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僕の仕事は悪役です。  作者: 朝丘ひよこ
第一章 悪役ノスタルジー
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悪役法


 英雄法が出来た真実の経緯は、世界の正史からは既に抹消されてしまっている。現在世の中で知られている歴史は、国連で作られた偽物だ。きちんとした記録で残っているものは、ある能力の発見者の名前だけである。と言っても一般の人には一生触れることもできないぐらい遠い黒箱の中にあるのだけれど。


 その能力は過去、何度も呼び方を変えながら世界の記録に現れた。呪い。超能力。超常現象。幽霊。魔法。はたまたUFOやUMO等と言った科学的に証明することが出来ない存在。それがなんなのかを発見したのは、ドイツ軍のある将校であった。時代は20世紀の始め、ちょうど第一次大戦が終わった頃であった。


 彼は大戦を終えた後にある噂を耳にした。それは、どんなに激しい銃撃戦でも絶対に被弾しないと言う青年の話だった。彼はありふれた四方山話と思い信じていなかったのだが、軍編成の折りにその噂の兵士が自身の指揮する隊にやって来たのだ。確認すると、兵士は最前線に送られた一等兵だった。まだ幼さの残る、まともに銃も撃てない金髪の青年である。会って話を聞くと、確かに不自然な程怪我をしていない。青年は敵の攻撃をまったく受けていなかった。


 この業界の者ならまず始めに教えられる話だ。彼のやっていたことは『膜壁』と言う今ではごく初歩的なことだ。能力を持つ者なら大抵は似たような事が簡単に出来る。文字通り空間に膜のような壁を作り異物と思った存在を拒絶する、基本的に防御専用のものである。


 将校は青年の能力を普通のものではないと即座に理解した。と言うのも、その青年の他にも噂になった兵士が何人かいたのだ。彼は軍部に報告し、すぐに極秘の研究所が作られた。敗戦国の切り札として使えると考えたのだ。


 その将校の名はヴォルフガング・ケトラーと言う。この業界に入ったなら絶対しるであろう人物、僕らの世界では有名な軍人だ。


 その後の記録は散漫で、簡略的なものしか残っていない。ドイツで見つかった能力が他の国で見つからない訳がなく、またナチスに傾倒していくドイツで軍事利用されない訳がなかった。第二次大戦の裏で能力を持つ者同士の壮絶な総力戦が繰り広げられた。


 しかし、それは歴史に名を残さない、名を残してはいけない戦いだった。


 この能力に正式な名前が付けられたのは第二次大戦末期のアメリカ、核開発に追われるある研究所内であった。研究者の名前はロレンス・スミス。その後世界中で使われることになったその名前は、ニューセンスと言う。


 直訳すれば新感覚。新しい知覚。もっとも、これは方便というか、はっきり言ってしまえば元はスラングだった。ビッグバン理論みたいな蔑称をロレンス・スミスが使い始めたのだが、それがなぜか一般的な呼び方として流通しだし、いつの間にか公式な文書にまで使われるほど有名になってしまった。ニューセンスから飛び火して、僕ら能力を持つ者のことをセンス保持者と呼ぶようになった。別にセンスが良いわけじゃないのさ。


 この能力は、未だになんなのかはっきり分かってない。とりあえず名前は付けられたし細かく類別もされているのだけれども、なぜ僕らにニューセンスが現れたのか誰にも解明出来ていないのだ。


 普通の人にはない感覚。


 普通の人には理解出来ない感覚。


 普通の人には持つことすら叶わない感覚。


 普通の人と絶対に相容れない危険極まりない存在。


 もう一つ隠された言葉がある。それは第二次大戦後に使われ始めた、僕らセンス保持者の総称だ。


 その時代、センス保持者はヒューマンマイノリティ、人類少数者と呼ばれた。



――――――――



 講義が終わっても、僕はまだ講義室にいた。松永先生に挨拶をしておこうと思ったのだ。幸い、と言うかわざとなのだが次の講義を取らなかったので時間はまだたっぷりある。あわよくばコーヒーでも一緒に飲みたい。そう思っていたのだが、かなりの生徒が松永先生の所に話をしに行っていてとてもじゃないが時間を取れそうには見えなかった。


