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08_君がいない世界

 


 状況が一変したのは、俺たちが十二歳の時。

 国民の義務とされている、魔力測定の儀式だった。


「嘘、でしょ」


 ルーナが、俺の測定値を見て、呆然と呟く。

 俺の前に測定したルーナの魔力は、ほぼゼロだった。でも、俺は──



 ──教会に行く途中、「お前と一緒にするな」と憎まれ口を叩いたのを思い出す。

 俺はそれを後悔してた。意地悪を言ったからバチが当たったんだ。本気でそう思った。

 本当は、自分に魔力があるなんて全然思ってなかったんだ。どうせ大したことないだろ、って。

 それなのに、


「ここまでの魔力持ちは初めてだぞ」


 聖職者たちのざわめきがひどく遠くに聞こえる。

 測定器の針は、最大値を振り切っていた。


 俺はひどく動揺した。

 とんでもない魔力の量だってことは、バカなガキにもわかった。

 俺はおそらく魔法学院行きを拒否できない。

 何より最悪だったのは、魔法学院の生徒は全員寮に入らされちまうってことだ。


 庶民にとっては一発逆転、成り上がるチャンスかもしれないが、俺にはまったくもって迷惑極まりない話だった。

 誰だ、こんな儀式やろうつった奴はよ。目の前にいたらぶん殴ってやりてえ。


 もう、ルーナとは一緒に暮らせないのなら、

 そんなのは、いいことでも何でもない。

 俺にはただの絶望でしかなかった。



 ◇◇◇



 それでも手続きは淡々と進む。

 周囲の人間は手放しで喜んでいた。

 俺の気分は最悪だったが。


 あっという間に時間は流れていき、いよいよ明日、孤児院を出るという日の夕方になった。

 昨日もろくに眠れなかった俺は、屋根の上から街を眺めながらぼんやりしていた。


 ルーナの顔を見たら、不覚にも泣いてしまいそうだった。

 だから食堂にも行かず、隠れてたのに──ルーナはあっさり、俺を見つけた。


「……こんな所にいたのね。夕飯抜いたら背が伸びないわよ、チビ」

「……うっせえブス」


 ルーナはかわいい。とてつもなくかわいい。

 心では本気でそう思ってんだよ。でも口をついて出るのは真逆の言葉。

 くっそう、この天の邪鬼な口め……!


 ルーナはムッとしていたが、ヒョイと屋根に上ってきて俺の隣に座った。近い。なんか心臓がヤバい。


「……柄にもなくしょぼくれてるのね。心細いの?」

「そんなわけねぇだろ」


 鼻を鳴らした俺に、ルーナは「ねえ」と小さく呼び掛けた。その声は、弱った心に沁みるような優しさが滲んでいた。

 やっぱりルーナは天使の生まれ変わりじゃねえかな、と俺は真剣に思った。


「ここにはイヴァンとかもいるし……寂しくなったらいつでも顔出していいのよ。あんた、性格悪いから学院で友達作れなさそうだもんね」

「あぁん!?余計なお世話だっつーの!!」


 素直じゃない励ましだ。頭では分かってんのに、つい睨んでしまう。

 俺にいつもの調子が戻ったと思ったのか、ルーナは「じゃあね、チビ」と言って、さっと屋根から降りてしまった。


「明日からあんたの顔を見なくていいと思うと、せいせいするわ!」


 いつもの憎まれ口すら、愛おしい。

 やっぱり俺は、ルーナが好きだ。

 堂々と彼女の側にいたい……一人前になって、ルーナを守れる男になりたい。


 一人残された俺の頭に、天啓のように閃いたその思いが、全身を駆け巡る。


 そうだ──魔法学院を卒業して立派な魔法師になって、ルーナに気持ちを伝えるんだ。

 俺は無職で酒浸りで暴力ばかりふるっていた父とは違う。ちゃんとした職について、愛する妻や子供を守れる男になるんだ……!


