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第三話 対人恐怖症でも結婚式でスピーチしたい

 俺の名前は土井那珂(どいなか)。東京都檜原村(ひのはらむら)にある、土井那珂神社の神だ。月に最低でも一度、神通力を使って人間の幸福指数を上げるのが、俺の仕事だ。


 三月も半ばをすぎて、うぐいすも鳴きだし、暖かくなった。運動でもしようと、俺はジャージに着替える。近所の中学生、壮大(そうだい)にもらった学校のジャージで、サイズはピッタリだ。


 境内で体操していると、一人の若い女が鳥居をくぐってきた。

 何やら暗い感じがする。真っ黒の髪は一本結びにして、まんまるのデカいメガネをかけて、冴えない灰色のジャケットとスカートを着て、くたびれたローファーを履いている。女は猫背で、のろのろ歩き、拝殿の前で手を合わせた。

「……できますように噛みませんように成功しますように」

 女は早口でつぶやく。面倒くさそうなので、俺は無視したが、女はさらに声量をあげる。

「……私はできる絶対にできる百パーできる」

 神主の祝詞(のりと)よりも気迫がこもっている。

「神様は私を見捨てない見捨てない絶対見捨てない」

 女が万札を賽銭箱にねじ込むので、見捨てられなくなった。


「おい。どうした」

「え?」

「声がダダ漏れだぞ」

「あっ、すいません」

「そんなんだと神様も嫌でも耳を傾けるしかねえだろうな」

 実際、嫌だ。だが、今月も幸福指数ノルマを達成せねば。

「神主さんですか」

「いや、俺はダンススクール講師の、土井という者だ」

 俺は神楽を踊ってみせる。

「私は、駄彩(ださい)地味子(じみこ)っていいます。あの、こんなの初対面の方に言ってよいかどうか」

「構わんよ」

「今度、同僚が結婚するんです。そのスピーチを頼まれて」

「ほほう。おめでとさん」

「でも私、対人恐怖症で。酔子(よいこ)さんにはお世話になりましたし、頑張りたいんですけど」

「ほお。それで願掛けか」

「はい」

 地味子は喋りながら震えた。


「でも、式を台無しにするかもって、今から気絶しそうなんです」

「気絶すんなよ」

「でも……」

「堂々とやれ」

「はあ……」

「カンペはできてるのか」

「はい、原稿用紙百枚、用意してます」

「百枚!」

 思わず鼻水がふき出た。地味子はそんな俺に構わず、バッグから原稿用紙の束を取り出す。さらに、震える手で原稿をぐしゃぐしゃにしていく。俺はそれをひったくり、目を落とした。気絶するほど退屈な文章だ。

「三枚にまとめろよ」

「さ、三枚! そんなに短く?」

「ああ」

 俺は神楽の続きを踊る。手に持つのは小槌で、大黒天に借りたものだ。これが鳩や万国旗を出せて、なかなか楽しい。

「あのう。ちょっといいですか」

「うん?」

「背中が曲がってます。もう少し伸ばしたほうがいいかと……」

「お前、踊りのたしなみがあるのか」

「ええ、少しですけど……」


 少しなんてもんじゃなかった。メガネを外し、ローファーを脱いだ地味子は豹変した。小槌をマイクがわりにして、可愛いアニメ声で堂々と挨拶する。どうやら本人は「プリン戦隊ティアベリー」なるキャラになりきっているらしい。ウインクまでしてきて、俺は勝手に萌えた。

「大したもんだ」

 俺は素直に褒めた。

「あ、すいません、プリン戦隊プリティア、毎週日曜の朝に放映してて……」

 もう元の地味子に戻ってる。

「スピーチより、今のを本番でやったらどうだ?」

 俺の提案に、地味子は目を丸くした。


 結婚式当日になった。俺は地味子と会場の控え室へ向かった。

「土井さん、付き添い、心強いです」

「今日はお前の素直な気持ちを、新婦に伝えろ」

 そう勇気づけ、俺はプリティアの衣装を手渡す。先刻、小槌を振って出した代物だ。地味子は急に目を見開いた。

「これは?」

「特攻服だ」

 カーテンの奥で地味子はメガネを外し、着替えてきた。淡いピンク色のカツラに、どぎついピンク色のドレス。イチゴがモチーフのボタンや、生クリームがモチーフのレースがたっぷり付いている。スプーンの形をした大きなステッキに、スパンコールのついたブーツまで履いて、いちごプリンのアイドル完成だ。俺は黄緑色のカツラとフリルまみれの黄緑のドレスを着て、披露宴会場の正面扉前へ急いだ。


