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いっちゃん(第二部)  作者: Thomas C. Knitter


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7/21

第一週ダイジェスト 「いっちゃん、中学生になる」

伯母の家で暮らし始めて三年。

昭和二十五年の春、いっちゃんは中学生になりました。

——それは「自分の人生が動き出した」と感じた最初の春でした。

伯母はコノブという名前だった。

コノブ伯母には旦那の福一さん(そう、私を九州まで迎えにきてくれた伯父さんである)と三人の息子がいた。

長男の正夫は私より7歳上。三男の良造は一つ年下。一つ年上の次男の善昭君とは特に仲良く話せた。


私は、気性の激しい伯母の家で、炊事洗濯から畑、田んぼの手伝いと全てのことを教わり、大抵のことは一人でできるようになった。

そして、昭和二十五年。

私は中学一年生になった。


入学式の後、担任の先生から、最初なのでみんな自己紹介をするように言われ、生徒が順番に自分を紹介した。

私は、自分が放浪してたことや実の家族と一緒にいないことなどはあまり話したくなかったので、当たり障りのない自己紹介をした。


ホームルームが終わった後、違う小学校から来た同級生の女の子に声をかけられた。

「上山さん、ずっと放浪してたんだって?」

「そうよ。それが悪いん?」

「悪うはないけど、自己紹介で気取って喋ってたから、ほんまのこと、言ったらええのにって思っただけよ」

「なに〜い!」

私は自分の生い立ちを揶揄われたと思って、その子に飛びついた。

「何するん、離してぇや」

その子は逃げ出した。

校庭の横に山が張り出しており、追いかけてくる私に慌てた彼女はその山の急斜面を登り始めた。

私は後ろから、駆け上がって、その子の手を捕まえ、そのまま急斜面から引きずり落とした。

そう、一人で生きていくことばかり考えてきた私は、かなりのがんぼ(きかん坊)だったのだ。


翌日、担任の先生から呼び出された。

職員室に行くと、昨日、急斜面から引きずり落とした相手の子も来ていた。

見ると左手首に包帯を巻いていた。

「上山、お前、入学早々、喧嘩したんか?」

担任の声が低く響いた。

「いえ、ちょっとふざけて足を滑らせただけです。そうよね。上山さん」

彼女は間髪入れず、先生にそう言った。

「そうか、なら、今後は、気をつけえよ。もういい、二人とも教室に帰れ」


結局、私はひと言も喋らず職員室を出た。

「ちょっと、さっきのどういうこと? 」

「うち、上山さんに謝りとうて。うちもね、養子に出されとるんよ。じゃけぇ、上山さんとじゃったら仲良うなれる思うたんじゃけど、どう話したらいいかわからんかったけぇ、あんな言い方になったんじゃ。ねぇ、友達になってくれん?」

「ほんま? ほんまに私と友達になってくれるん?」

「うん、上山さんなら友達になれるって昨日、あなたを見た時にピンと来たんじゃ。私の予感は当たるんじゃけぇ」

「変なの……(笑)。でも、わかった。友達になりましょう。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。あ、私は横山栄子、みんな『えいこ』って呼んどる」

「私は……」

「上山衣津子。いっちゃんでしょ? みんな、いっちゃん、いっちゃんって言っとったの聞こえてたから知ってる」


私はウキウキした気分で家に帰った。

「ただいま〜」

玄関を開けると、伯母さんに台所に連れて行かれた。 「衣津子、お前、喧嘩したんか?」

私は、(やばい、先生から連絡があったのか)と思い、

「いや、あれは、新しく友達になった子とふざけてて急斜面からずり落ちただけで……」

栄子が担任に言った言い訳を、そのまま使って伯母に言った。

「ふ〜ん。まぁ、怪我しとらんのなら、もうええ。じゃが、男まさりのようなところが目立つようになってきたのう。衣津子には似合わんで。お前、明日から、そろばん習いに行け。役場の二階でそろばん教室をやっとんじゃ。もう話はつけてあるけぇ、絶対、行けぇよ」