「なんかダメそうだな」


 遠目に見ても二十人は囲んでいる。それも熱心な英雄信者ばかりだ。あの中に入るのは気が引ける。仕方がないので荷物を持ち立ち上がると、松永先生に向かって軽く会釈をした。多分気づくだろう。隣に座っていた女子が不思議そうに首を捻ったのはちょっと恥ずかしかったけど、とりあえず挨拶はしたので失礼にはならないはずだ。


 そう思って帰ろうとしたのだが、急に捕まれた腕の所為でそうはいかなかった。仕事柄こう言う・・・・動作には敏感に反応してしまう。捕まれた腕を捻り逆に掴む手の関節を決めようと振り返った瞬間、額をぺちんと叩かれた。


「こら。きちんと挨拶をして行きなさい」


「あ、東西さん」


 掴んでいたのは松永先生の助手、と言うか松永研究室の院生である東西さんだった。先ほどはキリッとしたしかめ面だったが今はほどよく力の抜けた柔和な表情に戻っている。どことなく呆れ顔なのは愛嬌があるがちょっと怖い。


「なんか先生忙しそうだからまた今度にしようかなって」


「教授が他人行儀嫌いなの知ってるじゃない」


 東西さんは細い眉の端を下げてため息を吐くと手を離して腰に当てた。少しギクリとする。この感じはお姉さんの説教モードだ。


「まったく。あなたはいつもそうやって周りの雰囲気に合わせてばっかりで自分の主張を蔑ろにして。だいたい――」


「こら志乃ちゃん。後輩をあんま苛めないの」


 背中に突然重みがのし掛かりぐへっと情けない声が出る。長い金髪が垂れ下がって来て、後ろにいるのが松永研究室のもう一人の院生である夏目さんだと分かった。説教モードを途中で止められた東西さんは不機嫌そうに唸る。夏目さんは百八十センチを越える身長なので僕より頭一つ大きい。そして、正直苦しい。


「茶化さないで夏目。私は今説教してるんだから」


「うわ。志乃ちゃんなんでお姉さんモード?」


「夏目さん重いよ」


 切実な頼みも虚しく夏目さんは僕に乗ったまま動こうとしない。お願いだから頭越しに会話しないで。周りの視線が痛いから。隣に座っていた女子は目を丸くしてこっちを凝視している。二人は有名人だという自覚がないのだ。滅多に受け入れない松永研究室の院生と言うステータスを二人は分かっていない。早く人目から逃れないと。


明日輝あすきくーん。七緒明日輝くーん」


 ……教壇で生徒に囲まれている松永先生が僕の名前をはっきりと大声で呼びながら大きく手を振った。講義室に残る全ての生徒が東西さんと夏目さんに絡まれている僕を見る。視線が痛い。隣に座っていた女子なんか頬を赤らめながら目を点にしてしまった。


「……どうして名前を叫ぶんですか」


 夏目さんを背に乗せながら顔を上げると、満面の笑みを浮かべた松永先生が嬉しそうに僕の名前を連呼していた。周りを取り囲む英雄信者の顔が怖い。


 僕の日頃の行いが悪かったのだろうか。精一杯の皮肉も、ついに言葉には出せなかった。



――――――――



 英華大学には学部が三つある。文学部。経済学部。そして法学部だ。文系に特化したあまりレベルの高くない大学だが、認知度はかなり高い。なぜかと言うと、松永先生がいるからだ。


 松永和平名誉教授。世界的な法学者で英雄法の研究者だ。日本で英雄法学者と言えば松永先生かニュースによく出てる梅田望と言う東和大の教授ぐらいだ。メディアによく出てる梅田教授と比べると顔はあまり知られていないのだが、松永先生の書いた英雄法についての本はベストセラーになった。時期柄と言うのもあったが、それでも驚くべきものである。


 そんな松永先生の研究室は他の先生と比べるとかなり広いはずなのに、左右に並ぶ前後二段の本棚の所為でひどく狭いような錯覚を覚える。入ってすぐ横のシンクにはコーヒーミルからそろっている先生自慢のキッチンがあり、研究室に入った人は必ずと言って良いほどコーヒーを勧められるのだ。


「さてさて、明日輝君が研究室に来るのは久しぶりですねえ」


 夏目さんと東西さんに挟まれて研究室に連れられて来た僕を笑顔で振り向き見た松永先生は、深く頷いてキッチンでお湯を沸かし始めた。僕を押し込むように研究室に入れた夏目さんが最後に外の廊下へ頭を出して辺りを確認すると、研究室のドアを閉めて二重に鍵を閉めた。確か松永先生の研究室は防音だったはずである。とするとここは密室になったと言う事か。もしかしていけるか。


