランナーも公募で選ばれる。知ってる限りだと十人くらい常在作戦プランナーがいるはずだが、今回は小隊長と幹部の総力戦という縛りがきつ過ぎたためか、五人しか参加していない。今のところ最有力候補はトップバッターのエリートさんで、祭りの終了間際に本部を乗っ取り会場を暗転させた後小隊長が揃っているステージを取り囲むように登場するという、ややパフォーマンスじみた作戦だ。この場合僕は芽生のサポート兼護衛役になるので、結構楽ができる。熊沢さん? 論外に決まってる。
作戦会議室は扇状になっており、中心部にはスクリーンをバックに熊沢さんがいるステージが、そこから見渡せるように席はひな壇状に一段ずつ高くなっている。感覚としてはステージを見下ろす感じだ。五十人入るかそこらの小さな部屋には人は半分ほど座っている。ステージの目の前に御手洗さんや達磨さん他英雄庁から来ているお偉いさんが横二列にいて、一列空けて伊加利さんと久千川さんが、その後ろに僕と芽生さんが座っている。
他には戦闘員を仕切る作戦管理部のおっちゃん達やオペレーターの総監督である情報管理部のおば、もといご婦人。諜報部や総務部、技術開発部、施設部、会計監査役の重役が揃っており、もちろん僕以外に二十代はいない。肩身がものすごーく狭い思いだ(ちなみにだが、やよはこういう会議に出席したことは一度もない)。
若干伸びすぎた前髪をいじって枝毛を探していると、ようやく熊沢さんのプラン説明が終わった。拍手もない無言の帰れコールに意気揚々と退場する熊沢さん。あの人の心臓には毛がびっしり生え揃っているに違いない。
軽くため息をつきつつ、替わりに出て来た奴の顔を見た。ここ一週間学校にも来ないで家に閉じ篭り、一心不乱に戦略を立てていた天才戦略プランナー。こんな真面目な場にでさえポンチョを着てきた男は、ゆっくりとした足取りで会議室の視線を集めると、ステージの中央で立ち止まり面々を見渡した。途中で僕と目が合い、にやりと不適に笑う。
久しぶりに会った級友、五味秋良。
本日ラストにして最有力候補。九千川さんが最強の生命体ならば、秋良は最知の生命体だと思う。
「私の提案する戦略の名前は」
唐突に秋良は語りだした。いつものふざけた方言の混ざった口調ではなく、ひどく挑戦的で真っ当な真剣モードの声色だ。
「The magnificent four。荒野の四人です」
会議室は水を打ったように静まっている。先程の熊沢さんとは比較にならないほどの真剣な空気だ。値踏みするような鋭い視線を一身に受け、秋良はまたニヤリと笑った。その表情はマッドサイエンティストも泣き出すほどの悪人面だ。
秋良はステージのパネルを操作して背後のスクリーンを点けると、ある場所の俯瞰図を写し出した。それは、今作戦の舞台となる、西ブロックの唐沢区にある英華市最大の野外会場だ。
「これは五月祭典を行う予定の、みらいさーくる会場です。面積約四万平方メートル。周辺地を合わせれば約十三万平方メートル。当日の来客者は推定一万人。参加する英雄の数は三十五人。そのうち、戦闘に参加するのは二十九人。小隊長の人数はいわずもがなですね」
秋良はパネルを操作して周辺を含めた詳細図を映す。中心にある丸い楕円がみらいさーくる会場。ここに特設ステージを作り本会場にするらしい。そこから下、つまり南にいけば唐沢駅と店の並ぶ小さな飲食店街、北から西にかけてはバイパスの通る山が広がっており、東へ行けば大釈迦区が待っている。記憶が正しければ、南西へ行けばベッドタウンとして作られた住宅街、カラサワヒルズがあるはずだ。駅の方からみらいさーくる会場へ直通の道が何本か通っており、車の通れる太い道路は途中まで、詳しくいえば会場を取り囲むようにしてある周辺施設までしか行けない。そこにある広い駐車場からは徒歩だ。
「当日は、ここからここまで、ぐるっと警戒線が布かれる予定であり、恐らくそれは変わらないでしょう」
地図に赤い線で警戒線が現れる。こんなのどこにも出ていないから、多分唐沢区まで実際に行ってみて予想を立てたのだろう。線は周辺施設から少し内側の、みらいさーくる会場を中心に円形に書き込まれており、所々赤い丸が園の外、道の途中などに書かれている。恐らくこれは検問だ。円は北西の山からはかなりの距離が開けられ、車道は全て検問を通らないと近づけない。これはかなり厳重だ。近づくには徒歩か、空からしかない。
「五月祭典は朝の九時から始まり、イベントと共に夕頃に向けて徐々に来客者が増えます。終了の九時を過ぎても人は残ると思われるので、最終的には日付を超えるでしょう」
秋良が淡々と話すのに合わせて、スクリーンに情報が書き足されていく。