 俺の頭の中は、一気にルーナとのバラ色の未来で一杯になった。


「……そうだな。俺なら絶対できる」


 自分自身に言い聞かせるように呟く。

 さっきまでの泣きたい気持ちは、すっかりどこかに消えていた。




 翌朝、ルーナは見送りに来てくれなかった。

 やっぱり犬猿の仲だった奴のことなんて、どうでもいいのかもしれねえな……と、俺はドツボに入って落ち込んだ。

 どんよりした気分で、走り出した馬車の窓から、ふと孤児院の屋根を見上げる。


 ──そこにルーナがいた。

 泣きそうな顔をしてる。

 きっと昨日の俺と同じ気持ちなんだ、と思うと胸が痛くなった。


 俺は孤児院の屋根が見えなくなるまで、涙を堪えながら窓にしがみついていた。



 ◇◇◇



 魔法学院に入学して生活は一変した。

 勉強に実習。課題も大量にある。

 勉強なんか全然好きじゃねえ。じっと座ってるのも苦痛だ。けど、必死で食らいついた。

 ルーナとのバラ色の未来のためなら、いくらだって頑張れる。


 俺は、一人前になるまでルーナに会わないと決めた。会ってしまったら、決意が揺らいで、ルーナのそばにいるために学院を脱走してしまいそうだったからだ。


 何人か友人と呼べるような存在も出来た。

 最初こそ、魔力量の多い孤児とかやっかまれるんじゃないかと身構えていたが、案外そんなこともなかった。

 多分、精神的に余裕のある奴らばっかだったんだろう。俺の尖った態度は面白がられて、そういう人間として何となく受け入れられていた。


 そんな俺の後見人になったのは、軽い感じの貴族の男だった。そいつは奥方には甘々で、見ていて胸焼けがしそうだった。


 新生活の滑り出しは順調だったが、俺はルーナに会いたくて仕方なかった。会わないって自分で決めたくせにな。



 ある日、とうとう我慢できなくなって孤児院に行ってみた。会うわけじゃない、こっそり様子を見るだけだ、と自分に言い訳して。

 そして物陰でこそこそしていると、


「……ああ、やっぱりライカだ」

「うわぁぁああっ!!……って、イヴァンじゃねーか!びっくりさせんな!!」

「ああ、ごめんね。で、何してるの?」

「べ、別に?」

「何だよ、意地はらなくていいのに。ルーナに会いに来たんでしょ。呼んであげようか?」

「ちっ、ちげえよ!!!」

「そうなの?」


 友人は、じーっと俺に圧をかけてくる。


「…………危険探知の魔法を習ったから、ルーナにかけてやろうと、思ったんだよ……」

「なら、堂々とそう言ってかけてあげればいいのに」

「バッ、出来るか!!!」


 そんなの告白したも同然だろ!?

 無理、絶対に無理だ。


「俺はな、一人前の魔法師になるまで、ルーナに会わねえって決めたんだよ!!」

「君、バカなの?」


 イヴァンが白い目で見てくる。


「君がそうやってうだうだしてる間に、ルーナが誰かに取られるかも、とか思わないの?」

「……あんな狂暴な女、俺以外に貰い手なんていねえだろ」

「もう一度言うけど、君バカなの?」

「ああん!!?」


 じとりとした目で同じ台詞を繰り返すイヴァンに、俺はメンチを切った。

 だがイヴァンは淡々と、「ルーナってかわいいし普通にモテるよ、本人は鈍感だから気づいてないけど」と言った。


「嘘だろ……?」

「君がそう思うなら、それでいいんじゃない?」


 イヴァンは肩を竦めて、「じゃあ僕もやることあるから、またね」とスタスタと孤児院に戻っていった。

 俺はその後、どうやって魔法学院の寮まで帰ったか一切記憶がない。

 ルーナはモテる……というイヴァンの台詞が、頭の中をぐるぐる回っていたからだ。

 ちなみに後日、改めてルーナにこっそり探知魔法をかけておいた。久しぶりに見るルーナはやっぱりかわいくて、地上に舞い降りた天使だと思った。


 ──でもよ、後から思えば、ルーナをかっさらおうと狙ってたやつの筆頭はイヴァンだったんだよな。

 ったく、油断も隙もねえ……!



 そうして、三年が経ったある日。

 ルーナにかけた探知魔法に異変があった。



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