「明日輝。顔に出てるわよ」


「あれ。出てました?」


 不機嫌そうにため息を吐いた東西さんは先生に顔を向けた。先生は使いきったコーヒー豆の滓を平たいガラス皿に開けてテーブルの上に乗せようと手を伸ばしている。東西さんと目が合うと、にっこりと笑って頷いた。項垂れる東西さん。


「さあさあ明日輝ちゃんも吸いなんせ吸いなんせ。研究室は禁煙の煽りなんざ受けちゃいないんだから」


 勝手に研究室の奥まで入り窓の横の換気扇を回し始めた夏目さんは、長い茶色のカーディガンの内側を漁ると、中からゴールデンバットと安パイプ取り出した。一本抜いた両切り煙草を小さなパイプに捩じ込み百円ライターで火を点ける。


「なんか安いですね」


「貧乏な院生だかんね。これぐらいがちょうど良いのサ」


 そのまま窓枠に腰かけて紫煙を吐き出す夏目さんを見て、東西が苛立たしげに灰皿を持って近寄っていく。なんだかんだであの二人は相性が良いのだ。カバンを本やら雑誌やらで占領されかけている荷物台に置き煙草の箱を取り出し一本抜き取る。銘柄を見て松永先生が小さく笑った。


幸運の一撃ラッキーストライクですか。君らしいですね」


「そうですか? そんなことは……あれ、ライターどこ行ったかな」


 煙草の箱と一緒に入れていたガスライター(一応二百円だ)をどこかに落としてしまったようで、喫煙者にとってこれほど悲しいことはない。火の点けられない煙草などただの紙屑なのだ。夏目さんのライターを借りようと顔を上げた瞬間、目の前に火の玉・・・のような青い焔・・・突然現れ・・・・ゆらりと輝いた。松永先生を見るとにっこりと笑いながら人差し指を焔に向けている。指を左右に振ると、焔も踊るように一緒に揺れた。ありがたく火を貰うことにする。


「この力も最近は煙草を吸う以外に使わなくなってきましたよ」 


「ご謙遜を」


 先生は笑顔のまま指に息を吹きかけると、青い焔は一瞬で揺らめいて消えてしまった。軽く紫煙を吸い天井に向かって吐き出す。最近は喫煙者への風当たりが強くなってきていて、学内で堂々と煙草を吸える場所を確保するのにも一苦労なのだ。ゼミ生用のイスに腰掛けふと息をついた。


「英雄法初講義はどうでしたか? と言っても、君はすでに知っていることばかりで退屈だったでしょうね」


「とんでもありません。僕が知っているのは裏の歴史の事ばかりでしたので面白かったですよ」


 杖をテーブルに立てかけ向かいに座った松永先生はジャケットの内ポケットからシガーケースを出し一本抜き取った。銘柄は、げ、ブラックストーンだよ。僕の視線に気が付いた先生は僅かに苦笑し、孫の漫画を読んでこれが吸いたくなりまして、と恥ずかしそうに咥えた。人差し指を黒い煙草の先に近づけると、また先ほどの青い焔が現れた。


「やっぱりお見事ですねえ。僕はまだ先生のように自然にとはいきません」


 青い焔を吹き消した松永先生は、ふと一瞬遠い目をして、僕の方に顔を向けた。


「こんなものはねえ、意味のないことですよ。できれば君には覚えてほしくありません。君は今代悪役幹部ニューダークヒーロー七尾明日輝ダークアブソリュート君なのですから」


「僕をこの業界に引き込んだあなたがそんな事言いますか? 先代悪役幹部オールドダークヒーロー松永和平フレイムパニッシャー先生」


 向かい合って素面では名乗れないような恥ずかしい名前を言い合った僕と先生は、静かに煙草を吸い紫煙を吐き出した。




 そう。世界的に有名な英雄法学者である松永先生は、実は引退した悪役のトップだった。院生である夏目さんと東西さんはまだ現役の悪役幹部である。実績もかなりのものだ。


 そして、僕、七尾明日輝ことダークアブソリュートは、松永先生ことフレイムパニッシャーの後を引き継いだ悪役のトップの一人なのである。

 

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