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第四話 天狗は新人研修をまっとうしたい

 俺の名前は土井那珂(どいなか)。東京都檜原村(ひのはらむら)にある、土井那珂神社の神だ。月に最低でも一度、神通力を使って人間の幸福指数を上げるのが、俺の仕事だ。


 四月。藤の花が咲き、新年度になった。今後、指数を上げるにしても、どうせだから絵馬に願掛けした者から選ぶことにした。これなら神社の評判も上がり、収入にもなる。俺は本殿で寝転がって、テレビを見た。


 ピンポーン


 誰だ。俺はしぶしぶ本殿の扉を開ける。唐突に赤い長い鼻を突き出したのは天狗(てんぐ)だ。それもそんじょそこらの天狗じゃない。隣の八王子市、高尾山(たかおさん)百王院(ひゃくおういん)につとめるエリート、大仁冠坊(だいじんかんぼう)じゃねえか。百王院には俺より遥かに神格の高い神、小間綱(こまつな)権現(ごんげん)がいる。それに仕えてるのがこいつだ。

「土井那珂さん。頼みがある」

 赤天狗は威厳たっぷり尋ねてくる。

「何だ」

「実は先月、同僚の青天狗が隠居に入ってな。そこの(せがれ)が引き継ぐことになったんだ。おい、探祭坊(たんさいぼう)

「はーい、大仁冠坊様」

 後ろに控えていた青天狗が顔を出す。こいつは青い顔で鼻が低く、口が鳥のくちばしだ。背中に羽が生えてて、軽薄そうな、いけ好かない野郎だ。

「こんちゃーっす」

「これの研修を頼みたい」

 赤天狗は、玉串料(たまぐしりょう)と書かれたのし袋を、俺に押しつけた。


 話が終わって、赤天狗は帰った。厄介なことになった。どうして俺が天狗の新人研修なんかしなきゃなんねえんだ。腹立つことに百王院じゃ春の行事が集中してて、赤天狗は多忙らしい。だが、今月中には研修を済ませて、五月の祭事「こどもの日」に間に合わせたいらしい。俺は八時間しか付き合わないと断ったのに、いくら入ってるんだ? のし袋を開けて驚愕する。万札が十枚だ。


「百王院はこんなに儲かってんのか」

「そっすー。リッチな外国人参拝客(ゲスト)が増えてるんすよねー」

 青天狗は調子ぶっこいて、左手に羽団扇(はうちわ)を持って仰ぐ。

「お前の仕事ってそもそも何だ?」

「ゲストの魔除けっすよ。でも、檜原ウォッチャーでハートフルな土井那珂先輩から、人間に寄り添う心を学べって言われてー」

 そう言われると悪い気はしない。俺は拝殿のそばにある絵馬掛けを見る。適当な絵馬を三つ選んだ。

「研修に行くぞ。その顔も人間の顔にしろ」

「えー?」

「どうせ、朝飯前だろ」

 天狗の神通力が生半可じゃないことは知ってる。青天狗はぞんざいに羽団扇を振って、人間の、若い男の顔になった。

「ナイスガイでしょ?」

 確かに。が、俺の若い頃に比べたら大したことねえ。

「それで、どんな仕事っすか」

「人間の幸福指数を上げる仕事だ」

 俺は鳥居を出て、道路をスタスタと歩き出した。


「あのう、せんぱーい。幸福指数って、これで爆上げしません?」

「んあ?」

 俺が振り返ると、青天狗は羽団扇で竜巻を起こし、道端の落ち葉を巻きあげた。それを一箇所にまとめて火を放ち、一瞬で焼き払った。道路は整然として、綺麗になった。

「おお……。やるな」

 俺は嫉妬心を抑えて歩いてると、後ろから青天狗が話しかけてくる。

「徒歩移動っすか」

「ああ。狛狐(こまきつね)がいいなら、そうするが」

「狐? いや、普通は瞬間移動っすよ」

「お前できるのか?」

「もちろん」

 そう言って青天狗は羽団扇を振って、忽然と消えた。俺がまばたきすると、直後にまた現れた。手にはカラスを握りしめている。

「おい、それどうした」

 カラスはギャーギャー鳴いている。

「『魔』なんで、『除け』ときました」

 青天狗が絵馬を指さす。その絵馬には「子どもが健やかに育ちますように」と書かれている。

「俺も連れてけ。瞬間移動」

「イエッサー」

 青天狗は俺をおんぶして、瞬間移動した。


 次の瞬間、目の前に真新しい、小さな一軒家が現れた。敷地内を覗くと、三十代くらいの夫婦が庭に出て、赤ん坊をあやしていた。

「やっといなくなった、あのカラス」

 女が晴々しくほほえむ。

「うるせえよな。ギャーギャー鳴くから、この子が起きちまう」

 男も苦笑いした。俺は青天狗が手につかんでいるカラスを見下ろす。

「『魔』っていうほど悪党じゃねえぞ」

「でも、こいつのせいで、あの夫婦のなかの憎悪が育つんっすよー。こいつどうします? ボイル? グリル?」

 カラスは悲しげにカーカー鳴く。

「何だと」

「先輩の、昼飯にどうかなって」

 俺は青天狗にゲンコツして、今度は村役場に行くよう命じた。


「今度は何すかー?」

 青天狗がタンコブを抑えて尋ね、俺は役場内を見渡す。次の絵馬には「骨折した足が早く治りますように」とあった。書いた本人を探すと、いた。村民課のカウンターの奥の、松葉杖をついた、四十代くらいの男性職員だ。