「え、そろばん? あ、は、はい、わかりました。明日から行きます」

昨日の喧嘩のことでバツが悪かったせいもあり、私は次の日から、そろばん教室に通うことになった。


通ってみると、意外にこれが楽しい。最初は小学四年生くらいのレベルでなんなくこなせた。7級6級と上がっても、なんとかついていける。私はそろばんが楽しくなった。 こうして私は、学校帰りに週2回、そろばん教室に通うようになった。


横山栄子と友達になった私は、放課後、クラブ探しと称して、二人でブラブラと文化部の教室を見て回っていた。


そんなある日、二年生の教室の外の掲示板に見事な書が飾られているのが目に入った。

私は、それを一目見て、

(うわぁ、これ、すごい。私もこんな字書きたい!)

と思ってしまった。

これまで、書を見たことは何回もあった。でも、書きたいと思ったことは一度もなかった。それが、この書を見た途端に私の中で何かが弾けたのだ。


「この書、好きなん?」

振り向くとそこに一人の女子が私を見てニコッと微笑んだ。

「私、畠中むつ美。この書はね、私のお父さんが書いたものなの」

「え、ほんま?」

「ほんまよ。私のお父さん、書道部の顧問しているの。よかったら、入らない?」

「いっちゃん、ええんじゃない? うちも一緒に入るけえ、一緒に習おう」

横にいた栄子がそう言った。

私は、

「じゃ、入る」

「よし、決まった。そしたら、うちがお父さんに頼んであげる。書道部は週に三回じゃけえね」

とむつ美が言った。

「うん、でも私、そろばんがあるけぇ、火曜と金曜は来れんよ」

「大丈夫、お父さんが来るのは、月曜と木曜じゃけえ」

私と栄子は顔を見合わせて、小さくお互いに頷くと、

「わかった。明日からくる」

と二人で言った。


翌日から私は、週に三回、書道部での活動を始めた。

むつ美のお父さんである畠中先生は顧問の先生として月曜と木曜に教えに来てくれた。

私は、先生の文字を見ては真似して書く練習をひたすらやった。

先生は、

「上山さんは飲み込みが早いのう」

といって褒めてくれた。私はもっと嬉しくなって、どんどん書を書いた。


ある時、町内の書道大会に応募する書を書くことになった。

私は、『論語』に記された孔子の『誠実な行動や品格の持ち主には、自然と人が集まり、支え合う仲間が生まれる』という教えである「徳不孤必有隣」という言葉を書くことにした。

