第五話 死にたい
俺の名前は土井那珂。東京都檜原村にある、土井那珂神社の神だ。月に最低でも一度、神通力を使って人間の幸福指数を上げるのが、俺の仕事だ。
五月。世の中じゃゴールデンウィークが終わって平常運転に切り替わる。俺が境内に出ると、そこには婆さんがいた。近所の九十九酒造の婆さんで、苗字と同じく九十九歳だ。
「今日は土井那珂神に、ご報告にきたよ」
「ほお。どんな?」
「六人目のひ孫がね、産まれたのよ。この手に抱けたし、もう思い残すことはないって。お父さんはもう三十年も前に逝っちまったろ。私もお迎えに来てほしいよ」
婆さんは豪快に笑う。人間には命に限りがある。だからこそこういう、人間の潔さが俺は好きだ。一緒に笑うことにした。
婆さんが帰って、今度は変な髪型の爺さんがやってきた。タケノコみたいな髪型で、体が半透明で、周りの景色が透けて見える。どこで見たか。俺は手のひらをポンと打った。
「おお。筍里神じゃねえか」
「久しぶりだな、土井那珂」
筍里神は氏神だ。氏神も同じ神に違いないが、俺みたいな神社の神と違ってまず、人間にはその姿が見えない。神格が低いから、人間と接する能力がないわけだ。
「何か元気がねえな」
「実はわしの孫が、死にたいって言ってる。俺の全財産をやるから、救ってほしい」
そう言って、筍里神は俺に百円玉を三枚、握らせた。
全財産が三百円とは、誠に哀れな奴だ。俺は筍里神について、檜原たけのこセンターの前に到着した。竹林に囲まれた、木造のボロいほったて小屋がそれだ。
俺が入口のガラス戸を開けると、レジ前の男が顔をあげた。こいつも同じ筍ヘアで、どうやら筍里神の孫らしい。
「……いらっしゃいませ」
ピンとせり上がる髪の毛束とは裏腹に、この世の終わりみたいに陰気な声を出す。男にはやはり筍里神の姿が見えてないようで、俺だけを見てくる。
「お前さんは竹野荒迷か」
「はあ、そうですけど」
「えーと……俺は霊媒師でな。ここらで自殺しようとしてる者が霊視で見えて」
「え!」
荒迷は目をぱちくりさせる。
「単なる五月病なら──」
「いえ。僕です」
荒迷は思いつめた顔で椅子から立って、俺の手を握りしめた。
「うちは見たまんま、筍を栽培して売ってます」
荒迷が俺に椅子と筍茶を勧めてきたので、黙って従う。筍里神は羨ましそうに指をくわえて、じっと見てくる。
「筍もただ作れば売れるものではありません。僕は新しい品種の、初夏の筍を作出したんです。軽い薄衣をまとったような、軽い食感が特徴的で。名付けて『紗竹』!」
微妙なネーミングに、俺は眉をひそめる。筍茶をすすった。これまた微妙な味わいだ。
「絶妙なネーミングでしょ?」
絶妙じゃなくて微妙だ。俺がブスい顔をしても、荒迷は急に生き生きしてくる。と思ったら、また沈んだ顔をする。
「でも、売れないんです。あの、木野一家のせいで」
「木野?」
「はい。向かいにある『檜原きのこ苑』です」
言われて、俺はガラス戸の向こう側を見た。つい最近、新築したらしい、金ピカのどでかいきのこハウスが立ってて、客が大勢来てる。田舎成金の悪趣味もここまで突き抜けてくると、かえって清々しい。
「はー。立派なもんだな」
「ええ。あの家には木野高利って野郎がいます。僕と同級生の」荒迷は歯ぎしりをする。「昔からうちと犬猿の仲です。祖父が、高利のじいさんの恋人を奪ったとか、確かそんな理由で」
俺が筍里神をじろりと見ると、奴はそっぽを向いた。
「前から嫌がらせはありましたが、ここへきて、高利がうちの筍を青果市場が買い取らないよう裏で手を回して」
「悪党だな」
「ええ。……金持ちだから、きのこ苑はあんなに金ピカだし。車は金ピカ塗装のレクシャスだし。金髪のマッシュルームヘアで、着ているスーツも飼ってる犬の服も金ピカで……。何もかも金ピカです」
「そういう悪趣味なのは女にはモテなそうだな」
荒迷は湯呑みをガチャンと落とした。筍ヘアの穂先が震えてる。
「僕の恋人は、あんなのと結婚するって言うんです!」
「振られたのか」
「ううう。彼女はどうかしちゃったんです。僕より高利のほうがいいって……。もう食ってけないし。この世に神も仏もいません。死ぬしかありません」
荒迷はヨヨヨと泣き出した。筍ヘアも心なしかよたっている。俺は筍里神に目配せした。
「いっぺん、本当に死なせてやろう」
俺は無言で手を伸ばして、その手が黄金に輝きだすのを待った。その手で荒迷の胸に突っこんだ。そこからピンク色の、綿みたいにふわふわした魂を抜き取った。いつ見ても、死神に教わったこの技は気味が悪い。
俺は魂を懐にしまいこんで、筍里神を肩につかまらせ、榊を天にかざした。