「おお。今回の『魔』はケガっすね。あれを治せば──」

「待て。お前はどうも性急だ。あの男が二秒後に歩き出してみろ。すぐ噂になって、神社に日本中のケガ人が殺到する」

「そうっすね」

「人間なら、骨折は何ヶ月かかかるが……一週間で完治させろ」

「へーい」

 青天狗は松葉杖の男を呼んだ。青天狗は気遣うふりをしながら、その足に羽団扇で触れた。青天狗の両目と羽団扇が一瞬光るのを、俺は見逃さなかった。


「あと七日で歩けまーす」

「よし。じゃあ最後の絵馬。これを叶える」

 俺はそう言って、三枚目の絵馬を見せた。そこには「今年も一年楽しく過ごせますように」と書いてある。

 俺らはまた瞬間移動した。築五十年は経っていそうな古い農家の前だ。見ると、じいさんがだだっ広い庭でキャベツを収穫している。八十代くらいだ。

「どちらさんで?」

 俺がどう話そうか思案していると、青天狗が手を振った。

「こんちゃーす。今月から、役場の村民課に配属されたんす。ご挨拶に回ってるんすよー」

 青天狗は役所の名札を首から下げている。ちゃっかり、さっきの男からくすねてきたらしい。

「そうか。お茶、飲んでってよ」

 じいさんは愛想よく笑って、縁側から家にあがった。俺らが縁側で待ってると、じいさんはお盆に急須と湯呑み、それにキャベツの小皿を乗せて持ってきた。


「今年は春キャベツの出来がいい。帰りに持ってきな」

「俺は野菜より魚のほうがいいんだけど」

「魚?」

 じいさんはきょとんとする。

「お前、図々しいぞ」

 俺は青天狗を小突き、お茶をいただく。

「へへへ。魚に目がなくて」

「マスだったらあるよ。七輪で焼こうか?」

「マジすか。ぜひ」

 じいさんはにこにこしながら俺を無視して、青天狗に話しかける。俺はやれやれと思いつつ、二人のやりとりを見物する。


「役場も忙しいだろ。少人数で回してるし」

「やー、まあ、それはどこも同じっすよー。俺は八王子……じゃねえ、檜原ラブでー。皆にハッピーになってもらいたくてー」

「ハハハ。嬉しいこと言うね」

「じいさん、一人暮らし?」

「おお。息子夫婦がいたんだけどな。引っ越したよ」

「えー。寂しいー」

「けど、孫がこっから高校通うのも大変だろ」

 俺はふと、居間の隅にある小箱に目が留まった。花札だ。青天狗も気づいたようだ。

「じいさん、花札やんのー」

「いや、なに。孫が小さい頃、よくそれで遊んでやったのさ」

 じいさんは急に遠い目をする。

「一人暮らしも長いのー?」

「三年前、婆さんが亡くなってからさ」

 じいさんは七輪の上で焼きあげたマスを、俺と青天狗に差し出した。さらに、キャベツも食うよう言ってきた。青天狗は顔をしかめたが、じいさんはしつこく勧めた。

「春キャベツのコールスローサラダだ。婆さんがよく作ってくれたんだ」


 色々ご馳走になって、日が暮れるまで、俺ら三人は花札に熱中した。じいさんに手を振って、俺らは神社に戻った。

「やー、疲れたっすねー。つーか先輩、『魔除け』していいっすか?」

「ん? ああ」

 俺がよく分からないまま承知すると、青天狗はいきなり高く飛んだ。それから玉垣のすぐ外にある、ビワの木を羽団扇で強烈に突いた。羽団扇は金属みたいに硬くもなるんだなと俺は感心したが、すぐに首を横に振った。木は折れ、道の向かいに倒れ込んだ。

「こんな縁起の悪い木、植えちゃだめっしょー」

 ビワの木が縁起が悪いのは俺も知ってる。だけど食い意地の張ってる神主が植えたんだ。ともかく、俺は深呼吸して青天狗を見据える。

「あのじいさんの『魔』が祓えそうか?」

「あー。まあ……」

 青天狗は神妙な顔をする。

「あのじいさんの『魔』は何だと思う」

「……『孤独』っすね。誰か友達紹介してやればいいかなー」

「その必要はない」

「えー?」

 青天狗は半笑いだが、俺は笑わず、真顔で青天狗を見返す。

「お前が友達になれ」


 ツツジが咲き始めて、五月になった。青天狗からは俺宛に手紙が届いて、今じゃ立派に赤天狗と仕事を頑張っている、じいさんちにもときどき行って、一緒に花札をやってるとあった。


 よかったよかった。もらった玉串料で高級酒を買いに行こう。俺が本殿で鼻歌を歌ってると、外から人間達の声がした。

「不可抗力です」

「んなわけない。おたくのビワの木が倒れてきたせいでしょ」

 言い合いをしているのは神主と、向かいの民家の住人だ。

「じゃあ請求書、置いてきますからね。塀の修理代、九万九千二百円です!」

「えー? ちょっ、困りますよ。あー!」

 神主が絶叫している。やばい。こっちくる。

「土井那珂神! 助けてくれ!」

 ドンドンドンドン、神主が本殿の扉を叩く。俺は扉の裏側に立ち、のし袋をじっと見つめた。

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