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【完結】お話は、それだけでしょうか? 私は忙しいので。 ✦  作者: 逆立ちハムスター


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私は扇を優雅に広げ、絶世の笑みを浮かべて見下ろしてあげた。


「お久しぶりですわ、ジュリアン『元』王太子殿下。……あら、お召し物が少々汚れていらっしゃいますわね? 我が帝国の美しい大理石の床が汚れてしまいますから、あまり這い回らないでいただけますかしら」


「な……ッ!? お前、その口の利き方はなんだ! 俺はアルカディアの……!」


「黙れ、無礼者」


地獄の底から響くような、冷徹な声が謁見の間を支配した。

声の主はもちろん、私の隣に座るクロード殿下だ。


クロード殿下は、氷のように冷たい瞳でジュリアンを見下ろし、指を一本鳴らした。


ドスンッ!


「ぎゃあああああっ!?」


圧迫魔法の衝撃により、ジュリアンとマリア様は完全に床に叩きつけられた。額が大理石に激突し、痛々しい音が響く。


「我が愛しい婚約者、グランベルド帝国最高経営責任者であるエルシリア・フォン・グリムワルド妃殿下に対し、その汚い口を叩くことは許さん。次はないぞ、害虫」


クロード殿下の放つ殺気に、使節団の貴族たちは恐怖のあまり失禁せんばかりにガタガタと震え出した。


「ひっ……ひいいいっ! 申し訳ございません! クロード殿下、エルシリア様……! 私どもは、我がアルカディア王国の窮状を救っていただくべく、支援を求めて参上いたしました!」


使節団の代表である老貴族が、額を床にこすりつけながら叫んだ。


「現在、我が国は魔力触媒の枯渇により結界が消滅、関税の急増により食料価格が十倍に跳ね上がり、国民は飢えに苦しんでおります! どうか……どうか、グランベルド帝国の潤沢な魔力と資金を、我が国に分け与えてはいただけないでしょうか!!」


「ほう」


私は扇を閉じ、顎に当てて思案するフリをした。


「救援要請、ですか。……で、我が帝国があなた方のような『落ち目のブラック国家』を助けて、一体何のメリットがあるのかしら?」


「そ、それは……! 我が国が復興いたしましたら、将来的に手厚い返礼を……!」


「将来的な返礼? ぷっ……」


私は思わず、手に持っていた扇で口元を覆い、クスクスと笑い声を漏らしてしまった。


「嫌だわ、冗談がお上手ですこと。あなた方に我が国の貴重なリソースを投資するくらいなら、帝都のドブ川に金貨を投げ捨てた方が、まだ綺麗な水飛沫が上がって楽しめますわ」


「エルシリア! お前、それでも人間か!?」


床に伏していたジュリアンが、血走った目で叫び声を上げた。


「お前はアルカディアの公爵令嬢だったんだぞ! 育った国を見捨てるというのか!? お前が……お前が国に戻ってきて、昔のように魔力炉を管理し、財務の書類を徹夜で書けば、すべて元通りになるんだ! なあ、エルシリア! 悪かった! 俺が悪かったよ! 婚約破棄は撤回してやる! お前を正妃にしてやるから、今すぐアルカディアに帰ってきてくれぇぇぇっ!」


……うわあ。


あまりの厚顔無恥さに、謁見の間の帝国官僚たちが一斉にどん引きした。

「正妃にしてやるから帰ってこい」?

今、この状況で、帝国の皇太子妃になろうとしている女性に向かって、そのセリフ?

頭のネジが飛んでいるどころか、最初からネジなど存在していなかったのではないだろうか。


マリア様も半狂乱になって叫ぶ。


「そうですわ、エルシリア様! あなたが意地悪をして魔力炉の鍵を持ち逃げしたから、私は毎日暗い部屋で冷たいパンを食べなきゃいけないんです! 聖女である私にこんな惨めな思いをさせるなんて、あなたは悪魔です! 今すぐ謝って、魔力を元に戻してください!」


二人のあまりの身勝手な主張。

一昔前の私なら、呆れるのを通り越して胃薬を服用していたところだ。


しかし、今の私は違う。


「ジュリアン殿下。そして自称・聖女のマリア様」


私は立ち上がり、優雅な足取りで壇上を降りていった。

カツン、カツンと、私のヒールの音が静まり返った謁見の間に響く。


二人の目の前に立ち、私は腰を落として彼らを見つめた。


「勘違いしないでいただきたいのですが。私を追い出したのは、他ならぬあなた方ですわ。……覚えていますかしら? あの大夜会で、大勢の貴族の前で私に『国外追放』を命じた時の、あなたのあの誇らしげなマヌケ面を」


