第二巻――初期変数-4
ヴィルリアは腕を組み、顎を上げ、唇を尖らせた。いかにも気まずそうな顔でそう言った。
ほんの五秒前、ヴィルリアと天紀はトレイを伊蔚の向かいに置いて席についた。ここはオニール・シリンダー内部トラスの上部三分の一に位置する場所で、もともとは理工大学の低重力ガーデン食堂だった。現在は遠港艦隊の駐屯地食堂として利用されており、静かで上品な環境と特別食材のおかげで、毎日ここで食事をする者はかなり多い。
「んふっ」
伊蔚が缶コーヒーを開け、二口も飲まないうちに、ヴィルリアがまたぼそぼそと言った。
「あんた、一人で食べてるのがあまりにも可哀想だったから一緒に座ってあげただけなんだからね」
その言葉に伊蔚は少し驚いた。四人掛けのテーブルだというのに、そこに座っているのは伊蔚一人だったからだ。
伊蔚としては、一人で食事をすれば他人の目を気にせず思う存分食べられる、という程度の認識だった。ところが彼女から見ると、どうやら孤立した可哀想な人間に見えたらしい。
「ヴィルリア、もう問題を起こさないで」
天紀は手にしたスプーンでヴィルリアの額をこつんと叩いた。
「うぅ......」
「ごめんなさい。ヴィルリアはこういう性格なの」
天紀はまた申し訳なさそうな笑みを浮かべた。二人はかなり仲がいいらしい。
「気にしないで。私は別に気にしてないから」
「そういえば、リノは一緒じゃないの?」
伊蔚は少し思い返した。リノは授業が終わると携帯ゲーム機を持って一人で去っていったらしい。どこへ行ったのかまでは気にしていなかった。
「いない。授業が終わったらすぐ帰ったよ」
「ああ、そうなんだ。また何も食べずに帰ったみたいね」
天紀の顔に寂しそうな色が浮かんだ。
「食べなくても別に問題ないでしょう? 私たちは艦載知性であって基準人類じゃないんだから。食事なんて、せいぜい趣味みたいなものじゃない?」
伊蔚は別の席に座る一般兵を指した。大半は基準人類で、体内のインプラントや共生微細機械も少ない。せいぜい高度な技術を必要としない基礎作業に従事する程度だ。一方で、階級の高い下士官や士官にはそれぞれ異なる程度の改造が施されている。外見からはわからない者もいるが、実際には身体の肉でさえ、ピーマンと豚肉の細切り炒め一皿分すら集まらないかもしれない。艦載知性となると、さしずめピーマン炒めならぬピーマン炒めのピーマンだけ、といったところだ。外装のバイオニクス皮膚でさえ活性生体材料は三分の一しか使われていないのだから。
「どうしてそんなふうに考えるの? 艦載知性になれば食事をしなくても平気。でも、だからって、私たちがこの生活様式を捨てなきゃならないわけじゃないでしょう? それに、私たちってチームなんだから、一緒に行動するほうがいいんじゃない?」天紀は意外なほど強い調子で、反論を許さない態度を見せた。
伊蔚は天紀の考えにあまり乗り気ではなかった。むしろ人間の身体はあまりにも脆弱だと思う。一日の三分の一を睡眠に費やし、一日に1.5キログラムもの加工された生体物質を食べ、およそ3リットルの水まで飲まなければならない。
そんな面倒なことを全部なくしてしまうのも、悪くない。夜更かし好きの伊蔚は、今では定期的なメンテナンス休眠を除けば、毎日眠ることすらない。食事は気分次第だが、結局のところ美味しいものは心を少し幸せにしてくれる。
チームワークだの何だのには、伊蔚は興味がなかった。この時代、技術によって改造された人間は、かつて何千人もの人間が担っていた仕事を一人でこなせるし、効率まで向上している。非効率でミスの起きやすいコミュニケーションを省けるのだから、個人の仕事が集団に劣るとは限らない。
「誰もが集団で行動したいわけじゃないでしょう? 自分の意思を他人に押しつけることは、むしろ相手の気持ちや要求を無視することになる」
「そう......なのかな」
天紀の気勢が見る間にしぼんだ。伊蔚がそんな天紀を見るのは初めてだった。申し訳なさを覚えた伊蔚は、仕方なく別の話題へ切り替えた。
「ああ、授業で私を庇ってくれて、ありがとう」
「はは、それくらいどうってことないよ。本当は私がヴィルリアに教えるつもりだったんだ。少しくらい痛い目を見せて、これからは真面目に授業を受けてもらおうと思って」
天紀は手にしていたスプーンをトレイへ置くと、ワイン煮込み牛肉を頬いっぱいに詰め込んでいるヴィルリアの頬を指でつついた。
「天紀!」
ヴィルリアは口いっぱいのまま、もごもごと答えた。その声には甘えるような響きが混じっている。
「はいはい、食べて。こんなふうに授業中に寝てたら、戦場に出たときどうするのよ」
「大丈夫だよ。私は強いんだから。戦場に出たら、私一人で共同体の生物艦艇を全部沈めてみせる」
ヴィルリアは袖をまくり上げ、筋肉を見せようとした。しかし、そこには盛り上がる筋肉が何一つなかった。
「また大口叩いてる」
伊蔚は匙で餃子をつつきながら、目の前の二人が小さな世界に閉じこもって楽しそうにしているのを眺めていた。星聯網では前線の戦況をめぐる議論がますます激しくなっている。それでも世界がどう変わろうと、人々は自分たちの生活を続けている。戦火に最も近い場所にいる自分たちでさえ、駐屯地で愛する者と当たり前の、平凡な日常を過ごすことができる。
それはまるで儚い泡のように見える。けれど、たとえ泡沫にすぎなくても、それだけで人を温かく、安心させるには十分だった。
だからこそ、その温もりと安らぎがこれほど貴重であるほど、伊蔚はいつかすべてを失う未来を心配せずにはいられなかった。
「食欲ないの? なんだか悩み事がありそうだけど」
天紀は手の甲で顎を支え、心配そうな目で伊蔚を見た。
「なんでもない」
「私たちは仲間でしょう。仲間っていうのは、お互いに支え合うものだよ。困っていることがあるなら、私たちに話して」
「そうそう。天紀は人のことを心配するのが上手なんだから」
ヴィルリアも便乗するように会話へ割り込んだ。
伊蔚は困ったようにため息をついた。
「そうね。暮らしが快適すぎると、私は嫌な予感がするの。その予感って、だいたい当たるんだ。でも今は......」
伊蔚が言い終える前に、唐突に艦内放送が割り込んだ。
「遠港艦隊第九長程戦略打撃艦隊所属各艦の艦載知性および上級士官は、世界協定時1920までにFHFL9会議室へ集合してください!
繰り返します! 遠港艦隊第九長程戦略打撃艦隊所属各艦の艦載知性および上級士官は、世界協定時1920までにFHFL9会議室へ集合してください!」
放送が止まると、天紀とヴィルリアは超自然現象でも目にしたかのような視線で、伊蔚を頭から足先まで眺めた。
「ねえ、次の星間九宝くじの当選番号を予知できたりする? 賞金、77億もあるんだって......」
ヴィルリアの目に、露骨な金の色が浮かんでいた。
「もういいから、早く食べて。食べ終わったら会議室へ行くよ」
天紀はまたスプーンを持ち上げ、ヴィルリアの頭をこつんと叩いた。