五月祭典は英雄と触れ合うだけではない。元々ライブやパフォーマンスなどのイベントを寄せ集めたもので、今年は郊外の唐沢区で行うことになり規模が一気に大きくなった。去年街中でやったらものすごい騒ぎと損壊を引き起こしてしまったので、今年はその教訓を生かしたのだろう。
「英雄達は三人一組の八分隊に分かれて行動するものと思われます。詳細な構成は予想だけで何十パターンもあるので控えますが、三分隊がメインの会場で待機し、残りの五分隊は周辺を回って警戒に当たるのが最適でしょう。そして、小隊長は恐らく分隊の指揮をします。八分隊のうち小隊長を含む四分隊は半分がメイン会場待機で残り半分が周囲の警戒。こちらの構成は大凡検討がつきます。ルートですが、この大きさの円で警備するならば、隙は作りません」
トップのエリートさんもここまでは似たようなことをいっていた(といっても抽象的なもので具体的な数字や予想は一切なかったが)。今年の英雄はどうやら本気で僕らを捕まえるらしい。こんなのならやらなきゃいいのに。
「一般の警察官と英雄機動隊の動きについてですが、警察官の最大人数は六十人前後、機動隊は一個中隊を出して百人は堅いです。こちらは主にメイン会場警備と入場規制のための人員と思われます。主な地点ですが――」
「もういいだろう」
秋良の言葉を遮って、久千川さんが声を上げた。僅かに愉快そうな色を含んだその声は、静まり返った雰囲気を一掃する。
「お前が頭良いのは分かったから、具体的な戦略の説明してくれよ」
ゴツゴツとした通る声でそういうと、秋良の顔から一瞬表情が消えた。いや、仮面が剥がれたといった方がいいか。僕は思わず電気が走ったように震えた。ああ、この顔は前にも一度見たことがある。何年前か覚えてないけどこの先の展開は覚えてる。そうだ。秋良の顔から仮面が剥がれて、現れたのだ。天才の裏の顔が。
会議室から音が消え、そして――
「……なんちゃあ、気が早いにゃあ。せっかちは嫌われるぜ?」
真の天才、五味秋良が現れた。
―――――――
「それでっ。それでどうなったんですか! その人の戦略は? 選ばれたのは!?」
秋葉さんが身を乗り出し、思わず後ろに仰け反った。指に挟んだ煙草の細かな灰が舞い膝の上に落ちる。げっ、と声が出て、その行動の恥ずかしさに気がついた暁葉さんが頬を赤くしてすごすごと身を引く。
曖昧な笑みで苦い空気を濁しつつ、僕はギリギリまで吸った煙草を貰い物の灰皿に落とし蓋をした。
会議が終わった後、疲れた頭を冷やすために基地の秘密の部屋に来たら、なぜか秋葉さんが見覚えのない散らかった書類をまとめている最中だった。驚いて立ち尽くす僕と額の汗を気持ち良さそうに拭い振り向いた暁葉さんの目が合い、凍りついた時間は大体十秒くらい。その時色々な言葉を飲み込んだ僕を誰か褒めてほしい。
その後戦略プランの会議の話をしたら秋葉さんが異様に食い付き、なぜか数十分前の会議を洗いざらい吐かされている状況になっていた。
「えーっと、一応秋良の戦略は機密事項になので話せないんですよ」
「そこをなんとかっ!」
この勢いに負けちゃうからダメなんだろうなー。っていうか負けるなよ僕。
そう思いつつも、知りたい知りたいと尻尾を振りながらすり寄ってくる秋葉さんを、無下に扱えないのである。特に、この作戦の事を考えてしまうとだめだ。必死に自制しつつもついつい口が滑ってしまう。
小さくため息を吐き、温くなったコーヒーを少しだけ飲んで、口を開いた。
「秋葉さんは荒野の七人って映画見たことあります?」
「え? 荒野の七人ですか、えー、恥ずかしながらないですね。どんな映画ですか?」
首を傾げた秋葉さんは、一瞬考え僕に聞いてきた。僕は答えない。しかし、僕の表情を見て何がいいたいか分かったらしい秋葉さんは、少しだけ笑った。
「七緒さんもご存じないんですね、その映画」
「はい。秋良はこれを見て戦略の副題を付けたらしいんですが、まあどんな映画なのかすごく興味がありますね。なんせ……」
わざとらしく言葉を切ると、秋葉さんが面白い様に食いついてきた。なんだか演技チックな動きで身を乗り出し顔を近づけてきたので、僕も合わせて口を手で隠して近づいた。会議室での瞬間を思い出す。秋良の言葉に反応できたのは、見事なまでに幹部四人だけだった。他のお偉いさん方はただただ茫然と聞いて理解することしか出来なかった。
それぐらい、秋良らしい戦略なのだ。
「四人で歩いて敵の中に突っ込む、なんて戦略の副題に付けられる映画ですからね。さぞ派手な映画なんでしょう」
秋葉さんは、理解できない、とばかりに首を傾げた。