その直後、頭上に広がる空が青から灰色になった。民家や木が消えて、だだっぴろい空間ができた。そこに演劇ホールみたいなのが建ってる。俺はそれが何か知ってる。冥界の「ハコ」だ。
ハコに入ると、円形の舞台と、その周りに白い椅子がたくさん並んでて、人間達が座ってる。俺は舞台に立つ死神に事情を話してから、荒迷の魂を取り出して、椅子の上に置いた。魂は人間の輪郭になって、荒迷になった。
「あれ? ここは……?」
「あの世だ」
「え! 僕、死んだ!?」
「ああ、木野に毒キノコ食わされて、あっけなく」
俺の嘘に動揺して、荒迷は筍里神の方を見る。今は筍里神の姿が見えるみたいだ。
「じいちゃん。僕、死んじゃったみたい」
「そうだな」
「でも。こ、これでよかったんだ。思い残すことは何も……」
「死者番号五千九百六十三番!」
黒装束を羽織って、舞台に立つ死神が大声で呼びかける。俺は荒迷の座ってる椅子を見た。五九六三と書いてある。
「は、はい!」
荒迷は遅れて起立する。
「あー、君は九十九の婆さんの代わりに死んだのか。ようこそ冥界へ」
「はあ」
「死んだら守護神になる。ちょうどここに欠員出てるな」
そう言って、死神は部下に合図し、真っ白なスクリーンに地図を映しだす。檜原村全域の地図で、檜原たけのこセンターと檜原きのこ苑周辺がクローズアップしてる。死神が指したのは、きのこ苑の方だ。
「はい?」
「だから、ここの氏神になるの。分かったね」
「えっ。違いますよ。僕はこっちですよ」
荒迷が怒ってたけのこセンターの方をビシッと指す。
「いや、そっちは足りてる」
死神は筍里神を顎でしゃくる。
「足りてる? え、もしかしてじいちゃんがうちの氏神?」
筍里神がうなずくと、死神は改めて地図を指さす。
「とにかく。お前は今後、木野家で子孫の健康や安全を守る存在となる」
「ぼ、僕はせっかく死んだのに、なんであいつの家なんか……」
「ここの氏神が家出したんだ」
死神は面倒くさそうに頷く。
「ってことは何が起きても金ピカ御殿と金ピカ車と金ピカ犬は守ってやんなきゃだし、奴と彼女の結婚式にもいかなきゃだし……」
俺が棒読みすると、荒迷の顔色がサッと変わった。
「ざけんなよ! するか、んなこと!」
「お前の仕事だ」
死神はつっけんどんだ。
「やだよ! つうか、じいちゃん、何なんだよ! 氏神のくせにどうして俺のこと助けてくれなかったんだよ!」
荒迷は筍里神の襟を掴んでガクガクゆさぶる。
「やめろ。お前、死にたがってただろ」
「は!? 氏神の分際でそれ言っちゃう? マジありえなくね?」
「問答無用。さあ、君の事務処理はおしまい。早く人間界に行きなさい」
死神がシッシッと手を振る。
「やだ! 死んでも行かねえ!」
「ならん」
「すでに死んだし! あんな家、滅びろ! あー!」
そこで、俺は荒迷を無理やり椅子から立たせた。そうすっと荒迷はまたピンクでふわふわの魂に戻った。俺はそれを懐にしまい込んで、死神に軽く会釈してから、榊を振った。
人間界に戻った。荒迷の魂を肉体に戻してから、俺は時計を見る。所要時間は三時間ってとこだ。
「あれ? ここは?」
荒迷が目を覚ました。
「お前んちだ」
「ちょっと、怖い夢を見て……」
「大丈夫」
「死んだ夢を見て……」
「お前は、ちゃんと生きてる」
「え?」
「やっぱ、死んどくか?」
俺がにやりと笑うと、荒迷は勢いよく首を横に振った。
二週間後。九十九の婆さんが亡くなった。俺が檜原たけのこセンターに顔を出すと、超満員の大盛況だった。筍里神の話によると、荒迷の奴はあれからSNSで自社製品の「紗竹」を宣伝してバズらせて、一躍、時の人となった。注文が殺到してるし、市場からもぜひ出荷してくれと、頭を下げられたらしい。
「彼女が戻ってきました。交際ゼロ日婚。やりました」
荒迷が顔を上気させて、俺に筍茶を淹れる。相変わらず微妙な味だが、抗酸化作用が爆発的に高いらしく、これもバカ売れしているとか。
俺はいいちょこのワンカップを買って、神社に帰って飲んだ。
ピンポーン
筍里神だ。尋常じゃない表情に、俺は嫌な予感がする。
「何てことしてくれた!」
「何が」
「あの女だよ!」
「は?」
「あいつ! 俺が昔つきあってた女! 特級の貧乏神なんだぞ! 夢尻戸瑠音だ!」
俺はふと思い出した。女をめぐって筍里神と木野のじいさんがモメたとか。
「で、でもそれってお前の嫁なんじゃ……」
「んなわけあるか! だから俺は貧乏なんだ! 捨てたのにまた孫にとり憑いて……あ! おい! 俺の全財産返せ! 土井那珂!」