「ぐっ……そ、それは……!」


「『お前の席はもうここにはない』『去れ悪女』……そう仰いましたわね? 私はただ、忠実な国民として、尊い王太子殿下の命令を完璧に遂行しただけに過ぎませんの。……なにを今さら、命令を出した本人が泣きついているのですか? 見苦しいにも程がありますわ」


私は冷ややかな笑みを深め、胸ポケットから一枚の書類を取り出した。


それは、クロード殿下と私が昨夜あらかじめ作成しておいた、アルカディア王国への【最終通告書】である。


「支援をしてほしいのなら、してあげてもよろしいですわよ?」


「え……!? ほ、本当か、エルシリア!?」


ジュリアンの目がパッと輝いた。救いようのないバカだ。タダで助けてもらえるとでも思っているのだろうか。


「ええ。ただし、以下の条件をすべて呑んでいただきます。

一、アルカディア王国は我がグランベルド帝国の『完全属国』となり、外交権および軍事権を永久に放棄すること。

二、王家および主要貴族の全資産を没収し、アルカディアの負債の返済に充てること。

三、元王太子ジュリアン、およびマリア・ロレインの二名を、帝国の『最下層強制労働施設(※鉱山での採掘作業、無給、残業24時間)』へ永久移送すること。

……以上ですわ」


「な……ッ!? ざ、ふざけるな! そんな条件、飲めるわけがないだろう! 俺は王子だぞ! 鉱山で働くなんて……そんなの奴隷じゃないか!!」


ジュリアンが叫ぶ。


「あら? 嫌なら拒否していただいて構いませんわよ? その代わり、明日から我が帝国はアルカディア王国に対し、過去の未払い金と違約金の回収のため、【全軍による国境の完全封鎖および資産差し押さえ】を敢行いたします。……一週間と持たずに、あなた方の国は完全に消滅するでしょうけれど」


「ひいぃぃぃぃっ!?」


使節団の老貴族たちが、金魚のように口をパクパクさせて絶望に顔を歪めた。


「ど、どうする……!? 属国になるか、国が滅ぶか……!?」

「ジュリアン殿下! あなたのせいでこんなことになったんだ! 今すぐサインしてください!」

「嫌だ! 俺は嫌だ! マリア、なんとかしろ! お前が聖女の力で帝国を攻撃しろよ!」

「無理に決まってるでしょこの役立たず! あんたが最初からエルシリア様を大事にしていればよかったのよ! 触らないでよバカ王子!!」


再び始まる、泥沼の醜い罪のなすりつけ合い。

大理石の床の上で、かつてのヒーローとヒロインが、髪を引っ張り合ってギャーギャーと見苦しく暴れている。


「ふふ……本当に、最高の喜劇コメディですわね」


私は扇で口元を隠し、心底楽しそうに笑った。


私が命を削って守ろうとしていたものは、こんなにも脆く、愚かで、浅ましいものだったのだ。

それを捨て去った今、私は世界で一番自由で、一番幸せな悪女である。


「クロード殿下」


私が振り返ると、玉座から降りてきたクロード殿下が、愛おしくてたまらないというように私を後ろから抱きしめてくれた。


「よく言った、我が愛しいCEO。……使節団の回答期限は一時間だ。サインしない場合は、今すぐ軍を動かそう」


「ええ、クロード殿下。……あ、それから」


私は彼の胸の中で、上目遣いに微笑んでみせた。


「今日の仕事ざまあ、無事に終わりましたわ。……約束通り、新作のイチゴパフェを食べに連れて行ってくださいますかしら?」


私のその言葉に、冷徹な氷の皇太子様は、一瞬で顔を真っ赤にして爆発した。


「ッ……! ああ! 行こう! パフェでも何でも、帝国中のスイーツを君のために買い占めてみせる! 今すぐ行こう、エルシリア!!」


「まあまあ、殿下。お召し物を引っ張らないでくださいませ!」


私たちは、悲鳴と怒号が響き渡る謁見の間を後目に、仲良く手を繋いで退場した。

後ろからは「待ってくれぇぇぇ! エルシリアぁぁぁっ!」「助けてぇぇぇっ!」というジュリアンたちの虚しい叫び声が聞こえていたが、私の耳には極上のさえずりにしか聞こえなかった。


ブラック国家を去り、最高のホワイト国家で重すぎる愛を注がれながら、今日も私は元職場を笑顔で踏みにじる。


私の人生最高のバカンスは、これからもずっと、幸せに続いていくのだから!

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