だが、どうしても「必」がうまく書けなかった。

先生に相談してみると、

「『ソ』を一番最初に書いて、そこから周りを書くとバランスよく書けるよ」

と教えてくれた。

そして何枚も何枚も書いて書を仕上げると、

「上山さん、これがいいよ。これを出そう」

と先生が言ってくれた。


そして、町内書道大会の日、私の書は中学の部で一位になった。

すると、先生が、

「これ、素晴らしいから、今度、高校で行われる郡の大会に出そう」

と言って、勝手に応募して、その大会でも私の書が一位になってしまった。


私は戸惑いながら、表彰状を受け取り、伯母さんの家へ持ち帰った。

表彰状を丸めて手に持って帰ると、伯母さんが畑の世話をしているところだった。

「そりゃあ、何じゃ? なんかもろうたんか?」

「あ、いや、これは……」

「いいけぇ、見せてみぃ」

伯母さんは私の手から丸まった賞状を取り上げるとパッと開いた。

「おう、一位!すごいじゃないか。なんで言わんのんや」

そう言って伯母さんは家の中へ入っていき、

「おい、みんな見てみい、衣津子が一位になったで」

と伯父さんや従兄弟に見せて回った。

善昭くんたちが

「すごいの〜」

と言い出すと、伯母さんは、

「ほうじゃろ。衣津子はわしが育てた子じゃけぇ、これくらいのこたぁやる子じゃ思うとった」

とまるで自分の手柄のように言った。

その晩だけは、ささやかに祝ってもらい、食後の後片付けも免除してもらえた。

私にとって、『徳不孤必有隣』という言葉は、この日、初めて現実のものとなった。



昭和二十七年。

私は中学三年生になった。

この三年間、栄子やむつ美のおかげで楽しく学校生活を送ることができた。

書道でも、いろいろ賞を獲った。そろばんも四級まで獲ることができた。


そんな私に待っていたのは就職活動だった。

私は教師になりたいのだが、自分の現状から叶わないことと諦めていた。


そもそも私には、進学にしても就職にしても、問題が三つあった。


一つは片親であること。

父を亡くした私は、片親という理由だけで、大手T社の受験ができなかった。


二つ目は戸籍。

私は今だに、戸籍上は『山本禮子』のままだった。

仕方なく母に戸籍を取り戻してもらうように頼んだ。


半月ほど経ったある日、母が伯母のうちにやってきて、

「いっちゃん、あんた、あの家でよう辛抱したの。私が戸籍のお願いに行ったら、オニババみたいな顔をした女が出てきたで。いやぁ、びっくりした!」

「ほうじゃろ。私が行きたくないの、わかったじゃろ? ところで戸籍は?」

「返してもろうた。ちゃんと手続きもしてきた。今日から正真正銘、『上山衣津子』じゃ」

「ほんま?返してもらえたん?うれしい〜。よかったぁ。これで就職活動できる」

「あんた、どこへ就職するつもりなん?」

「うん。G社の工場なら入れてもらえそうなんよ。そこに就職したら定時制高校にも行かせてもらえる。私は教師になりたいから、そこにしようと思うとるんじゃ。担任の先生が推薦してくれとる」

「ほうか。ずっと苦労をかけるのう」

「よし、これであと一つじゃ」

「あと一つ?」


と、突然、玄関がガラッと開き、伯母が入ってきた。

「衣津子は就職なんかせんでええ。ここで花嫁修行をしょうりゃあええんじゃ」


——あぁ、これが三つ目の問題。


伯母は腕を組み、しばらく黙った。その横顔を見ている時間が、とても長く感じられた。

母が伯母に深く頭を下げた。

「コノブ姉さんにはようしてもろうた。本当に感謝しとります。でも、衣津子の思うようにやらせてください」

伯母は腕を組み、しばらく黙った。その横顔を見ている時間が、とても長く感じられた。

「わしゃあ、この子を五年の時から見てきた責任がある。…アヤ子がどう言うても、許さん」

母はそれ以上、言葉にできなかった。私は胸がぎゅっと縮むような気持ちで立ちすくんだ。

しばらくして、伯母が

「……その会社、定時制へ行かせてくれるんか?」

「えっ……行かせてもらえるよ。女の子でも学がないといけん時代になるから、大きな会社はそういう道を作っとるんよ」

「ほうか……。わしらの頃とは違うんじゃのう。——ええよ。そこへ行け。学校の先生になりたいんじゃろ?」

「え?聞こえとったん?」

伯母は鼻で笑った。

「何年お前を見とる思うとるんね。わしだって鬼じゃなぁ。衣津子は字も上手いし、そろばんもできる。ほんまはもっと勉強させてやりたい思うとったんじゃ。じゃが、どうにもならんで困っとった」

「伯母さん…」

「へじゃがの、なんかあったら、すぐ戻ってこいよ。ここが衣津子の家じゃけぇ。遠慮はいらんのんじゃ」

——その言葉は、これまでのどんな叱責よりも、深く胸に残った。

私は泣き笑いの顔になってうなずいた。

母は何度も伯母さんにお礼を言って帰って行った。


(来週につづく)

「がんぼ」と呼ばれた向こう見ずな少女は、書道やそろばんという武器を手にし、かけがえのない親友と出会いました。

そして、厳しかった伯母さんの言葉の奥にあった、本当の想い。

「ここが衣津子の家じゃけぇ」

その言葉を胸に、いっちゃんはいよいよ社会へ踏み出します。


来週も、お楽しみに。

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