「それでは続きまして、新婦のご同僚であります、株式会社推瓜(おしうり)商会、営業部営業一課の、えー、ティアベリー……様より、ご挨拶をいただきます」

 司会が動揺して言った後、拍手が上がった。扉が開き、スポットライトが俺らを照らす。

「おい、誰だあいつは」

 暗がりで客の一人が、地味子に向かってヤジを飛ばす。近くの連中も同様だ。俺はそいつらをじっと見る。

「結構、可愛くね?」

「駄彩さんだ」

「マジか。ウケんだろ」

 連中は完全に酒が回っていて、下卑た笑いをする。地味子が不安な顔を向けてくる。

「大丈夫だ、無視しろ」

 俺は地味子を励ます。

「おい、キャベツの妖怪もいるぞ」

 違う、キャベツじゃない。俺はティアメロンだ。

「ぎゃはははは。おーいキャベツ! 一枚ちぎって、『さあお食べ』ってやってくれよ。ぎゃはははは」


 野郎、ぶっ殺す。俺は小槌をふるった。小槌がガムテープを出した。

「あいつらの口をふさげ」

 俺が命じると、ガムテープはぶっ飛んでった。勝手にちぎれて、連中の口をすべてふさいだ。


 その直後、スピーカーからプリン戦隊プリティアの主題歌「スイスイスイートプリン」が爆音で流れた。俺が背中を押すまでもなく、地味子はスイッチが入り、マイクスタンドのところまで側転していく。マイクを手にすると、アニメ声で挨拶する。

「プリプリ! ティアティア! プリティアー! プリン戦隊、プリティアー! みんな! 今日は新一君と()っちゃんのハッピーラブリー結婚パーティに来てくれてありがとう! ティアベリー、嬉しい! プリプリ! スマァーイル!」

 地味子は両手で頬を包みこみ、満面の笑みで笑う。招待客達は唖然として、パラパラと拍手を送る。

「ティアメロンもみんなにメロメロ〜!」

 俺も調子に乗ってダミ声で叫ぶ。やたら足を見られるので俺は自分のすねを見る。すね毛がぼうぼうだ。

「酔っちゃんはシゴデキ女! 掃除のおばさんより早く出勤してるの! 床掃除は、酔っちゃんが一番うまいよ!」

 地味子はブラシで床を磨くふりをする。俺は新婦の方を見る。口を全開にしてやがる。


「営業に同行した飲み会で、私が取引先のジジイにアルハラされたときも、酔っちゃんが助けてくれたよ! 舐めんじゃねえって怒鳴りつけて、一升瓶、ラッパ飲みしてくれたね!」

 地味子が勝手にガムテープの一団からワイングラスを奪い取り、ラッパ飲みする。俺もそれを真似てみる。

「それで酔っちゃんは始末書、書かされちゃったね! でも私はそれで勇気千倍! きらりらりん! ありがとサンクス!」

 地味子は空いたグラスを戻して腕を交差し、十本指で「千」を表現して、思いきり垂直飛びする。ガムテープ連中はみんな目が点だ。


「私が解雇されかけたとき、酔っちゃんが守ってくれたね! あんたのプレゼン資料は最強! 写真も図もグラフもないのに、確かな数字と魂がこもった文章が最高! どれだけコンペに勝って、売上に貢献したか、見せてやるって。全部リストつくってくれて。私、解雇されずにすんだ! きらりらりん! 酔っちゃんのおかげだよ!」

 俺は一人のガムテープ野郎と目が合った。そいつはそっぽをむいた。


「酔っちゃん! あなたは私のヒーロー! 私が九千九百九十九枚のコピーミス出した時、一緒に総務に謝りにいってくれたね! たまに来る会長を私が不審者扱いして通報しちゃったとき、一緒に警察へ連れ戻しにいってくれたね! 私が背中に『バカ』って貼り紙貼られたとき、怒ってはがしてくれたね! 誰もお昼一緒してくれないのに、一緒に食べてくれたね! 私、一人暮らしで、熱出て出社できないとき、私の大好きな『ひのはらイチゴ』山ほど買って、看病しにきてくれたね! ありがとう!」

 俺は地味子を見た。「プリンのポーズ」を決めながら、目に涙がにじんでる。

「これからは私が酔っちゃんのヒーローになる! またチルチル商店でパンと牛乳買って、払沢(ほっさわ)の滝で食べようね! 子どもができたら都民の森で、『遭難ごっこ』やろうね! 一生風邪ひかずにいられるよう、風邪菌に効くティアティアアタックフォーエバーをプレゼントする! これからも一生、友達でいてね!」

「もちろんだよ!」

 新婦が突然立ち上がり、地味子に駆け寄った。号泣しながら抱き合う二人に、客は総立ちで拍手を送る。ガムテープの一団ももらい泣きだ。俺はまた小槌を振ってみた。金色の紙吹雪が吹き出て、会場を黄金の空間に変えた。地味子のパフォーマンスは大成功を収め、披露宴は終了した。


 翌日、地味子が神社にお礼参りにきた。俺は拝殿の影に隠れてたけど、またしても万札を賽銭箱に入れていきやがった。

 やった。二万円の臨時収入だ。何に使おう。下町のナオポレン・いいちょこじゃなくて、本物のナオポレンが飲みたいな。俺はガッツポーズをきめて、本殿に戻った。


 ピンポーン


 誰だ。今から昼寝しようと思ったのに。俺はしぶしぶ扉を開けた。

「土井那珂さん、そろそろ小槌、返してくれる?」

 そう言って目の前に立つのは大黒天だ。

「ああ、すまん。ありがとさん」

「はい、請求書」

「んあ?」

 俺は口をあんぐり開けた。

「一日につき二千円。一週間レンタルしたでしょ。クリーニング代と僕の交通費で、しめて一万九千七百五十円ね」

 二時間半の披露宴だった。手のひらの二百五十円を見て、俺はコタツぶとんをちぎれるほど噛んだ。

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